その場所は、
不思議と争いの気配がなかった。
風は穏やかで、
音も立てず、
まるで世界が[太字]「何も起こさない」[/太字]ことを選んだみたいだった。
その中心に、
ひとりの女性が立っている。
紫色のパーカーに、
黒の長ズボン。
背筋はまっすぐで、
立ち姿には隙がない。
ツリ目の紫の瞳は、
どこか不満げで、
それでも視線は常に遠くを見ていた。
「…紫晶 希沙です。よろしくお願いします」
完璧な声色。
柔らかく、
誠実で、
誰に対しても角が立たない。
魔女は、
一瞬だけその[太字]“完成度”[/太字]に目を細める。
「あなたが、ここを治めているの?」
「いいえ」
希沙は、
即座に否定した。
「争いが起きないよう、
調整しているだけです。
平和こそ、世界を救うのです」
その言葉には、
迷いがなかった。
まるで、
ずっとそう言い続けてきたかのように。
「誰も傷つかず、
誰も孤立せず、
誰も恨まない世界」
紫水晶が、
胸元で静かに輝く。
「それが、正しい在り方でしょう?」
魔女は、
答えない。
その沈黙に、
希沙は一瞬だけ視線を伏せた。
「…私は」
言葉が、
詰まる。
「多くの人に慕われてきました。
信頼も、期待も、好意も」
淡々と語る。
「でも、それが…
ひどく、重かった。
人間関係なんて、嫌いです」
吐き出すように言った瞬間、
紫水晶の光が、
わずかに揺らぐ。
「笑顔でいれば、
平和は保たれます。
誰かの不満を飲み込めば、
衝突は避けられます。
私が、我慢すればいい」
それは、
信念であり、
同時に、
呪いだった。
魔女は、
静かに問いかける。
「あなたは…
何者なの?」
希沙の唇が、
かすかに震えた。
「…私は…何者なんでしょうね?」
初めて、
用意された言葉ではなかった。
「縁を切ろうとしました」
希沙は、
ぽつりと言う。
「全部、終わらせてしまえば、
楽になると思った。
でも…切れなかった」
紫水晶が、
深い紫に沈む。
「大切だからです」
その一言が、
彼女のすべてだった。
「嫌いなのに。
面倒なのに。
それでも…」
魔女は、そっと言う。
「アメジストはね、
[太字]“冷静さ”[/太字]の石だけど」
希沙を見る。
[大文字][明朝体]「同時に、
[太字]“愛を断ち切れない心”[/太字]の石でもある」
[/明朝体][/大文字]
希沙は、
息を呑む。
「平和ってね」
魔女は続ける。
「誰かが無理をして保つものじゃない。
あなたが壊れないことも、
平和の一部よ」
紫水晶が、
ゆっくりと光を取り戻す。
「…私は」
希沙は、
拳を握る。
「笑わなくても、
いいのでしょうか」
その問いは、
21年分の重さを持っていた。
魔女は、
迷わず答える。
「ええ。
あなたが不満そうな顔をしていても、
世界は、すぐには壊れない」
希沙の口元が、
ほんの少しだけ、
緩む。
「私は、ここに残ります」
希沙は言う。
「でも…
以前のような“理想”だけの私では、ありません」
「ええ」
魔女は、うなずく。
「紫は、混ざり合った色だから」
青と赤。
冷静と情熱。
「どちらかを捨てる必要はない」
魔女が立ち去るとき、
希沙は背中に向かって言った。
「…貴方」
「なに?」
「平和を信じることを、
やめなくてよかった」
魔女は、
振り返らない。
ただ、
静かに答える。
「それは、あなたが選び続けたことよ」
紫水晶は、
深く、
澄んだ紫のまま、
確かに輝いていた。
理想を愛し、
人を捨てきれなかった心の色で。
不思議と争いの気配がなかった。
風は穏やかで、
音も立てず、
まるで世界が[太字]「何も起こさない」[/太字]ことを選んだみたいだった。
その中心に、
ひとりの女性が立っている。
紫色のパーカーに、
黒の長ズボン。
背筋はまっすぐで、
立ち姿には隙がない。
ツリ目の紫の瞳は、
どこか不満げで、
それでも視線は常に遠くを見ていた。
「…紫晶 希沙です。よろしくお願いします」
完璧な声色。
柔らかく、
誠実で、
誰に対しても角が立たない。
魔女は、
一瞬だけその[太字]“完成度”[/太字]に目を細める。
「あなたが、ここを治めているの?」
「いいえ」
希沙は、
即座に否定した。
「争いが起きないよう、
調整しているだけです。
平和こそ、世界を救うのです」
その言葉には、
迷いがなかった。
まるで、
ずっとそう言い続けてきたかのように。
「誰も傷つかず、
誰も孤立せず、
誰も恨まない世界」
紫水晶が、
胸元で静かに輝く。
「それが、正しい在り方でしょう?」
魔女は、
答えない。
その沈黙に、
希沙は一瞬だけ視線を伏せた。
「…私は」
言葉が、
詰まる。
「多くの人に慕われてきました。
信頼も、期待も、好意も」
淡々と語る。
「でも、それが…
ひどく、重かった。
人間関係なんて、嫌いです」
吐き出すように言った瞬間、
紫水晶の光が、
わずかに揺らぐ。
「笑顔でいれば、
平和は保たれます。
誰かの不満を飲み込めば、
衝突は避けられます。
私が、我慢すればいい」
それは、
信念であり、
同時に、
呪いだった。
魔女は、
静かに問いかける。
「あなたは…
何者なの?」
希沙の唇が、
かすかに震えた。
「…私は…何者なんでしょうね?」
初めて、
用意された言葉ではなかった。
「縁を切ろうとしました」
希沙は、
ぽつりと言う。
「全部、終わらせてしまえば、
楽になると思った。
でも…切れなかった」
紫水晶が、
深い紫に沈む。
「大切だからです」
その一言が、
彼女のすべてだった。
「嫌いなのに。
面倒なのに。
それでも…」
魔女は、そっと言う。
「アメジストはね、
[太字]“冷静さ”[/太字]の石だけど」
希沙を見る。
[大文字][明朝体]「同時に、
[太字]“愛を断ち切れない心”[/太字]の石でもある」
[/明朝体][/大文字]
希沙は、
息を呑む。
「平和ってね」
魔女は続ける。
「誰かが無理をして保つものじゃない。
あなたが壊れないことも、
平和の一部よ」
紫水晶が、
ゆっくりと光を取り戻す。
「…私は」
希沙は、
拳を握る。
「笑わなくても、
いいのでしょうか」
その問いは、
21年分の重さを持っていた。
魔女は、
迷わず答える。
「ええ。
あなたが不満そうな顔をしていても、
世界は、すぐには壊れない」
希沙の口元が、
ほんの少しだけ、
緩む。
「私は、ここに残ります」
希沙は言う。
「でも…
以前のような“理想”だけの私では、ありません」
「ええ」
魔女は、うなずく。
「紫は、混ざり合った色だから」
青と赤。
冷静と情熱。
「どちらかを捨てる必要はない」
魔女が立ち去るとき、
希沙は背中に向かって言った。
「…貴方」
「なに?」
「平和を信じることを、
やめなくてよかった」
魔女は、
振り返らない。
ただ、
静かに答える。
「それは、あなたが選び続けたことよ」
紫水晶は、
深く、
澄んだ紫のまま、
確かに輝いていた。
理想を愛し、
人を捨てきれなかった心の色で。