人が少ない、放課後の玄関。
冷え切った空気の中で、自分の吐き出した息が白くにごっては消えていく。
「もう、やめるって決めたんだから」
私はマフラーに顔を埋め、自分に言い聞かせた。
ジンくんへの気持ちを「おしまい」にすると決めたのは、ちょうど一週間前。
彼にとって私は、クラスメイトのその他大勢でしかないと悟ったからだ。
「……あ、お疲れさま。〇〇さん」
背後から聞こえた声に、心臓が跳ねた。
振り返ると、そこにはマフラーもせずに首をすくめたジンくんが立っていた。
部活帰りなのか、少しだけ紅潮した頬が冬の夕暮れに溶けている。
「……あ、ジンくん。お疲れさま」
心臓の音がうるさい。
目を合わせないように、必死で靴箱の隅を見つめた。
やめるって決めたのに。
名前を呼ばれただけなのに。
心の中の「諦める」という文字が足元の雪みたいに脆く崩れていくのがわかった。
「今日、数学の時助けてくれてありがと。〇〇さんがプリントまとめてくれたから、早く終われたわ」
「……ううん。別に、ついでだったから」
ほんの数秒のやり取り。
彼は「じゃあ、また明日。風邪ひくなよ〜」と軽く手を振って、自転車置き場の方へ走っていった。
一人残された階段で、私はしばらく動けなかった。
彼が去った後の冷たい空気の中に、まだ彼の呼んだ「私の名前」が残っているような気がして。
全然ダメだ。
ちっともやめられてない。
「〇〇さん」なんて、誰にでも使うよそよそしい呼び方なのに。
ただの挨拶なのに。
…それでも。
彼と話せた瞬間の温度が、凍えそうな指先までじわじわと温めていく。
私はマフラーに深く顔を沈めた。
「……ばかだなぁ、私」
冬の空は、泣きたくなるほど高くて青かった。