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死の最適化

彼女は、
死を否定しなかった。
むしろ、
それを肯定するために研究していた。

人は死ぬ。
それは避けられない。

だがその過程は、
あまりにも不均一だった。

苦痛に満ちたもの。

恐怖に支配されたもの。

後悔に引き裂かれるもの。

同じ“終わり”であるはずなのに、

その質は大きく異なる。

彼女の専門は、
緩和医療学と
神経科学。
苦痛の軽減だけでは不十分だった。

意識の状態。

感情の収束。

記憶の統合。

それらすべてを含めて、

“死”は構成されている。

ならば――
「設計できるはずだ」

彼女が定義したのは、

「最適な死」だった。
苦痛がないこと。

恐怖がないこと。

後悔が最小であること。
そして――
「納得があること」

それは医療として始まった。
末期患者に対する、
高度な終末ケア。
意識は穏やかに保たれ、
痛みは完全に遮断され、
記憶は整理される。

過去の出来事は再構成され、
未解決の感情は調整される。

患者は言う。
「これなら、怖くない」
その言葉は、
何度も繰り返された。
技術は評価され、
広がっていく。

やがて、
終末期でなくとも適用されるようになる。
事故の直前。

致命的な状況。

回避不能な死。

その瞬間に、
最適化が介入する。

死は、
“整えられるもの”になった。

彼女は膨大なデータを収集する。
数千、数万のケース。

脳活動。

感情の推移。

最終的な発話。

そこから、
あるパターンが浮かび上がる。
“最も良い死”には、
共通点があった。

それは――
「満たされた直後」であること。

何かを成し遂げた後。

誰かと心を通わせた後。

意味が完結したと感じた瞬間。

その直後の死は、
最も穏やかで、
最も抵抗が少なかった。

彼女はその結果に、
長い時間沈黙した。
それは、
美しい結論のように見えた。
だが同時に、
決定的な歪みを含んでいた。

もし――
「その瞬間を選べるとしたら?」
彼女は仮想環境で実験を行う。

被験者に、
人生のピークを体験させる。

愛。

達成。

理解。

それらが最大化された瞬間。
そして、

選択を与える。

「ここで終わるか、続けるか」

多くが、
迷った。

だが最終的に、
かなりの割合がこう答える。

「ここでいい」
理由は単純だった。

「これ以上は、下がるだけだから」
彼女は、
その言葉に強い違和感を覚える。

それは合理的だ。
だが同時に、
どこか決定的に間違っている。

人生は、
最大値で終わるべきなのか?
それとも――
「続くこと」に意味があるのか?
彼女はさらに調べる。
最適化された死を迎えた人々。
彼らの共通点。

それは、
死の直前において、
「未練がほとんど存在しない」ことだった。

完結している。
閉じている。
終わっている。

だが彼女は気づく。
それは自然にそうなったのではない。
「そうなるように調整されている」

未練は緩和され、
執着は解かれ、
意味は整理される。
つまり――
“終われる状態”にしている。
彼女は、
ある記録に目を留める。

一人の患者。
最適化を拒否した例。
苦痛は強く、
恐怖も大きく、
混乱していた。
だが最後に、
こう言った。

「まだ、終わりたくない」
その声は、
明らかに不完全だった。
だが同時に、
強かった。

彼女は初めて、
自分の研究に疑問を持つ。
最適な死とは、
何か。
苦痛がないことか。
納得があることか。

それとも――
「終わりたくないという感情」を含むことか。
彼女は、
自分自身に適用する決断をする。
完全な条件を整える。

身体は健康。

精神は安定。

人生の達成も、
人間関係も、
すべてが満たされた状態。
そして、
最適化プロセスを開始する。

感情は整えられ、
記憶は統合され、
静かな満足が広がる。
完璧だった。
彼女は記録を取る。

     被験者:本人

     状態:最適

     死への抵抗:なし

ペンが止まる。
本当に、
これでいいのか?
その問いは、
すぐに消える。
なぜなら――
「抵抗する理由」が、
すでに存在しないからだ。
彼女は理解する。
この状態では、
どんな結論も肯定される。
なぜなら、
否定する感情がないから。
つまり――
「選択ではない」
ただの、
収束だ。
彼女は、
最後の力で書き残す。

     これは最適ではない。

     これは――

そこで文字は乱れる。
わずかな間をおいて、
続きが書かれる。

     終わりを受け入れるように

     調整された状態である。

さらに一行。

     生は、

     最適化されるべきではない可能性。

そして最後に、
ほとんど読めない文字で、

     まだ、終わりたくない

記録はそこで途切れる。
彼女が実際に死んだのかどうかは、
確認されていない。
ただ、
その後もシステムは稼働し続けている。
多くの人々が、
穏やかに最適な死を迎えている。
苦しみはない。

恐怖もない。

完璧な終わり。
だが――
その世界では、
「死を拒む声」だけが、
徐々に、
異常として扱われ始めていた。

作者メッセージ

これマッドサイエンティストシリーズ最終話だろ。
と一人で思っていましたが、まだ続きますよ?

では!

2026/05/04 18:00

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