「……よし、完璧」
鏡の中に鎮座するのは、血色の悪いホモ・サピエンスではなく、パールの輝きを纏った「るみねーじゅ」だ。
キラキラのアイシャドウをまぶたに塗り、お気に入りのリボンを結ぶ。
この瞬間、私は世界の主人公になったような錯覚に陥る。
だが、家を出て駅のホームに立った瞬間、現実は容赦なく肩をぶつけてくる。
「ちっ、邪魔だな」
通りすがりのサラリーマンが、スマホを見ながら私を避けた。
私のリボンが彼の視界を1ミリ遮っただけかもしれないし、あるいは単に彼の機嫌が悪いだけかもしれない。
さらに、SNSを開けば、私の投稿に対して「今日も平和だね(笑)」という、皮肉なのかなんなのか判別不能なコメントがついている。
私はふと、小学6年の頃の担任が卒業の日に言っていた「1対8対1の法則」を思い出した。
[斜体][太字]どんなに頑張っても、世の中の1割の人は私を嫌い、8割の人は私に無関心。
そして残りの1割だけが、私の味方でいてくれる[/太字][/斜体]という、あのドライな数字の魔法だ。
「……冷静に考えて、効率悪すぎじゃない?」
だってそうだ。
100人に微笑みかけても、10人は私に石を投げ、80人は私の存在すら認識せずに通り過ぎるのだ。
私が朝、パンの耳と格闘して、布の山から必死にシワの少ない服を一本釣りした努力も、80人にとっては「背景の一部」に過ぎない。
でも、そう思うと、なんだか肩の荷がふっと軽くなるのを感じる。
目の前の怖そうなサラリーマンに嫌われても、それは物理法則みたいなものだ。
雨が降るのと同じ。
私が悪いわけじゃない。
「そんな日もあるっ!」
私は心の中で、自分にそう言い聞かせる。
大切なのは、あとの「1」だ。
画面の向こうで私の投稿を待ってくれている誰かや、一緒に推しについて語り合える友達。
その1割の濃密な愛のために、私は今日、わざわざ面倒なファンデーションを塗り、不器用な手つきでリボンを結んだのだ。
10割の人に好かれようとするのは、味のしないガムを永遠に噛み続けるような苦行だ。
でも、1割の「本当」を握りしめるだけで、人生は驚くほど色鮮やかになる。
「…ま、人生そんなもんだよね」
電車の窓に映る私は、相変わらずちょっとシワの残った服を着ているけれど、口角だけはしっかり上がっていた。
残りの9割に振り回されるほど、私は暇じゃないのだ。