三学期直前。
答案が返されてから、
数日が経っていた。
廊下には、
いつもの笑い声が戻っている。
「思ったより悪くなかった」
「赤点回避~」
そんな声が、
あちこちから聞こえる。
―でも。
私は、
どうしても引っかかっていた。
◇
「ねぇ、ゆめ」
図書室の奥。
雷が、
机に頬杖をつく。
「今回さ、
“ゼロ”いなかったよな」
「…うん」
誰も、
完全に折れていない。
誰も、
絶望していない。
それは良いことのはずなのに。
Affectusが、
天井近くでぼそりと呟く。
「均されすぎテイル」
均されている。
山も谷も、
削られているみたいに。
◇
そのとき。
図書室の入口で、
足音が止まった。
「…」
見慣れない生徒。
答案を握りしめている。
しわだらけの紙。
私は立ち上がる。
「どうしましたか?」
その子は、
少し迷ってから、
答案を差し出した。
点数。
―38点。
赤点ではない。
追試もない。
でも。
「…本当は」
小さな声。
「本当は、
0点だったんです」
心臓が、
どくん、
と鳴った。
◇
「全部、
分からなくて。
白紙で出しました」
でも返ってきたら、
途中点がついていた。
書いていない途中式に、
丸がついている。
「…これ、
私の字じゃないんです」
空気が、
静かに凍る。
雷が、
小さく呟く。
「…やったな」
◇
その瞬間。
図書室の奥、
本棚の影が、
ほんの少しだけ揺れた。
labyrinthが、
不安そうに顔を出す。
「…これ、
わたしじゃないよ」
glitchも、
首を横に振る。
「俺でもねぇ」
つまり。
これは、
悪魔の仕業じゃない。
◇
「先生に、
聞きましたか?」
私がそう尋ねると、
その子は首を振った。
「…怖くて」
怖い。
怒られるからじゃない。
優しくされるのが、
怖い。
◇
そのとき。
「神谷さん」
穏やかな声。
振り向かなくても、
分かる。
風白先生。
いつの間にか、
そこに立っていた。
「少し、
よろしいですか」
◇
図書室の隅。
その生徒と、
先生が向き合う。
私たちは、
少し離れた場所で見守る。
「白紙だったのですね」
責める声ではない。
確認。
「…はい」
「では、
この点数は困りますか?」
その問いに、
生徒は戸惑う。
「え…?」
「0点の方が、
納得できますか」
静かな、
でも核心を刺す質問。
生徒の目が、
揺れる。
「…分からないです」
「0点だったら、
ちゃんと落ち込めた」
その言葉に、
私は息を止めた。
◇
風白先生は、
しばらく黙った。
それから。
「今回は、
“考え方の可能性”に点をつけました。
白紙でも、
途中で止まった思考はある。
それを、
評価しました」
嘘ではない。
でも。
書いていないものを、
どうやって評価したのか。
その問いは、
誰も口にしない。
◇
「0点が欲しいなら、
つけ直します」
先生は、
さらりと言った。
生徒は、
目を見開く。
「え…」
「点数は、
あなたのものですから」
委ねる。
決めるのは、
本人。
◇
長い沈黙。
やがて。
「…38点で、いいです」
小さな声。
でも、
自分で選んだ声。
風白先生は、
頷いた。
「分かりました」
それだけ。
◇
生徒が帰ったあと。
図書室は、
しばらく静まり返った。
雷が、
低く言う。
「…やば。
ゼロにしないんじゃない。
“選ばせる”のか」
◇
私は、
先生の背中を見た。
何もなかったように、
本を整理している。
「先生」
思わず、
声が出る。
「書いてない途中式、
どうやって評価したんですか」
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
先生の手が、
止まった。
でも、
振り向かない。
「推測です」
穏やかな声。
「普段の答案を、
覚えていますから」
……それだけ?
本当に?
◇
雷が、
小さく囁く。
「違うな」
「この人、
“白紙の先”見てる」
私は、
ぞくりとした。
見えないはずのものを、
見ないふりして。
でも、
確実に把握している。
◇
その夜。
校舎は、
静かだった。
迷宮も動かない。
悪魔たちも、
妙に大人しい。
Affectusが、
ぼそりと言う。
「極端ガ、
減ッテイル」
ゼロも、
百も。
壊れるほどの絶望も、
暴走する歓喜も。
削られている。
◇
三学期は、
もうすぐ。
何も起きていない。
でも。
私は、
やっと気づいた。
この学校で
一番強い力は―
壊す力でも、
迷わせる力でもない。
“ゼロを選ばせない力”だ。
風白先生は、
今日も穏やかに笑う。
何も、
していない顔で。
でもきっと。
誰かの答案の
“書かれていない途中式”を、
今も、
見ている。
答案が返されてから、
数日が経っていた。
廊下には、
いつもの笑い声が戻っている。
「思ったより悪くなかった」
「赤点回避~」
そんな声が、
あちこちから聞こえる。
―でも。
私は、
どうしても引っかかっていた。
◇
「ねぇ、ゆめ」
図書室の奥。
雷が、
机に頬杖をつく。
「今回さ、
“ゼロ”いなかったよな」
「…うん」
誰も、
完全に折れていない。
誰も、
絶望していない。
それは良いことのはずなのに。
Affectusが、
天井近くでぼそりと呟く。
「均されすぎテイル」
均されている。
山も谷も、
削られているみたいに。
◇
そのとき。
図書室の入口で、
足音が止まった。
「…」
見慣れない生徒。
答案を握りしめている。
しわだらけの紙。
私は立ち上がる。
「どうしましたか?」
その子は、
少し迷ってから、
答案を差し出した。
点数。
―38点。
赤点ではない。
追試もない。
でも。
「…本当は」
小さな声。
「本当は、
0点だったんです」
心臓が、
どくん、
と鳴った。
◇
「全部、
分からなくて。
白紙で出しました」
でも返ってきたら、
途中点がついていた。
書いていない途中式に、
丸がついている。
「…これ、
私の字じゃないんです」
空気が、
静かに凍る。
雷が、
小さく呟く。
「…やったな」
◇
その瞬間。
図書室の奥、
本棚の影が、
ほんの少しだけ揺れた。
labyrinthが、
不安そうに顔を出す。
「…これ、
わたしじゃないよ」
glitchも、
首を横に振る。
「俺でもねぇ」
つまり。
これは、
悪魔の仕業じゃない。
◇
「先生に、
聞きましたか?」
私がそう尋ねると、
その子は首を振った。
「…怖くて」
怖い。
怒られるからじゃない。
優しくされるのが、
怖い。
◇
そのとき。
「神谷さん」
穏やかな声。
振り向かなくても、
分かる。
風白先生。
いつの間にか、
そこに立っていた。
「少し、
よろしいですか」
◇
図書室の隅。
その生徒と、
先生が向き合う。
私たちは、
少し離れた場所で見守る。
「白紙だったのですね」
責める声ではない。
確認。
「…はい」
「では、
この点数は困りますか?」
その問いに、
生徒は戸惑う。
「え…?」
「0点の方が、
納得できますか」
静かな、
でも核心を刺す質問。
生徒の目が、
揺れる。
「…分からないです」
「0点だったら、
ちゃんと落ち込めた」
その言葉に、
私は息を止めた。
◇
風白先生は、
しばらく黙った。
それから。
「今回は、
“考え方の可能性”に点をつけました。
白紙でも、
途中で止まった思考はある。
それを、
評価しました」
嘘ではない。
でも。
書いていないものを、
どうやって評価したのか。
その問いは、
誰も口にしない。
◇
「0点が欲しいなら、
つけ直します」
先生は、
さらりと言った。
生徒は、
目を見開く。
「え…」
「点数は、
あなたのものですから」
委ねる。
決めるのは、
本人。
◇
長い沈黙。
やがて。
「…38点で、いいです」
小さな声。
でも、
自分で選んだ声。
風白先生は、
頷いた。
「分かりました」
それだけ。
◇
生徒が帰ったあと。
図書室は、
しばらく静まり返った。
雷が、
低く言う。
「…やば。
ゼロにしないんじゃない。
“選ばせる”のか」
◇
私は、
先生の背中を見た。
何もなかったように、
本を整理している。
「先生」
思わず、
声が出る。
「書いてない途中式、
どうやって評価したんですか」
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
先生の手が、
止まった。
でも、
振り向かない。
「推測です」
穏やかな声。
「普段の答案を、
覚えていますから」
……それだけ?
本当に?
◇
雷が、
小さく囁く。
「違うな」
「この人、
“白紙の先”見てる」
私は、
ぞくりとした。
見えないはずのものを、
見ないふりして。
でも、
確実に把握している。
◇
その夜。
校舎は、
静かだった。
迷宮も動かない。
悪魔たちも、
妙に大人しい。
Affectusが、
ぼそりと言う。
「極端ガ、
減ッテイル」
ゼロも、
百も。
壊れるほどの絶望も、
暴走する歓喜も。
削られている。
◇
三学期は、
もうすぐ。
何も起きていない。
でも。
私は、
やっと気づいた。
この学校で
一番強い力は―
壊す力でも、
迷わせる力でもない。
“ゼロを選ばせない力”だ。
風白先生は、
今日も穏やかに笑う。
何も、
していない顔で。
でもきっと。
誰かの答案の
“書かれていない途中式”を、
今も、
見ている。
- 1.先生が声を出して。
- 2.契約シマセンカ?
- 3.優シイ先生ノ協力デ活動開始シマス
- 4.契約ナキ悪魔タチ
- 5.新しい歯車が、静かに噛み合い始める
- 6.試験と、噂の始まり。 ―それは、助ける覚悟があるかを見る試験
- 7.―星が軽くするもの
- 8.風が変わる前に悪魔、夏休みへ帰る
- 9.魔界の夏日記
- 10.タクサン人ガ増エマシタ。
- 11.絶対(?)爆笑回 先生ハ料理ヲ出来ナイ。 前編
- 12.絶対(?)爆笑回 先生ハ料理ヲ出来ナイ。 後編
- 13.部員、増エマシタ
- 14.準備トイウ名ノ、予兆―
- 15.迷子ガ増エル日
- 16.昼ノ、普通
- 17.夜ハ、静カニ壊レル
- 18.先生ハ、気ヅカセナイ―
- 19.点数の裏側
- 20.冬になる前に
- 21.零点ノ居場所