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ステージの下で呼吸する

#8

紙に吐き出す夜

病室の白は、昼も夜も変わらなかった。
澪はベッドの上で、ノートとペンを手にして座っている。
文字を書くのは久しぶりだった。
書くことで、頭の中に巣食うざわざわした思考を整理したかった。
最初の数行はぎこちなかった。
「今日、息ができなかった」
「ステージに立つのが怖かった」
書くたび、胸の奥の重さが少しだけ動くのがわかった。
息が少しだけ通るような気がした。
だが、書き進めるほどに、記憶が勝手に呼び覚まされる。
昔のレッスンで怒られたこと。
失敗したくないと必死になった夜。
誰も見ていないのに泣いた自分。
すべてが、一気に蘇る。
――私は、いつから怖くなったのだろう。
ページに文字を落とすごとに、澪の中の恐怖が形を変える。
声を失ったあの生放送の瞬間。
止まってしまったステージの光。
それらは現実なのか、幻なのか、わからなくなる。
ペン先が止まる。
目の前の紙は、もう真っ白ではなくなった。
文字で埋め尽くされ、まるで澪自身の思考が紙に押し出されたようだった。
「怖い……」
つぶやく。声にならない声。
でも書くことで、少しだけ、
その“怖さ”を外に出せた気がした。
カーテン越しに、隣の叶音がページをめくる音が聞こえる。
「私も書いてる。頭の中に溜めておくと壊れそうだから」
淡々とした声だが、どこか共感を含んでいた。
澪はゆっくりうなずいた。
言葉にはできないけど、確かに理解できる。
同じ箱の中で、二人の心は微かに共鳴した。
夜が深くなると、病室の静けさは逆に恐怖を増幅する。
時計の針の音。換気口から聞こえる微かな風。
自分の呼吸だけが、やけに大きく響く。
だが、紙に文字を落とす行為だけは、少しだけ心を落ち着ける。
息を吐き出すように、過去の失敗も、不安も、文字に変わっていく。
澪はページを見つめ、静かに思った。
――逃げ場はない。けど、少しずつ出口も見えてくるかもしれない。
ペンを握り直す。
文字を書くことは、まだ小さな闘いだ。
でも、その闘いが、澪を少しだけ生き延びさせてくれる気がした。
病室の白い光の中で、恐怖と共に、澪は文字を書き続けた。
頭の中の嵐を紙の上に置くことで、初めて呼吸が、少しだけ楽になったのだった。

2026/01/19 18:04


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