夜は静かだった。
あまりにも静かすぎて、
逆に不安になるほどに。
文化財一時保管庫。
警備は最小限。
警察との連携も薄い。
だからこそ、
罠の匂いがする。
部室の空気は、
いつもより重かった。
「…今回は、時巣さんを前線から外します」
吹雪の声は、
穏やかで、
正確だった。
誰も驚かない。
けれど、
誰も軽くも受け取らない。
零は瞬きひとつせずに頷いた。
「了解。サブ回線と外周監視、担当します」
その声音に、
揺れはない。
宇宙がじっと零を見る。
西紀は空気を変えるように笑った。
「たまには俺らだけでやるのもアリっしょ!」
琉雨は机に頬をつけたまま、
ぼそりと。
「…右ルートは三分後に死角が消える。遅れたら終わり」
皐月が伸びをしながら言う。
「ほな今日は、うちらの実力試しやなぁ」
零はその輪から、
半歩だけ外れた位置に立っていた。
―出られない位置。
物理的にも、
立場的にも。
それが今回の試験だった。
吹雪は、
言外に示している。
“クロノスが現れないなら、
あなたは白に近づく”
零はそれを理解していた。
そして―
―受け入れていた。
任務開始
夜風が冷たい。
通信機越しに、
零の声が流れる。
「外周異常なし。北側、警備一名巡回開始」
琉雨が即座に返す。
「三歩後退。…今」
皐月が静かに移動する。
宇宙が監視カメラを無音で遮断。
西紀が軽い陽動を仕掛ける。
連携は滑らかだった。
クロノスがいなくても。
時間が、
歪まないまま進んでいく。
零は屋外からその流れを見ていた。
胸の奥が、少しだけざわつく。
―本当に、出なくていいのか。
ポケットの中には、黒いマスク。
指先が触れる。
その瞬間―
「っ…警備が予定より早い!」
西紀の声。
一瞬、
呼吸が止まる。
零の思考が、
反射で加速しかける。
0.8秒。
世界が、
ほんの少しだけ遅く見えた。
―今なら間に合う。
消えて、
移動して、
終わらせられる。
けれど。
零は目を閉じた。
そして、
普通の速度で言う。
「西紀先輩、棚三番。左足音、床鳴りする。右へ半歩」
一拍。
足音が逸れる。
警備員は気づかない。
事なきを得る。
零はそれ以上何もしない。
時間を奪わない。
世界を歪めない。
ただ、
仲間を信じる。
成功
回収完了。
警報なし。
追跡なし。
クロノスも、
現れない。
夜は、
最後まで静かだった。
撤退後、
屋上。
西紀が両手を広げる。
「やったぁああ!俺らだけでいけたじゃん!」
宇宙も珍しく素直だった。
「…連携は悪くなかった」
皐月はあくび混じりに笑う。
「うちの宇宙もようやったわぁ」
琉雨がゆっくり零を見る。
「…今日は、時間が普通だった」
その言葉が、
わずかに引っかかる。
吹雪が一歩前に出る。
「クロノスは現れなかった」
沈黙。
「つまり、内部観測者仮説は、現時点では否定的です」
零を見る。
「時巣さん、今日のあなたは―部員でした」
謝らない。
だが、
刃も向けない。
ただ、
事実だけを置く。
零は微笑む。
「それは光栄ですね」
疑念は、
消えた。
少なくとも、“表面上”は。
夜更け
校舎屋上。
誰もいない。
零は一人、
立っていた。
夜空には月がない。
ポケットから、
マスクを取り出す。
指先でなぞる。
今日、
出なかった理由は簡単だ。
仲間を信じた。
それだけだ。
「…必要なかった」
静かに呟き、
マスクをしまう。
風が吹く。
その瞬間。
遠く、
街の向こうで。
微かに赤色灯が瞬いた。
零の瞳が細くなる。
通信はない。
ニュースもまだ出ていない。
けれど。
胸騒ぎだけが残る。
―本当に、何もなかったのか?
クロノスが現れなかった夜。
だが。
“別の場所”で何かが起きていたとしたら?
零は夜を見つめる。
時間は、
確かに流れている。
誰にも奪われることなく。
それでも。
どこかで、
誰かが。
時間を喰らったかもしれない。
月は出ない。
静かな夜だった。
あまりにも、
静かすぎる夜だった。
あまりにも静かすぎて、
逆に不安になるほどに。
文化財一時保管庫。
警備は最小限。
警察との連携も薄い。
だからこそ、
罠の匂いがする。
部室の空気は、
いつもより重かった。
「…今回は、時巣さんを前線から外します」
吹雪の声は、
穏やかで、
正確だった。
誰も驚かない。
けれど、
誰も軽くも受け取らない。
零は瞬きひとつせずに頷いた。
「了解。サブ回線と外周監視、担当します」
その声音に、
揺れはない。
宇宙がじっと零を見る。
西紀は空気を変えるように笑った。
「たまには俺らだけでやるのもアリっしょ!」
琉雨は机に頬をつけたまま、
ぼそりと。
「…右ルートは三分後に死角が消える。遅れたら終わり」
皐月が伸びをしながら言う。
「ほな今日は、うちらの実力試しやなぁ」
零はその輪から、
半歩だけ外れた位置に立っていた。
―出られない位置。
物理的にも、
立場的にも。
それが今回の試験だった。
吹雪は、
言外に示している。
“クロノスが現れないなら、
あなたは白に近づく”
零はそれを理解していた。
そして―
―受け入れていた。
任務開始
夜風が冷たい。
通信機越しに、
零の声が流れる。
「外周異常なし。北側、警備一名巡回開始」
琉雨が即座に返す。
「三歩後退。…今」
皐月が静かに移動する。
宇宙が監視カメラを無音で遮断。
西紀が軽い陽動を仕掛ける。
連携は滑らかだった。
クロノスがいなくても。
時間が、
歪まないまま進んでいく。
零は屋外からその流れを見ていた。
胸の奥が、少しだけざわつく。
―本当に、出なくていいのか。
ポケットの中には、黒いマスク。
指先が触れる。
その瞬間―
「っ…警備が予定より早い!」
西紀の声。
一瞬、
呼吸が止まる。
零の思考が、
反射で加速しかける。
0.8秒。
世界が、
ほんの少しだけ遅く見えた。
―今なら間に合う。
消えて、
移動して、
終わらせられる。
けれど。
零は目を閉じた。
そして、
普通の速度で言う。
「西紀先輩、棚三番。左足音、床鳴りする。右へ半歩」
一拍。
足音が逸れる。
警備員は気づかない。
事なきを得る。
零はそれ以上何もしない。
時間を奪わない。
世界を歪めない。
ただ、
仲間を信じる。
成功
回収完了。
警報なし。
追跡なし。
クロノスも、
現れない。
夜は、
最後まで静かだった。
撤退後、
屋上。
西紀が両手を広げる。
「やったぁああ!俺らだけでいけたじゃん!」
宇宙も珍しく素直だった。
「…連携は悪くなかった」
皐月はあくび混じりに笑う。
「うちの宇宙もようやったわぁ」
琉雨がゆっくり零を見る。
「…今日は、時間が普通だった」
その言葉が、
わずかに引っかかる。
吹雪が一歩前に出る。
「クロノスは現れなかった」
沈黙。
「つまり、内部観測者仮説は、現時点では否定的です」
零を見る。
「時巣さん、今日のあなたは―部員でした」
謝らない。
だが、
刃も向けない。
ただ、
事実だけを置く。
零は微笑む。
「それは光栄ですね」
疑念は、
消えた。
少なくとも、“表面上”は。
夜更け
校舎屋上。
誰もいない。
零は一人、
立っていた。
夜空には月がない。
ポケットから、
マスクを取り出す。
指先でなぞる。
今日、
出なかった理由は簡単だ。
仲間を信じた。
それだけだ。
「…必要なかった」
静かに呟き、
マスクをしまう。
風が吹く。
その瞬間。
遠く、
街の向こうで。
微かに赤色灯が瞬いた。
零の瞳が細くなる。
通信はない。
ニュースもまだ出ていない。
けれど。
胸騒ぎだけが残る。
―本当に、何もなかったのか?
クロノスが現れなかった夜。
だが。
“別の場所”で何かが起きていたとしたら?
零は夜を見つめる。
時間は、
確かに流れている。
誰にも奪われることなく。
それでも。
どこかで、
誰かが。
時間を喰らったかもしれない。
月は出ない。
静かな夜だった。
あまりにも、
静かすぎる夜だった。
- 1.時を食う怪盗、夜を抜けて
- 2.第一話 幻影という名の部活
- 3.第二話 表と裏の境界線
- 4.第三話 任務開始 ― 幻影、侵入
- 5.第四話 怪盗クロノス、夜を裂く
- 6.第五話 反省会―奪われた夜の解析
- 7.第六話 再起動―幻影作戦会議
- 8.第七話 静月―そして夜は裂ける
- 9.第八話 出遅れた一秒
- 10.番外編 第一話 時巣零の過去 『時間を喰う子ども』
- 11.番外編 第二話 時巣零の過去 『怪盗が生まれた日』
- 12.第九話 疑念は、静かに積もる
- 13.第十話 月は出ない
- 14.第十一話 夏がほどける
- 15.第十二話 仮面と素顔の距離
- 16.第十三話 夏の終わり、次の幕開け
- 17.第十四話 名前のない男
- 18.第十五話 祝祭の設計図
- 19.第十六話 時間の歯車
- 20.第十七話 学園祭前夜
- 21.第十八話 学園祭本番と盗賊団の影
- 22.第十九話 怪盗クロノスの覚醒