病室の窓は、思っていたよりも透明だった。
白いカーテンが、かすかに揺れている。
機械の規則正しい電子音が、
時間を細かく刻んでいた。
椅子に座り、眠るように横たわる人の手を見つめる。
その手は、昔よりずっと軽く見えた。
やがて面会時間が終わり、
廊下に出る。
自動販売機の光だけが、やけに明るい。
そのとき、ふと声がした。
「あなたは今、死をどこに置いていますか?」
振り向く。
誰もいない。
けれど、確かに問いは落ちてきた。
死。
それは遠い未来の出来事だろうか。
事故や病の、特別な瞬間だろうか。
あるいは、
今この瞬間にも、すぐ隣に座っているものだろうか。
昔、ハイデガーは語った。
人は「死へと向かう存在」だと。
死は、人生の最後にだけ現れるのではない。
生きているその最中から、
すでに含まれているのだと。
もしそうなら。
死は、終点ではなく、
常に背後にある静かな岸辺なのかもしれない。
足音が廊下に響く。
今日が終わる。
昨日も終わった。
子どもだった時間も、もう戻らない。
小さな「終わり」は、
毎日の中にある。
それでも人は、
それを見ないふりをして前へ進む。
死を考えることは、
不吉なことだろうか。
それとも。
限りがあると知ることで、
いま触れている温度が、
いっそう確かになるのだろうか。
エレベーターの扉が閉まる。
自分の顔が、金属に映る。
「あなたは今――」
声は、そこで途切れた。
だが続きは、わかっている気がした。
――死を忘れたまま、生きていますか。
それとも、死を知った上で、生きていますか。
どちらが正しいわけでもない。
ただ、
終わりがあるという事実は、
この一瞬を、二度とないものにしている。
外へ出ると、夜風が頬に触れた。
その冷たさは、確かだった。
死は、
生を奪う影であると同時に、
生の輪郭を浮かび上がらせる光でもある。
いつか消える。
だからこそ、
いま灯っている。
歩き出す。
一歩ごとに、
終わりへ近づきながら、
同時に、生のただ中を進んでいる。
問いは消えない。
けれどその問いを抱えていること自体が、
まだこちら側にいる証なのだ。
白いカーテンが、かすかに揺れている。
機械の規則正しい電子音が、
時間を細かく刻んでいた。
椅子に座り、眠るように横たわる人の手を見つめる。
その手は、昔よりずっと軽く見えた。
やがて面会時間が終わり、
廊下に出る。
自動販売機の光だけが、やけに明るい。
そのとき、ふと声がした。
「あなたは今、死をどこに置いていますか?」
振り向く。
誰もいない。
けれど、確かに問いは落ちてきた。
死。
それは遠い未来の出来事だろうか。
事故や病の、特別な瞬間だろうか。
あるいは、
今この瞬間にも、すぐ隣に座っているものだろうか。
昔、ハイデガーは語った。
人は「死へと向かう存在」だと。
死は、人生の最後にだけ現れるのではない。
生きているその最中から、
すでに含まれているのだと。
もしそうなら。
死は、終点ではなく、
常に背後にある静かな岸辺なのかもしれない。
足音が廊下に響く。
今日が終わる。
昨日も終わった。
子どもだった時間も、もう戻らない。
小さな「終わり」は、
毎日の中にある。
それでも人は、
それを見ないふりをして前へ進む。
死を考えることは、
不吉なことだろうか。
それとも。
限りがあると知ることで、
いま触れている温度が、
いっそう確かになるのだろうか。
エレベーターの扉が閉まる。
自分の顔が、金属に映る。
「あなたは今――」
声は、そこで途切れた。
だが続きは、わかっている気がした。
――死を忘れたまま、生きていますか。
それとも、死を知った上で、生きていますか。
どちらが正しいわけでもない。
ただ、
終わりがあるという事実は、
この一瞬を、二度とないものにしている。
外へ出ると、夜風が頬に触れた。
その冷たさは、確かだった。
死は、
生を奪う影であると同時に、
生の輪郭を浮かび上がらせる光でもある。
いつか消える。
だからこそ、
いま灯っている。
歩き出す。
一歩ごとに、
終わりへ近づきながら、
同時に、生のただ中を進んでいる。
問いは消えない。
けれどその問いを抱えていること自体が、
まだこちら側にいる証なのだ。