ドアが閉まったあとも、
しばらく誰も動けなかった。
四十七人。
ついさっきまで五十人だったはずの空間が、
数字以上に、
すかすかに感じる。
「…理由を知りたい、と思っている顔ね」
管理人さんが、
そう言った。
誰も否定できなかった。
「安心して。
ここで説明するわ」
少しだけ、
声のトーンが事務的になる。
「今、名前を呼ばれた三人が
不合格になった理由は―
歌が下手だったからではない」
(…え)
「むしろ、
三人とも“技術”だけなら合格圏内よ」
ざわっと、
小さく空気が揺れた。
「じゃあ、何が足りなかったか」
管理人さんは、
一人ずつ、
淡々と告げていく。
「三枝蒼」
さっきまで彼が立っていた場所を見る。
「彼は、
安定しすぎていた」
…安定?
「癖がない。
ミスもしない。
でも―記憶に残らない」
胸が、
ちくっと痛む。
「誰の代わりにもなれる声は、
“誰でもいい声”と同義よ」
…。
「次。朝比奈結衣」
管理人さんは、
間を置かない。
「彼女は、
感情の切り売りをしすぎた」
切り売り…?
「毎回、全力。
毎回、泣ける。
でもそれは―」
一拍。
「長く続かない歌い方」
静かに、
でもはっきり。
「壊れる未来が、
あまりに鮮明に見えた」
…守るため、でもあるんだ。
「最後。黒川蓮」
空気が、
また少し冷える。
「彼は―
この場所を信用していなかった」
誰かが、息を呑む。
「本音を隠す。
当たり障りのない受け答え。
無難な選択」
管理人さんは、
言い切った。
「でもね。
歌は、
―嘘をついた瞬間に死ぬ」
如月さんが、
楽しそうに小さく笑ったのが見えた。
「以上が、
今回不合格になった理由よ」
管理人さんは、
タブレットを閉じる。
「もう一度言うわ」
視線が、
うちたち全員に突き刺さる。
「ここは、
上手い人を集める場所じゃない。
代わりのきく声、
壊れる声、
信用できない声―
そういうものは、
どれだけ才能があっても残さない」
(…じゃあ、うちは?)
喉が、
無意識に鳴る。
優しい。
明るい。
それだけで、
残れる?
「神谷さん」
突然、
名前を呼ばれて、
心臓が跳ねた。
「…は、はい!」
「あなたはどう思う?
―今の説明を聞いて」
頭が、
真っ白になる。
でも―
正直に、思ったことを言った。
「…怖いです」
管理人さんは、
黙って聞いている。
「でも、
ちゃんと見られてるって思いました。
落とす理由を、
“曖昧”にしない場所なんだって」
一瞬。
管理人さんの口元が、
ほんの少しだけ緩んだ。
「…いい答えね。
覚えておいて。
あなた達が次に落ちる理由も、
必ず“明確”よ。
分からないまま、
終わることはない」
それが、
救いなのか、
それとも―
―地獄なのか。
うちは、
まだ分からない。
ただ一つ。
…ここで歌える声じゃなきゃ、意味がない。
そう、強く思った。
「次の審査は、
三人一組のグループ評価です」
管理人さんの声に、
空気が張りつめた。
「今回はランダムではありません」
その一言で、
ざわり、
と小さな動揺が走る。
「あなた達一人ひとりの
これまでの選考データ、
声質、表現、癖、精神状態。
―すべてを見た上で、
こちらが組み合わせを決めました」
(…やっぱり)
運じゃない。
偶然でもない。
「評価するのは、
歌・ダンス・存在感、そして―」
一拍。
「三人で立ったとき、何が生まれるか」
モニターが点灯する。
グループ番号と名前が、
順に映し出された。
心臓が、
いやにうるさい。
(…あ)
自分の名前を見つけた、
その直後。
「―特別に注視するグループがあります」
管理人さんの声が、
少しだけ低くなる。
「理由は、後で分かるわ」
画面が切り替わる。
そこに映った三つの名前。
如月
仰凪みんと
神谷ゆめ
…一瞬、思考が止まった。
…うち?
周囲が、
ざわつく。
「え、最年少?」
「なんでこの三人…?」
「方向性、全然違くない?」
―違う。
だからこそ、
だ。
「勘違いしないで」
管理人さんは、
はっきり言った。
「この三人が
“特別”だと決まったわけじゃない」
胸が、
少しだけ落ちる。
「特別になる可能性があるかを、今から見る」
…なるほど。
「このグループは、
成功すれば大きく評価される。
でも、
失敗すれば―
最初に崩れる」
逃げ道は、
ない。
ドアが閉まる。
一気に、
静かになった。
…二人とも、空気が違う。
仰凪みんとは、
鏡の前で軽く体をほぐしている。
如月さんは、
壁にもたれて、
こちらを見ていた。
「…ねぇ」
先に口を開いたのは、
如月さん。
「ボク達、
だいぶ“意図的”に組まれてますよね」
「うん」
仰凪さんが、
短く答える。
「たぶん、
相性を見る組じゃない」
視線が、
うちに向く。
「…神谷さん」
「はいっ」
「正直に聞く」
少しだけ、
声が低くなる。
「この三人で、
勝ちに行く覚悟ある?」
…あるか、ないか。
考えるより先に、
口が動いた。
「あります」
即答だった。
「うちは、
この三人で歌えたこと、
チャンスだと思ってます」
如月さんが、
くすっと笑う。
「へぇ…嘘じゃなさそう」
「いいね」
仰凪さんが、
小さく頷いた。
「じゃあ、
話そう」
床に置かれた譜面を広げる。
「この課題、
三人の役割を
はっきり分けないと成立しない」
「私は、
全体を安定させる」
如月さんが続く。
「ボクは、
感情と視線を引っ張る」
二人の視線が、
最後に―
―うちに来る。
「…神谷さん」
「あなたは?」
喉が、
少し乾いた。
でも。
「うちは…。
―一番最後に、記憶に残る声を出したい」
一瞬、
沈黙。
如月さんの目が、
細くなる。
「…いい」
仰凪さんも、
小さく息を吐いた。
「じゃあ決まり」
「このグループは―」
「神谷さんが、鍵」
…やっぱり。
怖い。
でも。
逃げたら、
終わり。
「練習、始めよう」
三人が、
同じ方向を見る。
まだ、誰も
“偶像”なんて呼ばれてない。
でも―
この三人が、
何かを生むかどうか。
それは、
次の本番で決まる。
しばらく誰も動けなかった。
四十七人。
ついさっきまで五十人だったはずの空間が、
数字以上に、
すかすかに感じる。
「…理由を知りたい、と思っている顔ね」
管理人さんが、
そう言った。
誰も否定できなかった。
「安心して。
ここで説明するわ」
少しだけ、
声のトーンが事務的になる。
「今、名前を呼ばれた三人が
不合格になった理由は―
歌が下手だったからではない」
(…え)
「むしろ、
三人とも“技術”だけなら合格圏内よ」
ざわっと、
小さく空気が揺れた。
「じゃあ、何が足りなかったか」
管理人さんは、
一人ずつ、
淡々と告げていく。
「三枝蒼」
さっきまで彼が立っていた場所を見る。
「彼は、
安定しすぎていた」
…安定?
「癖がない。
ミスもしない。
でも―記憶に残らない」
胸が、
ちくっと痛む。
「誰の代わりにもなれる声は、
“誰でもいい声”と同義よ」
…。
「次。朝比奈結衣」
管理人さんは、
間を置かない。
「彼女は、
感情の切り売りをしすぎた」
切り売り…?
「毎回、全力。
毎回、泣ける。
でもそれは―」
一拍。
「長く続かない歌い方」
静かに、
でもはっきり。
「壊れる未来が、
あまりに鮮明に見えた」
…守るため、でもあるんだ。
「最後。黒川蓮」
空気が、
また少し冷える。
「彼は―
この場所を信用していなかった」
誰かが、息を呑む。
「本音を隠す。
当たり障りのない受け答え。
無難な選択」
管理人さんは、
言い切った。
「でもね。
歌は、
―嘘をついた瞬間に死ぬ」
如月さんが、
楽しそうに小さく笑ったのが見えた。
「以上が、
今回不合格になった理由よ」
管理人さんは、
タブレットを閉じる。
「もう一度言うわ」
視線が、
うちたち全員に突き刺さる。
「ここは、
上手い人を集める場所じゃない。
代わりのきく声、
壊れる声、
信用できない声―
そういうものは、
どれだけ才能があっても残さない」
(…じゃあ、うちは?)
喉が、
無意識に鳴る。
優しい。
明るい。
それだけで、
残れる?
「神谷さん」
突然、
名前を呼ばれて、
心臓が跳ねた。
「…は、はい!」
「あなたはどう思う?
―今の説明を聞いて」
頭が、
真っ白になる。
でも―
正直に、思ったことを言った。
「…怖いです」
管理人さんは、
黙って聞いている。
「でも、
ちゃんと見られてるって思いました。
落とす理由を、
“曖昧”にしない場所なんだって」
一瞬。
管理人さんの口元が、
ほんの少しだけ緩んだ。
「…いい答えね。
覚えておいて。
あなた達が次に落ちる理由も、
必ず“明確”よ。
分からないまま、
終わることはない」
それが、
救いなのか、
それとも―
―地獄なのか。
うちは、
まだ分からない。
ただ一つ。
…ここで歌える声じゃなきゃ、意味がない。
そう、強く思った。
「次の審査は、
三人一組のグループ評価です」
管理人さんの声に、
空気が張りつめた。
「今回はランダムではありません」
その一言で、
ざわり、
と小さな動揺が走る。
「あなた達一人ひとりの
これまでの選考データ、
声質、表現、癖、精神状態。
―すべてを見た上で、
こちらが組み合わせを決めました」
(…やっぱり)
運じゃない。
偶然でもない。
「評価するのは、
歌・ダンス・存在感、そして―」
一拍。
「三人で立ったとき、何が生まれるか」
モニターが点灯する。
グループ番号と名前が、
順に映し出された。
心臓が、
いやにうるさい。
(…あ)
自分の名前を見つけた、
その直後。
「―特別に注視するグループがあります」
管理人さんの声が、
少しだけ低くなる。
「理由は、後で分かるわ」
画面が切り替わる。
そこに映った三つの名前。
如月
仰凪みんと
神谷ゆめ
…一瞬、思考が止まった。
…うち?
周囲が、
ざわつく。
「え、最年少?」
「なんでこの三人…?」
「方向性、全然違くない?」
―違う。
だからこそ、
だ。
「勘違いしないで」
管理人さんは、
はっきり言った。
「この三人が
“特別”だと決まったわけじゃない」
胸が、
少しだけ落ちる。
「特別になる可能性があるかを、今から見る」
…なるほど。
「このグループは、
成功すれば大きく評価される。
でも、
失敗すれば―
最初に崩れる」
逃げ道は、
ない。
ドアが閉まる。
一気に、
静かになった。
…二人とも、空気が違う。
仰凪みんとは、
鏡の前で軽く体をほぐしている。
如月さんは、
壁にもたれて、
こちらを見ていた。
「…ねぇ」
先に口を開いたのは、
如月さん。
「ボク達、
だいぶ“意図的”に組まれてますよね」
「うん」
仰凪さんが、
短く答える。
「たぶん、
相性を見る組じゃない」
視線が、
うちに向く。
「…神谷さん」
「はいっ」
「正直に聞く」
少しだけ、
声が低くなる。
「この三人で、
勝ちに行く覚悟ある?」
…あるか、ないか。
考えるより先に、
口が動いた。
「あります」
即答だった。
「うちは、
この三人で歌えたこと、
チャンスだと思ってます」
如月さんが、
くすっと笑う。
「へぇ…嘘じゃなさそう」
「いいね」
仰凪さんが、
小さく頷いた。
「じゃあ、
話そう」
床に置かれた譜面を広げる。
「この課題、
三人の役割を
はっきり分けないと成立しない」
「私は、
全体を安定させる」
如月さんが続く。
「ボクは、
感情と視線を引っ張る」
二人の視線が、
最後に―
―うちに来る。
「…神谷さん」
「あなたは?」
喉が、
少し乾いた。
でも。
「うちは…。
―一番最後に、記憶に残る声を出したい」
一瞬、
沈黙。
如月さんの目が、
細くなる。
「…いい」
仰凪さんも、
小さく息を吐いた。
「じゃあ決まり」
「このグループは―」
「神谷さんが、鍵」
…やっぱり。
怖い。
でも。
逃げたら、
終わり。
「練習、始めよう」
三人が、
同じ方向を見る。
まだ、誰も
“偶像”なんて呼ばれてない。
でも―
この三人が、
何かを生むかどうか。
それは、
次の本番で決まる。
- 1.第一部 第零話 スタートライン手前にて
- 2.第一部 第一話 スタートラインに立ったもの
- 3.第一部 第二話 開始のブザーが鳴り
- 4.第一部 第三話 前傾姿勢になって。
- 5.第一部 第四話 もう一度?
- 6.第一部 第五話 採点室にて
- 7.第一部 第六話 歌い手に。 そして本当のスタートを前に。
- 8.第一部 最終話 説明会前日
- 9.第二部 第零話 静かな会議室にて
- 10.第二部 第一話 お披露目会
- 11.第二部 第二話 お披露目会・終了後
- 12.第二部 第三話 初舞台
- 13.第二部 第四話 朱、降臨
- 14.第二部 第五話 黄、すべてを照らす
- 15.第二部 第六話 声を並べる者たち
- 16.第二部 第七話 声を剥ぐ
- 17.第二部 第七・五話 身体は嘘をつかない
- 18.第二部 最終話 管理人の記録
- 19.第三部 第零話 週刊誌
- 20.第三部 第一話 予定外の光
- 21.第三部 第二話 知らされる星
- 22.第三部 第三話 星降る夜、未来を夢見る
- 23.第三部 チーム編成
- 24.第三部 第四話 チーム分けと練習、そして思い出
- 25.第三部 第五話 グループで発表会
- 26.第三部 第六話 如月の成長
- 27.第三部 第七話 みんとは。
- 28.第三部 第八話 如月の本音
- 29.第三部 第九話 火が付く
- 30.第三部 第十話 炎上
- 31.第三部 第十一話 お願い
- 32.第三部 最終話 管理人は。
- 33.第四部 第零話 声を捨てたもの
- 34.第四部 第一話 揺れる光
- 35.第四部 第二話 疑問を持つ者
- 36.第四部 第三話 新たな火種
- 37.第四部 第四話 崩れる夜
- 38.第四部 第五話 管理人の決断
- 39.第四部 最終話 継ぐ光
- 40.第五部 第零話 余光を見つめて
- 41.第五部 第一話 違和感
- 42.第五部 第2話 選ばれない側
- 43.第五部 第三話 管理人の視線
- 44.第五部 第四話 事件、そして―
- 45.第五部 最終話 光の交代
- 46.第六部 第零話 今年の光
- 47.第六部 第一話 光の隣で
- 48.第六部 第二話 崩れた予定
- 49.第六部 第三話 本音
- 50.第六部 第四話 ソノスの役目
- 51.第六部 最終話 光は、隣で
- 52.最後に。