私の国語は正しく読めた日から壊れ始め、意味が正解になって終わった
私が国語を嫌いになったのは、
「正しく読めている」と言われた日だった。
高校二年の現代文。
教室の窓は開いているのに、空気は動かなかった。
私は教科書の文章を、ただ読んだ。
特別な読み方をしたつもりはない。
それなのに先生は、
答案を返しながら言った。
「作者の気持ち、ちゃんと分かってるね」
その言葉は、褒め言葉の形をしていた。
けれど私には、
「これ以上、考えなくていい」という宣告に聞こえた。
理解とは、
思考を止める合図なのかもしれない。
放課後、私は図書室に逃げ込んだ。
ここは、いつ来ても少し寒い。
冷房のせいなのか、
それとも、意味が保存されすぎているからなのか。
国語の資料棚。
評論、小説、詩集。
どの背表紙も、
「人の心を説明します」と言っているように見える。
説明できるなら、
誰も孤独にならないはずなのに。
私は一冊、文庫本を抜き取った。
ページの間から、
薄いノートが落ちた。
ノートには、名前がなかった。
表紙もなく、
ただの罫線だけ。
最初のページに、
短い一文があった。
「ゼロは、何もないわけじゃない」
主語がない。
誰が書いたのかも、
誰に向けた言葉なのかも分からない。
国語的には、
解釈の余地が大きすぎる文章。
私は、少しだけ安心した。
正解が、どこにも用意されていない。
授業では、
相変わらず「心情」を答えさせられた。
「このときの主人公の気持ちは?」
私は選択肢を見る。
悲しい。
寂しい。
嬉しい。
そんな単語で、
人の内側が区切れるなら、
文学は必要ない。
私は思う。
読解とは、
本来、触れないことも含んでいるはずだ。
分からない部分を、
分からないまま残す勇気。
私は何度も、
あの本を棚から抜いた。
けれどノートには、
それ以上、何も書かれていなかった。
途中で終わる言葉。
未完の文章。
まるで、
書くことを途中でやめた誰かの人生みたいだった。
国語の課題で、
自由作文が出た。
私は書けなかった。
書こうとするたび、
「これは本当か?」と疑ってしまう。
言葉にした瞬間、
気持ちは嘘になる。
結局、私は作文用紙を破いた。
それでも私は、
テストでは正解を書く。
先生が望む答え。
模範解答。
それは、生きるための技術だ。
でも心の中では、
その正解に、ずっと赤線を引いている。
ノートを棚に戻す日が来た。
誰かの言葉を、
これ以上、私のものにしたくなかった。
意味は、
拾うものじゃない。
置いていくものだ。
国語は、
言葉を信じる教科じゃない。
疑うための教科だ。
この言葉は誰のものか。
この意味は、誰が決めたのか。
私は今日も、
正解のある読み方を提出する。
けれど、
考えることだけは、
提出しない。
言葉は、私のものじゃない。
だからこそ、
奪い返すつもりで、生きている。
「正しく読めている」と言われた日だった。
高校二年の現代文。
教室の窓は開いているのに、空気は動かなかった。
私は教科書の文章を、ただ読んだ。
特別な読み方をしたつもりはない。
それなのに先生は、
答案を返しながら言った。
「作者の気持ち、ちゃんと分かってるね」
その言葉は、褒め言葉の形をしていた。
けれど私には、
「これ以上、考えなくていい」という宣告に聞こえた。
理解とは、
思考を止める合図なのかもしれない。
放課後、私は図書室に逃げ込んだ。
ここは、いつ来ても少し寒い。
冷房のせいなのか、
それとも、意味が保存されすぎているからなのか。
国語の資料棚。
評論、小説、詩集。
どの背表紙も、
「人の心を説明します」と言っているように見える。
説明できるなら、
誰も孤独にならないはずなのに。
私は一冊、文庫本を抜き取った。
ページの間から、
薄いノートが落ちた。
ノートには、名前がなかった。
表紙もなく、
ただの罫線だけ。
最初のページに、
短い一文があった。
「ゼロは、何もないわけじゃない」
主語がない。
誰が書いたのかも、
誰に向けた言葉なのかも分からない。
国語的には、
解釈の余地が大きすぎる文章。
私は、少しだけ安心した。
正解が、どこにも用意されていない。
授業では、
相変わらず「心情」を答えさせられた。
「このときの主人公の気持ちは?」
私は選択肢を見る。
悲しい。
寂しい。
嬉しい。
そんな単語で、
人の内側が区切れるなら、
文学は必要ない。
私は思う。
読解とは、
本来、触れないことも含んでいるはずだ。
分からない部分を、
分からないまま残す勇気。
私は何度も、
あの本を棚から抜いた。
けれどノートには、
それ以上、何も書かれていなかった。
途中で終わる言葉。
未完の文章。
まるで、
書くことを途中でやめた誰かの人生みたいだった。
国語の課題で、
自由作文が出た。
私は書けなかった。
書こうとするたび、
「これは本当か?」と疑ってしまう。
言葉にした瞬間、
気持ちは嘘になる。
結局、私は作文用紙を破いた。
それでも私は、
テストでは正解を書く。
先生が望む答え。
模範解答。
それは、生きるための技術だ。
でも心の中では、
その正解に、ずっと赤線を引いている。
ノートを棚に戻す日が来た。
誰かの言葉を、
これ以上、私のものにしたくなかった。
意味は、
拾うものじゃない。
置いていくものだ。
国語は、
言葉を信じる教科じゃない。
疑うための教科だ。
この言葉は誰のものか。
この意味は、誰が決めたのか。
私は今日も、
正解のある読み方を提出する。
けれど、
考えることだけは、
提出しない。
言葉は、私のものじゃない。
だからこそ、
奪い返すつもりで、生きている。
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