夏の夜は、
やけに蒸し暑い。
港湾地区の旧倉庫。
今夜、
そこに違法収集品が一時保管される。
零は黒いマスクをつける。
クロノスとして動くのは、
夏休みに入って初めてだった。
「…短時間で終わらせる」
仲間には知らせていない。
疑念は消えたばかりだ。
今動くのは危険。
だが―
―模倣犯の件。
あれが本物なら、
放置はできない。
零は闇に溶けた。
侵入
警備は甘い。
だが妙だ。
人の気配が多い。
屋根上に着地した瞬間。
聞き慣れた声がした。
「ねぇ葵、ほんとに来ると思う?」
零の呼吸が止まる。
西紀。
そして。
「えー?知らんけどぉ。来たらラッキーじゃん?研究材料ゲットぉ」
葵。
零の視界が静止する。
どうしてここに?
倉庫の裏手。
吹雪、
琉雨、
葵、
西紀。
“クロノス研究会”と化した少人数班。
吹雪が淡々と言う。
「模倣犯が出た以上、本物が動く可能性は高い」
葵が双眼鏡を覗き込む。
「本物クロノスってさ、加速じゃなくて“認知ズレ”説ない?」
零の心臓が跳ねる。
鋭い。
葵はマイペースだが、
直感が妙に当たる。
吹雪が続ける。
「彼は常に“最小干渉”で動く。必要以上に時間を歪めない」
零の喉が乾く。
当たりすぎている。
このまま動けば―
研究対象そのもの。
だが、
引けば模倣犯を逃す。
選択の時間は短い。
零は飛び降りた。
出現
「…こんばんは」
倉庫内に低い声が響く。
四人が振り向く。
葵の目が輝く。
「出たぁ!!本物ぉ!?」
西紀が一歩前に出る。
「やっぱ来るよな!」
吹雪は観察の目。
琉雨は半分眠そうに言う。
「…時間、揺れてない」
零は最短距離で目標物を回収する。
今回は見せる必要はない。
最小速度。
だが。
その瞬間。
倉庫のシャッターが落ちる。
金属音。
全出口封鎖。
照明が赤に変わる。
スピーカーから声。
「やっと捕まえたぞ、クロノス」
零の瞳が細まる。
罠。
しかも―
研究班ごと巻き込まれた。
葵が固まる。
「え、これヤバくね?」
西紀が周囲を見る。
「外出れねぇ」
吹雪は即座に分析。
「目的はクロノス確保。私たちは人質」
最悪だ。
零が超加速すれば脱出は可能。
だが。
この距離で使えば。
彼らは“観測”する。
特に吹雪と葵。
零は仮面の奥で息を整える。
時間が、
わずかに伸びる。
0.8秒。
使うか?
否。
まだ。
葵がぽつりと呟く。
「なぁクロノス」
零を見る。
「俺さ、ずっと思ってたんだけど」
一歩近づく。
「お前、なんか人間くさくね?」
心臓が、
強く打つ。
「完全無機質じゃないっていうかさ。なんつーの、迷う感じ?」
吹雪が葵を制止する。
「不用意な接近は危険です」
だが葵は止まらない。
「だってさぁ、ほんとに冷酷なら俺ら巻き込まないだろ?」
その言葉が、
刺さる。
零は一瞬だけ視線を逸らす。
その瞬間。
天井のワイヤーが落下。
反射。
思考より速く身体が動く。
世界が、
伸びる。
赤い警告灯がゆっくり瞬く。
葵の驚いた顔がスローモーションになる。
零は加速した。
だが。
極限まで抑える。
最小の歪み。
ワイヤーを切断。
四人を押し出す。
時間が戻る。
轟音。
葵が目を見開く。
「…今の」
吹雪の視線が鋭い。
琉雨がぽつり。
「…やっぱり、揺れた」
沈黙。
零は低く言う。
「出口は東側。三秒後、隙ができる」
「なんで分かる!?」
西紀。
零は答えない。
シャッターの隙間が一瞬開く。
「今だ」
全員が駆ける。
外へ転がり出る。
背後で爆発音。
倉庫は封鎖された。
静寂。
夜風。
葵が、
クロノスを見る。
「…ありがと」
素直な声。
疑いではない。
ただの礼。
吹雪は静かに言う。
「あなたは、私たちを見捨てなかった」
零は背を向ける。
「時間は奪うものじゃない」
振り返らない。
「守るために使うこともある」
そのまま闇へ消える。
葵がぽつり。
「なぁ」
吹雪を見る。
「やっぱあいつ、人間だよな」
吹雪は答えない。
だが。
完全否定は、
できなかった。
屋上
マスクを外す。
零の額には汗。
ギリギリだった。
能力は使った。
だが観測されたのは断片。
確証には足りない。
それでも。
距離は、
縮まった。
危険な距離。
零は夜空を見上げる。
「…夏は静かじゃないな」
遠くで、
誰かがこちらを見ている気配。
罠を仕掛けた“誰か”。
本当の敵は、
まだ姿を見せていない。
やけに蒸し暑い。
港湾地区の旧倉庫。
今夜、
そこに違法収集品が一時保管される。
零は黒いマスクをつける。
クロノスとして動くのは、
夏休みに入って初めてだった。
「…短時間で終わらせる」
仲間には知らせていない。
疑念は消えたばかりだ。
今動くのは危険。
だが―
―模倣犯の件。
あれが本物なら、
放置はできない。
零は闇に溶けた。
侵入
警備は甘い。
だが妙だ。
人の気配が多い。
屋根上に着地した瞬間。
聞き慣れた声がした。
「ねぇ葵、ほんとに来ると思う?」
零の呼吸が止まる。
西紀。
そして。
「えー?知らんけどぉ。来たらラッキーじゃん?研究材料ゲットぉ」
葵。
零の視界が静止する。
どうしてここに?
倉庫の裏手。
吹雪、
琉雨、
葵、
西紀。
“クロノス研究会”と化した少人数班。
吹雪が淡々と言う。
「模倣犯が出た以上、本物が動く可能性は高い」
葵が双眼鏡を覗き込む。
「本物クロノスってさ、加速じゃなくて“認知ズレ”説ない?」
零の心臓が跳ねる。
鋭い。
葵はマイペースだが、
直感が妙に当たる。
吹雪が続ける。
「彼は常に“最小干渉”で動く。必要以上に時間を歪めない」
零の喉が乾く。
当たりすぎている。
このまま動けば―
研究対象そのもの。
だが、
引けば模倣犯を逃す。
選択の時間は短い。
零は飛び降りた。
出現
「…こんばんは」
倉庫内に低い声が響く。
四人が振り向く。
葵の目が輝く。
「出たぁ!!本物ぉ!?」
西紀が一歩前に出る。
「やっぱ来るよな!」
吹雪は観察の目。
琉雨は半分眠そうに言う。
「…時間、揺れてない」
零は最短距離で目標物を回収する。
今回は見せる必要はない。
最小速度。
だが。
その瞬間。
倉庫のシャッターが落ちる。
金属音。
全出口封鎖。
照明が赤に変わる。
スピーカーから声。
「やっと捕まえたぞ、クロノス」
零の瞳が細まる。
罠。
しかも―
研究班ごと巻き込まれた。
葵が固まる。
「え、これヤバくね?」
西紀が周囲を見る。
「外出れねぇ」
吹雪は即座に分析。
「目的はクロノス確保。私たちは人質」
最悪だ。
零が超加速すれば脱出は可能。
だが。
この距離で使えば。
彼らは“観測”する。
特に吹雪と葵。
零は仮面の奥で息を整える。
時間が、
わずかに伸びる。
0.8秒。
使うか?
否。
まだ。
葵がぽつりと呟く。
「なぁクロノス」
零を見る。
「俺さ、ずっと思ってたんだけど」
一歩近づく。
「お前、なんか人間くさくね?」
心臓が、
強く打つ。
「完全無機質じゃないっていうかさ。なんつーの、迷う感じ?」
吹雪が葵を制止する。
「不用意な接近は危険です」
だが葵は止まらない。
「だってさぁ、ほんとに冷酷なら俺ら巻き込まないだろ?」
その言葉が、
刺さる。
零は一瞬だけ視線を逸らす。
その瞬間。
天井のワイヤーが落下。
反射。
思考より速く身体が動く。
世界が、
伸びる。
赤い警告灯がゆっくり瞬く。
葵の驚いた顔がスローモーションになる。
零は加速した。
だが。
極限まで抑える。
最小の歪み。
ワイヤーを切断。
四人を押し出す。
時間が戻る。
轟音。
葵が目を見開く。
「…今の」
吹雪の視線が鋭い。
琉雨がぽつり。
「…やっぱり、揺れた」
沈黙。
零は低く言う。
「出口は東側。三秒後、隙ができる」
「なんで分かる!?」
西紀。
零は答えない。
シャッターの隙間が一瞬開く。
「今だ」
全員が駆ける。
外へ転がり出る。
背後で爆発音。
倉庫は封鎖された。
静寂。
夜風。
葵が、
クロノスを見る。
「…ありがと」
素直な声。
疑いではない。
ただの礼。
吹雪は静かに言う。
「あなたは、私たちを見捨てなかった」
零は背を向ける。
「時間は奪うものじゃない」
振り返らない。
「守るために使うこともある」
そのまま闇へ消える。
葵がぽつり。
「なぁ」
吹雪を見る。
「やっぱあいつ、人間だよな」
吹雪は答えない。
だが。
完全否定は、
できなかった。
屋上
マスクを外す。
零の額には汗。
ギリギリだった。
能力は使った。
だが観測されたのは断片。
確証には足りない。
それでも。
距離は、
縮まった。
危険な距離。
零は夜空を見上げる。
「…夏は静かじゃないな」
遠くで、
誰かがこちらを見ている気配。
罠を仕掛けた“誰か”。
本当の敵は、
まだ姿を見せていない。
- 1.時を食う怪盗、夜を抜けて
- 2.第一話 幻影という名の部活
- 3.第二話 表と裏の境界線
- 4.第三話 任務開始 ― 幻影、侵入
- 5.第四話 怪盗クロノス、夜を裂く
- 6.第五話 反省会―奪われた夜の解析
- 7.第六話 再起動―幻影作戦会議
- 8.第七話 静月―そして夜は裂ける
- 9.第八話 出遅れた一秒
- 10.番外編 第一話 時巣零の過去 『時間を喰う子ども』
- 11.番外編 第二話 時巣零の過去 『怪盗が生まれた日』
- 12.第九話 疑念は、静かに積もる
- 13.第十話 月は出ない
- 14.第十一話 夏がほどける
- 15.第十二話 仮面と素顔の距離
- 16.第十三話 夏の終わり、次の幕開け
- 17.第十四話 名前のない男
- 18.第十五話 祝祭の設計図
- 19.第十六話 時間の歯車
- 20.第十七話 学園祭前夜
- 21.第十八話 学園祭本番と盗賊団の影
- 22.第十九話 怪盗クロノスの覚醒