[太字][斜体]2023年8月:ベルーナドーム・本番中[/斜体][/太字]
公演中盤。会場のボルテージは最高潮に達している。
しかし、ステージ裏のコントロールルームで、ユウは異変を察知した。
モニターの一つ、演出用ドローンの制御システムに警告灯が点灯している。
次の楽曲「インフェルノ」で、ステージから客席上空へ放たれる炎の演出と連動する重要なパートだ。
「ドローン、通信障害。飛行経路がズレる可能性有り」
オペレーターの声が上がる。あなたは即座に舞台監督の横へ移動し、無線を入れた。
「特殊効果チームへ。ドローンの演出をカット。予定より30秒早くキャノン砲を起動。照明チームは、ドローンを追う手筈だったスポットライトを全て大森さんに集めてください」
「えっ、でも演出プランが……!」
「私が全責任を持ちます。観客の安全が最優先です。変更後の方が、大森さんの孤独なヒーロー像が際立つ。やってください。あと5秒」
あなたの断固とした指示に、現場が動く。
ステージ上の大森は、演出の変更を瞬時に察知した。
一瞬、あなたがいる袖の方に視線を走らせたが、すぐに確信を持ったように歌い始めた。
ドローンが飛ばない代わりに、圧倒的な光の束が大森を包み込む。
本来のプランよりもドラマチックに仕上がったその瞬間、3万5千人の地鳴りのような歓声がドームを揺らした。
[太字][斜体]同日22:00:終演後・アーティスト更衣室前[/斜体][/太字]
全ての客出しが終了し、静まり返ったドーム。
メンバーは衣装のまま、床に座り込むようにして、スタッフが用意したプロテインや水を口にしている。
極限の集中から解放された彼らの顔には、色濃い疲労と、それ以上の高揚感が混じっている。
「……あの『インフェルノ』」
大森が、首にかけたタオルで顔を拭きながら口を開いた。
「ドローン、飛ばなかったよね。僕、サビ前で上を見ようとしたんだけど――何て言うか、空気が『今は見るな』って言った気がして止めたんだ」
「はい。通信トラブルの予兆があったため、独断でカットしました。演出の欠落を光の収束で補填しました。事後報告になり申し訳ありません」
あなたが事務的に頭を下げる。
すると、若井がスポーツ飲料を飲み干し、笑いながら割り込んできた。
「いや、マジですごかったよ。あのタイミングで光が集まった時、ゾクッとしたもん。『あ、これマネージャーさんだ』って確信してさ。逆にギア上がっちゃった」
藤澤も、鍵盤を叩き切った指先を震わせながら深く頷く。
「僕たちの呼吸、全部拾ってくれてるんだなって。……ちょっと、過保護すぎるくらいにね」
大森がゆっくりと立ち上がり、あなたの前まで歩いてきた。
ステージ上の怪物のような存在感は影を潜め、今は一人の青年としての、穏やかで鋭い瞳をしていた。
「ねえ。最初に出会った時、僕らの曲、ベースラインの解像度がどうこうって、可愛くない批評したよね」
「……はい。生意気を申し上げました」
「今日のライブ、どうだった? 予定調和な『お疲れ様』じゃなくて、君自身の言葉で聞きたい」
あなたは数秒、言葉を探した。
嘘をつく必要はないが、安っぽい称賛も自分らしくない。
「……フェーズを、一つ進めた気がします。特にラスト。3万5千人が、あなたの孤独に寄り添っていました。あれを『音楽』として成立させられるのは、世界中であなたたち三人しかいません」
大森は一瞬意表を突かれたように目を見開き、それから満足そうに、悪戯っぽく笑った。
「ふーん。……合格」
その瞬間、張り詰めていた空気がふわりと解ける。
「お腹空いた! 牛タン! 焼肉! 脂っこいもの食べたい!」
子供のように叫んで若井と藤澤を急かす大森。
「わかったから、そんな大きな声出さないの!」と笑う藤澤と、「よっしゃ、俺が一番食うわ」と乗っかる若井。
「あ、そうだ。マネージャーさん」
大森がふと思い出したように振り返る。
「はい、なんでしょう」
「明日からマネージャーさんのこと、ユウさんって呼んでいい? その方が、僕らの音楽を預ける相手として、しっくりくるから」
あまりに唐突な提案に、喉の奥が震える。
「は、い……。光栄です」
「よし! ……ほら、二人とも早く着替えて! 祝杯だーー!!」
大森は再び二人を急かし、肩を並べて三人で廊下の向こうへ消えて行った。
彼らが更衣室へ消えた後、あなたは一人、誰もいないステージを見上げた。
[太字][斜体]自分は、彼らのファンではない。[/斜体][/太字]
けれど、この三人が生み出す眩しすぎる才能を、泥臭く守り、正しく世界へ届けること。
その仕事に、あなたは初めて「誇り」という名の、熱い感触を覚えていた。