旧校舎三階。
カーテンは閉め切り。
空気は重い。
テーブル中央に置かれたのは、
現場写真。
割れた天窓。
倒れた警備。
空になった展示ケース。
「…完敗やな」
皐月が笑う。
でも目は真剣だ。
西紀が机を叩く。
「いやいやいや!!助けられたけどさ!?でも奪われたんだよ!?」
「結果だけ見ればそうやな」
宇宙は腕を組む。
「正体不明。実力は俺たち以上」
低い声。
悔しさが混じる。
琉雨はココアを飲みながらぼそり。
「…侵入速度、常識外。監視切断まで、約二・三秒」
「二・三秒!?」
西紀が叫ぶ。
「人間じゃなくね!?」
「…時間が、飛んだみたい」
その言葉に、
零の指がわずかに止まる。
コンコン。
ドアが開く。
「失礼します」
入ってきたのは、
淡い水色の髪の少年。
右目を前髪で隠し、
冷静な瞳。
「初めまして,僕は氷風吹雪といいます。」
丁寧すぎる礼。
「今回の件、分析に参加させていただきます」
皐月がにやり。
「うちのブレイン補佐や」
吹雪は写真を並べ替える。
視線が鋭い。
「まず前提として、相手は僕たちを“助けた”」
宇宙が睨む。
「敵だ」
「敵か味方かはまだ不明です」
淡々と続ける。
「ですが、行動原理は明確。宝のみを奪い、人的被害はゼロ」
「……」
「おそらく60〜70%くらいの確率で、この人物は“単独主義”」
西紀が顔を近づける。
「なんで?」
「連携の痕跡がない。すべて一人で完結している」
吹雪は続ける。
「そして最大の異常点」
写真を指差す。
「接触の記録が曖昧」
「曖昧?」
「警備員は“殴られた感覚がない”と言っています」
沈黙。
「つまり」
吹雪の声が静かに落ちる。
「知覚より先に結果が起きている」
皐月が楽しそうに笑う。
「ええやん」
西紀がぽつり。
「…時間止めたみたいだったってニュースで言ってたよな」
空気が、
わずかに揺れる。
零は視線を落とす。
吹雪が続ける。
「仮に“時間を感じさせない動き”が可能なら」
その目が、
ほんの一瞬、
零をかすめる。
偶然。
ただの偶然。
「次に遭遇した場合、正面衝突は避けるべきです」
宇宙が即答。
「先輩を守る」
皐月が肩をすくめる。
「守られるつもりないで」
西紀が笑う。
「でもさ!」
立ち上がる。
「俺、ああいうの好きなんだよな!!怪盗って感じでさ!!」
「そういうの俺好きじゃないって毎回言ってるよね?」
吹雪がやんわり返す。
「憧れは判断を鈍らせます」
西紀がしゅんとする。
琉雨が目を閉じたまま言う。
「…次は、勝つ」
その声には眠気がない。
[水平線]
部室の空気は、まだ重い。
怪盗クロノス。
その名だけが、
静かに浮いている。
コンコン。
「失礼します」
ドアが開く。
グレーに近い黒髪、
白いシャツ。
柔らかな笑顔。
「幻影遊戯部のみなさん、お疲れさまです」
全員が一瞬で姿勢を正す。
風白真。
顧問。
「皐月さん、少しお時間よろしいですか?」
「なんや先生、どうしましたん」
「いえいえ、皆さんで大丈夫ですよ」
先生は微笑んだまま、テーブルの写真に視線を落とす。
「……学園祭の“演出研究”でしょうか?」
敬語。
柔らかい。
だが、
視線は鋭い。
西紀が慌てて言う。
「そ、そうです!リアルさ追求っす!」
「なるほど」
先生はうなずく。
「とてもよくできていますね。窓の割れ方も自然です」
沈黙。
吹雪がわずかに目を細める。
先生は続ける。
「氷風さんは、こういう分析がお得意でしたよね?」
「はい。お役に立てるなら、喜んで」
「素晴らしいです」
にこり。
「一三さんは実行役でしょうか?」
「え!?あ、はい!たぶん!」
「元気があって良いですね」
「宇宙さんは安全管理でしょうか」
「…はい」
「頼もしいです」
「月空さんは、計画書の作成ですね?」
「…むにゃ…はい」
「眠そうですが、無理はなさらないでくださいね」
最後に。
先生の目が、
零へ向く。
「時巣さん」
一瞬だけ、
空気が静まる。
「あなたは、どの役割ですか?」
部室の視線が集まる。
零は静かに答える。
「雑用です」
先生は少しだけ笑う。
「そうですか」
間。
ほんのわずかに。
「時巣さんは、状況判断が早そうですね」
西紀が割って入る。
「それなんすよ先生!零めちゃくちゃ目いいんすよ!」
「そうなのですか?」
先生は穏やかにうなずく。
「それは素敵な才能ですね」
優しい。
ただ、
それだけの言葉。
でも。
なぜか、
見透かされている気がする。
先生は紙袋を差し出す。
「クッキーを焼いてきました。よろしければどうぞ」
宇宙が警戒する。
吹雪が小声で。
「…前回の再来の可能性、80%」
西紀が一枚食べる。
三秒後。
「…先生、これ数学の味がします」
「はい。黄金比を意識しました」
「食べ物に?」
「挑戦は大切です」
誰も二枚目に手を出さない。
先生は、
ふっと笑う。
そして、
少しだけ真面目な声で。
「みなさん」
敬語のまま。
「危ないことは、しないでくださいね」
誰も返事をしない。
先生は続ける。
「私は、生徒さんが傷つくのが一番嫌いです」
その言葉は、
冗談ではない。
空気が、
わずかに変わる。
「何か困ったことがあれば、いつでも相談してください」
にこり。
「私は顧問ですから」
先生は去っていく。
ドアが閉まる。
沈黙。
吹雪が静かに言う。
「…気づいている可能性、上方修正。80%」
宇宙が呟く。
「敵ではない」
皐月が笑う。
「最強の顧問やからな。
ほら、何でも屋とか言う部活とか、そっちのほうも顧問やってるらしいし」
零は窓の外を見る。
風が、
静かに吹いている。
先生は―
どこまで知っているのか。
そして。
もし全て知っているとしたら。
なぜ、
止めない?
時間はまだ、
味方だ。
けれど。
この学校には、
“ただの大人”はいないのかもしれない。
カーテンは閉め切り。
空気は重い。
テーブル中央に置かれたのは、
現場写真。
割れた天窓。
倒れた警備。
空になった展示ケース。
「…完敗やな」
皐月が笑う。
でも目は真剣だ。
西紀が机を叩く。
「いやいやいや!!助けられたけどさ!?でも奪われたんだよ!?」
「結果だけ見ればそうやな」
宇宙は腕を組む。
「正体不明。実力は俺たち以上」
低い声。
悔しさが混じる。
琉雨はココアを飲みながらぼそり。
「…侵入速度、常識外。監視切断まで、約二・三秒」
「二・三秒!?」
西紀が叫ぶ。
「人間じゃなくね!?」
「…時間が、飛んだみたい」
その言葉に、
零の指がわずかに止まる。
コンコン。
ドアが開く。
「失礼します」
入ってきたのは、
淡い水色の髪の少年。
右目を前髪で隠し、
冷静な瞳。
「初めまして,僕は氷風吹雪といいます。」
丁寧すぎる礼。
「今回の件、分析に参加させていただきます」
皐月がにやり。
「うちのブレイン補佐や」
吹雪は写真を並べ替える。
視線が鋭い。
「まず前提として、相手は僕たちを“助けた”」
宇宙が睨む。
「敵だ」
「敵か味方かはまだ不明です」
淡々と続ける。
「ですが、行動原理は明確。宝のみを奪い、人的被害はゼロ」
「……」
「おそらく60〜70%くらいの確率で、この人物は“単独主義”」
西紀が顔を近づける。
「なんで?」
「連携の痕跡がない。すべて一人で完結している」
吹雪は続ける。
「そして最大の異常点」
写真を指差す。
「接触の記録が曖昧」
「曖昧?」
「警備員は“殴られた感覚がない”と言っています」
沈黙。
「つまり」
吹雪の声が静かに落ちる。
「知覚より先に結果が起きている」
皐月が楽しそうに笑う。
「ええやん」
西紀がぽつり。
「…時間止めたみたいだったってニュースで言ってたよな」
空気が、
わずかに揺れる。
零は視線を落とす。
吹雪が続ける。
「仮に“時間を感じさせない動き”が可能なら」
その目が、
ほんの一瞬、
零をかすめる。
偶然。
ただの偶然。
「次に遭遇した場合、正面衝突は避けるべきです」
宇宙が即答。
「先輩を守る」
皐月が肩をすくめる。
「守られるつもりないで」
西紀が笑う。
「でもさ!」
立ち上がる。
「俺、ああいうの好きなんだよな!!怪盗って感じでさ!!」
「そういうの俺好きじゃないって毎回言ってるよね?」
吹雪がやんわり返す。
「憧れは判断を鈍らせます」
西紀がしゅんとする。
琉雨が目を閉じたまま言う。
「…次は、勝つ」
その声には眠気がない。
[水平線]
部室の空気は、まだ重い。
怪盗クロノス。
その名だけが、
静かに浮いている。
コンコン。
「失礼します」
ドアが開く。
グレーに近い黒髪、
白いシャツ。
柔らかな笑顔。
「幻影遊戯部のみなさん、お疲れさまです」
全員が一瞬で姿勢を正す。
風白真。
顧問。
「皐月さん、少しお時間よろしいですか?」
「なんや先生、どうしましたん」
「いえいえ、皆さんで大丈夫ですよ」
先生は微笑んだまま、テーブルの写真に視線を落とす。
「……学園祭の“演出研究”でしょうか?」
敬語。
柔らかい。
だが、
視線は鋭い。
西紀が慌てて言う。
「そ、そうです!リアルさ追求っす!」
「なるほど」
先生はうなずく。
「とてもよくできていますね。窓の割れ方も自然です」
沈黙。
吹雪がわずかに目を細める。
先生は続ける。
「氷風さんは、こういう分析がお得意でしたよね?」
「はい。お役に立てるなら、喜んで」
「素晴らしいです」
にこり。
「一三さんは実行役でしょうか?」
「え!?あ、はい!たぶん!」
「元気があって良いですね」
「宇宙さんは安全管理でしょうか」
「…はい」
「頼もしいです」
「月空さんは、計画書の作成ですね?」
「…むにゃ…はい」
「眠そうですが、無理はなさらないでくださいね」
最後に。
先生の目が、
零へ向く。
「時巣さん」
一瞬だけ、
空気が静まる。
「あなたは、どの役割ですか?」
部室の視線が集まる。
零は静かに答える。
「雑用です」
先生は少しだけ笑う。
「そうですか」
間。
ほんのわずかに。
「時巣さんは、状況判断が早そうですね」
西紀が割って入る。
「それなんすよ先生!零めちゃくちゃ目いいんすよ!」
「そうなのですか?」
先生は穏やかにうなずく。
「それは素敵な才能ですね」
優しい。
ただ、
それだけの言葉。
でも。
なぜか、
見透かされている気がする。
先生は紙袋を差し出す。
「クッキーを焼いてきました。よろしければどうぞ」
宇宙が警戒する。
吹雪が小声で。
「…前回の再来の可能性、80%」
西紀が一枚食べる。
三秒後。
「…先生、これ数学の味がします」
「はい。黄金比を意識しました」
「食べ物に?」
「挑戦は大切です」
誰も二枚目に手を出さない。
先生は、
ふっと笑う。
そして、
少しだけ真面目な声で。
「みなさん」
敬語のまま。
「危ないことは、しないでくださいね」
誰も返事をしない。
先生は続ける。
「私は、生徒さんが傷つくのが一番嫌いです」
その言葉は、
冗談ではない。
空気が、
わずかに変わる。
「何か困ったことがあれば、いつでも相談してください」
にこり。
「私は顧問ですから」
先生は去っていく。
ドアが閉まる。
沈黙。
吹雪が静かに言う。
「…気づいている可能性、上方修正。80%」
宇宙が呟く。
「敵ではない」
皐月が笑う。
「最強の顧問やからな。
ほら、何でも屋とか言う部活とか、そっちのほうも顧問やってるらしいし」
零は窓の外を見る。
風が、
静かに吹いている。
先生は―
どこまで知っているのか。
そして。
もし全て知っているとしたら。
なぜ、
止めない?
時間はまだ、
味方だ。
けれど。
この学校には、
“ただの大人”はいないのかもしれない。
- 1.時を食う怪盗、夜を抜けて
- 2.第一話 幻影という名の部活
- 3.第二話 表と裏の境界線
- 4.第三話 任務開始 ― 幻影、侵入
- 5.第四話 怪盗クロノス、夜を裂く
- 6.第五話 反省会―奪われた夜の解析
- 7.第六話 再起動―幻影作戦会議
- 8.第七話 静月―そして夜は裂ける
- 9.第八話 出遅れた一秒
- 10.番外編 第一話 時巣零の過去 『時間を喰う子ども』
- 11.番外編 第二話 時巣零の過去 『怪盗が生まれた日』
- 12.第九話 疑念は、静かに積もる
- 13.第十話 月は出ない
- 14.第十一話 夏がほどける
- 15.第十二話 仮面と素顔の距離
- 16.第十三話 夏の終わり、次の幕開け
- 17.第十四話 名前のない男
- 18.第十五話 祝祭の設計図
- 19.第十六話 時間の歯車
- 20.第十七話 学園祭前夜
- 21.第十八話 学園祭本番と盗賊団の影
- 22.第十九話 怪盗クロノスの覚醒