閲覧前に必ずご確認ください

病気や血の表現ありです

文字サイズ変更

月の双子

#1

日常

「兄さん、おはよう」
返事は返ってこない。月の光に照らされて、兄の透き通るような白肌と整った顔立ちが不気味なほどに美しく見える。病に侵された彼は…もう以前のように控えめな微笑みすら見せない。何を見ているのかすらわからないぼんやりとした瞳を覗き込んでも、目は合わない。夜の2時。いつもどおり「朝食」の準備をする。2人で暮らすには広すぎる洋館の窓の外には闇が広がり、月だけがそれを照らしていた。全くと言っていいほど星は見えない。フクロウの鳴き声だけが小さく響いている。これが、僕らの「日常」だ。
「兄さん、スープだけでも飲む?体、起こそうか」
兄からの反応はない。何も。僕の声は聞こえているのに、彼の心には何も届いていないのだ。いつからこれが日常になったのか…いつまで続くのか。わからない。忘れてしまった。そんなもの、とうの昔に。細くて軽い兄の体を支えてベッドに座らせ、ベッドサイドの机に湯気のたったスープの皿を置く。
「食べれそう?」
兄は黙って皿をテーブルの奥へと押しやって顔を背ける。またか。でも、食べないと病は悪くなるばかりだ。一口でも、いいから。
「兄さん、一口、食べれない?」
兄は窓の外を向いたまま。顔は見えないけど、見たところでいつも浮かんでいるのはどこか遠くを見つめるような、そんな表情だ。
「…お茶だけ、飲もう?兄さんの好きな紅茶、淹れたから」
セイロンティーをカップに注いで、ほんの少しの砂糖を入れる。兄が昔入れていた、ティースプーンの4分の1の量。ふわんと香りが広がって、兄がカップを手に取った。3口ほど飲んで満足したらしく、またベッドへと体を沈める。
「飲みたくなったら教えて。まだ温かいから」
返事が返ってくるとは思っていない。食器を片付けていると、カチャカチャと小気味良い音が響いた。スープ、捨てなくちゃ。片付けを終え、ベッドサイドの椅子に座って本を読んでいると、やがて兄が激しく咳き込み始めた。
「ゲホッゲホッ、ゲホッゴホッ…」
「兄さん、大丈夫?」
咳をするたびに震える体を支えてやると、口元を押さえる手に血がべっとりとついているのがわかった。喀血。ガーゼをそろそろ買い足さなくては。辺りに血の匂いが広がる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
「落ち着いた?疲れたね。血、拭くよ」
咳込んだせいで兄はほとんど体力を使い果たして息を切らしていた。血のついた手と口元をガーゼで拭ってやって、兄の体をゆっくりとベッドに横たえる。薄い胸が頼りなく上下しているのがわかった。
「っ…」
「兄さん?」
何を言おうとしたのか、小さく口を開いて、…そのまま閉じる。でも、兄は今、確かに何か言おうとしていた。今の一瞬だけ、彼の目が僕を捉えていた。…怖がらなくて、いいのに。ここには僕と兄しかいない。僕らを「呪いの子」だと忌み嫌う人間なんて、いないのに。僕と同じ銀髪を撫でて、部屋を出る。買い物に行こう。フードを被れば、何も怖くないんだから。

2025/08/09 12:11

あんの
ID:≫ 4pk5tQeJ8GMjE
コメント

この小説につけられたタグ

通報フォーム

お名前
(任意)
Mailアドレス
(任意)

※入力した場合は確認メールが自動返信されます
違反の種類 ※必須 ※ご自分の小説の削除依頼はできません。
違反内容、削除を依頼したい理由など※必須

盗作されたと思われる作品のタイトル

どういった部分が元作品と類似しているかを具体的に記入して下さい。

※できるだけ具体的に記入してください。

《記入例》
・3ページ目の『~~』という箇所に、禁止されているグロ描写が含まれていました
・「〇〇」という作品の盗作と思われます。登場人物の名前を変えているだけで●●というストーリーや××という設定が同じ
…等

備考欄
※伝言などありましたらこちらへ記入
メールフォーム規約」に同意して送信しますか?※必須
タイトル
URL

この小説の著作権はあんのさんに帰属します

TOP