零下の距離感
冬の夕暮れは早い。
空はすでに深い藍色に染まり、家路を急ぐ人々の吐息だけが白く宙を舞う。
私は、彼と同じ方向にあるバス停へ向かって、少し距離を置いて歩いていた。わざと歩調を遅らせて、彼の背中を視界に収めている。
彼は、分厚いダウンジャケットを着ていてもわかるくらい、ひときわ目を引く存在だった。
長身でスタイルが良くて、いつもおしゃれ。そして、何よりも誰にでも分け隔てなく優しい笑顔を向ける人だった。
そんな彼が今、偶然出会ったのだろうか、同じ学科の彼女と並んで歩いている。彼女は目が猫のように大きく、鈴のような声で笑う人気者。
二人は楽しそうに笑い合っている。彼女が寒そうにマフラーに顔を埋めると、彼は「寒いね」とでも言ったのだろうか、自分のマフラーの巻き方で直してあげている。その距離の近さ、その自然な仕草が、私の心臓をぎゅっと締め付けた。
ああ、あんな風に私も彼に心配されたい。彼の一番近くで温め合いたい。でも、私ときたら廊下ですれ違う時に挨拶をするくらいで、こんな風に二人きりでいるところなんて想像もできない。
彼女は、彼の隣でさらに身を乗り出して、楽しそうに話している。彼は真剣な表情で彼女の話を聞いている。
凍てつく街路樹の下、二人の間には、私には立ち入れない、特別な温かい空気が流れているように見えた。
私は、コートのポケットの中で冷え切った指先を握りしめた。
指の間に力が入りすぎて、爪が手のひらに食い込む。この、胸の奥がきりきりするような痛みはどうすればいいのだろう。
憧れと、ほんの少しの嫉妬が混じり合った、冬の片思いの切なさ。
二人はバス停へ向かう角を曲がっていく。もう見ていられなくて私は立ち止まった。このままついて行ったら、きっと変な顔をしてしまう。
逃げるように、私は来た道を戻る。
街灯の光だけが私の行く先を照らしていた。背後から、二人の楽しげな声が風に乗って聞こえてくる気がした。
私は、一度も振り返ることなくその場を離れた。
明日も、また彼に会えるだろうか。そして、また彼女と楽しそうに話している姿を見るのだろうか。
そんなことを考えると、明日の朝、冷たい外に出るのが、少しだけ憂鬱だった。
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