そこは、
境目のない場所だった。
空と地面の区別が曖昧で、
色だけが、
ゆっくりと流れている。
白に見えたかと思えば、
次の瞬間には淡い桃色。
角度を変えれば、
青、緑、金。
「…ここ、地図に載ってないわね」
魔女がそう言うと、
少し離れたところで、
誰かが首を傾けた。
「そうだね。載せる理由がないから」
声は、
静かで、幼くも大人でもない。
白いワンピース。
けれど白というには曖昧で、
見るたびに、
違う色を含んでいる。
長い髪も、
同じだった。
何色、
と言えない。
光の通り道そのものみたいだった。
「私は白虹いとだよ」
名乗りは軽く、
でも嘘の気配はなかった。
「君、なんかあったの?」
魔女を見る瞳は、
何色でもない。
期待も、
警戒も、
好奇心さえ薄い。
「別に其れで、私の行動が変わるわけではないよ」
それは冷たい言葉じゃない。
ただ、
事実を述べているだけだった。
魔女は、いとのそばに立つ。
「あなた、宝石を持っていないの?」
「持ってるよ」
いとは、
胸元に手を当てる。
そこにあったのは、
オパール。
形は定まらず、
色は留まらない。
触れた瞬間、
消えてしまいそうな光。
「…執着しないのね」
魔女が言うと、
いとは少し考える。
「あれって、とってもこうじゃない?」
宙を指でなぞる。
「捕まえようとした瞬間に、
変わっちゃうやつ」
「…分かるような、分からないような」
「うん。私もたぶん、分かってない」
あっさり言って、
いとは微笑んだ。
「あなたは、守護者?」
「そうかも」
「曖昧ね」
「オパールだから」
それだけ。
魔女は、
問いを変える。
「守りたいものは?」
「ないよ」
即答。
「過去は?」
「ない」
「悩みは?」
「ない」
言葉は、すべて軽い。
重さを拒むように。
でも—
魔女は、
見てしまった。
オパールの光が、
わずかに、震えていることを。
「…脆いのね」
魔女のその一言に、
いとは否定しなかった。
「うん」
「割れたら?」
「その時は、その時」
怖がっていない。
でも、
耐えようともしていない。
「ねえ、魔女」
いとが言う。
「君はさ、
みんなに[太字][明朝体]意味[/明朝体][/太字]を渡して回ってる?」
「私は、問いを置いていくだけ」
「ふうん」
いとは、
オパールを指先で転がす。
光が、
七色に散る。
「じゃあ、私には何を置いていくの?」
魔女は、
少し考えた。
そして、こう言った。
[明朝体][大文字][太字]「掴まなくても、壊れなくてもいいってこと」
[/太字][/大文字][/明朝体]
いとは、瞬きをする。
「…それ、ちょっと危ない考えじゃない?」
「ええ」
魔女は、うなずく。
「でも、あなたはもう、
それを選んでここにいる」
オパールの色が、
一瞬だけ、
強くなる。
「私はね」
いとは、
ぽつりと言う。
「何も大切にしてないから、
何も失わない」
「でも」
「うん」
「何も失わない代わりに、
何も残らない」
いとは、少しだけ黙る。
「…それでも?」
「それでも」
魔女は、
肯定も否定もしない。
「それが、あなたの在り方なら」
風が吹く。
色が、
流れる。
「じゃあ」
いとは、笑う。
「私は、ここにいるよ。
残るわけでも、ついていくわけでもなく」
「ええ」
魔女は、
歩き出す。
「それでいい」
別れ際、いとは言った。
「君、名前は?」
「必要になったら、オパールが映すわ」
「そっか」
いとは、
興味を失ったように空を見る。
色の境界が、
溶けていく。
「…じゃあね」
それは、
執着のない別れだった。
でも、
確かに、
存在していた。
掴めない光。
意味を持たない選択。
それでも、
ここにある輝き。
オパールは、
今日も、
何色でもなく、
何色にでもなりながら、
静かに、
そこに在った。
境目のない場所だった。
空と地面の区別が曖昧で、
色だけが、
ゆっくりと流れている。
白に見えたかと思えば、
次の瞬間には淡い桃色。
角度を変えれば、
青、緑、金。
「…ここ、地図に載ってないわね」
魔女がそう言うと、
少し離れたところで、
誰かが首を傾けた。
「そうだね。載せる理由がないから」
声は、
静かで、幼くも大人でもない。
白いワンピース。
けれど白というには曖昧で、
見るたびに、
違う色を含んでいる。
長い髪も、
同じだった。
何色、
と言えない。
光の通り道そのものみたいだった。
「私は白虹いとだよ」
名乗りは軽く、
でも嘘の気配はなかった。
「君、なんかあったの?」
魔女を見る瞳は、
何色でもない。
期待も、
警戒も、
好奇心さえ薄い。
「別に其れで、私の行動が変わるわけではないよ」
それは冷たい言葉じゃない。
ただ、
事実を述べているだけだった。
魔女は、いとのそばに立つ。
「あなた、宝石を持っていないの?」
「持ってるよ」
いとは、
胸元に手を当てる。
そこにあったのは、
オパール。
形は定まらず、
色は留まらない。
触れた瞬間、
消えてしまいそうな光。
「…執着しないのね」
魔女が言うと、
いとは少し考える。
「あれって、とってもこうじゃない?」
宙を指でなぞる。
「捕まえようとした瞬間に、
変わっちゃうやつ」
「…分かるような、分からないような」
「うん。私もたぶん、分かってない」
あっさり言って、
いとは微笑んだ。
「あなたは、守護者?」
「そうかも」
「曖昧ね」
「オパールだから」
それだけ。
魔女は、
問いを変える。
「守りたいものは?」
「ないよ」
即答。
「過去は?」
「ない」
「悩みは?」
「ない」
言葉は、すべて軽い。
重さを拒むように。
でも—
魔女は、
見てしまった。
オパールの光が、
わずかに、震えていることを。
「…脆いのね」
魔女のその一言に、
いとは否定しなかった。
「うん」
「割れたら?」
「その時は、その時」
怖がっていない。
でも、
耐えようともしていない。
「ねえ、魔女」
いとが言う。
「君はさ、
みんなに[太字][明朝体]意味[/明朝体][/太字]を渡して回ってる?」
「私は、問いを置いていくだけ」
「ふうん」
いとは、
オパールを指先で転がす。
光が、
七色に散る。
「じゃあ、私には何を置いていくの?」
魔女は、
少し考えた。
そして、こう言った。
[明朝体][大文字][太字]「掴まなくても、壊れなくてもいいってこと」
[/太字][/大文字][/明朝体]
いとは、瞬きをする。
「…それ、ちょっと危ない考えじゃない?」
「ええ」
魔女は、うなずく。
「でも、あなたはもう、
それを選んでここにいる」
オパールの色が、
一瞬だけ、
強くなる。
「私はね」
いとは、
ぽつりと言う。
「何も大切にしてないから、
何も失わない」
「でも」
「うん」
「何も失わない代わりに、
何も残らない」
いとは、少しだけ黙る。
「…それでも?」
「それでも」
魔女は、
肯定も否定もしない。
「それが、あなたの在り方なら」
風が吹く。
色が、
流れる。
「じゃあ」
いとは、笑う。
「私は、ここにいるよ。
残るわけでも、ついていくわけでもなく」
「ええ」
魔女は、
歩き出す。
「それでいい」
別れ際、いとは言った。
「君、名前は?」
「必要になったら、オパールが映すわ」
「そっか」
いとは、
興味を失ったように空を見る。
色の境界が、
溶けていく。
「…じゃあね」
それは、
執着のない別れだった。
でも、
確かに、
存在していた。
掴めない光。
意味を持たない選択。
それでも、
ここにある輝き。
オパールは、
今日も、
何色でもなく、
何色にでもなりながら、
静かに、
そこに在った。