正直、足が震えてた。
「…ここ、だよね」
ガラス張りのエントランス。
外から見れば、
ただの大きなスタジオビル。
でも、
うちは知ってる。
ここが―
歌い手になるか、
夢で終わるかの分かれ道だって。
「神谷ゆめ、15歳…最年少、か」
小さく呟いて、
胸元のストラップを握りしめた。
水色のリボンが、少しだけ揺れる。
―大丈夫。
夜遅くまで、誰にも言わずに練習してきた。
その時間が、うちをここまで連れてきてくれたんだから。
自動ドアが開いた瞬間、
空気が変わった。
静かで、張りつめてて、
でもどこか、熱を帯びてる。
「……わぁ」
思わず声が漏れる。
もう、何人か集まってる。
年上の人ばっかり。
うちだけ、
ちょっと背が低い。
「…あ、あの」
声をかけようか迷ってると―
「やっほ!君も研修生?」
ぱっと、
ミントグリーンが視界に飛び込んできた。
「みんとだよ〜!よろしくっ!」
屈託のない笑顔。
黒髪に緑のメッシュ、
元気いっぱいの雰囲気。
「う、うち、神谷ゆめです!よろしくお願いします!」
「ゆめ!かわいい名前じゃん!
ねぇねぇ、ダンス得意?みんとね、バク宙できるんだよ!」
「ば、ばくちゅう!?」
すご…。
同い年くらいなのに、
もう別世界の人みたい。
「…ふふ」
後ろから、
くすっと笑う声。
「元気ですね〜。若いって素敵」
振り向くと、
黒いフリフリのドレスを着た女の子が、
こちらを見ていた。
赤い目。
にこにこしてるのに、
どこか底が見えない。
「ボク?如月。よろしくおねがいしま〜す」
「よ、よろしくお願いします…」
「あなた、緊張してますよね?」
どきっ。
「…な、なんで分かるんですか?」
「ボク、嘘つきですから。
緊張してる人の顔、よ〜く分かるんですよ」
…え?
「きれいですね〜…嘘です笑」
「!?!?」
怖い!
この人ちょっと怖い!!
「ちょ、如月〜、からかいすぎ!」
そう言って割って入ってきたのは、
ポニーテールの女の子。
「初めまして!翠泉輪廻!
ダンス大好き!よろしくねっ!」
「よ、よろしく…!」
「わぁ〜、水色の髪!いいなぁ!
あたし翠色だから、なんか親近感!」
一気に距離が縮まる。
その後ろで―
「…輪廻、騒ぎすぎ」
低く、
落ち着いた声。
背の高い男の人。
赤い目、
着崩した制服。
「俺は翠泉緋紗希。
…妹がうるさくて悪いな」
「ちょっとお兄ちゃん!それ言わなくていいでしょ!」
兄妹…!
ダンスペアって聞いてたけど、
ほんとなんだ。
「…あ」
ふと、
視線を感じた。
少し離れた場所。
緑と黒の衣装を着た女の子が、
こちらを見ている。
ミントグリーンの瞳。
柔らかい笑顔。
「…みんな、元気だね」
その声は、
どこか完成されていた。
(…この人)
「仰凪みんと、じゃない…?」
思わず口にすると、
彼女は少しだけ驚いた顔をして、
笑った。
「うん。そうだよ。
でも今は、ただの受験生」
その一言で、
分かった。
―この人は、
もう[漢字]偶像[/漢字][ふりがな]アイドル[/ふりがな]に近い。
その瞬間。
「…はい、そろそろいいかしら」
空気が、
ぴんと張りつめた。
全員の視線が、
一斉に集まる。
そこに立っていたのは―
スラッとした体つきの、
スーツを着た女性だった。
「ようこそ。
歌い手研修制度へ」
淡々と、
でもはっきりとした声。
「私はこの施設の管理人。
そして―あなた達の“最初の壁”よ」
にっこり笑う。
でも、
顔の笑顔は優しいだけじゃない。
「ここに来た以上、
途中で辞める自由はあるけど、
中途半端に残る道はない」
一人ひとりを、確かめるように見る。
「覚悟は、できてる?」
うちは、胸の奥で息を吸った。
(…できてる)
怖い。
不安。
でも―
「はい!」
一番に、声が出た。
管理人さんは、
少しだけ目を細めた。
「いい声ね。神谷ゆめ」
…名前、
覚えられてる。
「じゃあ行きましょう」
ドアが開く。
「ここから先が―本当のスタートラインよ」
物語は、
静かに始まった。
「…それでは」
管理人さんの声が、
やけに静かに響いた。
「すでに不合格が確定している方を呼びます」
その一言で、
五十人いたはずの空気が、
一気に重くなる。
誰も喋らない。
息をする音すら、
邪魔に感じる。
…もう?
心臓が、
どくんと鳴った。
「これは見せしめでも、演出でもない」
管理人さんは、淡々としている。
「あなた達が立っている場所が、
どういう世界なのかを―
理解してもらうためよ」
タブレットを見下ろし、
はっきりとした声で言った。
「―名前を呼ばれた方は、
私の前に来てください」
…お願い。
心の中で、
それしか言えなかった。
「三枝 蒼」
びくっと、
誰かの肩が跳ねた。
前列にいた男の人が、
ゆっくりと顔を上げる。
蒼白な顔。
でも、
驚くほど落ち着いた表情。
…うそ。
「朝比奈 結衣」
今度は、女の人。
小さく息を詰めて、
唇を噛みしめている。
「黒川 蓮」
三人。
…三人も。
三人は、
言葉を発さず前に出た。
四十七人の視線が、
突き刺さる。
「理由は、今は伝えません」
管理人さんは、
冷たく言った。
「それを聞く権利は、
あなた達にはもうないから」
…そんな。
「ここまでよく頑張りました」
その言葉だけが、
逆に残酷だった。
「荷物をまとめて、
この建物から出てください」
「え…今から、ですか」
朝比奈さんが、
かすれた声で聞いた。
「今から」
即答だった。
「あなた達は、
もう研修生ではありません」
その瞬間、
誰かが小さく嗚咽した。
「…ありがとうございました」
三枝さんが、
深く頭を下げた。
「ここまで来られたこと、
一生の誇りにします」
…強い。
強すぎる。
三人は、
振り返らなかった。
足音だけが、
やけに大きく響く。
ドアが閉まる。
―それだけ。
「…以上です」
管理人さんは、
何事もなかったかのように言った。
「残った方」
その言葉で、
自分が[太字]残った側[/太字]だと突きつけられる。
「今ここにいるのは、四十七人」
数字が、胸に刺さる。
「でも安心しないで」
管理人さんは、
ゆっくり微笑んだ。
「次は、あなたかもしれない」
…。
うちは、
拳をぎゅっと握った。
さっきまで、
同じ空気を吸ってた人達。
同じ夢を語ってた人達。
それが、
たった数分で、
切り捨てられる。
ここは…優しくない。
でも。
それでも、うちは―
逃げたくない。
水色のリボンが、
少しだけ揺れた。
「…次の課題に移ります」
管理人さんのその一言で、
時間は無情にも進み出す。
誰も、
「待って」とは言えなかった。
―こうして。
歌い手への道は、
静かに、確実に、
人を置いていく。
「…ここ、だよね」
ガラス張りのエントランス。
外から見れば、
ただの大きなスタジオビル。
でも、
うちは知ってる。
ここが―
歌い手になるか、
夢で終わるかの分かれ道だって。
「神谷ゆめ、15歳…最年少、か」
小さく呟いて、
胸元のストラップを握りしめた。
水色のリボンが、少しだけ揺れる。
―大丈夫。
夜遅くまで、誰にも言わずに練習してきた。
その時間が、うちをここまで連れてきてくれたんだから。
自動ドアが開いた瞬間、
空気が変わった。
静かで、張りつめてて、
でもどこか、熱を帯びてる。
「……わぁ」
思わず声が漏れる。
もう、何人か集まってる。
年上の人ばっかり。
うちだけ、
ちょっと背が低い。
「…あ、あの」
声をかけようか迷ってると―
「やっほ!君も研修生?」
ぱっと、
ミントグリーンが視界に飛び込んできた。
「みんとだよ〜!よろしくっ!」
屈託のない笑顔。
黒髪に緑のメッシュ、
元気いっぱいの雰囲気。
「う、うち、神谷ゆめです!よろしくお願いします!」
「ゆめ!かわいい名前じゃん!
ねぇねぇ、ダンス得意?みんとね、バク宙できるんだよ!」
「ば、ばくちゅう!?」
すご…。
同い年くらいなのに、
もう別世界の人みたい。
「…ふふ」
後ろから、
くすっと笑う声。
「元気ですね〜。若いって素敵」
振り向くと、
黒いフリフリのドレスを着た女の子が、
こちらを見ていた。
赤い目。
にこにこしてるのに、
どこか底が見えない。
「ボク?如月。よろしくおねがいしま〜す」
「よ、よろしくお願いします…」
「あなた、緊張してますよね?」
どきっ。
「…な、なんで分かるんですか?」
「ボク、嘘つきですから。
緊張してる人の顔、よ〜く分かるんですよ」
…え?
「きれいですね〜…嘘です笑」
「!?!?」
怖い!
この人ちょっと怖い!!
「ちょ、如月〜、からかいすぎ!」
そう言って割って入ってきたのは、
ポニーテールの女の子。
「初めまして!翠泉輪廻!
ダンス大好き!よろしくねっ!」
「よ、よろしく…!」
「わぁ〜、水色の髪!いいなぁ!
あたし翠色だから、なんか親近感!」
一気に距離が縮まる。
その後ろで―
「…輪廻、騒ぎすぎ」
低く、
落ち着いた声。
背の高い男の人。
赤い目、
着崩した制服。
「俺は翠泉緋紗希。
…妹がうるさくて悪いな」
「ちょっとお兄ちゃん!それ言わなくていいでしょ!」
兄妹…!
ダンスペアって聞いてたけど、
ほんとなんだ。
「…あ」
ふと、
視線を感じた。
少し離れた場所。
緑と黒の衣装を着た女の子が、
こちらを見ている。
ミントグリーンの瞳。
柔らかい笑顔。
「…みんな、元気だね」
その声は、
どこか完成されていた。
(…この人)
「仰凪みんと、じゃない…?」
思わず口にすると、
彼女は少しだけ驚いた顔をして、
笑った。
「うん。そうだよ。
でも今は、ただの受験生」
その一言で、
分かった。
―この人は、
もう[漢字]偶像[/漢字][ふりがな]アイドル[/ふりがな]に近い。
その瞬間。
「…はい、そろそろいいかしら」
空気が、
ぴんと張りつめた。
全員の視線が、
一斉に集まる。
そこに立っていたのは―
スラッとした体つきの、
スーツを着た女性だった。
「ようこそ。
歌い手研修制度へ」
淡々と、
でもはっきりとした声。
「私はこの施設の管理人。
そして―あなた達の“最初の壁”よ」
にっこり笑う。
でも、
顔の笑顔は優しいだけじゃない。
「ここに来た以上、
途中で辞める自由はあるけど、
中途半端に残る道はない」
一人ひとりを、確かめるように見る。
「覚悟は、できてる?」
うちは、胸の奥で息を吸った。
(…できてる)
怖い。
不安。
でも―
「はい!」
一番に、声が出た。
管理人さんは、
少しだけ目を細めた。
「いい声ね。神谷ゆめ」
…名前、
覚えられてる。
「じゃあ行きましょう」
ドアが開く。
「ここから先が―本当のスタートラインよ」
物語は、
静かに始まった。
「…それでは」
管理人さんの声が、
やけに静かに響いた。
「すでに不合格が確定している方を呼びます」
その一言で、
五十人いたはずの空気が、
一気に重くなる。
誰も喋らない。
息をする音すら、
邪魔に感じる。
…もう?
心臓が、
どくんと鳴った。
「これは見せしめでも、演出でもない」
管理人さんは、淡々としている。
「あなた達が立っている場所が、
どういう世界なのかを―
理解してもらうためよ」
タブレットを見下ろし、
はっきりとした声で言った。
「―名前を呼ばれた方は、
私の前に来てください」
…お願い。
心の中で、
それしか言えなかった。
「三枝 蒼」
びくっと、
誰かの肩が跳ねた。
前列にいた男の人が、
ゆっくりと顔を上げる。
蒼白な顔。
でも、
驚くほど落ち着いた表情。
…うそ。
「朝比奈 結衣」
今度は、女の人。
小さく息を詰めて、
唇を噛みしめている。
「黒川 蓮」
三人。
…三人も。
三人は、
言葉を発さず前に出た。
四十七人の視線が、
突き刺さる。
「理由は、今は伝えません」
管理人さんは、
冷たく言った。
「それを聞く権利は、
あなた達にはもうないから」
…そんな。
「ここまでよく頑張りました」
その言葉だけが、
逆に残酷だった。
「荷物をまとめて、
この建物から出てください」
「え…今から、ですか」
朝比奈さんが、
かすれた声で聞いた。
「今から」
即答だった。
「あなた達は、
もう研修生ではありません」
その瞬間、
誰かが小さく嗚咽した。
「…ありがとうございました」
三枝さんが、
深く頭を下げた。
「ここまで来られたこと、
一生の誇りにします」
…強い。
強すぎる。
三人は、
振り返らなかった。
足音だけが、
やけに大きく響く。
ドアが閉まる。
―それだけ。
「…以上です」
管理人さんは、
何事もなかったかのように言った。
「残った方」
その言葉で、
自分が[太字]残った側[/太字]だと突きつけられる。
「今ここにいるのは、四十七人」
数字が、胸に刺さる。
「でも安心しないで」
管理人さんは、
ゆっくり微笑んだ。
「次は、あなたかもしれない」
…。
うちは、
拳をぎゅっと握った。
さっきまで、
同じ空気を吸ってた人達。
同じ夢を語ってた人達。
それが、
たった数分で、
切り捨てられる。
ここは…優しくない。
でも。
それでも、うちは―
逃げたくない。
水色のリボンが、
少しだけ揺れた。
「…次の課題に移ります」
管理人さんのその一言で、
時間は無情にも進み出す。
誰も、
「待って」とは言えなかった。
―こうして。
歌い手への道は、
静かに、確実に、
人を置いていく。
- 1.第一部 第零話 スタートライン手前にて
- 2.第一部 第一話 スタートラインに立ったもの
- 3.第一部 第二話 開始のブザーが鳴り
- 4.第一部 第三話 前傾姿勢になって。
- 5.第一部 第四話 もう一度?
- 6.第一部 第五話 採点室にて
- 7.第一部 第六話 歌い手に。 そして本当のスタートを前に。
- 8.第一部 最終話 説明会前日
- 9.第二部 第零話 静かな会議室にて
- 10.第二部 第一話 お披露目会
- 11.第二部 第二話 お披露目会・終了後
- 12.第二部 第三話 初舞台
- 13.第二部 第四話 朱、降臨
- 14.第二部 第五話 黄、すべてを照らす
- 15.第二部 第六話 声を並べる者たち
- 16.第二部 第七話 声を剥ぐ
- 17.第二部 第七・五話 身体は嘘をつかない
- 18.第二部 最終話 管理人の記録
- 19.第三部 第零話 週刊誌
- 20.第三部 第一話 予定外の光
- 21.第三部 第二話 知らされる星
- 22.第三部 第三話 星降る夜、未来を夢見る
- 23.第三部 チーム編成
- 24.第三部 第四話 チーム分けと練習、そして思い出
- 25.第三部 第五話 グループで発表会
- 26.第三部 第六話 如月の成長
- 27.第三部 第七話 みんとは。
- 28.第三部 第八話 如月の本音
- 29.第三部 第九話 火が付く
- 30.第三部 第十話 炎上
- 31.第三部 第十一話 お願い
- 32.第三部 最終話 管理人は。
- 33.第四部 第零話 声を捨てたもの
- 34.第四部 第一話 揺れる光
- 35.第四部 第二話 疑問を持つ者
- 36.第四部 第三話 新たな火種
- 37.第四部 第四話 崩れる夜
- 38.第四部 第五話 管理人の決断
- 39.第四部 最終話 継ぐ光
- 40.第五部 第零話 余光を見つめて
- 41.第五部 第一話 違和感
- 42.第五部 第2話 選ばれない側
- 43.第五部 第三話 管理人の視線
- 44.第五部 第四話 事件、そして―
- 45.第五部 最終話 光の交代
- 46.第六部 第零話 今年の光
- 47.第六部 第一話 光の隣で
- 48.第六部 第二話 崩れた予定
- 49.第六部 第三話 本音
- 50.第六部 第四話 ソノスの役目
- 51.第六部 最終話 光は、隣で
- 52.最後に。