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天使との契約ーお母さんを救うにはー

「あなたの願いを叶えましょう」
目の前に現れた天使は、私に突然そう告げた。

私は桃野春。最近ツイてない中学2年生だ。
それも大抵どうでもいいことで運がない。
急いで走っても信号が赤になったり、物をよく手を滑らせて落としたり、雑用を頼まれることが増えたり。
だからこそ逆に不安に思っていることがある。
今はまだどうでもいいことだけで済んでいるが、もしも…。
もしもお母さんの病気が悪化したら。
それだけが本当に悩みのタネで困っている。

ある日、またバスの遅延で学校に遅れそうになっていた私の目の前に、いきなり魔法陣のようなものが広がった。
けどそんなものに構ってる余裕はない、こっちは内申点がかかってるのだ。
見なかったことにして、魔法陣を避け、より速く走ろうとした私の前に、*それ*は現れた。
「あなたの願いを叶えましょう」
おっとりと柔らかな笑みを浮かべて、左右に大きく真っ白な翼が生えていた*それ*は、唐突にそんな事を言ってきたのだ。
「じゃあ今すぐどいてくれませんか?遅刻しそうなんで。」
お母さんは言っていた、無料ほど怖いものはないと。
それとこれとは別かもしれないが、こんな都合のいいことなんて現実で起こるはずはない、というか怪しい。
拒絶するように冷たく放った私の言葉に、天使は一瞬目を見開いて困ったような顔をした。
「え、なんでそんな疑ってるの?」
…いきなりタメ口になるスタイル…?
それに多分、私より天使の方が混乱していた。
「天使だよ?珍しくない?それとも僕、変な言い方してた?」
「分かってるんで早くどいてください。」
「わかったよ、時間気になってるんだね?
……それっ!」
天使がパチンと指を鳴らすと、辺りは全てネズミ色に染まり、そこらへんにいたハトが餌を食べようとしているところから動かなくなっていた。
全てが静かになり、動いているのは私と天使だけとなった。
「…本当に時を止めたの?」
「まぁ天使だからね。」
さっきから展開が早すぎて追いつけない。
「…じゃあ、契約のこと。詳しく教えるね。」
天使は服を少しはらい、いきなり緊張感を醸し出してきた。
「これにサインしてほしいんだ。」
天使が、よっと契約書のようなものを出してくる。パピルス紙のようで、買い物しすぎたレシートのように長い。
「はい、これで書いて。」
渡された万年筆のようなペンはズシッと私には重く感じた。

私はサインしたくなかった。

願いが、本当に願いが叶うならば、お母さんの病気を治して、また二人で暮らしたかった。
…けれど、契約書は…私に読めない字体?言語?で書いてあった。
「なんて書いてあるのか…ちゃんと説明して。」
「…あぁ、いいよ?僕はいつでも誠実だからね。」
天使は穏やかに、契約書を指で滑らせながら説明した。
「病理は完全に修復する。」
「ただし、その過程でーー治癒に不要な因果関係、記憶、感情は整理される。」
「…それで、お母さんに後遺症は?」
天使は少しだけ首を傾げたが、ふわりと笑った。
「日常生活に支障はでないよ。」
「人格も安定するし、情緒も健康的。」
全て先回りされたような気持ちになり、黙りこんだ私に、天使はのぞき込むように見てきた。
「でもね、もう君は決めたような顔をしてる。」
「君のお母さん、こんな収集がつかない今も苦しんでいるんだよ?」
畳み込むように言ってきた天使に何も言えずに戸惑っていたら、とどめのように言われる。
「君のためだよ?」
もはや清々しい笑顔に私は、一応理解はしたから…と自分を納得させつつサインをした。

その瞬間、契約書が燃えるように少しずつ消え、最後には跡形もなくなっていた。
「よし、契約成立だ。
…じゃあ君の願い、叶えてあげる。」
天使が胸に手を当てると、キラキラ天使自身が光り始めた。
「お母さんが治りますように。」
そう言った瞬間、光が強くなり私は手で目を覆った。するとすぐに光は消えて、天使は微笑んで私を見ていた。
「そうそう、さっきの契約書に書かれてたこと、僕がわかりやすく変えて伝えたんだからね?そのまま言ったらきっと分かんなかっただろうから。」
天使は紙に、私の読める言語で書いてくれた。
【治癒対象の生存に寄与しない第三者の記憶、情動、執着は修復完了時に無効化されるものとする】
読めなかったり知らない単語もあるが、天使の言っていた内容そのまんまだ。
私は少し安心してため息をついた。
天使も満足そうに、優しく言った。
「サインありがとう。
人間にしては随分慎重だったね。」
そう言って天使はまた指を鳴らし、時を進め始めた。
「お母さんに会いに行ったら?」

私は走って病室に向かった。
もう内申点なんて、学校なんて、将来なんてどうでもよくなった。
お母さんが治ったか。それだけが心配で、不安だった。

本当だったらお母さんは、治らないはずだったのだから。

今の科学では治らないような奇病で、もってもあと数ヶ月と言われていた。
そんなお母さんは点滴やマスクなどをされていて、とても話せるような状態ではなかった。
どれだけ私が泣いても、会いに行っても、変わらずお母さんは目を閉じて、私に気がつくことはない。
話せることはなかった。
私はお母さんがいつ死んでしまうのだろう、と毎日心臓が縮み、一睡もできない日が何日も続いていた。
そんなお母さんが…

ベッドの上で座っていた。

何もつけずに。

私は入った時、声が出てしまった。
「お母さん…?」
肌色も、具合も、何もかもが普通だった。
病室の窓から見えた青空が、すっかり治ったお母さんのことを、まるで祝福してくれているように見えた。
ふらふらとお母さんのベッドに近づき、声をかけた私に、お母さんは気づいて笑いかけた。
それが本当に嬉しくて。
涙があふれてきた。
「お母さん…元気になったんだね…。」
そう泣いていた私に、一瞬戸惑った顔をしたお母さんは、私にもう一度笑いかけて言った。

「あら…?どちら様かしら…?」

「えっ…?」
私は呆然としてお母さんを見つめた。
お母さんはそんな私を不思議に思ったようで、そのまま続けてこう告げた。
「心配してくれてありがとうね。でももう大丈夫よ。」

最初、私は信じられなかった。
沈黙の中、時計だけが音を鳴らし、時間を進める。
お母さんは私のことを…忘れてしまったようだった。

「なんで…?」
気づけばポロポロと、さっき流した時とは別の涙が、私の目からこぼれ始めていた。
「お母さん…私のことわかんないの?」
お母さんのベッドにしがみついて、泣き始めた私のことをお母さんは困惑したまま優しく撫でてくれた。
「ごめんなさい、あなたが誰だか私には分からないけれど…泣かないで。大丈夫よ。」
優しく撫でられて、思わず昔のお母さんを思い出してしまった。
いつも優しくて、聡明で。分からないことを聞けば何でも答えてくれたし、一緒に考えてくれた。
どんなことでも挑戦しようとすれば、必ず応援してくれた。
私は、生まれた時から父がいなかった。
お母さんが言うには*知らなくていい人*。
だから全くわからなかったし、父がいないのが私の中の普通だった。
そのことで学校の友だちに何か言われたときも、いつも私の味方でいてくれて、守ってくれていた。
そんなお母さんが私は大好きだったし、お母さんも私のことを愛してくれていた。

そんなお母さんが今、目の前で、私のことを分からないと言ってきたのだ。

唯一の親で、唯一の味方で、唯一の…大切な人が。

ショックだった。

でも逆に、怒りも湧いてきた。

天使が…私を騙したんだ。
そうでなきゃこんなことになるはずがない。
私を陥れて、今きっと天空でせせら笑ってるんだ。
そう天使に怒りを向けなければ、私はきっと壊れてしまっていただろうから。
病室を後ろ髪が引かれる思いで出ようとした時、後ろから心配そうな声が聞こえた。
「あの…あなたも無理しないでね。」
「あなた、すごく優しそうだから。」
紛れもない、大好きなお母さんの声だった。
私は何も返せず、振り返ることもできないまま私は病室を出た。

どこに天使がいるのかは分からない。
それでもこの責任は、お母さんと私の関係を壊した責任は…取ってもらいたかった。
とりあえず初めて会った通学路を戻ってみても、天使は見当たらない。
冷たい風が私の手を、頬を叩くように冷やす。
どんなに探しても、見つからなかった。
どうしようもない怒りと焦燥が湧いてくる。
天使が見つからないのなら、それは行き場のない感情へとなる。

だから必死に探した。

見つからないから諦めてしまうというのは、お母さんが私を忘れてしまったことを、認めてしまうような気がしたから。
何時間も探したような気がしていた頃、ついに私は天使を見つけたんだ。

公園の、ベンチ。

まるでいつも座っている住民のように擬態して、アイツは明後日の方向を見て座っていた。
もうこんな秋だから、アイツ以外にこの公園に来てる人などいなかった。
静かに風が私とアイツの間を通り過ぎる。

私とお母さんの仲を崩しといて。
のほほんとしてるアイツを許せなかった。

私は大股で天使に向かって歩きはじめる。
そして着いた時、私は開口一番に怒鳴りつけるようにこう言った。

「なんでお母さんは私を忘れてるんだよ!?」

いきなり声をかけられた天使は驚いたようにこちらを見たあと、小さな子供を諭すかのように、ゆっくりと告げた。
「ちゃんと言ったじゃないか。君のお母さんの、治癒に不要な記憶と感情を整理しただけだよ。」
「はぁ!?」
ダンッ!と私は拳を作ってベンチの手すりに叩きつける。
「ふざけないでよ!!」
「返してよ、私のお母さんでしょ!?」
「これのどこが*治した*って言えるの!!」
口からスラスラと感情が出てくる。
言いたいことしかなかった。
そんな私の話を天使は少し困ったように、でも怒らずに聞いてくれた。
そして全て聞き終わった時、笑顔を崩さずに言った。
「えーと…ちゃんと生きてるよ?」
今更!?と叫びたい気持ちをグッと堪える。
「覚えてないんだよ!!私のこと!!」
天使は少し考えてからやっと気づいたように苦笑いした。
「…あぁ、そこかぁ。」
…そこかぁ、じゃないんだよ!
「責任取ってよ!!」
「…でも君さぁ、治してほしい、って願ったよね?」
「自分のことを覚えててほしい、とは言ってなかったよ?」
私は何も言えなくなる。
確かにその通りだ。
天使は柔らかく、決定的な笑みを浮かべて告げた。
「人間ってさ、叶えた後で条件をつけ足すよね。」
その笑顔のまま、天使は私を蔑むように見た。
「…やっぱり人間って醜いなぁ。」
「…」
もはや何も言い返せず黙り込んでしまった私に、天使は譲歩するように言った。
「あの時の説明が足りなかった?」
「た、足りなかったに決まってる!!」
私は今だ、と食い気味に言った。
私が悪いのかもしれないけど、私の大好きだったお母さんに忘れられてしまったのが本当に辛かったから。
天使は困ったように眉を下げ、首を傾げた。
「そうかな。」
「そ、そうだよ!そんなこと、一言も言ってなかったじゃないか!!」
天使は私の言葉を聞き、怪訝な顔をした。
「…?ちゃんと言ったよ?」
…え?
「…人間って自分に都合のいいことだけ、覚えておくよね。」
天使は苦笑いをする。
2人だけの公園は、妙に静かで、天使の声だけが公園に響き渡っていた。
「…だから契約って楽しいんだ。」
ふふっと本当に楽しそうに笑った天使は、いやに幼く、まるで小さな子供のように見えた。
「でもさ、君は愛されなくても、優しくはしてもらえるんだよ?元お母さんに。」
病室に出る直前のことを思い出す。
お母さんは私に…無理しないでね、と気遣ってくれた。
「人は愛されなくても生きられるんだよ。」
ポツリと天使に言われた言葉に、私は心のなかで反抗にもならない反抗をした。
ーーでも、それでも欲しかったんだ。
お母さんの愛情が。

全てが終わってしまったあと。
私が喚いて、騒いで、崩れて、何も出来なくなった頃。
天使は一人、空を見上げた。
「不思議だよね。」
私は天使の言葉を、俯いたまま聞いていた。
誰かに話すわけでもなく、天使は独り言のように呟いた。
「失っても、壊れても。それでも欲しがるなんて。」
その時、少しだけ、ほんとに少しだけ、フッと天使の言葉が和らいだ気がした。
「僕には、あそこまで執着できるものがないから。」
でもすぐに、今まで通りの苦笑いに戻る。
「……だから、人間って醜い。」
一拍、天使は置く。
さわさわと揺れる木の葉っぱも、いつもうるさいのに静かなスズメも、くるくる回っていたレジ袋も。
皆が続きを聞いてるように思えた。
「でもーー」
天使は言いかけてやめた。
「…まぁ、嫌いじゃないよ。」
そう天使は穏やかに笑った。

作者メッセージ

魔法少女ちゃんのに続いての、短編、中編小説2作目です!
色々な思いが書いてて浮かび上がってきてとても楽しく書けました♪
逆にこれまで詩やら手紙形式やら色々挑戦しすぎたな…。
今後も頑張るんで温かく読んでほしいです。
それと、感想をコメントで書いてくれると嬉しいです!
つまんなかったらつまんないって書いてくれれば逆に燃えて頑張って書きますし、面白いって書いてくれればその日1日笑顔で小説書きます笑

2025/12/22 13:52

日村紡音
ID:≫ 0pm1lJ9rkqZW.
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