「あーあ、結局、出せなかったな……」
机の引き出しの奥に隠した、真っ白な年賀状。
筆ペンで丁寧に書こうとして、結局最初の一文字も書き込めなかった。
相手はクラスの人気者、ジンくん。
冬休みに入ってから、もう何度彼のことを思い出したかわからない。
「〇〇さん、お疲れ様〜」
脳内で再生されるのは、彼の少し低くて落ち着いた声。
彼はいつも私のことを「〇〇さん」と呼ぶ。
その丁寧すぎる距離感が、もどかしくて、でも特別で。
「……〇〇さん、かあ。いつか下の名前で呼んでほしいなんて、贅沢かな」
ココアの湯気の向こうで、また独り言が漏れる。
彼とはまだ、プライベートの連絡先すら交換していない。
だからこそ、住所を知っている唯一のチャンスである年賀状に、私は全てを賭けようとしていたのだ。
「よし、今年こそは!」
30日の夜、私は何度も筆を構えた。
『あけましておめでとう。休み明け、また会えるのを楽しみにしています』
……いや、重いかな?
『今年もよろしく!今度、おすすめしてたカフェ行かない?』
……いやいや、連絡先も知らないのに急すぎる。
「うわぁぁ、もう無理!」
結局、真っ白なハガキを前に頭を抱えてしまった。
「もし届いて、『え、なんで住所知ってるの?』って引かれたらどうしよう。それとも、あっちにはもう彼女がいて、私の年賀状なんて邪魔になるだけだったら……?」
ネガティブな想像は雪のように降り積もる。
時計の針は無情にも進み、気づけば大晦日の朝を迎えていた。
「……結局、私、意気地なしだ」
窓の外は、雲ひとつない冬晴れ。
ジンくんは今、何を思っているんだろう。
誰と笑っているんだろう。
「〇〇さん」と呼ぶあの声で、誰かに「おめでとう」なんて言っているのかもしれない。
「……でも、やっぱり諦めたくないな」
連絡先を持っていないなら、休み明けに自分から聞きに行けばいい。
年賀状を送れなかった分、顔を見て「おめでとう」を言おう。
「次は『〇〇さん』じゃなくて、もっと近くに行けますように」
冷たい空気の中、私は自分に言い聞かせるように、ギュッと拳を握りしめた。