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愛傷

#2

2章 灯彩

またダメだった。
机に突っ伏して何も考えられずにいた。
新入部員は入学式、仮入部する部を決める時間の時にしか大抵入らない。この時にほとんどがバレー部やサッカー部など人気の部活に取られ、人があまり残らないからだ。
それなのに…
「校庭にすらブース置かせてくれないのは違うだろ。」
ぼそっと呟いた言葉が一人の静かな教室に思ったより響く。僕は、上手く描けなかった「家族の愛」という作品を力の限り丸め、小さな紙くずにしてからゴミ箱に放り投げ、ため息をついた。
あれから、書道部に所属しているのは、もう僕だけとなってしまった。昔は、先輩達が入学式に体育館に立って大きな筆で書き初めする、という一種の一大イベントに惹かれて入る人たちが大勢いて、文化部ではかなり人気の方だった。僕も例外ではなく、先輩達に魅せられてここに入った。だけど…年々人が減ってきて、最終的には僕一人だけになってしまった。
顧問の諸井に、一人だけになって辞めたいと思わないのかい?とこの前聞かれた。
今となっては人がいない書道部には、もう普通に過ごす権限ですら持たせてくれないのだ、と痛むように実感させられた。
一刻も早く人を増やさないと、きっといつか廃部にしてやる、というある種の宣戦布告だろうか。でもその通りだ。人がいないならその部は潰してほかの部に人が割り振れるように、もしくは新しい部を作ったほうがいいんだと。分かってはいる。けど迫害されたかのように、書き初めする場所をとるのでさえ一苦労、大会なんてもってのほか、今回のブースも用意してもらえない、そんなのはおかしいと思った。
まだ廃部とは決まってないのに。ただ僕だけが最後の部員なだけなのに。あまりにも…理不尽だと思った。
もうダメなのかもしれない。
書道部は…なくなってしまうのだろうか。ずっと目を背けていた不安に心が支配されそうになるのを必死に振り払って、筆を構え直した。
ゆっくり息を吐いて集中する。筆に墨汁をつけて滑らせるように、なるべくゆっくり丁寧に、一画一画描いていく。何度も全体のバランスを見て、気を引き締めながら。
書道は一発勝負の世界だ。二度書きは許されないし、美しくない。自分の名前という細かいところまで、集中するものの短時間で描いて、評価される。そうして何人もふるい落とされていって、幼い頃から金賞銀賞と順位をつけられる、かなり残酷な世界だ。
日本人の九割は小学生の時の書道の授業で、面白さや意味を見いだすことができずにやめてしまうと、僕は勝手に踏んでいる。
そして、もう一つ大切なのは、その文字に、一画一画に、感情を込めることだ。そうすることで自分らしい味が出て、表面的な文字の向こう側にある、書き手の思いも、なんとなくだが伝わっているような気がするからだ。
だから、書こうとしている文字の体験や、経験がないと僕には書くのがとても難しく感じる。
やっと半分程度書き終わった。少し腕を休ませ軽く休憩する。神経を尖らせ、最後の名前まで綺麗に書き切ることができ、やっと解放されたかのように呼吸をする。今までの中でかなりうまく描けた方だろう。ゆっくり筆を置いた時、後ろからガタガタッと古いドアが開け閉めされる音が鳴った。
気づいてパッと振り返った時には、そこには誰もいなかったが…慌てて出たような勢いの閉まり方だった。でも、気になっても分からないものはしょうがない。僕は気持ちを切り替えようと、筆を握りしめて立ち上がり、洗いに行こうとバケツも持って近くの水道に向かった。見えたのはその時だった。
多分一年生らしき女の子二人が女子バレー部の近藤に絡まれているようだった。
背の高い一人の子が戸惑うように彼女に何か言っているが、近藤は笑って女の子に話していて、あの空間では全てが上手く噛み合ってないみたいだった。
別に彼女は少し圧が強いだけで、明るいし頼りになるバレー部のリーダーなのだが…。
あの感じでグイグイこられて断れていた新入生を僕は今まで一度も見たことがない。きっとあの子も彼女に折れるだろう。
予想通り、彼女に根負けしたのか、一人の子はそのまま近藤についていき、もう一人の子はその場に取り残されていた。
このあと残された子がどうするのか、気にはなったが一人になった今、周りを見渡されればすぐに見ていたことがバレてしまうだろう。
それは避けたかったので、僕は足早に水道から去り、バケツの水をこぼさないように、急いでさっきいた校庭の隅にある教室へと駆けていった。
僕には、あの子たちと違って、もう一緒に話せる人はいないから。走ってる途中、色々な考えが頭を占める。楽しそうに話していたあの新入生二人が、羨ましくて、妬ましくて、アイツとのことを蘇らせてしまって。
一瞬目まいがし、思い出したくない現状が頭に出てきたが、必死に海馬にこびりついている記憶を頭の中から追い払って、さっきよりも速く戻ろうと、一層走るスピードを上げた。
僕が教室の前まで戻ったとき、校庭にはほとんどの人がいなくなっていた。ブースを作るために持ってこられていた他の階の教室の机も、綺麗さっぱり戻されていたようだった。
なんだか一人、皆の生きる世界から置いていかれたような気持ちにされた。

2025/12/19 21:05

日村紡音
ID:≫ 0pm1lJ9rkqZW.
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