完敗なんだよお兄ちゃん
#1
完敗
私のお兄ちゃんはよく頑張ってた。毎日、剣の素振りをお仕事の休憩の合間にしてる。私たちの村が魔族に襲われて壊滅したときからずっと続けている。それ以外にも、私のために色んなことをしてくれた。私に何一つ不自由なことがないようにしてくれていた。
お兄ちゃんが休んでいる姿はあの日以降私は見ていないかもしれない。それこそ、私がお兄ちゃんが寝るまで起きていようとしても、お兄ちゃんはその日結局寝場所に来なくて、気がついたら朝になっててお兄ちゃんが朝ごはんを用意してくれてた。お兄ちゃんの手伝いをしようとしても、お兄ちゃんが落ち着いてきて、私が聞く頃には全部終わってると言う。
『フーラ、心配しないで。お兄ちゃんがずっとお前のことを守ってやるから』
あのとき、お兄ちゃんは、声を揺らしながら、自分だって泣きたいのを我慢しながら私にそう言ってくれた。幼いなりに、今までの生活がなくなったことをあのとき理解した。あのとき、私たちの親は魔族から私たちを逃して、そして今までずっと会えてない。名のある強い冒険者の人もいた覚えがあるけど、逃げた後村の方向を振り返ると、禍々しい色の炎で村全体が覆われていたのを覚えている。きっと負けてしまったのだろう。お兄ちゃんは、
『きっと、お母さんもお父さんも元気に生きているよ。俺たちがどこにいるかわかんないから会えてないだけだよ』
といつも言うけど、そんなこと慰めだなんてわかってる。お兄ちゃんにとっては、私はまだ子供だと思われている。……しかし、これはもうどうでもいい記憶だ。
強い気流で、涙が少し飛んでいった。
「おい、[漢字]笑者[/漢字][ふりがな]わらわれもの[/ふりがな]。王都はもうそこだ。気が抜けてるんだったら俺様の邪魔をする前に今ここで殺すからな」
空を飛んでいる竜の背中の上で、一つ目のやつが物騒な物言いで僕にそう吐き捨てる。彼はもう僕とやる準備はできているみたいだ。もう彼は彼の剣に手を掛けている。頭から少しズレていた愚者の仮面の位置を直した。
「アハハッ、できるもんならしてみなよ? タダルーマン。殺す、なんて言葉は人を殺す前に使うようなダサい人のために存在してるんじゃないんだよ?」
「ほう、言ったな、貴様…!」
「お前ら二人とも落ち着け。その力は王都の守衛騎士どもに使え。あいつらは強い、特にカルゴスティーニという皇族直属守衛騎士団長は強い。協力しろ」
無機物のやつが私と彼の間に割って入って止める。自動操縦の竜がもう下降しているし、しょうがない。彼も、同じ結論に至ったようだ。
本来ならば、王都は魔族を侵入させないバリアというものが王都の全方位を囲むように張られている。しかし、今回はディアスラストスとかいうやつが確かバリアの条件を変更して僕たちだけは入れるようにしてるらしい。ついでに、僕たちの存在もある程度隠蔽してくれるらしく、入った後短時間は誰にも気づかれず行動できるみたいだ。
このバリアはさる人族が作った者で、破壊するにしても時間がかかるし、その間に人族がやってきてしまうためこういう手段を取ることにしたらしい。
「…不思議な感覚だね。まさか魔族の僕たちが日中堂々と王都のど真ん中に入るなんてさ」
「忘れるなよ、俺たちの目標は王都の破壊だ。観光じゃないぞ」
「わかってるって」
竜がバリアをスーッと通り抜けていく様子を見ながら怠者の仮面を被ったその次の瞬間、私のすぐ隣を輝くレーザーのような極太光線が貫いていった。首根っこを貫かれて僕たちが乗っていた竜はもちろん即死。僕たちは墜落した。
あの極太光線、威力がヤバそう。ギリギリ当たらなくて済んだけど竜の首から血が出てない。耐熱性に優れる竜の体を威力で吹っ飛ばすだけじゃなく、血管を焼き溶かしてしまったんだろう。なんにせよ、当たらなくてよかったけど、当初の計画とは大幅に変化が生じるね。とりあえず、そのまま着地というか墜落するわけにもいかないから、魔法を準備しよう。
「チッ、竜が死んだぞ! もう隠蔽が剥がれたのか?」
「いや、これは少し違う気がする。用心しろ」
そう言うと、落ちながら無機物のやつが手を下にやって掴み、上にそのまま押し上げると落ちている僕たちのところに地面が押しあがってきた。
…地面を操作できるのか、初めて見たけどなるほど、これは中々便利そうだ。どうりで、このメンバーに選ばれたわけだ。
「んん、便利だね〜。態々魔法を使わなくても済んだよ〜。さて、下手人はどこかな〜…うわっ!」
盛り上がってきた地面に着地して、レーザーを放ってきた相手を探していると、僕のところにまたさっきの極太光線がさっきとはまた違う僕の死角から飛んできて僕は吹っ飛ばされた。その一撃で怠者の仮面にヒビが入った。
「くぅーっ、予想通りとんでもない威力をしてるね〜。いやぁ…めんどくさぁっ?!」
今度は後頭部を蹴られた感覚がして、吹っ飛びながら元の場所に戻っていった。
まさか、極太光線で吹っ飛んでいる勢いが収まる前に蹴られてしまうだなんて思いもしなかったんだけど。僕はピンボールかな?蹴りはともかく、極太光線のダメージは洒落にならない。街の破壊に便利なのは怠者の仮面だから壊されたくはないんだけど。
「——ごきげんよう。あなた方のその異形の見た目、雰囲気、そして禍々しい魔力。あなた方が例の魔族ですね」
吹っ飛んでいった先では、やけにキラキラとしているやつがタダルーマンと無機物のやつに挨拶をしていた。それにその他にも騎士っぽいやつがぞろぞろと、しかし、魔力の残滓を見るに、これがあのとんでも光線を放ってきたやつだろう。で、他は彼の部下のやつ。そう眺めてるうちに地面に頭から突っ込んで突き刺さった。
「ブヘッ。僕はピンボールじゃないんだけどな…はぁー。それにしても、めんどくさそう」
「例の魔族だぁ? いったいそれは誰から聞いたんだよ」
「俺が教えたんだ」
俺が教えた、そう言う声の人物はキラキラしたやつの少し後ろから現れた。茶色の髪に少し緑がかった目、そしてあの顔付きは…
「[小文字]……お兄ちゃん?[/小文字]」
「あ゛? いやいい、態々のこのこと出てきてくれるとはな、死に急ぎだったらさっさと死なせてやるよ!」
「それはダメです」
タダルーマンがお兄ちゃんに突っ込んでいくのを止められず、お兄ちゃんに切り掛かる。お兄ちゃんは反応もできてなくて、そのまま切られてしまうかと思いきや、キラキラしたやつがタダルーマンの剣を止めた。止めた後に、キラキラしたやつの背後の建物が粉微塵になった。
「……物騒な技ですね。やはり、魔族のあなた方はここへ敵意を持って侵入してきている様子、排除しなくてはなりませんね。ですが、その前に、騎士の礼儀と、あなた方の三途の川への六文銭代わりに自己紹介しましょう。私は皇族直属守衛騎士団長、カルゴスティーニです。短い間となりますが、どうぞ宜しく」
「ちょ、ようやく追いついた! 一人で突っ走ってアスラーだけでどうにかなると思ってたの?!」
「手柄を求めてたんだろ。ま、俺は先に一つ役割を果たしたがな」
蹴ったのお前か。
「ふっ、ニンジャ的に言うと、ここは挨拶の場面! 自己紹介をするのだ!」
お兄ちゃんの仲間みたいな人が集まってくる。
「おーおー、雁首揃っておでましか? それに、何やらここ以外にも強烈な気配を感じる場所があるな。ここだけではないってことか。まぁ、まずは」
「俺がそいつら含めて潰してやる!」
「セリフとるなよ……」
「む、切っても効果なしですか…」
カルゴスティーニが無機物のやつを切ってもまるで効果がなく、新しい塊となって復活した。そして、準備途中だった大規模魔術を無機物のやつが発動すると、地面が唸り敵味方問わず攻撃する。守衛騎士どもが潰されていくが、僕の方にもちらほらと攻撃が来る。もう少し分別を持ってほしいが、無機物だししょうがない。この魔術がお兄ちゃんたちを攻撃する前に移動しよう。
「危なっ、めんどくさ…君のせいで戦いにくいから他のところを荒らしてくるよ。 あ、あとついでにいらっしゃ〜い」
「あなたを逃すとでも?」
「俺様がいる前でそんなことできるのかよ?」
カルゴスティーニが僕のことをまたも極太光線で狙っていたけど、発動の前にタダルーマンが突っ込んで邪魔してくれたおかげで事なきを得た。これ以上あれに攻撃されると怠者の仮面が壊れかねない。
あいつは多分一撃一撃が重くて素早いやつだから、下手に攻撃をもらえない僕とは相性は最悪。それに、剣士としての腕も上澄みっぽそうから、そんなのは剣豪のタダルーマンと無機物で切られても問題ないやつに任せるに限る。まぁ、お兄ちゃんの真意を聞きたいのもあるけど。ワープ魔法を発動すると、お兄ちゃんと、その仲間っぽそうな人らを全員吸い込んで転移した。少しだけ抵抗してきてたけど問題なし。
「くっ、どこだ!」
「場所の話だったら王都の歴史ある闘技場ってところ。僕の話だったら後ろ」
剣を抜いて振り向きながら切ろうとしてきたため飛び退いて離れる。この剣の振る勢いだったら僕のことはわかってないだろうね、少し安心した。
「もう、めんどくさいなぁ」
極太光線の影響で若干ズレた仮面の位置を直しながら言う。
お兄ちゃんの仲間たちが僕を囲むようにして移動している。僕がわからないとでも思ってるのかな? …まぁ別にいいんだけど。囲んだところで結果は変わらないだろうし。むしろ倒すのが早くなるし楽になるから好都合かもね。
「何が目的だ? お前」
「君らがその情報を誰から聞いたか聞くこと。まぁ正直言うと……戦わなくて済むならそれで結構なんだ」
別にこれだけじゃないけど。
「それは無理な相談だな!」
お兄ちゃんが啖呵をきると、お兄ちゃんも含めて四人が全員一斉に行動し出した。お兄ちゃんと格闘家っぽい男性は同時に突っ込んできて、魔法使いっぽい少女は詠唱して魔法を準備してる。ニンジャの人はドロン、と音を立てて煙を出した後、その場所には木しか残ってなくてどこかに消えてた。
うーん。そうだね、この実力の人らはちょっと手加減が難しいね。そうだ。
無詠唱で真っ黒い穴を空に顕現させる。さらにそこに空気中の魔力を収束させていく、無理やり縮めて集められているためゴゴゴゴと、歪な音がする。
僕が使える広域魔法の中でも僕のお気に入りのやつだ。真っ黒い穴は大きさを小さめにしておいたから威力も控えめだ。彼らにはちょうどいいくらいだろう。
「む、無詠唱?! それにあの魔法は…! 全員避けるのに集中してください!」
僕の魔法を見た彼らは攻撃を一旦諦め、回避に専念するようだ。
「間に合うかな〜?」
やがて真っ黒い穴が歪み、無理に集められた魔力が破裂する……前に、既視感のある極太光線が集められた魔力ごと、真っ黒い穴を消し飛ばしてしまった。
「ありゃ〜。んん、彼はここの状況も把握してるのか。強いと言われるだけある、めんどくさい」
最初は広域魔法で闘技場諸共吹き飛ばしてしまおうと思ったけど、それじゃあたぶんまた邪魔が入ってくるよね。うぅーん、仮面を変えようかな? お兄ちゃんたちを撃退したまた後で怠者の仮面をつけて雑に街を破壊すればいいよね。うん、そうしよう。
……ん? お兄ちゃんたちが見当たらないな。
「フェアレススラッシュ!」
「うわっ」
「ストラックシュート!」
「うわうわ」
「ブラッドレイン!」
「うわうわうわ」
「空蝉!」
「忍法はつけないの?」
避けることができなくて、全部当たってしまったが、仮面が少しひび割れる程度で済んだ。まぁしかし、これ以上この仮面を損傷させるわけにもいかないな。怠者の仮面を外した。
すると、再び極太光線がボスの目の前にいるお兄ちゃんたちを貫かないよう曲がりながら飛んできた。上半身を逸らしてかわす。
「ううっ! これは当たっちゃいけないんだ。危ない危ない。……あのとんでもないやつに比べると、君らの実力は中々凄い方にいるけど、それじゃあこの次元にはまだ足りないね。出直す必要がある」
「その顔は…!? 」
「気のせいさ」
怒者の仮面と、色者の仮面を重ねるようにしてつける。
「アッハハハハ! 君たちの実力、まるで物足りないよ! 話したくないんだったらそれでも結構、力ずくでも聞き出してやるからな!」
「喋り方が変わりましたね…?」
「また魔法が来るぞ、気をつけろっ?!」
魔法に備えようとしていた格闘家っぽい男性を体から生えてきた触手で弾き飛ばした。別にさっきも今も蹴られた恨みがあるわけじゃあないけど、少し強くやっちゃったね。彼は弾き飛ばされた勢いで建物に衝突し、建物に深い凹みを作ると、そのまま赤い痕跡を残しながらずるりと落ちた。
……ちょっと強くしすぎたかも? あんまり手加減にも慣れてないんだから、怒者の仮面はつけなくてもよかったかな。
「ファールシ!」
「くっ、忍法・畳返し!」
変なことしてきた忍者はまた位置がわからなくなる前に触手で弾き飛ばした。魔法使いは小癪にも格闘家を治そうとしているのが見えたので触手で拘束しておいた。
「み、みんな!」
「わたしたちのことはおいて逃げて!」
なんとも御涙頂戴の場面だぁね。さて、これでお兄ちゃんは万事休すだ。これで戦いにくるほどお兄ちゃんは物事の判断がつかない人じゃない。お兄ちゃんの仲間を人質に取れてるから、きっと誰がこの作戦をお兄ちゃんたちに教えたか言ってくれるだろう。
……この状況でも極太光線が飛んでこないあたり、あっちは戦闘が佳境に入ってるっぽいね。手伝いに行くためにもさっさと終わらそう。
「さて、これで一人だなぁ? これで誰がこの作戦をリークしたか教えてくれるか? 君の仲間の運命がかかってるぜ?」
長い沈黙がこの場を支配した。お兄ちゃんは触手に囚われている魔法使い、そして倒れている忍者と格闘家を見てこう言った。
「……わかった。それで仲間を許してくれるんだな」
「んん、もちろんさ。僕は魔族の幹部の中じゃ優しい方だと有名なのさ「でも、その前に教えてほしいことがある」んん? なんだ?」
お兄ちゃんは一呼吸おくと、意を決したように話を切り出す。
「[太字]どうして、お前の素顔は俺の死んだ妹とそっくり、いや[下線]同じ[/下線]なんだ?[/太字]」
……ふふ、愚者の仮面のせいかな、この質問に答えてやろうという気持ちが湧いてくる。まぁそもそもお兄ちゃんが知ったところで意味のないこと。魔王様に影響はないだろうし、教えてあげてもいいだろう。
体の触手が無意識に地面を叩く。仮面をゆっくり外していく。
「死んだ妹、ね………アハ、別に[下線]私[/下線]は死んでないよ? お兄ちゃん♡」
「……ッ?! ふ、フーラ……?」
お兄ちゃんが目を見開いて驚く。その名前も懐かしいものだ。最も、今はそんな名前なんて無いが。
「ふ、フーラ、どうしてそんなことに……」
「[下線]そんなこと? [/下線]お兄ちゃん。私は今最っ高に幸せだよ? それに、私はもうフーラなんて名前じゃない。魔王第四位幹部の[漢字]笑者[/漢字][ふりがな]わらわれもの[/ふりがな]だよ。ふふ……あのときから、私もお兄ちゃんも変わったね。でも、私のお兄ちゃんが好きな気持ちは変わらないよ」
「[太字]愛してるよ、お兄ちゃん♡[/太字]」
……なんでだ? 涙がこぼれ落ちる。喉が震える。僕は、どうってことないのに。まぁ涙も生理現象の一種だ。僕のすることは変わらない。
「……さて、じゃあ僕の質問に答えてくれるかな?」
「……いや、こt」
「じゃあいいよ」
触手がパチンとお兄ちゃんの身体を叩くと、お兄ちゃんは防御もできずそのまま吹っ飛んでいき、また格闘家と同じようになった。もう涙は流れない。さっきは何故泣いたんだ?
……しかし、そんなことを考えてもわからないものはわからない。お兄ちゃんからリーク者の情報を手に入れることができなかったのは残念だね。これじゃあ次攻めるときもおんなじ状況に陥ってしまう。それじゃあよくないからね。……おっと、忘れていたけど魔法使いを下ろそう。暴れてたみたいけど非力すぎて気づかなかった。
怒者の仮面を外して、怠者の仮面を欲者の仮面の下につけた。怠者の仮面は壊れたら困るからね。
「……ふぅ。正直言うと、君のことを攫っちゃってもいいと思ってるんだ。なかなかいい見た目をしてるみたいだし。でも、生憎今は時間がないんだ。頑張って戦ってるやつがいる、しかもそいつらは一応僕の仲間だときた。そういうことだから、バイバイ。次会ったら全員死ぬから気をつけてね〜」
彼女の顔は青ざめてる。僕のことが恐ろしいのか、もはや攻撃しようとする気配すらない。可哀想に、なかなか実力のあるチームだったけど、たった一度で崩壊か。
ワープ魔法を発動して、仲間が戦っているところへと戻った。
「やぁ、ただいまっ?!」
元の場所に帰ってきた瞬間、極太レーザーが顔に直撃して色者の仮面にヒビが入った。
「おかえりなさい。ちょうどよかったです。たった今貴女の同胞のうちの一人を始末したところでしたので」
「くっ、し、始末?」
辺りを見渡す。なかなかに惨い光景が目に広がった。建物はほとんどが倒壊していて、辺りの地面や建物という建物には、おそらく守衛騎士たちの物と思われる赤黒い跡でできた模様にべったりと染まっていて、中にはまだミンチになりながらも生を求めて必死に蠢いている守衛騎士もいた。
王都を攻める前に少し話に聞いたが、あれが例の聖女の祈りというものだろう。何が祈りか、死んでいるやつだらけじゃあないか、それに死ななかったとしてもあんな風に半身だけでは生きているとは言えない。死にきらなかった死体だ。無機物のやつの魔術の威力が高すぎたのかもしれないが……。
ふむ、無機物のやつはどこだ?
「…きっと、貴女のお探しの人……いえ、物質? とにかく、その者はこちらにいます」
騎士が示す方向を見てみると、小さい石の山がそこにはできていた。……何も言うまい。
「……一応聞いておこっか、タダルーマン、剣を持ってたやつは……?」
「その方なら、おそらくあの辺りに存在しているでしょう」
騎士の示す方向には、さっきも見た赤い液体の溜まっているものしか見えなかった。
傲者の仮面と、欲者の仮面をつけた。
「……ハハ、ハッハッハッハッハ! つまりは全員殺した、ということじゃあないか! なーにが、同胞の一人。だ!」
「失礼しました。レディに悲しませるわけにもいかないので」
「笑えてくるよ! 本当にそう思ってるなら、さっきから準備してるそれをやめなよ」
そう言った瞬間に死角から例の極太光線が飛んできて、それと同時に騎士も攻めてきた。この練度的に、彼らはこれにやられたんじゃあなかろうか。しっかし、素の顔でこんなことやってくるなんて思わなかったな。
極太光線は真っ黒い穴に吸収させ、騎士が切り掛かってきている方は触手を差し向けたが、一瞬のうちに全て切り落とされてしまったので、しょうがなく真っ黒い穴を騎士の前に顕現させた。しかし、彼はそれも予測していたのか、同時刻に極太光線を放って相殺した。
この攻撃が防がれたことにカルゴスティーニは驚くことも、怒ることもしなかった。ただ——
「おぉ! 素晴らしいです、先ほどのお二方はこれを防げませんでした。しかし、貴方は余裕を持って防ぎました。これは大半素晴らしいことです!」
僕のことを褒めた。
「あの二人が防げなかったのもわかるよ。魔術しか使えないやつと、剣術しかないやつだからね」
「あなたは先ほどのお二方とは少し違うようです。本来は、このようなものを楽しんではいけないとわかっていますが……」
その後の言葉は彼の行動によって示された。
「本気で戦うと、どうしても高揚してしまいます」
「分身なんてできるんだ?!」
「ちょっとした技です」
光でできた分身が切り掛かってくる。光だというのに質量もあるのか。当たり前というように騎士本体も襲いかかる。
「おい二人でさっきのやつをやるのはダメじゃないか?!」
少しタイミングをずらして攻めてくる。どうも反撃できないようにタイミングをずらしているようで、一発極太光線が射出されると、その隙を縫うようにして本体が首元を狙う。極太光線はさっきのように吸収して、本体の攻撃はなんとか身体を逸らして避けたとしても、次にはその身体を逸らしたところに極太光線が飛んでくる。こんな質量の攻撃は何度も吸収できず、放出しないとこれは吸収できない。しかし、そんな暇もないので、ギリギリで極太光線に吸収した極太光線で相殺する。が、しかし相手の極太光線はこちらのものを余裕でかき消して、私の眼前に迫ってくる。
欲者の仮面にヒビが入る。
「ぐっ!」
「まずは一発。あなたが吸収したサンクトゥスレイは先ほどよりも少し威力を下げてあります。私がサンクトゥスレイをサンクトゥスレイで相殺したのを見て、あなたもそうするだろうと思ったので」
「頭が回るんだね……!」
こりゃ作戦は完全に失敗だ。そもそも作戦と呼べるような作戦でもなかったが、相手の実力を見誤り過ぎてる。全然人員が足りないじゃないか、僕も帰りたいが、こんなやつの前じゃ帰る隙というのもほとんどない。面倒なやつだ。
しかし、このまま戦っていても埒が開かないどころか、死んでしまう。どうにかして逃げないとならん。
騎士は僕の様子を見ている。あの感じから見て、僕が何かをしたらすぐに極太光線を打てるようにしてる。それに、もし僕が何もしなくともそれはそれで予め援軍を用意していたんだろう。全く面倒なやつだ。本来なら、タダルーマンとか無機物のやつがいるはずだったのに、すぐ死んでしまったから何の意味もない。疲れるし、無差別すぎるからあんまりこれは使いたくはなかったんだけど、しょうがない。
「……はぁ。まだ死にたくはないんだ。さっさとそこを退いてくれない?」
騎士の後ろに真っ黒い穴を顕現させる。どうも彼はそれに極太光線をぶち込めばなんとかなると思っているようだが、違う。
それはもう僕の制御下にない。その真っ黒い穴は極太光線を吸い込み、地面の瓦礫を吸い込み、べったりとついてる血を吸い込み、挙げ句の果てには騎士すらも吸い込もうとする。
そして、だんだんと大きくなっていく。
空中の黒い穴はその吸い込む勢いと、大きさを増していく。彼はようやく、この穴がただの代物ではないと気づいたらしい。
僕のことを攻撃しても何の意味もないのだが、僕の方に攻撃にしにくる。その攻撃を特に防御もせずそのまま受ける。欲者の仮面が割れた。
「もうなりふり構わないって決めたんだ、一旦は帰らせてもらう」
しかし、準備していたワープ魔法でそれ以上の損失を受けないように僕は帰った。
お兄ちゃんが休んでいる姿はあの日以降私は見ていないかもしれない。それこそ、私がお兄ちゃんが寝るまで起きていようとしても、お兄ちゃんはその日結局寝場所に来なくて、気がついたら朝になっててお兄ちゃんが朝ごはんを用意してくれてた。お兄ちゃんの手伝いをしようとしても、お兄ちゃんが落ち着いてきて、私が聞く頃には全部終わってると言う。
『フーラ、心配しないで。お兄ちゃんがずっとお前のことを守ってやるから』
あのとき、お兄ちゃんは、声を揺らしながら、自分だって泣きたいのを我慢しながら私にそう言ってくれた。幼いなりに、今までの生活がなくなったことをあのとき理解した。あのとき、私たちの親は魔族から私たちを逃して、そして今までずっと会えてない。名のある強い冒険者の人もいた覚えがあるけど、逃げた後村の方向を振り返ると、禍々しい色の炎で村全体が覆われていたのを覚えている。きっと負けてしまったのだろう。お兄ちゃんは、
『きっと、お母さんもお父さんも元気に生きているよ。俺たちがどこにいるかわかんないから会えてないだけだよ』
といつも言うけど、そんなこと慰めだなんてわかってる。お兄ちゃんにとっては、私はまだ子供だと思われている。……しかし、これはもうどうでもいい記憶だ。
強い気流で、涙が少し飛んでいった。
「おい、[漢字]笑者[/漢字][ふりがな]わらわれもの[/ふりがな]。王都はもうそこだ。気が抜けてるんだったら俺様の邪魔をする前に今ここで殺すからな」
空を飛んでいる竜の背中の上で、一つ目のやつが物騒な物言いで僕にそう吐き捨てる。彼はもう僕とやる準備はできているみたいだ。もう彼は彼の剣に手を掛けている。頭から少しズレていた愚者の仮面の位置を直した。
「アハハッ、できるもんならしてみなよ? タダルーマン。殺す、なんて言葉は人を殺す前に使うようなダサい人のために存在してるんじゃないんだよ?」
「ほう、言ったな、貴様…!」
「お前ら二人とも落ち着け。その力は王都の守衛騎士どもに使え。あいつらは強い、特にカルゴスティーニという皇族直属守衛騎士団長は強い。協力しろ」
無機物のやつが私と彼の間に割って入って止める。自動操縦の竜がもう下降しているし、しょうがない。彼も、同じ結論に至ったようだ。
本来ならば、王都は魔族を侵入させないバリアというものが王都の全方位を囲むように張られている。しかし、今回はディアスラストスとかいうやつが確かバリアの条件を変更して僕たちだけは入れるようにしてるらしい。ついでに、僕たちの存在もある程度隠蔽してくれるらしく、入った後短時間は誰にも気づかれず行動できるみたいだ。
このバリアはさる人族が作った者で、破壊するにしても時間がかかるし、その間に人族がやってきてしまうためこういう手段を取ることにしたらしい。
「…不思議な感覚だね。まさか魔族の僕たちが日中堂々と王都のど真ん中に入るなんてさ」
「忘れるなよ、俺たちの目標は王都の破壊だ。観光じゃないぞ」
「わかってるって」
竜がバリアをスーッと通り抜けていく様子を見ながら怠者の仮面を被ったその次の瞬間、私のすぐ隣を輝くレーザーのような極太光線が貫いていった。首根っこを貫かれて僕たちが乗っていた竜はもちろん即死。僕たちは墜落した。
あの極太光線、威力がヤバそう。ギリギリ当たらなくて済んだけど竜の首から血が出てない。耐熱性に優れる竜の体を威力で吹っ飛ばすだけじゃなく、血管を焼き溶かしてしまったんだろう。なんにせよ、当たらなくてよかったけど、当初の計画とは大幅に変化が生じるね。とりあえず、そのまま着地というか墜落するわけにもいかないから、魔法を準備しよう。
「チッ、竜が死んだぞ! もう隠蔽が剥がれたのか?」
「いや、これは少し違う気がする。用心しろ」
そう言うと、落ちながら無機物のやつが手を下にやって掴み、上にそのまま押し上げると落ちている僕たちのところに地面が押しあがってきた。
…地面を操作できるのか、初めて見たけどなるほど、これは中々便利そうだ。どうりで、このメンバーに選ばれたわけだ。
「んん、便利だね〜。態々魔法を使わなくても済んだよ〜。さて、下手人はどこかな〜…うわっ!」
盛り上がってきた地面に着地して、レーザーを放ってきた相手を探していると、僕のところにまたさっきの極太光線がさっきとはまた違う僕の死角から飛んできて僕は吹っ飛ばされた。その一撃で怠者の仮面にヒビが入った。
「くぅーっ、予想通りとんでもない威力をしてるね〜。いやぁ…めんどくさぁっ?!」
今度は後頭部を蹴られた感覚がして、吹っ飛びながら元の場所に戻っていった。
まさか、極太光線で吹っ飛んでいる勢いが収まる前に蹴られてしまうだなんて思いもしなかったんだけど。僕はピンボールかな?蹴りはともかく、極太光線のダメージは洒落にならない。街の破壊に便利なのは怠者の仮面だから壊されたくはないんだけど。
「——ごきげんよう。あなた方のその異形の見た目、雰囲気、そして禍々しい魔力。あなた方が例の魔族ですね」
吹っ飛んでいった先では、やけにキラキラとしているやつがタダルーマンと無機物のやつに挨拶をしていた。それにその他にも騎士っぽいやつがぞろぞろと、しかし、魔力の残滓を見るに、これがあのとんでも光線を放ってきたやつだろう。で、他は彼の部下のやつ。そう眺めてるうちに地面に頭から突っ込んで突き刺さった。
「ブヘッ。僕はピンボールじゃないんだけどな…はぁー。それにしても、めんどくさそう」
「例の魔族だぁ? いったいそれは誰から聞いたんだよ」
「俺が教えたんだ」
俺が教えた、そう言う声の人物はキラキラしたやつの少し後ろから現れた。茶色の髪に少し緑がかった目、そしてあの顔付きは…
「[小文字]……お兄ちゃん?[/小文字]」
「あ゛? いやいい、態々のこのこと出てきてくれるとはな、死に急ぎだったらさっさと死なせてやるよ!」
「それはダメです」
タダルーマンがお兄ちゃんに突っ込んでいくのを止められず、お兄ちゃんに切り掛かる。お兄ちゃんは反応もできてなくて、そのまま切られてしまうかと思いきや、キラキラしたやつがタダルーマンの剣を止めた。止めた後に、キラキラしたやつの背後の建物が粉微塵になった。
「……物騒な技ですね。やはり、魔族のあなた方はここへ敵意を持って侵入してきている様子、排除しなくてはなりませんね。ですが、その前に、騎士の礼儀と、あなた方の三途の川への六文銭代わりに自己紹介しましょう。私は皇族直属守衛騎士団長、カルゴスティーニです。短い間となりますが、どうぞ宜しく」
「ちょ、ようやく追いついた! 一人で突っ走ってアスラーだけでどうにかなると思ってたの?!」
「手柄を求めてたんだろ。ま、俺は先に一つ役割を果たしたがな」
蹴ったのお前か。
「ふっ、ニンジャ的に言うと、ここは挨拶の場面! 自己紹介をするのだ!」
お兄ちゃんの仲間みたいな人が集まってくる。
「おーおー、雁首揃っておでましか? それに、何やらここ以外にも強烈な気配を感じる場所があるな。ここだけではないってことか。まぁ、まずは」
「俺がそいつら含めて潰してやる!」
「セリフとるなよ……」
「む、切っても効果なしですか…」
カルゴスティーニが無機物のやつを切ってもまるで効果がなく、新しい塊となって復活した。そして、準備途中だった大規模魔術を無機物のやつが発動すると、地面が唸り敵味方問わず攻撃する。守衛騎士どもが潰されていくが、僕の方にもちらほらと攻撃が来る。もう少し分別を持ってほしいが、無機物だししょうがない。この魔術がお兄ちゃんたちを攻撃する前に移動しよう。
「危なっ、めんどくさ…君のせいで戦いにくいから他のところを荒らしてくるよ。 あ、あとついでにいらっしゃ〜い」
「あなたを逃すとでも?」
「俺様がいる前でそんなことできるのかよ?」
カルゴスティーニが僕のことをまたも極太光線で狙っていたけど、発動の前にタダルーマンが突っ込んで邪魔してくれたおかげで事なきを得た。これ以上あれに攻撃されると怠者の仮面が壊れかねない。
あいつは多分一撃一撃が重くて素早いやつだから、下手に攻撃をもらえない僕とは相性は最悪。それに、剣士としての腕も上澄みっぽそうから、そんなのは剣豪のタダルーマンと無機物で切られても問題ないやつに任せるに限る。まぁ、お兄ちゃんの真意を聞きたいのもあるけど。ワープ魔法を発動すると、お兄ちゃんと、その仲間っぽそうな人らを全員吸い込んで転移した。少しだけ抵抗してきてたけど問題なし。
「くっ、どこだ!」
「場所の話だったら王都の歴史ある闘技場ってところ。僕の話だったら後ろ」
剣を抜いて振り向きながら切ろうとしてきたため飛び退いて離れる。この剣の振る勢いだったら僕のことはわかってないだろうね、少し安心した。
「もう、めんどくさいなぁ」
極太光線の影響で若干ズレた仮面の位置を直しながら言う。
お兄ちゃんの仲間たちが僕を囲むようにして移動している。僕がわからないとでも思ってるのかな? …まぁ別にいいんだけど。囲んだところで結果は変わらないだろうし。むしろ倒すのが早くなるし楽になるから好都合かもね。
「何が目的だ? お前」
「君らがその情報を誰から聞いたか聞くこと。まぁ正直言うと……戦わなくて済むならそれで結構なんだ」
別にこれだけじゃないけど。
「それは無理な相談だな!」
お兄ちゃんが啖呵をきると、お兄ちゃんも含めて四人が全員一斉に行動し出した。お兄ちゃんと格闘家っぽい男性は同時に突っ込んできて、魔法使いっぽい少女は詠唱して魔法を準備してる。ニンジャの人はドロン、と音を立てて煙を出した後、その場所には木しか残ってなくてどこかに消えてた。
うーん。そうだね、この実力の人らはちょっと手加減が難しいね。そうだ。
無詠唱で真っ黒い穴を空に顕現させる。さらにそこに空気中の魔力を収束させていく、無理やり縮めて集められているためゴゴゴゴと、歪な音がする。
僕が使える広域魔法の中でも僕のお気に入りのやつだ。真っ黒い穴は大きさを小さめにしておいたから威力も控えめだ。彼らにはちょうどいいくらいだろう。
「む、無詠唱?! それにあの魔法は…! 全員避けるのに集中してください!」
僕の魔法を見た彼らは攻撃を一旦諦め、回避に専念するようだ。
「間に合うかな〜?」
やがて真っ黒い穴が歪み、無理に集められた魔力が破裂する……前に、既視感のある極太光線が集められた魔力ごと、真っ黒い穴を消し飛ばしてしまった。
「ありゃ〜。んん、彼はここの状況も把握してるのか。強いと言われるだけある、めんどくさい」
最初は広域魔法で闘技場諸共吹き飛ばしてしまおうと思ったけど、それじゃあたぶんまた邪魔が入ってくるよね。うぅーん、仮面を変えようかな? お兄ちゃんたちを撃退したまた後で怠者の仮面をつけて雑に街を破壊すればいいよね。うん、そうしよう。
……ん? お兄ちゃんたちが見当たらないな。
「フェアレススラッシュ!」
「うわっ」
「ストラックシュート!」
「うわうわ」
「ブラッドレイン!」
「うわうわうわ」
「空蝉!」
「忍法はつけないの?」
避けることができなくて、全部当たってしまったが、仮面が少しひび割れる程度で済んだ。まぁしかし、これ以上この仮面を損傷させるわけにもいかないな。怠者の仮面を外した。
すると、再び極太光線がボスの目の前にいるお兄ちゃんたちを貫かないよう曲がりながら飛んできた。上半身を逸らしてかわす。
「ううっ! これは当たっちゃいけないんだ。危ない危ない。……あのとんでもないやつに比べると、君らの実力は中々凄い方にいるけど、それじゃあこの次元にはまだ足りないね。出直す必要がある」
「その顔は…!? 」
「気のせいさ」
怒者の仮面と、色者の仮面を重ねるようにしてつける。
「アッハハハハ! 君たちの実力、まるで物足りないよ! 話したくないんだったらそれでも結構、力ずくでも聞き出してやるからな!」
「喋り方が変わりましたね…?」
「また魔法が来るぞ、気をつけろっ?!」
魔法に備えようとしていた格闘家っぽい男性を体から生えてきた触手で弾き飛ばした。別にさっきも今も蹴られた恨みがあるわけじゃあないけど、少し強くやっちゃったね。彼は弾き飛ばされた勢いで建物に衝突し、建物に深い凹みを作ると、そのまま赤い痕跡を残しながらずるりと落ちた。
……ちょっと強くしすぎたかも? あんまり手加減にも慣れてないんだから、怒者の仮面はつけなくてもよかったかな。
「ファールシ!」
「くっ、忍法・畳返し!」
変なことしてきた忍者はまた位置がわからなくなる前に触手で弾き飛ばした。魔法使いは小癪にも格闘家を治そうとしているのが見えたので触手で拘束しておいた。
「み、みんな!」
「わたしたちのことはおいて逃げて!」
なんとも御涙頂戴の場面だぁね。さて、これでお兄ちゃんは万事休すだ。これで戦いにくるほどお兄ちゃんは物事の判断がつかない人じゃない。お兄ちゃんの仲間を人質に取れてるから、きっと誰がこの作戦をお兄ちゃんたちに教えたか言ってくれるだろう。
……この状況でも極太光線が飛んでこないあたり、あっちは戦闘が佳境に入ってるっぽいね。手伝いに行くためにもさっさと終わらそう。
「さて、これで一人だなぁ? これで誰がこの作戦をリークしたか教えてくれるか? 君の仲間の運命がかかってるぜ?」
長い沈黙がこの場を支配した。お兄ちゃんは触手に囚われている魔法使い、そして倒れている忍者と格闘家を見てこう言った。
「……わかった。それで仲間を許してくれるんだな」
「んん、もちろんさ。僕は魔族の幹部の中じゃ優しい方だと有名なのさ「でも、その前に教えてほしいことがある」んん? なんだ?」
お兄ちゃんは一呼吸おくと、意を決したように話を切り出す。
「[太字]どうして、お前の素顔は俺の死んだ妹とそっくり、いや[下線]同じ[/下線]なんだ?[/太字]」
……ふふ、愚者の仮面のせいかな、この質問に答えてやろうという気持ちが湧いてくる。まぁそもそもお兄ちゃんが知ったところで意味のないこと。魔王様に影響はないだろうし、教えてあげてもいいだろう。
体の触手が無意識に地面を叩く。仮面をゆっくり外していく。
「死んだ妹、ね………アハ、別に[下線]私[/下線]は死んでないよ? お兄ちゃん♡」
「……ッ?! ふ、フーラ……?」
お兄ちゃんが目を見開いて驚く。その名前も懐かしいものだ。最も、今はそんな名前なんて無いが。
「ふ、フーラ、どうしてそんなことに……」
「[下線]そんなこと? [/下線]お兄ちゃん。私は今最っ高に幸せだよ? それに、私はもうフーラなんて名前じゃない。魔王第四位幹部の[漢字]笑者[/漢字][ふりがな]わらわれもの[/ふりがな]だよ。ふふ……あのときから、私もお兄ちゃんも変わったね。でも、私のお兄ちゃんが好きな気持ちは変わらないよ」
「[太字]愛してるよ、お兄ちゃん♡[/太字]」
……なんでだ? 涙がこぼれ落ちる。喉が震える。僕は、どうってことないのに。まぁ涙も生理現象の一種だ。僕のすることは変わらない。
「……さて、じゃあ僕の質問に答えてくれるかな?」
「……いや、こt」
「じゃあいいよ」
触手がパチンとお兄ちゃんの身体を叩くと、お兄ちゃんは防御もできずそのまま吹っ飛んでいき、また格闘家と同じようになった。もう涙は流れない。さっきは何故泣いたんだ?
……しかし、そんなことを考えてもわからないものはわからない。お兄ちゃんからリーク者の情報を手に入れることができなかったのは残念だね。これじゃあ次攻めるときもおんなじ状況に陥ってしまう。それじゃあよくないからね。……おっと、忘れていたけど魔法使いを下ろそう。暴れてたみたいけど非力すぎて気づかなかった。
怒者の仮面を外して、怠者の仮面を欲者の仮面の下につけた。怠者の仮面は壊れたら困るからね。
「……ふぅ。正直言うと、君のことを攫っちゃってもいいと思ってるんだ。なかなかいい見た目をしてるみたいだし。でも、生憎今は時間がないんだ。頑張って戦ってるやつがいる、しかもそいつらは一応僕の仲間だときた。そういうことだから、バイバイ。次会ったら全員死ぬから気をつけてね〜」
彼女の顔は青ざめてる。僕のことが恐ろしいのか、もはや攻撃しようとする気配すらない。可哀想に、なかなか実力のあるチームだったけど、たった一度で崩壊か。
ワープ魔法を発動して、仲間が戦っているところへと戻った。
「やぁ、ただいまっ?!」
元の場所に帰ってきた瞬間、極太レーザーが顔に直撃して色者の仮面にヒビが入った。
「おかえりなさい。ちょうどよかったです。たった今貴女の同胞のうちの一人を始末したところでしたので」
「くっ、し、始末?」
辺りを見渡す。なかなかに惨い光景が目に広がった。建物はほとんどが倒壊していて、辺りの地面や建物という建物には、おそらく守衛騎士たちの物と思われる赤黒い跡でできた模様にべったりと染まっていて、中にはまだミンチになりながらも生を求めて必死に蠢いている守衛騎士もいた。
王都を攻める前に少し話に聞いたが、あれが例の聖女の祈りというものだろう。何が祈りか、死んでいるやつだらけじゃあないか、それに死ななかったとしてもあんな風に半身だけでは生きているとは言えない。死にきらなかった死体だ。無機物のやつの魔術の威力が高すぎたのかもしれないが……。
ふむ、無機物のやつはどこだ?
「…きっと、貴女のお探しの人……いえ、物質? とにかく、その者はこちらにいます」
騎士が示す方向を見てみると、小さい石の山がそこにはできていた。……何も言うまい。
「……一応聞いておこっか、タダルーマン、剣を持ってたやつは……?」
「その方なら、おそらくあの辺りに存在しているでしょう」
騎士の示す方向には、さっきも見た赤い液体の溜まっているものしか見えなかった。
傲者の仮面と、欲者の仮面をつけた。
「……ハハ、ハッハッハッハッハ! つまりは全員殺した、ということじゃあないか! なーにが、同胞の一人。だ!」
「失礼しました。レディに悲しませるわけにもいかないので」
「笑えてくるよ! 本当にそう思ってるなら、さっきから準備してるそれをやめなよ」
そう言った瞬間に死角から例の極太光線が飛んできて、それと同時に騎士も攻めてきた。この練度的に、彼らはこれにやられたんじゃあなかろうか。しっかし、素の顔でこんなことやってくるなんて思わなかったな。
極太光線は真っ黒い穴に吸収させ、騎士が切り掛かってきている方は触手を差し向けたが、一瞬のうちに全て切り落とされてしまったので、しょうがなく真っ黒い穴を騎士の前に顕現させた。しかし、彼はそれも予測していたのか、同時刻に極太光線を放って相殺した。
この攻撃が防がれたことにカルゴスティーニは驚くことも、怒ることもしなかった。ただ——
「おぉ! 素晴らしいです、先ほどのお二方はこれを防げませんでした。しかし、貴方は余裕を持って防ぎました。これは大半素晴らしいことです!」
僕のことを褒めた。
「あの二人が防げなかったのもわかるよ。魔術しか使えないやつと、剣術しかないやつだからね」
「あなたは先ほどのお二方とは少し違うようです。本来は、このようなものを楽しんではいけないとわかっていますが……」
その後の言葉は彼の行動によって示された。
「本気で戦うと、どうしても高揚してしまいます」
「分身なんてできるんだ?!」
「ちょっとした技です」
光でできた分身が切り掛かってくる。光だというのに質量もあるのか。当たり前というように騎士本体も襲いかかる。
「おい二人でさっきのやつをやるのはダメじゃないか?!」
少しタイミングをずらして攻めてくる。どうも反撃できないようにタイミングをずらしているようで、一発極太光線が射出されると、その隙を縫うようにして本体が首元を狙う。極太光線はさっきのように吸収して、本体の攻撃はなんとか身体を逸らして避けたとしても、次にはその身体を逸らしたところに極太光線が飛んでくる。こんな質量の攻撃は何度も吸収できず、放出しないとこれは吸収できない。しかし、そんな暇もないので、ギリギリで極太光線に吸収した極太光線で相殺する。が、しかし相手の極太光線はこちらのものを余裕でかき消して、私の眼前に迫ってくる。
欲者の仮面にヒビが入る。
「ぐっ!」
「まずは一発。あなたが吸収したサンクトゥスレイは先ほどよりも少し威力を下げてあります。私がサンクトゥスレイをサンクトゥスレイで相殺したのを見て、あなたもそうするだろうと思ったので」
「頭が回るんだね……!」
こりゃ作戦は完全に失敗だ。そもそも作戦と呼べるような作戦でもなかったが、相手の実力を見誤り過ぎてる。全然人員が足りないじゃないか、僕も帰りたいが、こんなやつの前じゃ帰る隙というのもほとんどない。面倒なやつだ。
しかし、このまま戦っていても埒が開かないどころか、死んでしまう。どうにかして逃げないとならん。
騎士は僕の様子を見ている。あの感じから見て、僕が何かをしたらすぐに極太光線を打てるようにしてる。それに、もし僕が何もしなくともそれはそれで予め援軍を用意していたんだろう。全く面倒なやつだ。本来なら、タダルーマンとか無機物のやつがいるはずだったのに、すぐ死んでしまったから何の意味もない。疲れるし、無差別すぎるからあんまりこれは使いたくはなかったんだけど、しょうがない。
「……はぁ。まだ死にたくはないんだ。さっさとそこを退いてくれない?」
騎士の後ろに真っ黒い穴を顕現させる。どうも彼はそれに極太光線をぶち込めばなんとかなると思っているようだが、違う。
それはもう僕の制御下にない。その真っ黒い穴は極太光線を吸い込み、地面の瓦礫を吸い込み、べったりとついてる血を吸い込み、挙げ句の果てには騎士すらも吸い込もうとする。
そして、だんだんと大きくなっていく。
空中の黒い穴はその吸い込む勢いと、大きさを増していく。彼はようやく、この穴がただの代物ではないと気づいたらしい。
僕のことを攻撃しても何の意味もないのだが、僕の方に攻撃にしにくる。その攻撃を特に防御もせずそのまま受ける。欲者の仮面が割れた。
「もうなりふり構わないって決めたんだ、一旦は帰らせてもらう」
しかし、準備していたワープ魔法でそれ以上の損失を受けないように僕は帰った。