深夜。
研修棟の最上階。
ここまで上がってくる研修生はいない。
静かすぎる部屋で、
私は答案用紙を一枚ずつ揃える。
…久しぶりだ。
この感じ。
紙の匂い。
インクの乾ききらない文字。
震えた跡。
あの頃も、そうだった。
―いや。
考えるのは、
やめよう。
私は、
[太字][大文字]今[/大文字][/太字]を見る立場だ。
神谷ゆめ
文字を追いながら、
自然と呼吸が浅くなる。
…この書き方。
無意識に、
声を守ってきた子の癖。
技術の話をしない。
でも、
声の扱いだけは丁寧。
壊れるまで歌ったことが、
一度はある。
それでも、
まだ歌うのをやめていない。
…強い子ね。
評価欄に、
短く、
でも慎重に書く。
「声を[太字]消耗品[/太字]にしていない」
これは、
痛い目を見ないと
普通は辿り着かない感覚だ。
仰凪みんと
消し跡。
何度も迷った跡。
…舞台で迷わない子ほど、
紙の上では迷う。
リズムで生きてきたタイプ。
言葉は、
後から追いついてくる。
この子は、
―止まると壊れる。
動き続ける場所を
与え続けなければならない。
私は、
評価欄に書く。
[大文字][明朝体]「走らせる価値あり」
[/明朝体][/大文字]
それだけで、
十分だ。
そして。
如月
…この紙は、
触った瞬間に分かる。
―慣れている。
書かれることにも、
見られることにも。
整いすぎた文章。
美しい構成。
―昔、
こういう書き方をする子がいた。
―違う。
正確には。
私が、
―そうだった。
一行目で、
“安全な正解”を置く。
二行目で、
見る側の感情を掴む。
三行目で、
余白を残す。
…完璧だ。
だからこそ。
第二問。
「声とは何か」
[太字][明朝体][斜体]―嘘をつくための道具であり、
―嘘をつけなくなる場所。[/斜体][/明朝体][/太字]
私は、
そこから先を、
何度も読み返す。
…痛いほど、分かる。
声は、
嘘をつけなくなる。
ステージの上では、
特に。
だから、
この子は怖い。
自分の本音を、
歌に乗せた瞬間―
もう、
戻れない。
それを、
無意識に避けている。
評価欄に、
私は一度ペンを置き、
少しだけ目を閉じた。
覚悟が決まった瞬間の痛みを、
この子は、まだ知らない。
そして、
静かに書く。
[太字][大文字]「才能は突出。
だが、声に身を預けきれていない」[/大文字][/太字]
全ての紙を閉じる。
時計は、
深夜二時を回っている。
―…もし。
もし、
この子達が
あの頃の私の前に立っていたら。
―いいえ。
考えない。
私は、
管理人だ。
導く側で、
選ぶ側で、
そして―
“残る側”だ。
電気を消す前、
一瞬だけ、
窓に映る自分を見る。
…まだ、
声は残ってる。
それだけで、
十分だ。
私は、
部屋を出た。
結果は、
まだ出さない。
もう少しだけ。
―声が、
彼女たちを裏切らないか。
それを、
見届けるために。
研修棟の最上階。
ここまで上がってくる研修生はいない。
静かすぎる部屋で、
私は答案用紙を一枚ずつ揃える。
…久しぶりだ。
この感じ。
紙の匂い。
インクの乾ききらない文字。
震えた跡。
あの頃も、そうだった。
―いや。
考えるのは、
やめよう。
私は、
[太字][大文字]今[/大文字][/太字]を見る立場だ。
神谷ゆめ
文字を追いながら、
自然と呼吸が浅くなる。
…この書き方。
無意識に、
声を守ってきた子の癖。
技術の話をしない。
でも、
声の扱いだけは丁寧。
壊れるまで歌ったことが、
一度はある。
それでも、
まだ歌うのをやめていない。
…強い子ね。
評価欄に、
短く、
でも慎重に書く。
「声を[太字]消耗品[/太字]にしていない」
これは、
痛い目を見ないと
普通は辿り着かない感覚だ。
仰凪みんと
消し跡。
何度も迷った跡。
…舞台で迷わない子ほど、
紙の上では迷う。
リズムで生きてきたタイプ。
言葉は、
後から追いついてくる。
この子は、
―止まると壊れる。
動き続ける場所を
与え続けなければならない。
私は、
評価欄に書く。
[大文字][明朝体]「走らせる価値あり」
[/明朝体][/大文字]
それだけで、
十分だ。
そして。
如月
…この紙は、
触った瞬間に分かる。
―慣れている。
書かれることにも、
見られることにも。
整いすぎた文章。
美しい構成。
―昔、
こういう書き方をする子がいた。
―違う。
正確には。
私が、
―そうだった。
一行目で、
“安全な正解”を置く。
二行目で、
見る側の感情を掴む。
三行目で、
余白を残す。
…完璧だ。
だからこそ。
第二問。
「声とは何か」
[太字][明朝体][斜体]―嘘をつくための道具であり、
―嘘をつけなくなる場所。[/斜体][/明朝体][/太字]
私は、
そこから先を、
何度も読み返す。
…痛いほど、分かる。
声は、
嘘をつけなくなる。
ステージの上では、
特に。
だから、
この子は怖い。
自分の本音を、
歌に乗せた瞬間―
もう、
戻れない。
それを、
無意識に避けている。
評価欄に、
私は一度ペンを置き、
少しだけ目を閉じた。
覚悟が決まった瞬間の痛みを、
この子は、まだ知らない。
そして、
静かに書く。
[太字][大文字]「才能は突出。
だが、声に身を預けきれていない」[/大文字][/太字]
全ての紙を閉じる。
時計は、
深夜二時を回っている。
―…もし。
もし、
この子達が
あの頃の私の前に立っていたら。
―いいえ。
考えない。
私は、
管理人だ。
導く側で、
選ぶ側で、
そして―
“残る側”だ。
電気を消す前、
一瞬だけ、
窓に映る自分を見る。
…まだ、
声は残ってる。
それだけで、
十分だ。
私は、
部屋を出た。
結果は、
まだ出さない。
もう少しだけ。
―声が、
彼女たちを裏切らないか。
それを、
見届けるために。
- 1.第一部 第零話 スタートライン手前にて
- 2.第一部 第一話 スタートラインに立ったもの
- 3.第一部 第二話 開始のブザーが鳴り
- 4.第一部 第三話 前傾姿勢になって。
- 5.第一部 第四話 もう一度?
- 6.第一部 第五話 採点室にて
- 7.第一部 第六話 歌い手に。 そして本当のスタートを前に。
- 8.第一部 最終話 説明会前日
- 9.第二部 第零話 静かな会議室にて
- 10.第二部 第一話 お披露目会
- 11.第二部 第二話 お披露目会・終了後
- 12.第二部 第三話 初舞台
- 13.第二部 第四話 朱、降臨
- 14.第二部 第五話 黄、すべてを照らす
- 15.第二部 第六話 声を並べる者たち
- 16.第二部 第七話 声を剥ぐ
- 17.第二部 第七・五話 身体は嘘をつかない
- 18.第二部 最終話 管理人の記録
- 19.第三部 第零話 週刊誌
- 20.第三部 第一話 予定外の光
- 21.第三部 第二話 知らされる星
- 22.第三部 第三話 星降る夜、未来を夢見る
- 23.第三部 チーム編成
- 24.第三部 第四話 チーム分けと練習、そして思い出
- 25.第三部 第五話 グループで発表会
- 26.第三部 第六話 如月の成長
- 27.第三部 第七話 みんとは。
- 28.第三部 第八話 如月の本音
- 29.第三部 第九話 火が付く
- 30.第三部 第十話 炎上
- 31.第三部 第十一話 お願い
- 32.第三部 最終話 管理人は。
- 33.第四部 第零話 声を捨てたもの
- 34.第四部 第一話 揺れる光
- 35.第四部 第二話 疑問を持つ者
- 36.第四部 第三話 新たな火種
- 37.第四部 第四話 崩れる夜
- 38.第四部 第五話 管理人の決断
- 39.第四部 最終話 継ぐ光
- 40.第五部 第零話 余光を見つめて
- 41.第五部 第一話 違和感
- 42.第五部 第2話 選ばれない側
- 43.第五部 第三話 管理人の視線
- 44.第五部 第四話 事件、そして―
- 45.第五部 最終話 光の交代
- 46.第六部 第零話 今年の光
- 47.第六部 第一話 光の隣で
- 48.第六部 第二話 崩れた予定
- 49.第六部 第三話 本音
- 50.第六部 第四話 ソノスの役目
- 51.第六部 最終話 光は、隣で
- 52.最後に。