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白夜の灯火と深夜の楽しみ




深夜三時。街の喧騒が遠のき、世界で唯一明かりが灯っているのは、このコンビニだけのような気がする。
レジカウンターの中で、私はぼんやりと外の景色を眺めていた。今日のアルバイトも、もうすぐ終わりだ。
いつもなら眠気に襲われる時間帯だけど、ここ最近は違った。
私には、日付が変わる少し前に訪れる、小さな楽しみがあったから。
自動ドアが開く。チリン、という少しだけ間の抜けた音が響き彼が入ってきた。
彼はいつも、金曜日の深夜にだけ現れる。おそらく会社の飲み会の帰りだろう。
少しだけ頬が赤く、スーツは少しだけ着崩れているけれど、いつも決まって律儀にネクタイを緩めている姿が、妙に心に残る。
「いらっしゃいませ」
私はいつものように抑揚のないアルバイトのトーンで挨拶をする。彼はいつものように軽く会釈をして、店内をまっすぐに進んでいく。
彼のルーティンは決まっていた。まず、ビールではなく少し高めの缶チューハイを一つ。それから、棚の前で少しだけ迷って、結局いつも同じ、シンプルなシーチキンおにぎりを二つ。
その迷う数秒間が、私にとって一番心臓が高鳴る時間だった。
トレイに商品を乗せ、レジに持ってきてくれる。
「ポイントカードは……あ、大丈夫です」
「お会計、980円になります」
小銭入れから、慣れた手つきで支払いをしてくれる。その指先を見るたびに、彼が普段どんな仕事をしているのか、どんな生活を送っているのか、想像力を掻き立てられる。
「温めますか?」
「いえ、そのまま」
いつも通りの短い会話。それだけなのに、彼の声を聞くだけで私の心は温かくなる。
彼は、袋を受け取ると「ありがとう」と微笑んで、また自動ドアの向こうへと消えていく。
その背中を見送るたび、胸の奥がキュッと締め付けられた。
話したことなんて、商品のこととポイントカードのことだけ。名前も知らないし、きっと私のことも、深夜のコンビニの店員の一人としてしか認識していないだろう。
でも、この静かな深夜に決まった時間に彼が訪れること。
それが私にとって、特別な時間になっていた。
ある夜、彼がレジに来た時、私は思い切って声をかけようと思った。
「いつもありがとうございます」とか、「お仕事お疲れ様です」とか、何でもいい。
でも、結局何も言えなかった。彼の少し疲れた横顔を見て、私のつまらない言葉で、彼の静かな帰り道の時間を邪魔したくないと思ったのだ。
チリン、と音が鳴り、彼は去っていく。
彼が温めを断った理由は、家に帰ってすぐに食べたいからだろうか、それとも冷えたおにぎりが好きなのだろうか。そんな些細なことを、今日もまた考えている。
深夜三時。
外は相変わらず静かだ。私だけの、名前も知らない彼との時間は、今日もこうして終わっていく。

2025/12/04 18:06

NAL⁵
ID:≫ 1pds2a9oCl4mk
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