今から200年先の地球。
そこは、まさに地獄だった。
日本の人口は約500万人へ減少し、世界人口も遂に約28億人となった。
理由は様々であるが、一番は、そう。
「異常気温上昇」である。
2134年2月13日(人々はその日を「初夏の日」と呼んでいる)人々は冷たい風と雪に包まれ暖炉を囲んでいた。だが、その日、彼らは聞いた。
蝉の声、を。
蝉とは本来7月中旬から8月上旬にかけて孵化する生物だ。彼らは確かにその声を聞いた。
それが、永遠の夏の始まりだとも知らずに。
「人類は新たなる拠点を見つけるべきなのではなかろうか。」
初夏の日から100年。研究者たちは議論を進めていた。
「それも一理ある。しかし、宇宙開発への十分な資源は我々にはない。」
ひとりがため息を吐いてそう言った。
「宇宙とは言っていない。例えば地下など...」
「極端な局地的集中豪雨に乾燥...これを繰り返しているというのに地盤がかたいままだとでも思っているのか?」
沈黙が流れ、全員が頭を抱えた。
そして、ひとりが口を開いた。[漢字]竹川隆弘[/漢字][ふりがな]たけがわたかひろ[/ふりがな]。中年の研究者だった。
「これが結局、人類の末路さ。変えられることなど何もない。抗って足掻くだけ無駄だ。恐竜だって約1億6000万年もの間地球の王者となったが最後には隕石で滅亡した。人類も同じようにお陀仏さ。」
その言葉に、ある研究者が立ち上がった。
「僕はあなたの意見を否定します。」
その研究者は[漢字]立山傑[/漢字][ふりがな]たちやますぐる[/ふりがな]。25歳の若手研究者だ。
「僕の[漢字]研究所[/漢字][ふりがな]ラボ[/ふりがな]では全員が新拠点に向けて研究を進めているところだ。確かにできることなど何もないかもしれない。だが希望を捨てることが最も人間として恥ずべきことだとは思いませんか?」
その言葉を、竹川は鼻であしらって言った。
「お前のラボ?はっ、国からもどこの団体からも一切支援を受けていない貧乏組織だろう。何を研究しているかは知らんが、どうせろくなもんじゃない。大口を叩きやがって、それならお前の希望とやらを聞かせてほしいもんだな。」
「ええ、ええ、いいでしょう。私たちの計画はこちらです。」
立山は厚く積まれた資料をドンと置いた。
「雲の上ですよ、竹川さん。雲の上です。」
「はあ?」
竹川は聞き返す。
「そうですよ、雲。空の世界です。雲の上なら雨も降らない。ただ青空が広がる理想郷だ。そこに人類の新たな拠点を作るんですよ。素敵だとは思われませんか。」
「残念だがなぁ、ここは空想科学の世界じゃないんだよ。ただでさえ、今は資源が足りてねぇんだ。しかも、宇宙開発のように前々から進められてたってわけでもねぇのに今更無理なんだよ。」
「いいえ竹川さん。私たちは開発したんです。ええ、私たちは確かに貧乏組織です、認めます。だから、少ない資源でやりくりしてとうとう作り上げたんですよ。」
立山はふたつの小さな機械を取り出した。ひとつは補聴器のようなもの、もうひとつは親指サイズのライトのようなものだった。
「これは?」
他の研究者たちは興味津々だった。
立山は補聴器のような機器を持ち上げた。
「これは携帯型宇宙服のようなものです。これを片耳に装着すると、全身にオゾン層のような膜が広がり、紫外線から身体を守ることができます。気温も調節可能なので、南極に全裸でいても平気ですよ。」
それから、と付け足す。
「空気が薄い場所でも、高山病などにならないため、酸素ボンベの役割も担っています。重力や引力に押しつぶされてしまわないよう、膜の中だけで発生するエネルギーが人体を支えます。エネルギーは水分だけなので、地球なら使い放題、宇宙なら体内の水分を少しづつ抽出して使うことができますよ。」
竹川は半信半疑だった。このような万能な機器があるはずがない、と思ったが、もしも全てが真実だった場合、どうしても親指サイズのライトが気になって仕方がなかったのだ。
「この...ライトのようなものは?」
竹川は問うた。
「よくぞ聞いてくださいました。これぞ、我々にとって一番画期的な発明です。ライトの光を当てるだけで、水分や氷の粒、つまり雲を凍らせ、地面を作ることができるという優れものです。先ほどと同じくエネルギーは水分で補えますので...。」
そこで、立山は言葉を切った。
「どうした。」
竹川は慌てて聞いた。
「どうでしょう。興味を持っていただけたでしょうか。」
竹川はハッと気づいた。自分が聞きほれてしまっていたことに。
「携帯型宇宙服が量産できれば良いのですが、残念ながら地球にそんな資源は残されておりません。28億人もの人々を救うことは現時点ではできないわけです。」
しかし、と、立山は続ける。
「私は若者を集めた有志団体を結成し、これらの機器を与え雲の上で試験拠点を作らせようと思うのです。」
研究者たちはざわついた。
「無茶だ。まず、このような研究に人が集まるわけない。」
「やってみないとわかりません。今、人類は前に進まなければならない。この計画を実行するということだけを、今日は皆さんに伝えたかったんです。」
立山は竹川のほうに向き直って、言った。
「人類は、まだ終わりませんから。」
そこは、まさに地獄だった。
日本の人口は約500万人へ減少し、世界人口も遂に約28億人となった。
理由は様々であるが、一番は、そう。
「異常気温上昇」である。
2134年2月13日(人々はその日を「初夏の日」と呼んでいる)人々は冷たい風と雪に包まれ暖炉を囲んでいた。だが、その日、彼らは聞いた。
蝉の声、を。
蝉とは本来7月中旬から8月上旬にかけて孵化する生物だ。彼らは確かにその声を聞いた。
それが、永遠の夏の始まりだとも知らずに。
「人類は新たなる拠点を見つけるべきなのではなかろうか。」
初夏の日から100年。研究者たちは議論を進めていた。
「それも一理ある。しかし、宇宙開発への十分な資源は我々にはない。」
ひとりがため息を吐いてそう言った。
「宇宙とは言っていない。例えば地下など...」
「極端な局地的集中豪雨に乾燥...これを繰り返しているというのに地盤がかたいままだとでも思っているのか?」
沈黙が流れ、全員が頭を抱えた。
そして、ひとりが口を開いた。[漢字]竹川隆弘[/漢字][ふりがな]たけがわたかひろ[/ふりがな]。中年の研究者だった。
「これが結局、人類の末路さ。変えられることなど何もない。抗って足掻くだけ無駄だ。恐竜だって約1億6000万年もの間地球の王者となったが最後には隕石で滅亡した。人類も同じようにお陀仏さ。」
その言葉に、ある研究者が立ち上がった。
「僕はあなたの意見を否定します。」
その研究者は[漢字]立山傑[/漢字][ふりがな]たちやますぐる[/ふりがな]。25歳の若手研究者だ。
「僕の[漢字]研究所[/漢字][ふりがな]ラボ[/ふりがな]では全員が新拠点に向けて研究を進めているところだ。確かにできることなど何もないかもしれない。だが希望を捨てることが最も人間として恥ずべきことだとは思いませんか?」
その言葉を、竹川は鼻であしらって言った。
「お前のラボ?はっ、国からもどこの団体からも一切支援を受けていない貧乏組織だろう。何を研究しているかは知らんが、どうせろくなもんじゃない。大口を叩きやがって、それならお前の希望とやらを聞かせてほしいもんだな。」
「ええ、ええ、いいでしょう。私たちの計画はこちらです。」
立山は厚く積まれた資料をドンと置いた。
「雲の上ですよ、竹川さん。雲の上です。」
「はあ?」
竹川は聞き返す。
「そうですよ、雲。空の世界です。雲の上なら雨も降らない。ただ青空が広がる理想郷だ。そこに人類の新たな拠点を作るんですよ。素敵だとは思われませんか。」
「残念だがなぁ、ここは空想科学の世界じゃないんだよ。ただでさえ、今は資源が足りてねぇんだ。しかも、宇宙開発のように前々から進められてたってわけでもねぇのに今更無理なんだよ。」
「いいえ竹川さん。私たちは開発したんです。ええ、私たちは確かに貧乏組織です、認めます。だから、少ない資源でやりくりしてとうとう作り上げたんですよ。」
立山はふたつの小さな機械を取り出した。ひとつは補聴器のようなもの、もうひとつは親指サイズのライトのようなものだった。
「これは?」
他の研究者たちは興味津々だった。
立山は補聴器のような機器を持ち上げた。
「これは携帯型宇宙服のようなものです。これを片耳に装着すると、全身にオゾン層のような膜が広がり、紫外線から身体を守ることができます。気温も調節可能なので、南極に全裸でいても平気ですよ。」
それから、と付け足す。
「空気が薄い場所でも、高山病などにならないため、酸素ボンベの役割も担っています。重力や引力に押しつぶされてしまわないよう、膜の中だけで発生するエネルギーが人体を支えます。エネルギーは水分だけなので、地球なら使い放題、宇宙なら体内の水分を少しづつ抽出して使うことができますよ。」
竹川は半信半疑だった。このような万能な機器があるはずがない、と思ったが、もしも全てが真実だった場合、どうしても親指サイズのライトが気になって仕方がなかったのだ。
「この...ライトのようなものは?」
竹川は問うた。
「よくぞ聞いてくださいました。これぞ、我々にとって一番画期的な発明です。ライトの光を当てるだけで、水分や氷の粒、つまり雲を凍らせ、地面を作ることができるという優れものです。先ほどと同じくエネルギーは水分で補えますので...。」
そこで、立山は言葉を切った。
「どうした。」
竹川は慌てて聞いた。
「どうでしょう。興味を持っていただけたでしょうか。」
竹川はハッと気づいた。自分が聞きほれてしまっていたことに。
「携帯型宇宙服が量産できれば良いのですが、残念ながら地球にそんな資源は残されておりません。28億人もの人々を救うことは現時点ではできないわけです。」
しかし、と、立山は続ける。
「私は若者を集めた有志団体を結成し、これらの機器を与え雲の上で試験拠点を作らせようと思うのです。」
研究者たちはざわついた。
「無茶だ。まず、このような研究に人が集まるわけない。」
「やってみないとわかりません。今、人類は前に進まなければならない。この計画を実行するということだけを、今日は皆さんに伝えたかったんです。」
立山は竹川のほうに向き直って、言った。
「人類は、まだ終わりませんから。」