アイデアワールド
こんな夢を見る事がある。
目の前に突然、同い年の子が現れる。びっくりして、その子に、「だあれ?」と聞くと、彼は、「....」と黙っていて、私をどこかに連れて行ってしまう。
最初は怖くて、泣いてしまう。だけど、その子は優しく頭を撫でてくれる。そして、守ってくれる。
そんな子が、現れてほしい。
そんな奇跡が起きてほしい。
そんな奇跡が起きないことくらい、知っている。
10月1日。
カーテンの間から差し込む陽の光に思わず目をつむる。今日は学校が休みの日曜日。
なぎさはカーテンを閉めようとして、ベッドから立ち上がる。痛....
一昨日、体育のサッカーで怪我をしたところ。男子がドリブルをしながらなぎさに突っ込んでいき、そのままぶつかった。なぎさは太ももを打撲し、男子の方はこけて、ちょっとかすり傷ができただけだった。
男子は、アザもできているなぎさを見て、ちょっとバツの悪そうな顔をしたが、
「ドンマイ。」
と、自分が怪我をさせたにも関わらず、それだけ言って去っていった。保健室にも連れて行ってくれなくて、なぎさはしばらくそのまま砂だらけで運動場の中心に座っていた。みんななぎさのことに気づいていたが、見て見ぬふりをしていた。なかには踏んづけてくる子もいた。
イジメをされているわけでもない。でも、少し避けられている。陰口を言われている。距離を置かれている。親からも、友達からも、親戚からも。なにもかもから。なぎさには、本当の友達―理解してくれる人がそばにいればいいのに、と願って、毎晩泣いていた。悲しかった。嫌だった。
だけど、だけど、親に怒られそうだからと言って、毎日学校に行っている私も悪いの?
この疑問に、答えてくれる人は、少なくともなぎさの周りには1人もいなかった。
いつもの日曜日と同じように、私はリモコンでいつものチャンネルの番号を押した。見慣れたアイドルと司会者が、今日の企画について説明し合ったり、笑い合ったりしていた。
アミちゃんが私の日曜日のルーティーンのこと知ったら、どんな顔するだろう。毎週同じことが繰り返し再生されてるみたいだから、びっくりするかな。
若野亜美。可愛くて、なんでもできちゃうクラスメート。
若野さんは何でもできちゃういい子だけれど、大岸さんは違う。
大岸萌子。私を一番無視、いじめるクラスメート。若野さんくらい勉強も運動もできてしまうけれど、性格が違う。可愛くて、さっぱりした感じ。それが第一印象だった大岸さんだけど、本当はそうじゃなかった。気が強すぎる、自分勝手な子だった。
部活は絶対に演劇部。しょっちゅう主役に選ばれるような大スターになるのが夢。そう語っていたことを覚えている。私も演劇部だけど、大岸さんはこう語っていた。
「野中なぎさってヤツ、マジで才能なしじゃね?あいつは演劇部入る価値、ないと思う。顧問の友センだって、『野中はなんで演劇部入ったんだろう』って言ってたもん!」
そうやって、取り巻きたちとケラケラ笑っていた。きっと、大友先生―なぎさの担任で、演劇部の顧問の先生が私についてそうやって言ったのは、たぶん嘘だけど、それをたまたま聞いてしまったことで、しばらくは本当に大友先生、そうやって言っていたのではないか、考えてしまっていた。
あまりいつもと同じことをするのは嫌だからと、なぎさは気分転換に昼寝をすることにした。昼ごはんのカップラーメンにお湯をかけて、ふたをした。そしてベッドに寝転がり、3分待とうとした。だが、しだいにウトウトしてきて、知らない間に寝てしまっていた。そのたった3分の間に、どんなことがおきていたのかなんて知らずに。
なんだか眩しくて、再び目がさめた。また日光か―と思ったけれど、カーテンはぴっちりしまっていて、陽の光が部屋に差し込んでくる隙間なんかなかった。
じゃあなに?テレビ?テレビも違う。テレビはこんなに眩しくない。じゃあなに?
振り向くと、大きな扉がベッドの横に建てられていた。なに、これ。
見つめているうちに、なんだか扉の中から声が聞こえてきたように思えた。なぎさ、きて。きて。きて。
あなたの理想の世界が、ここには広がっているよ。
私はドアノブを強く握った。扉を押す。きしむ音。ずいぶん古いようだ。
少しためらった。行っていいのだろうか。行ってはいけない世界だったら...
考える暇なんかなかった。たちまち扉の中から腕が伸びてきた。なぎさの両腕を掴み、背中を押された。強い力だった。
「どうして私を...?」
なぎさが聞いても、腕は答えなかった。
そのままどんどん光り輝く扉の中に押し込まれていく。
「やめ.....」
叫ぼうとした瞬間、なぎさは光の世界へ入っていった。
ピヨピヨピヨ。
眩しい....。カーテン閉めなくちゃ。
なぎさは立ち上がった。そして、また地面にしゃがみこんだ。
……
地面に。
そこは自分の部屋ではなかった。コスモスの花畑が広がっていた。
その瞬間、なぎさはすべてを思い出した。
扉のこと、腕のこと、光る世界のこと。
そして、扉の中から聞こえてきた、優しい言葉。
あなたの理想の世界が、ここには広がっているよ。
昔、なぎさは花が大好きだった。コスモスが大好きだった。小学生の時に描いた絵も、「秋桜」と言う題で作品を提出した。
でも、今はそうではない。好きじゃない....というか、好きにならないようにされたとでも言うのか。
大岸さんに、「コスモスの花言葉って、『調和、謙虚、乙女の純真』って意味らしいよ。 もう中学生にもなって、そんな子供っぽい花好きとか、ばかみたい。それとも大人っぽい花は好きになれないの?蘭とかさ。」
蘭なんて、好きになれるわけがない。可愛くない。確かに大人っぽくて洒落てるけど。でもコスモスが子供っぽいって言うのはおかしい気がする。そんなことはないと思う。花言葉だって。調和なんて花言葉、最高じゃない?
理想の世界。じゃあ、私の理想に反しているのは大岸さんたちのこと?じゃあ、理想に沿っているっていうのは、大岸さんみたいな人たちがゼロで、若野さんがいっぱいいる世界みたいな....?なぎさはニヤニヤしてしまった。そんな理想の世界にいられるとか最高―。
しばらくコスモス畑に寝転がって気持ちいい日向ぼっこをしていると、男の子がやってきた。
「お前、誰」
彼は無愛想な態度でこう聞いてきた。なんかムカつくし。
「私、光る扉からやってきたの。なんかこう、ピカピカ輝いてて、自分の部屋にいつのまにかあったの」
なぎさは頑張って説明をした。頑張ったけど、なんかぎこちない。
「へえ、お前じゃあ、異世界からやってきた、例のミコ...?」
少年は、目を見開いた。こうやって見ていると、なんだか彼はちょっと可愛い顔をしている気がする。なぎさは、まじまじと少年を観察した。
「なんだよ、ジロジロ見んな。」
少年は眉を吊り上げてなぎさを睨んだ。へぇ〜、怖〜っ。
「お前、やっぱミコっぽいな。」
なずなはその言葉が不思議でたまらなかった。
「ミコ?巫女のこと?私が?なんのこと?」
「お前うるせぇ。あのな、ミコは巫女じゃねえ。ミコなんだ。」
彼はきつく言い返してきた。
「ミコってのは、この『アイデアワールド』―つまり理想の世界の支配者だ。一ヶ月に一回、ミコはランダムに選ばれる。ミコの理想に沿って、俺たちの生活は左右されてるんだ。ミコだけど、男女は関係ねぇ。この前...9月は自分勝手な女ミコで、しょっちゅう山を噴火させやがったぜ」
「じゃあさ、そのミコが自分勝手だったら、住民の性格とかは変わるの?」
なぎさは聞いた。少年はこう答えた。
「変わる。9月はみんな荒れてた。でもな、この『アイデアワールド』のなかでただ一人、俺はミコが誰でも性格は変わらねぇ。」
「それはどうして?」
「....いずれ分かるよ」
なぎさは不思議に思った。
「あのさ、あんたは10月のミコなんだ。ミコは、この世界を支配できる。試しにさ、『ミネココがほしい!』って言ってみな。」
「ミネココって何?」
「お前の世界で言うチョコレートさ」
なぎさは、わかった、というと、「ミネココがほしい!」と叫んだ。
すると、なぎさの手の中に、ポンッとものが落ちてきた。
「わ、チョコ!」
それは、包み紙に「ミネココ」と書かれた茶色い物体だった。
「食べてみな」
なぎさはハグッとミネココをかじった。美味しい。チョコレートだ。
「あのさ、お前は例のトリックオアトリートの扉から来たのか?」
「とりっくおあとりーと?」
なぎさは聞き返した。
「うん。”トリックオアトリートの扉”。ミコは必ずそこから来るんだ。ちなみに、10月が終わるまで、お前の世界には戻れない。」
「え!?じゃ、やばいじゃん!一ヶ月も.........」
「でも!こっちで一ヶ月たっても、あっちでは一分だぜ。ダイジョウブだよ。」
なぎさはホッとした。でも、カップラーメンのびちゃうかも....。
「あのさぁ、お前がミコで良かったぜ。今、結構街が平和になってきてる。お前の理想って、いい理想なんだな。」
「お前」って呼ばれるのがなんだか嫌だったから、「野中なぎさです」と言った。
「なぎさぁ?長いから、なぎでいいよね。なぎ!」
ニヤッと少年は笑った。嫌な笑み〜っ。気分悪い!
「あな...あんたは?」
「あなた」と呼ぶのがなんだか嫌で、言ってやった。「あんた」。
「俺?俺はか...............いや、『マック』とでも呼べよ。」
「マック!?マクドナルドのこと?ププッ、ダサ〜〜〜〜〜〜〜〜。」
なぎさが笑うと、マックは真っ赤になって言った。
「るせ〜!」
ああ、こうやって笑ったの、いつぶりだろう。
楽しいな。嬉しいな...
この平和が、ずっと続いてほしいな。
でも、この平和はすぐに壊されてしまった。
1週間後。
「大変だ!大変だ!」
マックの叫び声で、なぎさは飛び起きた。
「なに?マック?あんたうるさいよ。」
「なぎ!まずいぜ、9月のミコが、『なんで二ヶ月連続ミコにさせてくれないのよ!』って怒って、あんたの部屋のトリックオアトリートの扉を抜けて入ってきたらしいぜ!」
マックは大騒ぎだった。
「え!?一ヶ月って決まりがあることを知ってて、それ?ひど!ないわ!」
なぎさは大声を出した。
「戦おう!」
マックは宣言した。でも、なぎさは否定した。
「だめだよ。」
マックは首を傾げた。
「なんでなんだ!このままじゃなぎが殺されて、ミコの権利を奪われちゃう」
マックは言い返した。
「私が今戦ったら、『9月の元ミコを倒す』というのが私の理想になってしまう。そうなったら、住民が荒れてしまうわ。私には、ミコの権利を安全な人に渡して、それから戦うことしか道はないの。」
なぎさはゆっくりと言った。マックは、「そうだな。」と納得した。
「じゃあさ、一回村長に言って、『パンプキンドアー』を使わせてくれって、頼んでくる!」
パンプキンなんとか??なぎさは「それってなに?」と聞こうとしたけど、マックは行ってしまった。しばらくすると、戻ってきた。
マックは嬉しそうに言ったけど、なぎさには理解できなかった。
「なに?パンプキンドアーって。」
なぎさが聞くと、マックは「一回だけ、ミコがトリックオアトリートの扉を通らなくても、一時間だけあっちの世界に戻れるドア。」といった。
「ささ、早く入って!ミコにぴったりな人を探してきて!」
「待って!どうやってミコの権利を渡せばいいの?」
なぎさは大声で聞いた。マックは、「手を繋いで、『君は10月のミコだ。』というんだ!」
わかった!と返事をしたあと、なぎさはドアの中に入った。
ぬるま湯が身体にまとわりつく感触―――みたいなのがした。
はっと気づく。
なぎさは自分の部屋にいた。靴を履いて、急いで若野さんの家へ行った。マンションの3階。マンションの3階。マンションの―――。
自動ドアが開き、なぎさは中に駆け込んだ。
自動ドアの先には小さな機械があり、なぎさがその奥にある自動ドアを無理やり通ろうとすると、ブーッと小さな音を発した。
「部屋番号を入力して、入室しても良いか許可を取ってください。」。なぎさは若野家の部屋番号を入力し、急いで「大谷です!」と言って、入室許可をもらった。
3階までの階段を駆け上り、なぎさは若野さんの部屋のインターホンを押して、「大谷なぎさだよ!若野さん!」と言った。若野さんが出てきて、「あ、同じクラスの野中さん。」と言った。なぎさは急いで事情を説明した。すると、「私、8月のミコをしたことあるんだ。」と言われた。なぎさはびっくりした。でも、「お願い!アイデアワールドを救うためなの!2回目でもいいから...」と言うと、若野さんは優しく言った。「もちろんいいよ。」。なぎさは「ありがとう!」といって、立ち上がった。
「頑張ってね。アイデアワールドの住民たちを救って。」。若野さんに言われた。「もうすぐパンプキンドアーの時間切れが迫ってるわ。」と注意された。
「ありがとう!じゃあね...」
なぎさは、扉の奥に消えていった。
初めて見た、アミちゃんの笑顔。
「マック!」
なぎさはマックに近寄った。マックはうなずいた。
「倒すんだ、オオギシを。」
「オオギシ!?大岸さん?」
マックはコクリとうなずいた。
「ダイジョウブ、ココで死んでも、あっちでは生きている。ただ、元気をなくしてしまうだけ。君も、どれだけ自分のことをイジメてくる人でも、死なせたくはないだろう。」
どうしてそれを...そう聞きたかったけれど、そんな時間はなかった。マックと私は短剣を持って、外へ出た。
「待ってたよ、野中。」
大岸さんは、ニヤリと笑った。手には長いヤリを持っていた。
「あんたを殺して、このアイデアワールドを完全に支配するんだから!」
大岸さんの高笑いが辺りに響き、なぎさは思わず目をつむる。
でも、でも.................................!
なぎさは言い返した。
「私はもう、ミコの権利なんか持ってないわよ!」
大岸さんは目を見開いた。
「あんた、なんで!?でもどうでもいい、私の目的は、ミコになることでもある!でも何よりも私の目的はあんたの生きる力を吸い取ることなんだから!」
大岸さんは、ヤリを振り回して私に襲いかかってきた。銀色に光る矢じりがなぎさの額に近づき、なぎさは目をつむった。もう無理...!!!
ドスッ。
音がした。目を開けると、マックが短剣を大岸さんの背中に突き立てていた。
「もうダイジョウブ!」
汗だくになったマックが言った。
「あ、トリックオアトリートの扉が出現してる。」
見ると、輝く扉があった。
「もう.................お別れだね。」
そうか。なぎさは気づいた。
「最後に聞いていい?」
「いいよ。」
マックは身構えた。なぎさは聞いた。
「どうして、大岸さんは私に恨みがあったの?」
マックは答えた。
「自分では気づいていないと思うけど、なぎは、可愛い。」
え.....。なぎさはびっくりした。
「俺、ひと目見たとき、『やべぇな』って思った。やっぱ、オオギシの嫉妬心、じゃね?」
なぎさは顔を上げて、マックの顔を見つめた。頼もしくて、かっこよくて、なんだか―――。
「また会おう。」
「じゃあね。」
なぎさは扉の中に入った。なぜか、ちょっぴり悲しかった。
日曜日が終わって、月曜日になった。
なぎさはハロウィンのかぼちゃに囲まれて歩いていた。いつものハロウィンと同じ光景。だけど、なにか違う気がする.....
「おうい。」
聞き慣れた声が聞こえて、なぎさは振り向いた。
「あ、マック!」
マックの制服姿バージョンが、いた。マックはA組の[漢字]如月海斗[/漢字][ふりがな]きさらぎかいと[/ふりがな]君だった。
「どうしてマックはアイデアワールドにいることができたの?てか、マックは如月君だったの!?」
なぎさはびっくりして聞いた。
「あのさ、あのワールドを作ったの、俺。俺はみんなの理想の世界を見てみたいって思いで作った。だけど、最初のミコがオオギシで、支配の権利を奪われたんだ。それからミコがワールドを支配する役になって...........。」
ああ、そうなのか。
なら、すべてがつながる。
「わかってる。」
なぎさはうなずいた。
「今年のハロウィンは、二人だけでアイデアワールドで過ごそ!」
なぎさ達は約束した。二人だけで。
「うん。」
如月君.......。本当にありがとう。これは、きっと感謝の気持ちだけじゃなくて、きっと、きっと.................。
私の心には、愛が芽生えているんだ。
アイデアワールドのおかげで、私の人生は変わった。そうなぎさは感じていた。
こんな夢を見る事がある。
目の前に突然、同い年の子が現れる。びっくりして、その子に、「だあれ?」と聞くと、彼は、「....」と黙っていて、私をどこかに連れて行ってしまう。
最初は怖くて、泣いてしまう。だけど、その子は優しく頭を撫でてくれる。そして、守ってくれる。
そんな子が、現れてほしい。
そんな奇跡が起きてほしい。
そんな奇跡は、強く願えば起きるんだ。
目の前に突然、同い年の子が現れる。びっくりして、その子に、「だあれ?」と聞くと、彼は、「....」と黙っていて、私をどこかに連れて行ってしまう。
最初は怖くて、泣いてしまう。だけど、その子は優しく頭を撫でてくれる。そして、守ってくれる。
そんな子が、現れてほしい。
そんな奇跡が起きてほしい。
そんな奇跡が起きないことくらい、知っている。
10月1日。
カーテンの間から差し込む陽の光に思わず目をつむる。今日は学校が休みの日曜日。
なぎさはカーテンを閉めようとして、ベッドから立ち上がる。痛....
一昨日、体育のサッカーで怪我をしたところ。男子がドリブルをしながらなぎさに突っ込んでいき、そのままぶつかった。なぎさは太ももを打撲し、男子の方はこけて、ちょっとかすり傷ができただけだった。
男子は、アザもできているなぎさを見て、ちょっとバツの悪そうな顔をしたが、
「ドンマイ。」
と、自分が怪我をさせたにも関わらず、それだけ言って去っていった。保健室にも連れて行ってくれなくて、なぎさはしばらくそのまま砂だらけで運動場の中心に座っていた。みんななぎさのことに気づいていたが、見て見ぬふりをしていた。なかには踏んづけてくる子もいた。
イジメをされているわけでもない。でも、少し避けられている。陰口を言われている。距離を置かれている。親からも、友達からも、親戚からも。なにもかもから。なぎさには、本当の友達―理解してくれる人がそばにいればいいのに、と願って、毎晩泣いていた。悲しかった。嫌だった。
だけど、だけど、親に怒られそうだからと言って、毎日学校に行っている私も悪いの?
この疑問に、答えてくれる人は、少なくともなぎさの周りには1人もいなかった。
いつもの日曜日と同じように、私はリモコンでいつものチャンネルの番号を押した。見慣れたアイドルと司会者が、今日の企画について説明し合ったり、笑い合ったりしていた。
アミちゃんが私の日曜日のルーティーンのこと知ったら、どんな顔するだろう。毎週同じことが繰り返し再生されてるみたいだから、びっくりするかな。
若野亜美。可愛くて、なんでもできちゃうクラスメート。
若野さんは何でもできちゃういい子だけれど、大岸さんは違う。
大岸萌子。私を一番無視、いじめるクラスメート。若野さんくらい勉強も運動もできてしまうけれど、性格が違う。可愛くて、さっぱりした感じ。それが第一印象だった大岸さんだけど、本当はそうじゃなかった。気が強すぎる、自分勝手な子だった。
部活は絶対に演劇部。しょっちゅう主役に選ばれるような大スターになるのが夢。そう語っていたことを覚えている。私も演劇部だけど、大岸さんはこう語っていた。
「野中なぎさってヤツ、マジで才能なしじゃね?あいつは演劇部入る価値、ないと思う。顧問の友センだって、『野中はなんで演劇部入ったんだろう』って言ってたもん!」
そうやって、取り巻きたちとケラケラ笑っていた。きっと、大友先生―なぎさの担任で、演劇部の顧問の先生が私についてそうやって言ったのは、たぶん嘘だけど、それをたまたま聞いてしまったことで、しばらくは本当に大友先生、そうやって言っていたのではないか、考えてしまっていた。
あまりいつもと同じことをするのは嫌だからと、なぎさは気分転換に昼寝をすることにした。昼ごはんのカップラーメンにお湯をかけて、ふたをした。そしてベッドに寝転がり、3分待とうとした。だが、しだいにウトウトしてきて、知らない間に寝てしまっていた。そのたった3分の間に、どんなことがおきていたのかなんて知らずに。
なんだか眩しくて、再び目がさめた。また日光か―と思ったけれど、カーテンはぴっちりしまっていて、陽の光が部屋に差し込んでくる隙間なんかなかった。
じゃあなに?テレビ?テレビも違う。テレビはこんなに眩しくない。じゃあなに?
振り向くと、大きな扉がベッドの横に建てられていた。なに、これ。
見つめているうちに、なんだか扉の中から声が聞こえてきたように思えた。なぎさ、きて。きて。きて。
あなたの理想の世界が、ここには広がっているよ。
私はドアノブを強く握った。扉を押す。きしむ音。ずいぶん古いようだ。
少しためらった。行っていいのだろうか。行ってはいけない世界だったら...
考える暇なんかなかった。たちまち扉の中から腕が伸びてきた。なぎさの両腕を掴み、背中を押された。強い力だった。
「どうして私を...?」
なぎさが聞いても、腕は答えなかった。
そのままどんどん光り輝く扉の中に押し込まれていく。
「やめ.....」
叫ぼうとした瞬間、なぎさは光の世界へ入っていった。
ピヨピヨピヨ。
眩しい....。カーテン閉めなくちゃ。
なぎさは立ち上がった。そして、また地面にしゃがみこんだ。
……
地面に。
そこは自分の部屋ではなかった。コスモスの花畑が広がっていた。
その瞬間、なぎさはすべてを思い出した。
扉のこと、腕のこと、光る世界のこと。
そして、扉の中から聞こえてきた、優しい言葉。
あなたの理想の世界が、ここには広がっているよ。
昔、なぎさは花が大好きだった。コスモスが大好きだった。小学生の時に描いた絵も、「秋桜」と言う題で作品を提出した。
でも、今はそうではない。好きじゃない....というか、好きにならないようにされたとでも言うのか。
大岸さんに、「コスモスの花言葉って、『調和、謙虚、乙女の純真』って意味らしいよ。 もう中学生にもなって、そんな子供っぽい花好きとか、ばかみたい。それとも大人っぽい花は好きになれないの?蘭とかさ。」
蘭なんて、好きになれるわけがない。可愛くない。確かに大人っぽくて洒落てるけど。でもコスモスが子供っぽいって言うのはおかしい気がする。そんなことはないと思う。花言葉だって。調和なんて花言葉、最高じゃない?
理想の世界。じゃあ、私の理想に反しているのは大岸さんたちのこと?じゃあ、理想に沿っているっていうのは、大岸さんみたいな人たちがゼロで、若野さんがいっぱいいる世界みたいな....?なぎさはニヤニヤしてしまった。そんな理想の世界にいられるとか最高―。
しばらくコスモス畑に寝転がって気持ちいい日向ぼっこをしていると、男の子がやってきた。
「お前、誰」
彼は無愛想な態度でこう聞いてきた。なんかムカつくし。
「私、光る扉からやってきたの。なんかこう、ピカピカ輝いてて、自分の部屋にいつのまにかあったの」
なぎさは頑張って説明をした。頑張ったけど、なんかぎこちない。
「へえ、お前じゃあ、異世界からやってきた、例のミコ...?」
少年は、目を見開いた。こうやって見ていると、なんだか彼はちょっと可愛い顔をしている気がする。なぎさは、まじまじと少年を観察した。
「なんだよ、ジロジロ見んな。」
少年は眉を吊り上げてなぎさを睨んだ。へぇ〜、怖〜っ。
「お前、やっぱミコっぽいな。」
なずなはその言葉が不思議でたまらなかった。
「ミコ?巫女のこと?私が?なんのこと?」
「お前うるせぇ。あのな、ミコは巫女じゃねえ。ミコなんだ。」
彼はきつく言い返してきた。
「ミコってのは、この『アイデアワールド』―つまり理想の世界の支配者だ。一ヶ月に一回、ミコはランダムに選ばれる。ミコの理想に沿って、俺たちの生活は左右されてるんだ。ミコだけど、男女は関係ねぇ。この前...9月は自分勝手な女ミコで、しょっちゅう山を噴火させやがったぜ」
「じゃあさ、そのミコが自分勝手だったら、住民の性格とかは変わるの?」
なぎさは聞いた。少年はこう答えた。
「変わる。9月はみんな荒れてた。でもな、この『アイデアワールド』のなかでただ一人、俺はミコが誰でも性格は変わらねぇ。」
「それはどうして?」
「....いずれ分かるよ」
なぎさは不思議に思った。
「あのさ、あんたは10月のミコなんだ。ミコは、この世界を支配できる。試しにさ、『ミネココがほしい!』って言ってみな。」
「ミネココって何?」
「お前の世界で言うチョコレートさ」
なぎさは、わかった、というと、「ミネココがほしい!」と叫んだ。
すると、なぎさの手の中に、ポンッとものが落ちてきた。
「わ、チョコ!」
それは、包み紙に「ミネココ」と書かれた茶色い物体だった。
「食べてみな」
なぎさはハグッとミネココをかじった。美味しい。チョコレートだ。
「あのさ、お前は例のトリックオアトリートの扉から来たのか?」
「とりっくおあとりーと?」
なぎさは聞き返した。
「うん。”トリックオアトリートの扉”。ミコは必ずそこから来るんだ。ちなみに、10月が終わるまで、お前の世界には戻れない。」
「え!?じゃ、やばいじゃん!一ヶ月も.........」
「でも!こっちで一ヶ月たっても、あっちでは一分だぜ。ダイジョウブだよ。」
なぎさはホッとした。でも、カップラーメンのびちゃうかも....。
「あのさぁ、お前がミコで良かったぜ。今、結構街が平和になってきてる。お前の理想って、いい理想なんだな。」
「お前」って呼ばれるのがなんだか嫌だったから、「野中なぎさです」と言った。
「なぎさぁ?長いから、なぎでいいよね。なぎ!」
ニヤッと少年は笑った。嫌な笑み〜っ。気分悪い!
「あな...あんたは?」
「あなた」と呼ぶのがなんだか嫌で、言ってやった。「あんた」。
「俺?俺はか...............いや、『マック』とでも呼べよ。」
「マック!?マクドナルドのこと?ププッ、ダサ〜〜〜〜〜〜〜〜。」
なぎさが笑うと、マックは真っ赤になって言った。
「るせ〜!」
ああ、こうやって笑ったの、いつぶりだろう。
楽しいな。嬉しいな...
この平和が、ずっと続いてほしいな。
でも、この平和はすぐに壊されてしまった。
1週間後。
「大変だ!大変だ!」
マックの叫び声で、なぎさは飛び起きた。
「なに?マック?あんたうるさいよ。」
「なぎ!まずいぜ、9月のミコが、『なんで二ヶ月連続ミコにさせてくれないのよ!』って怒って、あんたの部屋のトリックオアトリートの扉を抜けて入ってきたらしいぜ!」
マックは大騒ぎだった。
「え!?一ヶ月って決まりがあることを知ってて、それ?ひど!ないわ!」
なぎさは大声を出した。
「戦おう!」
マックは宣言した。でも、なぎさは否定した。
「だめだよ。」
マックは首を傾げた。
「なんでなんだ!このままじゃなぎが殺されて、ミコの権利を奪われちゃう」
マックは言い返した。
「私が今戦ったら、『9月の元ミコを倒す』というのが私の理想になってしまう。そうなったら、住民が荒れてしまうわ。私には、ミコの権利を安全な人に渡して、それから戦うことしか道はないの。」
なぎさはゆっくりと言った。マックは、「そうだな。」と納得した。
「じゃあさ、一回村長に言って、『パンプキンドアー』を使わせてくれって、頼んでくる!」
パンプキンなんとか??なぎさは「それってなに?」と聞こうとしたけど、マックは行ってしまった。しばらくすると、戻ってきた。
マックは嬉しそうに言ったけど、なぎさには理解できなかった。
「なに?パンプキンドアーって。」
なぎさが聞くと、マックは「一回だけ、ミコがトリックオアトリートの扉を通らなくても、一時間だけあっちの世界に戻れるドア。」といった。
「ささ、早く入って!ミコにぴったりな人を探してきて!」
「待って!どうやってミコの権利を渡せばいいの?」
なぎさは大声で聞いた。マックは、「手を繋いで、『君は10月のミコだ。』というんだ!」
わかった!と返事をしたあと、なぎさはドアの中に入った。
ぬるま湯が身体にまとわりつく感触―――みたいなのがした。
はっと気づく。
なぎさは自分の部屋にいた。靴を履いて、急いで若野さんの家へ行った。マンションの3階。マンションの3階。マンションの―――。
自動ドアが開き、なぎさは中に駆け込んだ。
自動ドアの先には小さな機械があり、なぎさがその奥にある自動ドアを無理やり通ろうとすると、ブーッと小さな音を発した。
「部屋番号を入力して、入室しても良いか許可を取ってください。」。なぎさは若野家の部屋番号を入力し、急いで「大谷です!」と言って、入室許可をもらった。
3階までの階段を駆け上り、なぎさは若野さんの部屋のインターホンを押して、「大谷なぎさだよ!若野さん!」と言った。若野さんが出てきて、「あ、同じクラスの野中さん。」と言った。なぎさは急いで事情を説明した。すると、「私、8月のミコをしたことあるんだ。」と言われた。なぎさはびっくりした。でも、「お願い!アイデアワールドを救うためなの!2回目でもいいから...」と言うと、若野さんは優しく言った。「もちろんいいよ。」。なぎさは「ありがとう!」といって、立ち上がった。
「頑張ってね。アイデアワールドの住民たちを救って。」。若野さんに言われた。「もうすぐパンプキンドアーの時間切れが迫ってるわ。」と注意された。
「ありがとう!じゃあね...」
なぎさは、扉の奥に消えていった。
初めて見た、アミちゃんの笑顔。
「マック!」
なぎさはマックに近寄った。マックはうなずいた。
「倒すんだ、オオギシを。」
「オオギシ!?大岸さん?」
マックはコクリとうなずいた。
「ダイジョウブ、ココで死んでも、あっちでは生きている。ただ、元気をなくしてしまうだけ。君も、どれだけ自分のことをイジメてくる人でも、死なせたくはないだろう。」
どうしてそれを...そう聞きたかったけれど、そんな時間はなかった。マックと私は短剣を持って、外へ出た。
「待ってたよ、野中。」
大岸さんは、ニヤリと笑った。手には長いヤリを持っていた。
「あんたを殺して、このアイデアワールドを完全に支配するんだから!」
大岸さんの高笑いが辺りに響き、なぎさは思わず目をつむる。
でも、でも.................................!
なぎさは言い返した。
「私はもう、ミコの権利なんか持ってないわよ!」
大岸さんは目を見開いた。
「あんた、なんで!?でもどうでもいい、私の目的は、ミコになることでもある!でも何よりも私の目的はあんたの生きる力を吸い取ることなんだから!」
大岸さんは、ヤリを振り回して私に襲いかかってきた。銀色に光る矢じりがなぎさの額に近づき、なぎさは目をつむった。もう無理...!!!
ドスッ。
音がした。目を開けると、マックが短剣を大岸さんの背中に突き立てていた。
「もうダイジョウブ!」
汗だくになったマックが言った。
「あ、トリックオアトリートの扉が出現してる。」
見ると、輝く扉があった。
「もう.................お別れだね。」
そうか。なぎさは気づいた。
「最後に聞いていい?」
「いいよ。」
マックは身構えた。なぎさは聞いた。
「どうして、大岸さんは私に恨みがあったの?」
マックは答えた。
「自分では気づいていないと思うけど、なぎは、可愛い。」
え.....。なぎさはびっくりした。
「俺、ひと目見たとき、『やべぇな』って思った。やっぱ、オオギシの嫉妬心、じゃね?」
なぎさは顔を上げて、マックの顔を見つめた。頼もしくて、かっこよくて、なんだか―――。
「また会おう。」
「じゃあね。」
なぎさは扉の中に入った。なぜか、ちょっぴり悲しかった。
日曜日が終わって、月曜日になった。
なぎさはハロウィンのかぼちゃに囲まれて歩いていた。いつものハロウィンと同じ光景。だけど、なにか違う気がする.....
「おうい。」
聞き慣れた声が聞こえて、なぎさは振り向いた。
「あ、マック!」
マックの制服姿バージョンが、いた。マックはA組の[漢字]如月海斗[/漢字][ふりがな]きさらぎかいと[/ふりがな]君だった。
「どうしてマックはアイデアワールドにいることができたの?てか、マックは如月君だったの!?」
なぎさはびっくりして聞いた。
「あのさ、あのワールドを作ったの、俺。俺はみんなの理想の世界を見てみたいって思いで作った。だけど、最初のミコがオオギシで、支配の権利を奪われたんだ。それからミコがワールドを支配する役になって...........。」
ああ、そうなのか。
なら、すべてがつながる。
「わかってる。」
なぎさはうなずいた。
「今年のハロウィンは、二人だけでアイデアワールドで過ごそ!」
なぎさ達は約束した。二人だけで。
「うん。」
如月君.......。本当にありがとう。これは、きっと感謝の気持ちだけじゃなくて、きっと、きっと.................。
私の心には、愛が芽生えているんだ。
アイデアワールドのおかげで、私の人生は変わった。そうなぎさは感じていた。
こんな夢を見る事がある。
目の前に突然、同い年の子が現れる。びっくりして、その子に、「だあれ?」と聞くと、彼は、「....」と黙っていて、私をどこかに連れて行ってしまう。
最初は怖くて、泣いてしまう。だけど、その子は優しく頭を撫でてくれる。そして、守ってくれる。
そんな子が、現れてほしい。
そんな奇跡が起きてほしい。
そんな奇跡は、強く願えば起きるんだ。
クリップボードにコピーしました