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彼の物理は因果を信じた日から始まり、観測が真実になって終わった

物理の授業は、
必ず「前提」から始まる。

質量があって、
力が加わって、
結果が生まれる。

世界は、
理由の鎖でできていると教えられた。

私はその考えが、
少しだけ好きだった。

理由があれば、
失敗も事故も、
どこかに回収できる気がしたから。

ニュートンは言った。
「運動には原因がある」

先生は黒板に、
きれいな矢印を書いた。

原因 → 結果

その直線は、
人の人生よりも
ずっと信用できそうに見えた。

けれど量子の章に入った日、
世界は突然、言い訳を始めた。

位置と運動量は、
同時に決められない。

確率。
揺らぎ。
観測。

「見た瞬間に、
 状態が決まります」

先生は淡々と説明した。

私は思った。
それは、真実が変わったのではなく、
見られるまで、真実が存在しなかった
ということではないか、と。

因果は、
観測の後付けなのかもしれない。

放課後、
実験室で一人、
干渉縞の写真を見ていた。

粒子は、
通った道を持たない。

ただ、
「通ったという結果」だけが残る。

それは、
あの人のいなくなり方に似ていた。

理由は語られず、
経路も説明されず、
結果だけが世界に固定される。

人はそれを、
「仕方なかった」と呼ぶ。

物理的に正しい。
社会的に自然。

でも私は知っている。
自然さは、
責任を消すための言葉だ。

観測者がいなければ、
世界は決まらない。

そう教えられたはずなのに、
現実では、
誰も観測者になりたがらない。

見たくないものは、
測定しない。

記録しない。
名前をつけない。

そうすれば、
因果は成立しないことになる。

レポートに、
私はこう書いた。

「真実とは、
 存在するものではなく、
 確定させられたものだ」

返却された紙には、
赤字でコメントがあった。

「哲学的すぎます」

正しくない。
物理らしくない。

でも私は思った。
物理が世界を説明する学問なら、
この違和感も、
どこかに含まれていなければならない。

私たちは、
観測したものだけを真実と呼ぶ。

見なかった可能性は、
最初から無かったことにする。

それは、
とても効率的で、
とても残酷だ。

因果を信じることは、
安心することだ。

理由があれば、
悲しみは整理できる。

でも本当は、
整理された瞬間に、
こぼれ落ちるものがある。

私は今でも、
実験結果を書く。

数値。
誤差。
結論。

けれど、
書かなかった部分が、
一番正確だと思っている。

観測されなかったもの。
測定されなかった選択。
起きなかった可能性。

彼の物理は、
因果を信じた日から始まり、
観測が真実になって終わった。

そして私は今日も、
見なかったことにされた世界を、
計算に入れないまま生きている。

それが、
一番再現性の高い生き方だから。

2026/03/04 01:01

KanonLOVE
ID:≫ n00YEDEqgv6kY
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教科×感情高校生物理

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