時間は、
平等だ。
誰にとっても、
同じ速さで流れている。
―そう思っている人間にとっては。
僕の名前は、
時巣零。
高校一年。
部活未所属。
理由は単純だ。
無駄なことに時間を使いたくない。
それだけ。
「零ぃぃぃぃ」
朝の廊下に、
間延びした声が響く。
この声だけは、
時間の流れを遅くする。
黒十寺葵。
僕の幼馴染。
黒髪ショート、
水色の瞳、
丸眼鏡。
常に少し眠そうな顔。
「おはよ……あ゙ー、今から学校?面倒くさすぎて、もう帰りたいんだけどぉ」
「もう校内」
「え゙ぇ゙ェ゙ェ゙ェ゛ェ゛…まじかぁ」
彼は僕の肩に寄りかかる。
重い。
「零さ、部活入らないの?」
「入らない」
「即答すぎん?」
「考えるまでもない」
葵はスマホを見ながら言う。
「ん、何?…ごめん、ネットで猫の動画見てて一ミリも聞いてなかった」
「聞いてないなら話しかけるな」
「いや聞いてたって。零がヒマって話でしょ?」
ヒマではない。
効率的なだけだ。
「とにかくさ」
葵は突然、僕の前に回り込む。
「今日、部室来て」
「断る」
「拒否権ないから」
嫌な予感。
「もう入部届け出しといたし」
沈黙。
「誰の」
「零の」
即答。
「却下」
「顧問のハンコも押してある」
……面倒だ。
「幻影遊戯部」
葵はにやにやする。
「マジックとかパフォーマンスやる部活。学園祭で人気らしいよ」
マジック。
くだらない。
手品だろう。
「零、手先器用じゃん」
「普通」
「運動神経もいいし」
「普通」
「目つき怪盗っぽいし」
「……最後なんだ」
「褒め言葉」
絶対違う。
「来なかったら、小学校の黒歴史ばらす」
「行く」
脅迫だ。
完全に。
[水平線]
放課後。
旧校舎三階。
『幻影遊戯部』
カラフルな文字で書かれたプレート。
中からゆるい声。
「入ってええで〜」
葵に背中を押され、
部室へ。
そこは―
トランプ。
シルクハット。
鳩の模型。
舞台用ライト。
ロープ。
大道具。
完全に、
手品部だ。
部室中央に立つ男。
朱と白のメッシュ、
さらさらロングのポニーテール。
「おー、自分が例の零くんか」
関西弁がやたら濃い。
「あー僕は皐月や、よろしゅう〜」
眠そうな目。
でも、どこか舞台人のような空気を纏っている。
「ここはな、エンタメ部や」
「エンタメ」
「人を騙して楽しませる部活や」
言い方が若干ひっかかる。
「安心せえ。ちゃんと健全や」
葵がうなずく。
「学園祭の目玉なんだよぉ」
皐月がトランプを一組取り出す。
「ほな、歓迎マジックや」
シャッフル。
指が滑る。
カードが宙に舞う。
次の瞬間。
すべて揃っている。
無駄がない。
静かすぎる動き。
僕は無意識に分析していた。
重心移動。
指圧。
視線誘導。
「どうや?」
皐月が笑う。
「普通」
僕は言う。
でも。
ほんのわずかに思う。
―悪くない。
「ほな零くんもやってみ」
トランプを渡される。
面倒だ。
でも。
断る理由もない。
僕は軽くシャッフルする。
ただ、それだけ。
ほんの数秒。
気づけばカードは、完璧に整列していた。
静かに。
音もなく。
時間の隙間に滑り込むように。
沈黙。
葵が口を開ける。
「……え?」
皐月の目が、細くなる。
「今、なんかした?」
「普通に混ぜただけ」
事実だ。
少しだけ速く。
少しだけ正確に。
それだけ。
皐月は、ゆっくり笑う。
「…ええやん」
その目は、
面白い玩具を見つけた子供の目だった。
「決まりや。零、正式入部な」
「断る権利は」
「ないで」
葵が拍手する。
「ようこそ〜」
時間が、
また一つ削られた。
無駄な部活。
無駄な放課後。
なのに。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
退屈ではないと感じている自分がいる。
まだ僕は知らない。
この部活が、
ただのマジック部では終わらないことを。
そして。
彼らも知らない。
本物の怪盗が、
すでにここにいることを。
平等だ。
誰にとっても、
同じ速さで流れている。
―そう思っている人間にとっては。
僕の名前は、
時巣零。
高校一年。
部活未所属。
理由は単純だ。
無駄なことに時間を使いたくない。
それだけ。
「零ぃぃぃぃ」
朝の廊下に、
間延びした声が響く。
この声だけは、
時間の流れを遅くする。
黒十寺葵。
僕の幼馴染。
黒髪ショート、
水色の瞳、
丸眼鏡。
常に少し眠そうな顔。
「おはよ……あ゙ー、今から学校?面倒くさすぎて、もう帰りたいんだけどぉ」
「もう校内」
「え゙ぇ゙ェ゙ェ゙ェ゛ェ゛…まじかぁ」
彼は僕の肩に寄りかかる。
重い。
「零さ、部活入らないの?」
「入らない」
「即答すぎん?」
「考えるまでもない」
葵はスマホを見ながら言う。
「ん、何?…ごめん、ネットで猫の動画見てて一ミリも聞いてなかった」
「聞いてないなら話しかけるな」
「いや聞いてたって。零がヒマって話でしょ?」
ヒマではない。
効率的なだけだ。
「とにかくさ」
葵は突然、僕の前に回り込む。
「今日、部室来て」
「断る」
「拒否権ないから」
嫌な予感。
「もう入部届け出しといたし」
沈黙。
「誰の」
「零の」
即答。
「却下」
「顧問のハンコも押してある」
……面倒だ。
「幻影遊戯部」
葵はにやにやする。
「マジックとかパフォーマンスやる部活。学園祭で人気らしいよ」
マジック。
くだらない。
手品だろう。
「零、手先器用じゃん」
「普通」
「運動神経もいいし」
「普通」
「目つき怪盗っぽいし」
「……最後なんだ」
「褒め言葉」
絶対違う。
「来なかったら、小学校の黒歴史ばらす」
「行く」
脅迫だ。
完全に。
[水平線]
放課後。
旧校舎三階。
『幻影遊戯部』
カラフルな文字で書かれたプレート。
中からゆるい声。
「入ってええで〜」
葵に背中を押され、
部室へ。
そこは―
トランプ。
シルクハット。
鳩の模型。
舞台用ライト。
ロープ。
大道具。
完全に、
手品部だ。
部室中央に立つ男。
朱と白のメッシュ、
さらさらロングのポニーテール。
「おー、自分が例の零くんか」
関西弁がやたら濃い。
「あー僕は皐月や、よろしゅう〜」
眠そうな目。
でも、どこか舞台人のような空気を纏っている。
「ここはな、エンタメ部や」
「エンタメ」
「人を騙して楽しませる部活や」
言い方が若干ひっかかる。
「安心せえ。ちゃんと健全や」
葵がうなずく。
「学園祭の目玉なんだよぉ」
皐月がトランプを一組取り出す。
「ほな、歓迎マジックや」
シャッフル。
指が滑る。
カードが宙に舞う。
次の瞬間。
すべて揃っている。
無駄がない。
静かすぎる動き。
僕は無意識に分析していた。
重心移動。
指圧。
視線誘導。
「どうや?」
皐月が笑う。
「普通」
僕は言う。
でも。
ほんのわずかに思う。
―悪くない。
「ほな零くんもやってみ」
トランプを渡される。
面倒だ。
でも。
断る理由もない。
僕は軽くシャッフルする。
ただ、それだけ。
ほんの数秒。
気づけばカードは、完璧に整列していた。
静かに。
音もなく。
時間の隙間に滑り込むように。
沈黙。
葵が口を開ける。
「……え?」
皐月の目が、細くなる。
「今、なんかした?」
「普通に混ぜただけ」
事実だ。
少しだけ速く。
少しだけ正確に。
それだけ。
皐月は、ゆっくり笑う。
「…ええやん」
その目は、
面白い玩具を見つけた子供の目だった。
「決まりや。零、正式入部な」
「断る権利は」
「ないで」
葵が拍手する。
「ようこそ〜」
時間が、
また一つ削られた。
無駄な部活。
無駄な放課後。
なのに。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
退屈ではないと感じている自分がいる。
まだ僕は知らない。
この部活が、
ただのマジック部では終わらないことを。
そして。
彼らも知らない。
本物の怪盗が、
すでにここにいることを。
- 1.時を食う怪盗、夜を抜けて
- 2.第一話 幻影という名の部活
- 3.第二話 表と裏の境界線
- 4.第三話 任務開始 ― 幻影、侵入
- 5.第四話 怪盗クロノス、夜を裂く
- 6.第五話 反省会―奪われた夜の解析
- 7.第六話 再起動―幻影作戦会議
- 8.第七話 静月―そして夜は裂ける
- 9.第八話 出遅れた一秒
- 10.番外編 第一話 時巣零の過去 『時間を喰う子ども』
- 11.番外編 第二話 時巣零の過去 『怪盗が生まれた日』
- 12.第九話 疑念は、静かに積もる
- 13.第十話 月は出ない
- 14.第十一話 夏がほどける
- 15.第十二話 仮面と素顔の距離
- 16.第十三話 夏の終わり、次の幕開け
- 17.第十四話 名前のない男
- 18.第十五話 祝祭の設計図
- 19.第十六話 時間の歯車
- 20.第十七話 学園祭前夜
- 21.第十八話 学園祭本番と盗賊団の影
- 22.第十九話 怪盗クロノスの覚醒