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彼女の耳の奥

「耳の奥、見てみた〜いなっ。」

僕の陽気で浅はかな声。

「だ〜めっ。」

[漢字]珠[/漢字][ふりがな]りん[/ふりがな]がテンポ良く返す。
僕の彼女は口数が少ないけど、ノリが良い。

「けちんぼっ。」

「変態っ。」

「ザクッ。」

「ざまぁ(笑)」

2人で笑い合う。
こんなに楽しく話せるのは、
もうこの子しかいない。

「汚いよ。」

「え?」

「私の耳。」

「いいよ別に。」

「君がお掃除してくれるのかね?」

「綺麗になったらまず内見しないとね。」

「耳に引っ越さないでよ(笑)」

僕は近々引っ越す予定だ。
ある日急に珠が遠距離恋愛をしてみたいと言い出した。
僕は戸惑ったけど、
珠は一人でも生きてける頼もしい人だから僕もノッた。
珠は本気だった。

「駅だよ。」

「あーよく寝た。(棒)何の駅?」

「君の最寄り駅。」

「,,,寝よ。」

僕と彼女は小さな駅2つ分、離れている。
僕は明日からもっと離れていくのに、
このままホームへ行く訳にはいかない。

「ご乗車ありがとうございま〜す。」

寂しそうに言う珠から、
一歩離れて、振り向いて、一歩進んだ。

「お客様、ホームはあちらですよ。」

「忘れ物しちゃったんですよ。」

「忘れ物?」

「終電に。」

2人で笑い合う。
こんなに楽しく話せるのは、
君しかいないんだよ。

珠が黙って僕を見つめて、待った。
待ってるのは僕の方だっつの。

「出発進行〜。」

時刻が過ぎた。電車が発車したみたいだ。
僕は彼女に乗り次いで、ホームを後にした。

「ポッポ〜。」

「列車じゃないわ、私は。(笑)」

「車掌さんも落とし物はよくあることでしょう。」

何気なく聞いた。

「奇遇ですね。私も丁度、落とし物をしてね。」

「まさか、乗客さんだったり?(笑)」

おふざけ半分だったが、
彼女の顔から輝き以外が消えていた。

「私の私物なんですがね。終電近くに落としちゃって。」

「何を落としたんです?」

珠は僕を振り返って驚くほどきっぱり告げた。
僕の耳にそれが張り付いた。

「分かりませんか?,,,あなたです。」





――
「到着〜。終電です。」

「やった〜。」

着いたのはマンションの珠の部屋。
なんとも豪華な終電。
僕の心が[漢字]業火[/漢字][ふりがな]ごうか[/ふりがな]に燃えてている。

「入って。お茶でも入れようか?」

「,,,いや。忘れ物を取りに来ただけだから。」

「そっか。」

「落とし物はあった?」

「何?」

「落とし物。」

珠はすごく驚いた顔をしていた。
それから持ってきたお茶を飲んで、
真顔で言った。

「なかった。」

「,,,。」

「見つけられなかった。」

「そう,,,そっか。」

僕はなんて返せばいいか分からなかった。

「,,,君の忘れ物はここでしょ?」

珠が耳を指す。
僕の忘れ物は最初からそこにあった。

「見て良いよ。」

「本当に?」

「食べちゃ嫌。」

僕は珠の耳を覗きこんだ。

「奥まで見てね。」

両手で耳を広げると―――

「あっ。」

見えた。

そこは広いようで狭い部屋だった。
珠が好きなぬいぐるみが見える。
僕がUFOキャッチャーで失敗したものだ。
買いたいと言って忘れていたシュシュ。
家具用品店でこれいいね。と言い合った机。
やりたいと言っていたバランスボール,,,。
後は僕も分からないものがたくさん。
そして、珠がいた。
隅っこに、椅子に座ってヘッドフォンをつけて、
音楽を聴いている。
服装もいつもじゃ考えられない。
こんな珠知らなかった。

僕に気づいたのか、
ヘッドフォンのまま珠が寄ってきて、
静かに僕の目を閉じた。――


「どうだった?」

「思い出した。というか、気付いた。」

「帰るよ。ありがとう。」

「終わったら言って。」

「何が?」

「引っ越し。」

僕は無言で頷き、終電を去った。
明日から、
例え彼女が今日のことをポイポイ友達にでも笑い話にしようが、
僕は誰にも言わないことを決意して。

家を出る直前、
珠に大好きだよと言ったけれど、
返ってきたのは車内音楽だけだった。



作者メッセージ

ちょっと分かんなかった人に言うと、
これは立派な失恋ストーリーです。
あと終電は駅の方じゃないよ。

第一作目は「彼女のほっぺの中」です。
初投稿の。

2025/05/05 10:08

cabos
ID:≫ 6.lyzH1hcYkF.
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