結果発表が終わっても、
誰も動かなかった。
合格と保留。
その境目が、
まだ床に残っている気がした。
管理人さんが、
一度だけ、手を叩く。
「―帰らないでください」
その一言で、
通過者も、
保留者も、
全員が顔を上げた。
「今から、緊急追加試験を行います」
ざわ、
と小さなどよめき。
…まだ、あるの?
「内容は、筆記」
一瞬、
拍子抜けした空気が流れる。
歌わない。
踊らない。
「ですが」
管理人さんは、
視線を鋭くする。
「この試験は、
今日一番、脱落者が出ます」
空気が、
一気に張り詰めた。
「対象者は―」
一拍。
「今回の三人グループ評価を受けた者、全員」
心臓が跳ねた。
…うちも?
「合格・保留は一度、白紙に戻します」
はっきりとした声。
「この筆記試験の結果で、
あなた達の“先”を決めます」
如月さんが、
くすっと笑う。
「…やっぱり、そう来ますよねぇ」
仰凪さんは、
唇を噛みしめた。
「試験内容は、三つ」
管理人さんが、
スクリーンを指す。
―筆記試験 内容
第一問
「あなたが“歌い手”になりたい理由を書きなさい」
(文字数制限なし)
第二問
「あなたにとって“声”とは何か」
(抽象可・正解なし)
第三問
「即興で、短い歌詞またはメロディ構成を書きなさい」
(楽譜不要/言葉のみでも可)
「制限時間は、六十分。
途中退席は不可。
嘘は、評価に反映されます」
…最後の一言で、
如月さんの目が、
僅かに細くなった。
「この試験は」
管理人さんは、
ゆっくり言った。
「技術ではありません。
あなた達が、
何を信じて歌っているかを見るためのものです」
―筆記試験中
紙とペンが配られる。
白い紙。
…何を書けばいい?
第一問。
『歌い手になりたい理由』
うちは、ペンを握りしめた。
―有名になりたい?
ちがう。
―上手って言われたい?
ちがう
…浮かんだのは。
夜。
誰もいないキッチンで、
小さく歌っていた自分。
「…声があるから」
書き始める。
『うちは、自分の声で
誰かの心をあたためたいから』
―第二問
『あなたにとって“声”とは何か』
*如月 視点*
白い紙。
シンプルすぎて、
嘘が書けない。
…声、ね。
ボクは、
ペンをくるりと回す。
声。
それは、
武器で、
仮面で、
逃げ道。
本当のこと、
書けって言われたら…。
…困るなぁ。
でも。
ここで嘘を書いたら、
きっと―
―見抜かれる。
管理人さんの言葉が、
頭の奥で鳴る。
「嘘は、評価に反映されます」
…ずるい。
ボクは、紙を見つめて、
一度だけ目を閉じた。
声ってさ。
本音を隠すために、
本音をさらけ出すものなんだよね。
意味が分からない?
…でも、ボクには分かる。
ペンを走らせる。
『ボクにとって声は、
嘘をつくための道具であり、
嘘をつけなくなる場所でもある』
…正直すぎるかな?
でも、
これ以上の嘘は、
もう、
いらない。
ボクは、
小さく笑った。
―第三問
『即興で、短い歌詞またはメロディ構成を書きなさい』
*仰凪みんと 視点*
…歌詞。
みんとは、
紙を見て固まった。
即興…?
うわ、頭使うやつだ。
楽譜は書けない。
コードも分からない。
…でも。
音楽が、
好き。
身体で覚えたリズム。
息をするみたいに、
動いてきた。
考えるより…。
…感じる、だよね。
ペンを持つ手が、
少し震える。
言葉、苦手だけど…。
みんとは、
目を閉じた。
ステージの照明。
みんなの笑顔。
ダンスで息が切れて、
それでも楽しくて。
…置いてかれたくない。
でも、置いてくなら…。
ペンが、
動いた。
『笑ってる間は
ついていける
息が切れても
音が鳴るなら
まだ踊れる』
書き終えて、
みんとはしばらく紙を見つめる。
…上手じゃないけど。
これが、
―今の気持ち。
消さなかった。
消したら、
逃げちゃう気がしたから。
顔を上げると、
如月が、
こちらを見ていた。
目が合って、
にこっと笑う。
…なんだろ。
怖いけど、
負けたくない。
ペンを置く。
試験は、
まだ終わっていない。
―
静かな部屋に、
時計の秒針の音だけが響いていた。
カリ、
カリ、
と、
紙の上を走るペンの音も、
いつの間にか減っている。
…終わる。
うちは、
最後に一度だけ、
書いた文字を見直した。
消さない。
書き直さない。
これが、
今の自分の全部だから。
如月は、
もうとっくに書き終えているのか、
肘をついて天井を見ていた。
仰凪みんとは、
ぎりぎりまでペンを動かしていて、
「…あっ」と小さく声を漏らす。
その瞬間。
「―時間です」
管理人さんの声が、
はっきりと、
部屋を切った。
「全員、ペンを置いてください」
一斉に、
ペンが紙から離れる。
その音が、
やけに大きく聞こえた。
管理人さんは、
無言で答案用紙を回収していく。
一枚。
また一枚。
うちの前で、
紙が持ち上げられる。
…行っちゃった。
戻ってこない。
如月の答案を取る時、
管理人さんは一瞬だけ、
紙に目を落とした。
ほんの一瞬。
でも、
それだけで胸がざわつく。
「結果は、後日通知します」
管理人さんが言う。
「それまでは、
通常の研修に戻ってください」
淡々とした声。
「以上です」
それだけ。
誰も、
質問しなかった。
聞けなかった。
部屋を出る時、
みんなの表情はばらばらだった。
安心。
不安。
期待。
諦め。
如月は、
いつもの笑顔で振り返る。
「じゃあ、また」
それが、
嘘なのか本音なのか―
うちは、まだ分からない。
廊下に出ると、
夜の気配が、
少しだけ近づいていた。
…これで、終わりじゃない。
むしろ。
ここからが、
本当の試験なのかもしれない。
声に、
何を託すのか。
答えはまだ、
封を切られていない。
―一旦、おしまい。
誰も動かなかった。
合格と保留。
その境目が、
まだ床に残っている気がした。
管理人さんが、
一度だけ、手を叩く。
「―帰らないでください」
その一言で、
通過者も、
保留者も、
全員が顔を上げた。
「今から、緊急追加試験を行います」
ざわ、
と小さなどよめき。
…まだ、あるの?
「内容は、筆記」
一瞬、
拍子抜けした空気が流れる。
歌わない。
踊らない。
「ですが」
管理人さんは、
視線を鋭くする。
「この試験は、
今日一番、脱落者が出ます」
空気が、
一気に張り詰めた。
「対象者は―」
一拍。
「今回の三人グループ評価を受けた者、全員」
心臓が跳ねた。
…うちも?
「合格・保留は一度、白紙に戻します」
はっきりとした声。
「この筆記試験の結果で、
あなた達の“先”を決めます」
如月さんが、
くすっと笑う。
「…やっぱり、そう来ますよねぇ」
仰凪さんは、
唇を噛みしめた。
「試験内容は、三つ」
管理人さんが、
スクリーンを指す。
―筆記試験 内容
第一問
「あなたが“歌い手”になりたい理由を書きなさい」
(文字数制限なし)
第二問
「あなたにとって“声”とは何か」
(抽象可・正解なし)
第三問
「即興で、短い歌詞またはメロディ構成を書きなさい」
(楽譜不要/言葉のみでも可)
「制限時間は、六十分。
途中退席は不可。
嘘は、評価に反映されます」
…最後の一言で、
如月さんの目が、
僅かに細くなった。
「この試験は」
管理人さんは、
ゆっくり言った。
「技術ではありません。
あなた達が、
何を信じて歌っているかを見るためのものです」
―筆記試験中
紙とペンが配られる。
白い紙。
…何を書けばいい?
第一問。
『歌い手になりたい理由』
うちは、ペンを握りしめた。
―有名になりたい?
ちがう。
―上手って言われたい?
ちがう
…浮かんだのは。
夜。
誰もいないキッチンで、
小さく歌っていた自分。
「…声があるから」
書き始める。
『うちは、自分の声で
誰かの心をあたためたいから』
―第二問
『あなたにとって“声”とは何か』
*如月 視点*
白い紙。
シンプルすぎて、
嘘が書けない。
…声、ね。
ボクは、
ペンをくるりと回す。
声。
それは、
武器で、
仮面で、
逃げ道。
本当のこと、
書けって言われたら…。
…困るなぁ。
でも。
ここで嘘を書いたら、
きっと―
―見抜かれる。
管理人さんの言葉が、
頭の奥で鳴る。
「嘘は、評価に反映されます」
…ずるい。
ボクは、紙を見つめて、
一度だけ目を閉じた。
声ってさ。
本音を隠すために、
本音をさらけ出すものなんだよね。
意味が分からない?
…でも、ボクには分かる。
ペンを走らせる。
『ボクにとって声は、
嘘をつくための道具であり、
嘘をつけなくなる場所でもある』
…正直すぎるかな?
でも、
これ以上の嘘は、
もう、
いらない。
ボクは、
小さく笑った。
―第三問
『即興で、短い歌詞またはメロディ構成を書きなさい』
*仰凪みんと 視点*
…歌詞。
みんとは、
紙を見て固まった。
即興…?
うわ、頭使うやつだ。
楽譜は書けない。
コードも分からない。
…でも。
音楽が、
好き。
身体で覚えたリズム。
息をするみたいに、
動いてきた。
考えるより…。
…感じる、だよね。
ペンを持つ手が、
少し震える。
言葉、苦手だけど…。
みんとは、
目を閉じた。
ステージの照明。
みんなの笑顔。
ダンスで息が切れて、
それでも楽しくて。
…置いてかれたくない。
でも、置いてくなら…。
ペンが、
動いた。
『笑ってる間は
ついていける
息が切れても
音が鳴るなら
まだ踊れる』
書き終えて、
みんとはしばらく紙を見つめる。
…上手じゃないけど。
これが、
―今の気持ち。
消さなかった。
消したら、
逃げちゃう気がしたから。
顔を上げると、
如月が、
こちらを見ていた。
目が合って、
にこっと笑う。
…なんだろ。
怖いけど、
負けたくない。
ペンを置く。
試験は、
まだ終わっていない。
―
静かな部屋に、
時計の秒針の音だけが響いていた。
カリ、
カリ、
と、
紙の上を走るペンの音も、
いつの間にか減っている。
…終わる。
うちは、
最後に一度だけ、
書いた文字を見直した。
消さない。
書き直さない。
これが、
今の自分の全部だから。
如月は、
もうとっくに書き終えているのか、
肘をついて天井を見ていた。
仰凪みんとは、
ぎりぎりまでペンを動かしていて、
「…あっ」と小さく声を漏らす。
その瞬間。
「―時間です」
管理人さんの声が、
はっきりと、
部屋を切った。
「全員、ペンを置いてください」
一斉に、
ペンが紙から離れる。
その音が、
やけに大きく聞こえた。
管理人さんは、
無言で答案用紙を回収していく。
一枚。
また一枚。
うちの前で、
紙が持ち上げられる。
…行っちゃった。
戻ってこない。
如月の答案を取る時、
管理人さんは一瞬だけ、
紙に目を落とした。
ほんの一瞬。
でも、
それだけで胸がざわつく。
「結果は、後日通知します」
管理人さんが言う。
「それまでは、
通常の研修に戻ってください」
淡々とした声。
「以上です」
それだけ。
誰も、
質問しなかった。
聞けなかった。
部屋を出る時、
みんなの表情はばらばらだった。
安心。
不安。
期待。
諦め。
如月は、
いつもの笑顔で振り返る。
「じゃあ、また」
それが、
嘘なのか本音なのか―
うちは、まだ分からない。
廊下に出ると、
夜の気配が、
少しだけ近づいていた。
…これで、終わりじゃない。
むしろ。
ここからが、
本当の試験なのかもしれない。
声に、
何を託すのか。
答えはまだ、
封を切られていない。
―一旦、おしまい。
- 1.第一部 第零話 スタートライン手前にて
- 2.第一部 第一話 スタートラインに立ったもの
- 3.第一部 第二話 開始のブザーが鳴り
- 4.第一部 第三話 前傾姿勢になって。
- 5.第一部 第四話 もう一度?
- 6.第一部 第五話 採点室にて
- 7.第一部 第六話 歌い手に。 そして本当のスタートを前に。
- 8.第一部 最終話 説明会前日
- 9.第二部 第零話 静かな会議室にて
- 10.第二部 第一話 お披露目会
- 11.第二部 第二話 お披露目会・終了後
- 12.第二部 第三話 初舞台
- 13.第二部 第四話 朱、降臨
- 14.第二部 第五話 黄、すべてを照らす
- 15.第二部 第六話 声を並べる者たち
- 16.第二部 第七話 声を剥ぐ
- 17.第二部 第七・五話 身体は嘘をつかない
- 18.第二部 最終話 管理人の記録
- 19.第三部 第零話 週刊誌
- 20.第三部 第一話 予定外の光
- 21.第三部 第二話 知らされる星
- 22.第三部 第三話 星降る夜、未来を夢見る
- 23.第三部 チーム編成
- 24.第三部 第四話 チーム分けと練習、そして思い出
- 25.第三部 第五話 グループで発表会
- 26.第三部 第六話 如月の成長
- 27.第三部 第七話 みんとは。
- 28.第三部 第八話 如月の本音
- 29.第三部 第九話 火が付く
- 30.第三部 第十話 炎上
- 31.第三部 第十一話 お願い
- 32.第三部 最終話 管理人は。
- 33.第四部 第零話 声を捨てたもの
- 34.第四部 第一話 揺れる光
- 35.第四部 第二話 疑問を持つ者
- 36.第四部 第三話 新たな火種
- 37.第四部 第四話 崩れる夜
- 38.第四部 第五話 管理人の決断
- 39.第四部 最終話 継ぐ光
- 40.第五部 第零話 余光を見つめて
- 41.第五部 第一話 違和感
- 42.第五部 第2話 選ばれない側
- 43.第五部 第三話 管理人の視線
- 44.第五部 第四話 事件、そして―
- 45.第五部 最終話 光の交代
- 46.第六部 第零話 今年の光
- 47.第六部 第一話 光の隣で
- 48.第六部 第二話 崩れた予定
- 49.第六部 第三話 本音
- 50.第六部 第四話 ソノスの役目
- 51.第六部 最終話 光は、隣で
- 52.最後に。