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寵愛と銀色の毒。

#2



三日月は[漢字]天心[/漢字][ふりがな]てんしん[/ふりがな]に登り、夜も終盤となった頃だというのに、この[漢字]朱霄楼[/漢字][ふりがな]しゅしょうろう[/ふりがな]だけはやけに明るい。

煌々と照りつける赤と金。

そこはかとない危険な華やぎが、闇夜に咲く悪の花のように見えた。

店の中は濃密な酒瓶と、汗と香水と、隠しきれない欲望の匂いでごった返しだった。

吐き出された煙草の煙が、この世の苦悩のように天井にへばりつき、揺らめく灯りを歪ませている。


「おい、さっさと行きな。客は“[漢字]翠憐[/漢字][ふりがな]すいれん[/ふりがな]”を待ってんだ」


すすけた石壁に反響する、下卑た声。

背中からの衝撃に、思わず視界が揺れる。

薄暗くひんやりとした廊下の床が、目の前に急接近した。

薄汚れた[漢字]旗袍[/漢字][ふりがな]チーパオ[/ふりがな]を着た給仕の女が、溜まりに溜まった日頃の嫉妬と不満をぶつけるように、わざと背中を蹴り上げたのだ。

背中から腕に沿わせていた薄青の絹の肩巾が、さらりと床へ萎れるように垂れる。


「…あ?何だい。その、バカみたいに生意気な目は」


女はドスのきいた声で翠憐を睨め付ける。

翠憐は、そんな彼女のことを、哀れな虫だと心底思ってしまった。

この朱霄楼にいる誰もが、[斜体][太字]いつか誰かの餌となる運命にいる[/太字][/斜体]。

そのことを理解できていない彼女は、あまりにも無邪気で、惨めだ。

そんなことを思う暇があるならばさっさと逃げろという話だが、反論できるものならとうにしているのだ。

その様子を見て、女は嬉しそうに、醜悪に口を歪める。


「ククッ…“[太字][斜体]口封じ[/斜体][/太字]”されてるアンタが、あたしに口答えできるはずないよなぁ?」


下町の言葉を扱う女は、心底楽しそうに翠憐の顎を掴みあげた。

朱で染められてはいるものの乾燥してぱさついた女の唇は、今宵の月のように歪んでいる。

黒く濁った瞳に見つめられ、翠憐は呼吸の苦しさに少し目を細めた。

それは息苦しさのせいなのか、女の穢れた眼差しのせいなのか、翠憐自身にも判別がつかなかった。


「……喋んない玩具は、遊び甲斐が無いもんだね」


女は言葉を紡げぬ自分に飽きたのか、翠憐を勢いよく突き放す。


「…!!……」


受け身が取れずに右腕を強く打ち、足首も少し捻った。

じゃら、と冷たい手枷が揺れるも、これが取れる気配は一向にない。

苦悶の表情を押し殺し、翠憐はなんとか顔を上げだが、女は満足気に踵を返して、広間のざわめきの中へ戻っていった。



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作者メッセージ

お読みいただきありがとうございます♩

天心…空の真ん中のこと。てっぺん。
チーパオ…チャイナドレスのこと。

2025/10/25 14:27

るみねーじゅ
ID:≫ .1CEc41J8TDWw
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