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今を生きる人に私が伝えたいこと

#3

【テーマ:死】  静かな岸辺

病室の窓は、思っていたよりも透明だった。

白いカーテンが、かすかに揺れている。
機械の規則正しい電子音が、
時間を細かく刻んでいた。

椅子に座り、眠るように横たわる人の手を見つめる。
その手は、昔よりずっと軽く見えた。

やがて面会時間が終わり、
廊下に出る。

自動販売機の光だけが、やけに明るい。

そのとき、ふと声がした。

「あなたは今、死をどこに置いていますか?」

振り向く。
誰もいない。

けれど、確かに問いは落ちてきた。

死。

それは遠い未来の出来事だろうか。
事故や病の、特別な瞬間だろうか。

あるいは、
今この瞬間にも、すぐ隣に座っているものだろうか。

昔、ハイデガーは語った。
人は「死へと向かう存在」だと。

死は、人生の最後にだけ現れるのではない。
生きているその最中から、
すでに含まれているのだと。

もしそうなら。

死は、終点ではなく、
常に背後にある静かな岸辺なのかもしれない。

足音が廊下に響く。

今日が終わる。
昨日も終わった。
子どもだった時間も、もう戻らない。

小さな「終わり」は、
毎日の中にある。

それでも人は、
それを見ないふりをして前へ進む。

死を考えることは、
不吉なことだろうか。

それとも。

限りがあると知ることで、
いま触れている温度が、
いっそう確かになるのだろうか。

エレベーターの扉が閉まる。

自分の顔が、金属に映る。

「あなたは今――」

声は、そこで途切れた。

だが続きは、わかっている気がした。

――死を忘れたまま、生きていますか。
それとも、死を知った上で、生きていますか。

どちらが正しいわけでもない。

ただ、
終わりがあるという事実は、
この一瞬を、二度とないものにしている。

外へ出ると、夜風が頬に触れた。

その冷たさは、確かだった。

死は、
生を奪う影であると同時に、
生の輪郭を浮かび上がらせる光でもある。

いつか消える。

だからこそ、
いま灯っている。

歩き出す。

一歩ごとに、
終わりへ近づきながら、
同時に、生のただ中を進んでいる。

問いは消えない。

けれどその問いを抱えていること自体が、
まだこちら側にいる証なのだ。

2026/03/01 00:00

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