終わらぬ檻
閉じ込められたこの部屋の外では
母と父、それにお手伝いさんが
何かに追われるように忙しなく動き回っていた
その物音がふっと止まったかと思うと──
悲鳴が上がった、 何かが壊れるような、いやな音が響いた
キィ……と、鈍く軋む音を立てて、ドアが開く
私は思った、脳の裏側がヒリつくような感覚とともに
──ああ、この世界って、不条理だ
「ふふっ……やぁっと見つけた、僕の月」
「シ……シリウス、王子……?」
「覚えててくれたんだ、嬉しいなあ」
彼の笑顔が恐ろしくて、寒気がした、爛々とした 彼の瞳には狂気があった
「安心して?もう離さない、一生、側にいるから」
「あ、え……? だって、あの時……殺された、はず、じゃ……」
うそ、 うそって言ってよ、じゃあ、じゃあ私が監禁された理由って、いったい何だったの……?
「ふふ……可愛いなあ、怯えて、絶望した顔…」
「わ、私……貴方の、暗殺の……容疑で……監禁、されてるのに……?」
「僕は追放されてたんだよ、ただそれだけ、それで革命を起こして、この国の王…僕の兄さんを落として── 君を助けに来たんだ」
「……やだ、やだぁ……」
「可愛いね。もう、君は僕のものだよ」
「やだ、いや……やだよぉ……!」
「嗚呼、泣かないで? 君の可愛い顔が見えなくなるから」
「君が“塔の魔導士”だった頃のダスト・ステラ……君は 誰よりも綺麗だったけど、今の怯えた顔も──」
「とっっっても美しいよ…」
「やだ……こわい……やめてよ……」
私の声は震えていて、喉の奥がひりつくほど乾いている
けれど、シリウス王子──いや、もう“王子”ですらない彼には
私の拒絶が甘えに聞こえているのだろう
彼は、まるでそれが愛しいものを抱くように
私の頬に手を伸ばした、白くて細い指
けれど、何人もの命を奪ってきた手、記憶の底で、あの手が赤く染まった日を思い出す
「そんな顔をしないで、ダスト……君がここにいる理由を、ちゃんと話すから」
私は小さく息を飲んだ
「……話す?」
「そう、全部、話すよ……“あの日のこと”も」
乾いた唇から漏れた声は、自分のものとは思えなかった
シリウスの声は、ひどく優しかったまるで愛を囁くように
けれどその眼差しは、獲物をとらえた猛禽類のそれだった
(今しかない──!)
彼の言葉の裏にある狂気に本能が危機を叫んだ
私は反射的に、背を向けて走り出した
ベッドのシーツを蹴って、部屋のドアの先へ──細い階段が見えた…塔の階段
(行ける……逃げなきゃ、ここから……!)
だが、数歩、ほんの数歩だけだった 、その足が、すぐに宙を浮く
「逃げるなんて、ひどいなぁ、ダスト」
腕を掴まれ、体が乱暴に引き戻された
「う……っ!」
背中が壁に叩きつけられ、息が止まる
「僕はね、君のこと、ずっと見てたんだよ、 塔にいたときも、牢に入れられてからも。、君がどれだけ泣いて、どれだけ壊れても── 僕の中の“ダスト”は、ずっと綺麗だった」
まつ毛が触れるような距離
瞳と瞳が交錯する、ヘレルの顔が、歪んだ幸福で満ちていた。
「やめて……やだ……離して……!」
私は叫んだ、叫んで、叫んで、けれどその声は── 分厚い石の壁に、虚しく吸い込まれていった。
「ねぇ、どうしてそんなに逃げようとするの? ここには、君の嫌いな人も、君を縛る牢もない、あるのは、ただ一人……“君を愛してる僕”だけなんだよ?」
「……っ!」
「もう、君には選択肢なんてないよ?だって君は、僕のものなんだから」
その瞬間、背後でガチャリと鍵の音がした、入口の扉が、静かに閉ざされた
私の小さな希望も、それと一緒に──閉じられた
[水平線]
[水平線]
扉が閉まって、何日が過ぎたのか──わからない
外の時間は止まったようで、部屋の中だけがゆっくりと腐っていくような気がした
「ほら、ダスト?食事、ちゃんと食べて」
ヘレルは、毎日欠かさず私に食事を運んでくる
毒など入っていない、むしろ、昔宮廷で食べていたような丁寧な料理だ
それでも最初の数日は、私は何も食べなかった、ただ隅にうずくまり、彼が去るのを待っていた
……だけど、人というものは、いつか限界が来る
生きなければならなかった、それが、私の最初の“諦め”だった
「そう、それでいいんだ、ちゃんと食べれば、元気になれるよ」
彼は笑った、子供のような、無垢な笑顔で
(……どうして、そんなふうに笑えるの?)
彼の手は、恐怖だった、 けれど同時に、ここで唯一触れてくる温度でもあった。
(あの人は、おかしい、でも……優しい…少なくとも、今の私は、生かされている)
数日が過ぎるたび
私は少しずつ“反応”するようになった
返事をし、食べ物に手をつけ、時には問いかけにも頷いた
そしてある日
「ダスト、今日は少し……一緒に本、読まない?」
彼が差し出したのは、私が塔にいた頃、毎日のように読んでいた魔導書だった
(……どうして、これを……)
懐かしさが胸に刺さり、私は不覚にも、頷いてしまった
その夜、彼は私の横に座り、肩が触れるほどの距離で本を開いた
「やっぱり、君にはこの本が似合う、『知的で、冷静で、ちょっと意地悪で……でも優しい』」
「……それ、覚えてたの……?」
私の声は細かった、でも、確かに彼に届いた
「もちろん、全部、覚えてるよ ……だって、君は、僕の“月”だから、 暗闇の中に浮かぶ、僕だけの光なんだよ」
その言葉に、胸がざわめいた
怖いのに、狂っているのに ……でも、どこか、嬉しかった
(どうして……どうして私……)
拒絶しなければいけないはずの言葉が、今は救いのように思えた
そうして私は、気づかぬうちに、 “彼がいなければ不安になる”ほどに、なっていた
──気づけば、私は笑っていた
シリウスと並んで、窓のない塔の中
柔らかい光を灯すランタンの下、本を読みながら、彼の肩に寄りかかる
「ほら、ダスト?ここ、読み飛ばしてるよ」
「……うるさい、ちゃんと読んでた」
「ふふっ、嘘つき」
肩をすくめて笑う彼の横顔を
私はじっと見つめた
最初にこの部屋で会った時の
狂気に満ちた表情が思い出せない
今の彼は、ただ私を慈しみ、守り、囚えている──それだけ
(外の世界って、どうだったっけ……)
誰も信用できなくて
私を見世物のように扱って
利用価値がなくなれば、処分される
そんな場所に戻るくらいなら…
「ねえ、シリウス」
「ん?」
「私、あなたの“月”でいい」
彼の指が止まる、 本のページを押さえていた手が、そっと私の頬に触れた
「……ほんとうに、いいの?」
「うん。あなたがいれば、それでいい」
「……嗚呼……」
彼の瞳が大きく見開いた後、涙で潤んだ
「君が、僕を受け入れてくれるなんて……夢みたいだ……!」
瞬間、抱きしめられる
苦しいほど強く
それでも私は逃げなかった
むしろ、自分の腕をそっと彼の背中へ回していた
「私……わからなくなっちゃったのかも、 でもね……ここにいれば、痛くない、怖くない、あなたに抱かれてると、安心するの……」
「いいんだ、わからなくたって、 愛してるよ、ダスト、君は、これからずっと、ここで生きていく、他の誰も君を汚せない、奪えない ……僕の“月”は、僕だけのものだから」
「……うん…私は、あなたのもの」
私はゆっくりとはにかんだ
どこかで、理性が何かを叫んでいた気がした
でも、それはもう遠い、塔の下の、崩れた世界の声
ここでは、愛だけが真実だった
母と父、それにお手伝いさんが
何かに追われるように忙しなく動き回っていた
その物音がふっと止まったかと思うと──
悲鳴が上がった、 何かが壊れるような、いやな音が響いた
キィ……と、鈍く軋む音を立てて、ドアが開く
私は思った、脳の裏側がヒリつくような感覚とともに
──ああ、この世界って、不条理だ
「ふふっ……やぁっと見つけた、僕の月」
「シ……シリウス、王子……?」
「覚えててくれたんだ、嬉しいなあ」
彼の笑顔が恐ろしくて、寒気がした、爛々とした 彼の瞳には狂気があった
「安心して?もう離さない、一生、側にいるから」
「あ、え……? だって、あの時……殺された、はず、じゃ……」
うそ、 うそって言ってよ、じゃあ、じゃあ私が監禁された理由って、いったい何だったの……?
「ふふ……可愛いなあ、怯えて、絶望した顔…」
「わ、私……貴方の、暗殺の……容疑で……監禁、されてるのに……?」
「僕は追放されてたんだよ、ただそれだけ、それで革命を起こして、この国の王…僕の兄さんを落として── 君を助けに来たんだ」
「……やだ、やだぁ……」
「可愛いね。もう、君は僕のものだよ」
「やだ、いや……やだよぉ……!」
「嗚呼、泣かないで? 君の可愛い顔が見えなくなるから」
「君が“塔の魔導士”だった頃のダスト・ステラ……君は 誰よりも綺麗だったけど、今の怯えた顔も──」
「とっっっても美しいよ…」
「やだ……こわい……やめてよ……」
私の声は震えていて、喉の奥がひりつくほど乾いている
けれど、シリウス王子──いや、もう“王子”ですらない彼には
私の拒絶が甘えに聞こえているのだろう
彼は、まるでそれが愛しいものを抱くように
私の頬に手を伸ばした、白くて細い指
けれど、何人もの命を奪ってきた手、記憶の底で、あの手が赤く染まった日を思い出す
「そんな顔をしないで、ダスト……君がここにいる理由を、ちゃんと話すから」
私は小さく息を飲んだ
「……話す?」
「そう、全部、話すよ……“あの日のこと”も」
乾いた唇から漏れた声は、自分のものとは思えなかった
シリウスの声は、ひどく優しかったまるで愛を囁くように
けれどその眼差しは、獲物をとらえた猛禽類のそれだった
(今しかない──!)
彼の言葉の裏にある狂気に本能が危機を叫んだ
私は反射的に、背を向けて走り出した
ベッドのシーツを蹴って、部屋のドアの先へ──細い階段が見えた…塔の階段
(行ける……逃げなきゃ、ここから……!)
だが、数歩、ほんの数歩だけだった 、その足が、すぐに宙を浮く
「逃げるなんて、ひどいなぁ、ダスト」
腕を掴まれ、体が乱暴に引き戻された
「う……っ!」
背中が壁に叩きつけられ、息が止まる
「僕はね、君のこと、ずっと見てたんだよ、 塔にいたときも、牢に入れられてからも。、君がどれだけ泣いて、どれだけ壊れても── 僕の中の“ダスト”は、ずっと綺麗だった」
まつ毛が触れるような距離
瞳と瞳が交錯する、ヘレルの顔が、歪んだ幸福で満ちていた。
「やめて……やだ……離して……!」
私は叫んだ、叫んで、叫んで、けれどその声は── 分厚い石の壁に、虚しく吸い込まれていった。
「ねぇ、どうしてそんなに逃げようとするの? ここには、君の嫌いな人も、君を縛る牢もない、あるのは、ただ一人……“君を愛してる僕”だけなんだよ?」
「……っ!」
「もう、君には選択肢なんてないよ?だって君は、僕のものなんだから」
その瞬間、背後でガチャリと鍵の音がした、入口の扉が、静かに閉ざされた
私の小さな希望も、それと一緒に──閉じられた
[水平線]
[水平線]
扉が閉まって、何日が過ぎたのか──わからない
外の時間は止まったようで、部屋の中だけがゆっくりと腐っていくような気がした
「ほら、ダスト?食事、ちゃんと食べて」
ヘレルは、毎日欠かさず私に食事を運んでくる
毒など入っていない、むしろ、昔宮廷で食べていたような丁寧な料理だ
それでも最初の数日は、私は何も食べなかった、ただ隅にうずくまり、彼が去るのを待っていた
……だけど、人というものは、いつか限界が来る
生きなければならなかった、それが、私の最初の“諦め”だった
「そう、それでいいんだ、ちゃんと食べれば、元気になれるよ」
彼は笑った、子供のような、無垢な笑顔で
(……どうして、そんなふうに笑えるの?)
彼の手は、恐怖だった、 けれど同時に、ここで唯一触れてくる温度でもあった。
(あの人は、おかしい、でも……優しい…少なくとも、今の私は、生かされている)
数日が過ぎるたび
私は少しずつ“反応”するようになった
返事をし、食べ物に手をつけ、時には問いかけにも頷いた
そしてある日
「ダスト、今日は少し……一緒に本、読まない?」
彼が差し出したのは、私が塔にいた頃、毎日のように読んでいた魔導書だった
(……どうして、これを……)
懐かしさが胸に刺さり、私は不覚にも、頷いてしまった
その夜、彼は私の横に座り、肩が触れるほどの距離で本を開いた
「やっぱり、君にはこの本が似合う、『知的で、冷静で、ちょっと意地悪で……でも優しい』」
「……それ、覚えてたの……?」
私の声は細かった、でも、確かに彼に届いた
「もちろん、全部、覚えてるよ ……だって、君は、僕の“月”だから、 暗闇の中に浮かぶ、僕だけの光なんだよ」
その言葉に、胸がざわめいた
怖いのに、狂っているのに ……でも、どこか、嬉しかった
(どうして……どうして私……)
拒絶しなければいけないはずの言葉が、今は救いのように思えた
そうして私は、気づかぬうちに、 “彼がいなければ不安になる”ほどに、なっていた
──気づけば、私は笑っていた
シリウスと並んで、窓のない塔の中
柔らかい光を灯すランタンの下、本を読みながら、彼の肩に寄りかかる
「ほら、ダスト?ここ、読み飛ばしてるよ」
「……うるさい、ちゃんと読んでた」
「ふふっ、嘘つき」
肩をすくめて笑う彼の横顔を
私はじっと見つめた
最初にこの部屋で会った時の
狂気に満ちた表情が思い出せない
今の彼は、ただ私を慈しみ、守り、囚えている──それだけ
(外の世界って、どうだったっけ……)
誰も信用できなくて
私を見世物のように扱って
利用価値がなくなれば、処分される
そんな場所に戻るくらいなら…
「ねえ、シリウス」
「ん?」
「私、あなたの“月”でいい」
彼の指が止まる、 本のページを押さえていた手が、そっと私の頬に触れた
「……ほんとうに、いいの?」
「うん。あなたがいれば、それでいい」
「……嗚呼……」
彼の瞳が大きく見開いた後、涙で潤んだ
「君が、僕を受け入れてくれるなんて……夢みたいだ……!」
瞬間、抱きしめられる
苦しいほど強く
それでも私は逃げなかった
むしろ、自分の腕をそっと彼の背中へ回していた
「私……わからなくなっちゃったのかも、 でもね……ここにいれば、痛くない、怖くない、あなたに抱かれてると、安心するの……」
「いいんだ、わからなくたって、 愛してるよ、ダスト、君は、これからずっと、ここで生きていく、他の誰も君を汚せない、奪えない ……僕の“月”は、僕だけのものだから」
「……うん…私は、あなたのもの」
私はゆっくりとはにかんだ
どこかで、理性が何かを叫んでいた気がした
でも、それはもう遠い、塔の下の、崩れた世界の声
ここでは、愛だけが真実だった
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