青色の日常
今日は学校へ行く日!
青色のランドセルを背負うと、いつもより輝いて見える。
目まぐるしい朝、いつもと同じ、白米の上から晩御飯の残りを色々乗せたモノを口にかきこむ。
腕が引っかかりつつも、外に出れるような格好に着替えて、かかとが入ってない靴のままとりあえずドアを開ける。
それでも、可愛らしい笑みで部屋中を明るく太陽のように包みこんだ。
「行ってきまーす!」
そうしてドアはガチャリと閉まった。
静けさが戻り、家はまた穏やかに戻る。
そんな毎日が、ずっと続くはずだったのに。
変わってしまった。
ふいにベランダへと歩いていき、カーテンの隙間から外を覗いてみた。
老若男女、色々な人たちがそれぞれの時間を過ごしている。目の前を通った黄色い帽子の子達は、笑っている子と、怒っている子と、泣いている子と…朝から喧嘩しているのだろうか。
その光景を見ていると妙に懐かしく、同時に気持ちが重くなった。
いつも騒がしかった我が家も、もううるさくなることはないと現実を突きつけられたから。
お母さんは朝早い仕事へともう出ていってしまったから、一人で用意されてあった茶色いご飯を食べる。
やることが、それくらいしか見つからない。
もうあのときとは違う。
食べ終わった食器にこぼれたご飯が落ち、カランと軽快に音が鳴る。
…なんだか食べる気がしないけれど、無理やり口に詰め込んだ。
次にジャンプしてリモコンをつけると、いつもと同じ、朝のテレビ番組が始まった。
お散歩スポット、今日の天気、1日運勢…
今となってはどうでもいいものだらけだ。
またリモコンを押して電源を消す。
あんなにペラペラと色々話していたテレビは、電源を切った瞬間、暗転し空虚となる。
だからあまり好きじゃない。
そのまま自分の部屋へと駆け足で向かった。
そしてピーちゃんを探す。
大好きなピーちゃんは、鳥のオモチャだ。
ギュッと抱きしめると、どうしようもない嫌悪感も、今更すぎる罪悪感も、これから先への焦燥感も。
何もかもちょっぴり忘れることができる。
だから好きだった。
少し汚くなってきたけれど、まだまだ飽きもしないし気にならない。
あの子がいなくなった今、僕の唯一大好きなものとなってしまった。
突然、
さっきベランダでみた子どもたちが頭に浮かぶ。
考えたくなかった。
それでも、もう家には自分一人だけ。
時間は腐るほどある。
だから当然、*そのこと*にも意識がいってしまう。
…なんだか苦しい。
ピーちゃんと一緒に部屋のベッドで丸まっても、恐怖は全く収まらなかった。
拍動のリズムも変わり、うまく息ができない。
それでも、いつのまにか眠ってしまったようだ。
グッと目を瞑っていると、少しずつうつらうつらとしてきて、完全に意識が落ちたときのことは覚えていない。
気がついた時には外は暗くなっていた。
家のチャイムの音が聞こえた。
お母さんだ。
バッと反射的に起きて、ドアの前で待っているとお母さんが疲れた顔で鍵を空けた。
「ただいまー。
…あらチーちゃん、もういたの?」
おかえり、お母さん。
「早いじゃない、おうちに一人だったけど、楽しかった?」
疲労感MAXだろうにニコニコ笑ってくれるお母さんに言われて、思い切り殴られた気になった。
…全然。
シュンととっさに丸くなってしまった背中に気づいたのか、お母さんは眉を少し下げて、小さくため息をついた。
「まぁ、しょうがないわよね。
チーちゃん、アーちゃんと仲良しだったもの。
今度はお散歩一緒に行こうね」
そうして僕を撫でたあと、お母さんはいつもより重い足取りでリビングへと向かった。
夜ご飯を作るのだろう。
リズムよく野菜を切り始めたお母さんの後ろ姿を、ただ見つめることしかできなかった。
きっとお母さんの方が辛いはず。
実の娘を失って、何のために仕事をやればいいんだろう、と嘆いている姿を実は何度か見てしまったことがある。
僕はお母さんに何もしてあげられなかった。
お母さんが泣いて落ち込むなんて、初めて見て、励ましたり支えなくちゃいけないはずなのに、何もできなかった。
…そろそろ向き合わないといけないのかな。
僕は決意を固めて、今まで目を背けてきたこと、あの時何があったのかを正確に思い出すことにした。
アッコちゃんは小学1年生、8歳になるはずの女の子、だった。
小さい頃から一緒で、スクスク成長する過程を見るのは、僕にとっても一つの楽しみだった。
彼女はいつもピカピカのランドセルを見て無意識に笑ってしまうくらい、学校が大好きな子だった。
明るいけど、おトモダチの様子もよく見ていて、優しさ溢れる、大切な人だった。
なのに。
アッコちゃんは。
インシュウンテンのせいで、轢かれて亡くなった。
お母さんとデンワの向こうで話していた、せんせいと言う人がそう言っていた。
登校中、おトモダチと話して学校に向かってる際、青信号を渡っていたのにいきなり曲がってきた車が思い切り…だそう。
それでも向こうは謝らずにそのまま逃げたといえのだから、酷い話だ。
許せなかった。
そしてそのまま、彼女は8歳の誕生日を迎えられずに、葬儀が始まり、静かに終わった。
お母さんも信じたくないみたいで、何度も「あの子は死んでなんかない、絶対に」と自分に言い聞かせるように、呟いていた。
それでも時が経ち、気持ちが落ち着いてくると、お母さんはアーちゃんの死を受け入れられるようになっていたが、ひき逃げした犯人に異常なほど固執するようになっていた。
「必ずあの子と同じことをしてあげよう」
お母さんの表情がよくわからなかった僕には、どんな感情にでも見えるお母さんの顔がとても恐ろしく見えた。
でも僕だって、犯人のことを憎んだ。
何回も何回も、怪我させてやろうと思って、家の前を通ったら、ここの公園に来たら…と計画を立てていた。
ただ、何もすることは叶わなかった。
そうして、あれからもう1年が立つ。
僕ももう、21歳。
この家に来て2年弱だが、立派な大人の仲間入りだ。
何も復讐することはできなかったけれど、犯人は無事捕まったとテレビに映っていた気がする。
だからといって、アッコちゃんが戻ってくるわけではないのだが。
ただ、お母さんが少しずつ回復してきたようでこの前ゆっくりお茶を飲んでいたから、ほんのちょっぴり安心した。
これからは、お母さんと僕の2人暮らしとなるのだから、お母さんが悲しんでいたら僕が寄り添ってあげて、守らないといけない。
頑張らないといけないな。
今日のところは、お母さんの作ってくれたご飯を食べて、少しお母さんと遊んであげよう。
その前に、ほんの少しだけ、眠ってしまおうか…?
僕はベッドにダイブして、目を瞑る。
意識が、薄れて、目の前が暗くなった。
「あらやだ、ウツロギさん家、最近静かになったわねぇー」
2人の女が外で話しているようだ。
「そうねー。やっぱりアッコちゃんがいなくなったからじゃない?
犯人は捕まったけれど、やっぱりスカッとしないわよねぇ…」
ペチャクチャとさっきから立ち話を続けている。
「あら、ウツロギさん、何人のお家だったかしら?
アッコちゃんがいなくなっちゃう前も、ずいぶんうるさかった気がするけれど…」
ふいに一人の主婦が尋ねる。
その言葉にもう一人の家政婦は、当たり前のように返した。
「そりゃそうよ、あそこはアッコちゃんとチョコが住んでいるでしょう?
もしかして、忘れたとか言わないわよね?」
主婦は面食らったように返す。
「えぇ?アッコちゃんは分かるけど…チョコ?」
嘘でしょ、と目を見開き、呆れた顔をして家政婦は言った。
「うっそー?ほら、真っ黒な毛並みの犬のことよ。
アッコちゃんといたときはいつも夕方ここらへんを散歩しに来てたじゃない」
主婦もまた、驚いたように声を上げる。
「えぇ!?知らない知らない。そうなの?」
「そうよ、一人娘と一匹のオス犬を、一人で育てて世話してたわけだからねぇ。
相当な負担かかってたんだろう。」
やーねぇ、そんなことも知らなかったの?と、家政婦は笑った。
「でも、最近はウツロギさんも落ち着いてきたし、もう皆も話題にしてないわよね〜」
「まぁアッコちゃんのやんちゃには、みんな手を焼いてたものね。
静かにはなったけれど、これくらいがちょうど良いんじゃないかしら?」
「やだ、みっちゃん。縁起悪ーい」
そうして2人は声を出して笑い合った。
この楽しそうな話し声がチョコに聞かれていなかったことが、唯一の救いだろう。
きっと彼は、こんな話を聞いて幸せになれることはないのだから。
彼は今も、一人の少女の喪失に囚われ続けている。
青色のランドセルを背負うと、いつもより輝いて見える。
目まぐるしい朝、いつもと同じ、白米の上から晩御飯の残りを色々乗せたモノを口にかきこむ。
腕が引っかかりつつも、外に出れるような格好に着替えて、かかとが入ってない靴のままとりあえずドアを開ける。
それでも、可愛らしい笑みで部屋中を明るく太陽のように包みこんだ。
「行ってきまーす!」
そうしてドアはガチャリと閉まった。
静けさが戻り、家はまた穏やかに戻る。
そんな毎日が、ずっと続くはずだったのに。
変わってしまった。
ふいにベランダへと歩いていき、カーテンの隙間から外を覗いてみた。
老若男女、色々な人たちがそれぞれの時間を過ごしている。目の前を通った黄色い帽子の子達は、笑っている子と、怒っている子と、泣いている子と…朝から喧嘩しているのだろうか。
その光景を見ていると妙に懐かしく、同時に気持ちが重くなった。
いつも騒がしかった我が家も、もううるさくなることはないと現実を突きつけられたから。
お母さんは朝早い仕事へともう出ていってしまったから、一人で用意されてあった茶色いご飯を食べる。
やることが、それくらいしか見つからない。
もうあのときとは違う。
食べ終わった食器にこぼれたご飯が落ち、カランと軽快に音が鳴る。
…なんだか食べる気がしないけれど、無理やり口に詰め込んだ。
次にジャンプしてリモコンをつけると、いつもと同じ、朝のテレビ番組が始まった。
お散歩スポット、今日の天気、1日運勢…
今となってはどうでもいいものだらけだ。
またリモコンを押して電源を消す。
あんなにペラペラと色々話していたテレビは、電源を切った瞬間、暗転し空虚となる。
だからあまり好きじゃない。
そのまま自分の部屋へと駆け足で向かった。
そしてピーちゃんを探す。
大好きなピーちゃんは、鳥のオモチャだ。
ギュッと抱きしめると、どうしようもない嫌悪感も、今更すぎる罪悪感も、これから先への焦燥感も。
何もかもちょっぴり忘れることができる。
だから好きだった。
少し汚くなってきたけれど、まだまだ飽きもしないし気にならない。
あの子がいなくなった今、僕の唯一大好きなものとなってしまった。
突然、
さっきベランダでみた子どもたちが頭に浮かぶ。
考えたくなかった。
それでも、もう家には自分一人だけ。
時間は腐るほどある。
だから当然、*そのこと*にも意識がいってしまう。
…なんだか苦しい。
ピーちゃんと一緒に部屋のベッドで丸まっても、恐怖は全く収まらなかった。
拍動のリズムも変わり、うまく息ができない。
それでも、いつのまにか眠ってしまったようだ。
グッと目を瞑っていると、少しずつうつらうつらとしてきて、完全に意識が落ちたときのことは覚えていない。
気がついた時には外は暗くなっていた。
家のチャイムの音が聞こえた。
お母さんだ。
バッと反射的に起きて、ドアの前で待っているとお母さんが疲れた顔で鍵を空けた。
「ただいまー。
…あらチーちゃん、もういたの?」
おかえり、お母さん。
「早いじゃない、おうちに一人だったけど、楽しかった?」
疲労感MAXだろうにニコニコ笑ってくれるお母さんに言われて、思い切り殴られた気になった。
…全然。
シュンととっさに丸くなってしまった背中に気づいたのか、お母さんは眉を少し下げて、小さくため息をついた。
「まぁ、しょうがないわよね。
チーちゃん、アーちゃんと仲良しだったもの。
今度はお散歩一緒に行こうね」
そうして僕を撫でたあと、お母さんはいつもより重い足取りでリビングへと向かった。
夜ご飯を作るのだろう。
リズムよく野菜を切り始めたお母さんの後ろ姿を、ただ見つめることしかできなかった。
きっとお母さんの方が辛いはず。
実の娘を失って、何のために仕事をやればいいんだろう、と嘆いている姿を実は何度か見てしまったことがある。
僕はお母さんに何もしてあげられなかった。
お母さんが泣いて落ち込むなんて、初めて見て、励ましたり支えなくちゃいけないはずなのに、何もできなかった。
…そろそろ向き合わないといけないのかな。
僕は決意を固めて、今まで目を背けてきたこと、あの時何があったのかを正確に思い出すことにした。
アッコちゃんは小学1年生、8歳になるはずの女の子、だった。
小さい頃から一緒で、スクスク成長する過程を見るのは、僕にとっても一つの楽しみだった。
彼女はいつもピカピカのランドセルを見て無意識に笑ってしまうくらい、学校が大好きな子だった。
明るいけど、おトモダチの様子もよく見ていて、優しさ溢れる、大切な人だった。
なのに。
アッコちゃんは。
インシュウンテンのせいで、轢かれて亡くなった。
お母さんとデンワの向こうで話していた、せんせいと言う人がそう言っていた。
登校中、おトモダチと話して学校に向かってる際、青信号を渡っていたのにいきなり曲がってきた車が思い切り…だそう。
それでも向こうは謝らずにそのまま逃げたといえのだから、酷い話だ。
許せなかった。
そしてそのまま、彼女は8歳の誕生日を迎えられずに、葬儀が始まり、静かに終わった。
お母さんも信じたくないみたいで、何度も「あの子は死んでなんかない、絶対に」と自分に言い聞かせるように、呟いていた。
それでも時が経ち、気持ちが落ち着いてくると、お母さんはアーちゃんの死を受け入れられるようになっていたが、ひき逃げした犯人に異常なほど固執するようになっていた。
「必ずあの子と同じことをしてあげよう」
お母さんの表情がよくわからなかった僕には、どんな感情にでも見えるお母さんの顔がとても恐ろしく見えた。
でも僕だって、犯人のことを憎んだ。
何回も何回も、怪我させてやろうと思って、家の前を通ったら、ここの公園に来たら…と計画を立てていた。
ただ、何もすることは叶わなかった。
そうして、あれからもう1年が立つ。
僕ももう、21歳。
この家に来て2年弱だが、立派な大人の仲間入りだ。
何も復讐することはできなかったけれど、犯人は無事捕まったとテレビに映っていた気がする。
だからといって、アッコちゃんが戻ってくるわけではないのだが。
ただ、お母さんが少しずつ回復してきたようでこの前ゆっくりお茶を飲んでいたから、ほんのちょっぴり安心した。
これからは、お母さんと僕の2人暮らしとなるのだから、お母さんが悲しんでいたら僕が寄り添ってあげて、守らないといけない。
頑張らないといけないな。
今日のところは、お母さんの作ってくれたご飯を食べて、少しお母さんと遊んであげよう。
その前に、ほんの少しだけ、眠ってしまおうか…?
僕はベッドにダイブして、目を瞑る。
意識が、薄れて、目の前が暗くなった。
「あらやだ、ウツロギさん家、最近静かになったわねぇー」
2人の女が外で話しているようだ。
「そうねー。やっぱりアッコちゃんがいなくなったからじゃない?
犯人は捕まったけれど、やっぱりスカッとしないわよねぇ…」
ペチャクチャとさっきから立ち話を続けている。
「あら、ウツロギさん、何人のお家だったかしら?
アッコちゃんがいなくなっちゃう前も、ずいぶんうるさかった気がするけれど…」
ふいに一人の主婦が尋ねる。
その言葉にもう一人の家政婦は、当たり前のように返した。
「そりゃそうよ、あそこはアッコちゃんとチョコが住んでいるでしょう?
もしかして、忘れたとか言わないわよね?」
主婦は面食らったように返す。
「えぇ?アッコちゃんは分かるけど…チョコ?」
嘘でしょ、と目を見開き、呆れた顔をして家政婦は言った。
「うっそー?ほら、真っ黒な毛並みの犬のことよ。
アッコちゃんといたときはいつも夕方ここらへんを散歩しに来てたじゃない」
主婦もまた、驚いたように声を上げる。
「えぇ!?知らない知らない。そうなの?」
「そうよ、一人娘と一匹のオス犬を、一人で育てて世話してたわけだからねぇ。
相当な負担かかってたんだろう。」
やーねぇ、そんなことも知らなかったの?と、家政婦は笑った。
「でも、最近はウツロギさんも落ち着いてきたし、もう皆も話題にしてないわよね〜」
「まぁアッコちゃんのやんちゃには、みんな手を焼いてたものね。
静かにはなったけれど、これくらいがちょうど良いんじゃないかしら?」
「やだ、みっちゃん。縁起悪ーい」
そうして2人は声を出して笑い合った。
この楽しそうな話し声がチョコに聞かれていなかったことが、唯一の救いだろう。
きっと彼は、こんな話を聞いて幸せになれることはないのだから。
彼は今も、一人の少女の喪失に囚われ続けている。
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