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ステージの下で呼吸する

#6

切り離された世界

目を開けた瞬間、天城澪は「音がない」ことに気づいた。
正確には、音はあるのに、意味を持たなかった。
機械の規則的な電子音。
遠くで開閉するドアの音。
誰かの足音。
それらがすべて、現実感のないノイズとして耳に流れ込む。
身体が重い。
手を動かそうとしても、指先に命令が届かない。
まるで自分の身体が、誰か別の人のものになったみたいだった。
天井は白い。
どこまでも白くて、境目がわからない。
ここがどこなのか、澪にはわからなかった。
[明朝体]「……起きた?」[/明朝体]
声がした。
低く、抑えた声。黒瀬だとわかるまで、数秒かかった。
澪は返事をしようとしたが、喉から音が出なかった。
代わりに、息だけが漏れる。
それすら、自分のものじゃないみたいに頼りなかった。
[明朝体]「無理しなくていい」[/明朝体]
その言葉は優しかった。
だからこそ、澪の胸がざわついた。
優しくされる理由が、今の自分にはない気がしたからだ。
医師の説明は、断片的にしか覚えていない。
過労。強いストレス反応。
しばらくは安静。
仕事は、すべて止める。
「止める」という言葉が、頭の中で引っかかった。
――止まったら、私は何になる?
病室に一人になると、時間の感覚が歪んだ。
昼なのか夜なのかも、カーテン越しの光では判断できない。
スマホは預かられ、外界との接点が消えた。
何もしなくていい。
そう言われたはずなのに、何もしないことが怖かった。
ベッドに横たわったまま、澪は考える。
ステージに立たない自分。
歌わない自分。
誰にも見られていない自分。
それらは、存在していると言えるのだろうか。
ふと、隣のベッドから紙をめくる音がした。
「眠れない?」
澪はそちらを見る。
白いカーテンの向こうから、細い声がした。
「私も」
それだけの言葉なのに、なぜか安心した。
同じ箱に閉じ込められている人間が、他にもいると知ったからだ。
「……ここ、静かすぎてさ」
少女――真白叶音は、そう続けた。
「考え事、止まらなくならない?」
澪は、かすかにうなずいた。
言葉にすると、崩れてしまいそうだった。
夜になると、病室はさらに怖くなった。
照明が落とされ、影が増える。
カーテンの向こうで誰かが動く気配。
それだけで、心臓が跳ねる。
――ここから、戻れるんだろうか。
ステージの光が、遠い記憶みたいに思えた。
でも同時に、あそこに戻る想像をすると、
胸の奥がきつく締めつけられる。
澪は初めて思った。
戻りたいのか、戻りたくないのか、わからない、と。
その曖昧さが、
「もう元には戻れない」という事実より、ずっと怖かった。
白い天井を見つめながら、澪は小さく息を吸う。
まだ、生きている。
それだけが、はっきりしていた。

作者メッセージ

むっっっず…

2026/01/06 20:48


ID:≫ 2.3TjLljmmLjA
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