八月の終わり。
蝉の声はまだ残っているのに、
風だけが少しだけ乾いていた。
部室の扉が開く。
「おっはよーございまーす!」
西紀が元気よく入ってくる。
「みんな生きてる!?俺黒くなった!」
「うるさい」
宇宙が即座に返す。
だが、
ほんの少し笑っている。
皐月は扇子をぱたぱたさせながら。
「夏終わるん早すぎへん?」
琉雨は机に伏している。
「…九月は任務向きの気温…ねむ…」
葵は椅子を逆向きに座り、
スマホをいじっていた。
「なぁ聞いた?夏の最後の高速事件、まだ犯人不明らしいよ」
一瞬、
空気が止まる。
零は窓際に立っていた。
風が黒髪を揺らす。
「模倣犯の件ですね」
吹雪が資料を机に広げる。
「ですが、あれ以降“高速犯行”は発生していません」
視線が、
ほんのわずかに零へ向く。
だが、
以前のような刺す目ではない。
観測の目。
「夏休みは、静かでした」
吹雪が言う。
「だからこそ、次の行動は慎重に決めます」
次の標的
琉雨が地図を広げる。
「…港湾区第二倉庫。裏オークション前夜。展示は一晩だけ」
西紀が身を乗り出す。
「でかいの来たな!」
宇宙が腕を組む。
「警備は?」
吹雪が淡々と説明する。
「警備員八名。監視カメラ二十四。電子ロック三重」
葵がぽつり。
「クロノスなら三分で終わりそう」
部室が静まる。
零は笑う。
「僕たちは怪盗です。神様じゃない」
自然な返し。
だが葵はじっと零を見る。
「…そーだな」
ほんの一瞬、
視線が絡む。
夏の倉庫での出来事。
“揺れ”。
あれを完全に忘れたわけではない。
だが今は、
言葉にしない。
〈作戦会議〉
琉雨が半分寝ながら言う。
「侵入は西側搬入口。宇宙が監視遮断。皐月が回収」
「ほな俺は囮やなぁ」
「俺は現場補助な!」
西紀が拳を握る。
吹雪が最後に言う。
「今回は―クロノスの介入は想定しません」
空気がわずかに変わる。
明言。
零を見るでもなく、
言う。
「私たちだけで完遂します」
それは信頼でもあり、
試験でもある。
零は頷く。
「了解」
胸の奥が静かに波打つ。
―出ない方がいい。
夏に使いすぎた。
観測された。
距離が縮まっている。
ならば。
今回は完全に“部員”として動く。
〈夜・前日〉
零は自室で計画図を見ていた。
月は半分。
マスクは机の上。
触れない。
そのとき、
スマホが震える。
葵から。
『なぁレイ』
『明日さ、なんか起きそうじゃね?』
短いメッセージ。
零は少し考えて返信する。
『起こさないようにするのが僕らの仕事だよ』
数秒後。
『そっか』
既読が止まる。
零はスマホを伏せる。
葵は鋭い。
理屈じゃなく、
感覚で近づいてくる。
一番、
危険な距離。
〈任務当夜〉
港湾区第二倉庫。
予定通り侵入。
宇宙が監視を切る。
「三十秒だけだ」
皐月が軽やかに移動。
西紀が補助。
零は全体の流れを読む。
順調。
だが―
外からパトカーの音。
吹雪が息を飲む。
「早すぎる」
誰かが通報した?
それとも、
待ち伏せ?
西紀が焦る。
「やばくね!?」
零の視界がわずかに狭まる。
使えば、
一瞬で終わる。
だが。
今ここで出れば。
“夏の揺れ”と繋がる。
選択の時間。
0.8秒。
世界がわずかに伸びる。
零は息を吐く。
「皐月先輩、予定変更。回収優先順位二へ。宇宙、南側排気口」
声は冷静。
加速は、
使わない。
部員として、
判断する。
全員が動く。
ギリギリで撤退。
パトカーが到着した時には、
倉庫は空だった。
クロノスは現れない。
完全に。
夜は、
普通に終わった。
帰路
西紀が笑う。
「俺らマジ強くね!?」
宇宙も小さく頷く。
吹雪が言う。
「今回も、クロノスは現れませんでした」
零を見る。
だが今度は、
疑いではない。
確認。
零は肩をすくめる。
「静かな夜でしたね」
葵が隣を歩く。
小さく言う。
「…うん」
その声は、
どこか安心していた。
そして
遠く。
暗い車内。
モニターに倉庫の映像。
低い声が響く。
「加速反応なし…だが、いるな」
画面に零の横顔が映る。
「次は、逃がさない」
夏は終わった。
だが。
本当の追跡が、
始まろうとしていた。
蝉の声はまだ残っているのに、
風だけが少しだけ乾いていた。
部室の扉が開く。
「おっはよーございまーす!」
西紀が元気よく入ってくる。
「みんな生きてる!?俺黒くなった!」
「うるさい」
宇宙が即座に返す。
だが、
ほんの少し笑っている。
皐月は扇子をぱたぱたさせながら。
「夏終わるん早すぎへん?」
琉雨は机に伏している。
「…九月は任務向きの気温…ねむ…」
葵は椅子を逆向きに座り、
スマホをいじっていた。
「なぁ聞いた?夏の最後の高速事件、まだ犯人不明らしいよ」
一瞬、
空気が止まる。
零は窓際に立っていた。
風が黒髪を揺らす。
「模倣犯の件ですね」
吹雪が資料を机に広げる。
「ですが、あれ以降“高速犯行”は発生していません」
視線が、
ほんのわずかに零へ向く。
だが、
以前のような刺す目ではない。
観測の目。
「夏休みは、静かでした」
吹雪が言う。
「だからこそ、次の行動は慎重に決めます」
次の標的
琉雨が地図を広げる。
「…港湾区第二倉庫。裏オークション前夜。展示は一晩だけ」
西紀が身を乗り出す。
「でかいの来たな!」
宇宙が腕を組む。
「警備は?」
吹雪が淡々と説明する。
「警備員八名。監視カメラ二十四。電子ロック三重」
葵がぽつり。
「クロノスなら三分で終わりそう」
部室が静まる。
零は笑う。
「僕たちは怪盗です。神様じゃない」
自然な返し。
だが葵はじっと零を見る。
「…そーだな」
ほんの一瞬、
視線が絡む。
夏の倉庫での出来事。
“揺れ”。
あれを完全に忘れたわけではない。
だが今は、
言葉にしない。
〈作戦会議〉
琉雨が半分寝ながら言う。
「侵入は西側搬入口。宇宙が監視遮断。皐月が回収」
「ほな俺は囮やなぁ」
「俺は現場補助な!」
西紀が拳を握る。
吹雪が最後に言う。
「今回は―クロノスの介入は想定しません」
空気がわずかに変わる。
明言。
零を見るでもなく、
言う。
「私たちだけで完遂します」
それは信頼でもあり、
試験でもある。
零は頷く。
「了解」
胸の奥が静かに波打つ。
―出ない方がいい。
夏に使いすぎた。
観測された。
距離が縮まっている。
ならば。
今回は完全に“部員”として動く。
〈夜・前日〉
零は自室で計画図を見ていた。
月は半分。
マスクは机の上。
触れない。
そのとき、
スマホが震える。
葵から。
『なぁレイ』
『明日さ、なんか起きそうじゃね?』
短いメッセージ。
零は少し考えて返信する。
『起こさないようにするのが僕らの仕事だよ』
数秒後。
『そっか』
既読が止まる。
零はスマホを伏せる。
葵は鋭い。
理屈じゃなく、
感覚で近づいてくる。
一番、
危険な距離。
〈任務当夜〉
港湾区第二倉庫。
予定通り侵入。
宇宙が監視を切る。
「三十秒だけだ」
皐月が軽やかに移動。
西紀が補助。
零は全体の流れを読む。
順調。
だが―
外からパトカーの音。
吹雪が息を飲む。
「早すぎる」
誰かが通報した?
それとも、
待ち伏せ?
西紀が焦る。
「やばくね!?」
零の視界がわずかに狭まる。
使えば、
一瞬で終わる。
だが。
今ここで出れば。
“夏の揺れ”と繋がる。
選択の時間。
0.8秒。
世界がわずかに伸びる。
零は息を吐く。
「皐月先輩、予定変更。回収優先順位二へ。宇宙、南側排気口」
声は冷静。
加速は、
使わない。
部員として、
判断する。
全員が動く。
ギリギリで撤退。
パトカーが到着した時には、
倉庫は空だった。
クロノスは現れない。
完全に。
夜は、
普通に終わった。
帰路
西紀が笑う。
「俺らマジ強くね!?」
宇宙も小さく頷く。
吹雪が言う。
「今回も、クロノスは現れませんでした」
零を見る。
だが今度は、
疑いではない。
確認。
零は肩をすくめる。
「静かな夜でしたね」
葵が隣を歩く。
小さく言う。
「…うん」
その声は、
どこか安心していた。
そして
遠く。
暗い車内。
モニターに倉庫の映像。
低い声が響く。
「加速反応なし…だが、いるな」
画面に零の横顔が映る。
「次は、逃がさない」
夏は終わった。
だが。
本当の追跡が、
始まろうとしていた。
- 1.時を食う怪盗、夜を抜けて
- 2.第一話 幻影という名の部活
- 3.第二話 表と裏の境界線
- 4.第三話 任務開始 ― 幻影、侵入
- 5.第四話 怪盗クロノス、夜を裂く
- 6.第五話 反省会―奪われた夜の解析
- 7.第六話 再起動―幻影作戦会議
- 8.第七話 静月―そして夜は裂ける
- 9.第八話 出遅れた一秒
- 10.番外編 第一話 時巣零の過去 『時間を喰う子ども』
- 11.番外編 第二話 時巣零の過去 『怪盗が生まれた日』
- 12.第九話 疑念は、静かに積もる
- 13.第十話 月は出ない
- 14.第十一話 夏がほどける
- 15.第十二話 仮面と素顔の距離
- 16.第十三話 夏の終わり、次の幕開け
- 17.第十四話 名前のない男
- 18.第十五話 祝祭の設計図
- 19.第十六話 時間の歯車
- 20.第十七話 学園祭前夜
- 21.第十八話 学園祭本番と盗賊団の影
- 22.第十九話 怪盗クロノスの覚醒