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夜明け前

いつもより早く目が覚めた。

時計は午前4時。こういうのを夜明け前、って言うのかな。ぼーっとした頭でそんなことを考える。

朝のまだぼんやりしている時が一番楽。ちょっとだるいけど、余計なこと考えずに済むから。


窓を開けると、柔らかい風がわたしの体をくすぐる。髪がなびく。目を細めた。
外はまだ暗い。


水を一口飲むと、段々と目が覚めてくる。段々と憂鬱な気分になる。

朝起きても、夜寝るときも、変わらない憂鬱。
なにかあるわけではない。勉強も部活もそこそこ頑張ってるし、友達とも家族とも、そこそこ上手くやっている方だと思う。
ただなんとなく、漠然とした不安がいつも体につきまとってるだけ。

なんとなく居心地が悪いクラスも、なんとなく好きじゃないクラスメイトも。なにもかもがわたしを毎日すり減らしていく。
いい家庭に生まれて、いい人達に恵まれて、不自由なく生活できているのに。わたし、わがままだ。

ため息が漏れる。朝からこんな気分が落ち込むことはあんまりないから、今日はだめな日かなあなんて、思う。

外はまだ暗い。





課題は終わらせてあるし、特にすることもない。気分転換に、まだ暗い街を散歩することにした。

わたしはもうそろそろ受験を意識しなければいけない年で、今まで以上に勉強に力を入れなきゃいけない。本当は、やろうと思えば参考書の問題を解いたり、問題集を進めたりすることもできた。
でも今は余計に気分が沈みそうなのでやめた。

まだ薄暗い街には、誰もいない。早朝の空気を独り占めしてるみたいで、大きく息を吸ってみたりした。

小学生の頃から、勉強はできる方だった、と思う。
特別できるわけでもないけど、いつも平均より上の点数をとれるぐらいには頑張ってた。今もそう。周りの期待に応えたかったとか、ただ単純に自分が勉強が好きだからとか、色々あるけど、勉強は頑張ってる。

その甲斐があってか、志望校で合格圏をとることができた。塾の先生にもこのまま行けば第一志望も受かる、と言われたし、満足行く出来だと思う。


……なのに。

昔から褒められることが好きだった。周囲の大人から認められたくて、必死に真面目にやってきて。その成果が出て、つまずくことなく、認めてもらえるような成績も維持できるようになった。

それなのに、なにかが足りない。
なにか、欠けてる。


わたしよりも勉強のできないクラスの子のほうが、楽しそうに笑っているような気がして。

わたしの求めてたものって、なんだろう。

わかんないや。

外はまだ暗い。





真っ黒な野良猫が歩いているのが見えた。こんな朝早くに猫に出会うもんなんだ、とか思いながら、なんとなく追いかけてみる。

小走りでついて行くと、ふと猫がぴたりと止まった。わたしの方をまんまるな瞳で見つめてくる。

しゃがみ込む。綺麗だね、と意図せず声が漏れた。猫に言葉なんか通じるわけないのに、わたしの言葉に反応したかのように猫が綺麗な声で鳴くから、通じたのかなって少し嬉しくなってしまう。

誰かと話すことは、嫌いじゃないけど得意じゃない。
わたしが誰かの言葉を極端に気にしすぎて、勝手に傷ついちゃうから。
軽い軽口だって分かってるのに、夜寝るとき、抜けないトゲのようにその言葉がちくちくと痛みを主張するから。

そんな自分が、世界で一番だいきらいだ。

猫も傷つくことってあるのかな。生き物だから、あるか。

気づけば家から離れたところまで来てしまっていたので、猫にばいばいして、来た道を辿る。

外はまだ暗い。





幼い頃、よく来ていた公園に辿り着いた。周りに誰もいないことを確認してから、ブランコに座る。

……懐かしいな。友達や家族とよく来ていたその公園は、久しぶりに見るとずいぶんと小さく見えた。

あの時描いていた、無垢な夢を思い出す。

小説を書くことが好きだった。確か、初めて書いたのは小学1年生。暇さえあれば物語を綴っていたので、作文が表彰されることもよくあって。だから、自分は将来小説家になるのだと信じて疑っていなかった。

今では、自己紹介の将来の夢の欄に「小説家」なんて、絶対に書けないや。


あの時の自分も、今の自分も、変わらないブランコの上に座っている。
ブランコは変わらない。少しくすんだえんじ色も、さびの入った柱も、なにもかも。
でも、わたしは変わっている。……変わっていくしか、ない。

あの日描いていた未来の自分に、なれなくてごめんね。

隣の誰もいないブランコに、幼い自分の姿が見えた気がした。小さな脚で一生懸命ブランコを漕いで、きらきらした瞳で笑顔を浮かべる自分が。
ごめんね、あなたが期待してた自分には、なれないみたい。

……外はまだ、暗い。





気分転換に、と出かけた散歩だったけど、結局更に憂鬱になって終わった。いつもこんなんだよなあなんて思いつつ、部屋のベランダから外を眺める。


すると、ふと、ポケットの中の携帯が震えた。

大好きな友達の名前を見て、びっくりしながら電話に出る。


『もしもし。こんな早い時間からなにしてんの?』
「早く目が覚めちゃったから散歩してた」
『おばあちゃんじゃん。絶対電話出ないと思ってた』
「ええ……ていうか、そっちこそこんな早くからなんの用?」
『いや、特に用はないけど』
「なら尚更なんで電話したの……?」

思わず、呆れながら本音が口からこぼれる。

『んー……強いて言えば、声が聞きたかったってことかな?』
「んもう……なにそれ、彼氏みたいじゃん」
笑いながらそんなことを言うけど、内心嬉しかった。

「……外、まだ暗いね」
『そうだね。もうそろそろ明るくなってもいい時間帯だと思うけど』
「学校めんどくさいなあ」
『毎日言ってるなあそれ』


『……私も今日、早く起きちゃったんだけどさ。鬱すぎて電話かけちゃった』
「あ、わたしも。早く起きることってあんまりないから知らなかったけど、夜寝る前と同じぐらい憂鬱なんだなって」
『分かる。トイレとお風呂と朝と夜が一番鬱』
「それかなりじゃん」

そんな、最高にどうでもよくて、最高に他愛のない話。

……君とそんな話をしている時間が、一番愛おしい。


『でも、なんとかやってくしかないよ』
「……そうだね」
『うん。私もすぐ落ち込んじゃうしさ、毎日だめだめだし、もーくそ〜〜!!って思うことだらけだけど』

風に体を預けて、携帯越しに聞こえる声に耳を傾けて。

『……でも、いつか心から笑える日がくるって信じて、今日も生きるしかないよね』

「……うん」


日が少し、体を覗かせた。

……外が、明るくなる。


「……わたしね、なにかあるわけじゃないんだよ。それなりに全部上手くやってるはずなのに、なんか、毎日不安なの」
『うん』
「でも、きっと……夜明けが来ると信じて」
『……うん。いつか、夜は明けるしね』

不安も憂鬱も苦しさも、全部抱えたまま、わたし達は夜明けを待つ。
自分から朝焼けを見ようと走り出すことはできない。でも、ただ、信じて待つ。
なにも変われないままでも、なにもわからなくても、傷ついたままでも。夜明けを信じることができたら、そこには大きな意味が宿ると思うから。

まだ夜明け前で息をするわたし達が、どうか優しい朝を迎えられますように。
朝を迎えられたら、そのときはどうかあたたかい光がさしていますように。


……その時まで、どうか。

夜明け前。わたしは、君の隣で息をしたい。
君と息をしたい。


「……ねえ、今から会えない?」
『え、今から?今日学校あるのに?』
「今じゃないとだめなの」

んもう、と、今度は君が困ったように笑った。わたしも微笑む。



――夜明け前。君と、息をする。

作者メッセージ

2作目。みはなだです。
綺麗な文章が書けるようになりたいので、言葉選びをいつも丁寧にやってます。今回は特に頑張りました。
最初、「窓から風が入り込んできた」にしていたんですけど、それじゃつまんないなって思って「柔らかい風がわたしの体をくすぐる」にしてみました。
こういうちょっとした言葉選びで文章の印象ってかなり変わってくると思うから、そこが難しくて、そこが面白くて好き。

もしあなたも夜明け前の世界にいるなら、どうかこの小説があなたが朝を迎える手助けになるといいな。
一緒に息ができるような小説であったらいいな。
たくさんの願いを込めました。

詳しい裏話等は活動報告でするのでこのぐらいにしておく!
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。よければコメントもお願いします。

2024/07/18 22:15

みはなだ
ID:≫ 6poo9CdRzTceg
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