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グロ描写があるかもしれません。少し重めの内容です。
[太字]「あ、蓮くん! お疲れ様!」[/太字]
店に入ると、フロアの真ん中でキャンキャンと人懐っこい声を響かせているホストがいた。
ベージュのふわふわした髪型に、タレ目が特徴的なホスト、瑠依(るい)。
あざとい笑顔で懐に入り込み、お姉さんたちから「可愛い!」と甘やかされる、絵に描いたような犬系ホストだった。
蓮はニコッとして答えた。
「お疲れ様です、瑠依さん」
昌磨を蓮が仕事の会話をしているときに瑠依が入ってきたようだ。
「僕の姫、なーんか来なくなっちゃってさー...浮気された?笑」
「え、大丈夫なん?」
昌磨はいつものお兄さんボイスで心配する。
瑠依は昌磨の後輩、蓮の先輩らしい。昌磨の声を聞いてにぱっと笑う瑠依。
「昌磨さんが慰めて〜?」
その一言に店の空気は和む。
さすが、先輩なんだな、と感心してしまった。
席につくなり、蓮さんはいつものように私の手を握ったけれど、その指先は少し冷たかった。長袖の奥にある私の傷跡を、上からなぞるように触る。
「里愛ちゃん……ごめんね。またプレッシャーかけちゃうみたいで、本当に心が痛いんだけど……昌磨に負けたくないなぁ...」
蓮さんが私の肩に頭を預けてきた。大型犬が弱っているような、ひどく儚い声。
蓮さんのタバコの匂いが、私を優しく包む。
「……あと、いくら足りないの?」
私の問いに、蓮さんは私の目をじっと見つめ、残酷な数字を口にした。
「……あと、100万。100万のシャンパンを1本入れてくれたら、俺、絶対に勝てる」
100万。
コンカフェの給料じゃ、寝ずに働いても絶対に届かない数字。
でも、私の左手首の傷を受け入れてくれた、世界で唯一の理解者である蓮さんが、今にも泣きそうな顔で私に縋っている。
「今年こそは...昌磨さんに一回は勝ちたい」
「わかった...大丈夫、すぐに持ってくるからね」
「えっ、100万……!? 里愛、そんな大金どうしたの? 何かあったの!?」
新大久保のカフェ。
私の口から出た金額に、美香は持っていたタピオカのカップを机に置き、目を見開いた。
「……う、うん。ちょっと、実家の事情で急にまとまったお金が必要になっちゃって。親にはどうしても頼めなくて……。来月、コンカフェの給料が入ったら、分割で絶対に返すから! お願い、美香しか頼れる人がいないの……!」
私はテーブルの上で、必死に両手を合わせた。
実家の事情なんて、全部嘘。蓮さんに100万円のシャンパンを入れるため。
美香の担当の昌磨さんに、蓮さんを負けさせないため。
美香は少しの間、心配そうに私の顔を見つめていたけれど、やがて小さくため息をついた。
「……そっか。里愛がそこまで言うなら、本当に困ってるんだよね。変な闇金とかに変な風に捕まるよりは、私に言ってくれてよかったよ」
そう言うと、美香は当たり前のようにスマートフォンを取り出し、銀行のアプリを数回タップした。
「はい、今りあの口座に100万振り込んだよ。確認してみて。返せる時でいいから、あんまり無理しないでね?」
画面を見せられる。そこには、私の口座に一瞬で『1,000,000円』が送金された履歴が表示されていた。
「あ……ありがとう、美香……っ!」
涙が溢れた。
でもそれは、親友の優しさに対する感謝だけではなかった。
私が夜も眠れずにコンカフェで媚を売り、それでも届かなかった「100万円」という大金。
それを、美香はスマホのボタンを数回押すだけで、お小遣いでも渡すかのように、簡単に私に与えてくれた。
美香にとっては、100万円なんてその程度の価値しかないんだ。
圧倒的な財力の差。悪意のない、純粋な善意。
それが、今の私のボロボロのプライドを、跡形もなく踏みつぶしていく。
「りあ、顔色悪いよ? ちゃんとご飯食べて、元気出しなよ?」
美香の優しい言葉が、今の私には鋭いナイフのように突き刺さる。
(美香から借りたお金で、蓮さんをナンバーワンにする……。美香の昌磨さんを引きずり下ろすために、美香のお金を使うんだ)
そんな歪んだ罪悪感とドロドロした感情を胸に秘めたまま、私は夜、100万円の入った口座を握りしめて、歌舞伎町の闇へと足を進めた。