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『名を刻む扉と、白紙の世界』

#3

名前を持つ者

白い霧が完全に消え去ったあと、
物語界〈ストーリア〉には、久しぶりの静けさが戻っていた。

空を流れていた文字たちは、ゆっくりと本棚へ戻っていく。
まるで、嵐のあとにページを閉じるみたいに。

「……助かったの?」

結月がそう言うと、男の子は小さく息を吐いた。

「今回はね」

彼は結月のほうを見て、少しだけ照れたように笑う。

「改めて自己紹介しようか。
僕の名前は――トウマ」

「トウマ……」

口に出すと、不思議としっくりきた。

「僕は“しおり守(も)り”。
物語が迷子にならないように、
大事なページをつなぎとめる役目なんだ」

トウマは、金色のしおりを結月に差し出した。

「さっきは仮の力しか使えなかった。
でも今は――君が“書き手”として目覚めたから」

しおりが、結月の手の中で温かく光る。

その瞬間、視界の端に文字が浮かんだ。

《クエスト開始
 失われた第一章を修復せよ》

「……クエスト?」

「うん。
白紙に消された物語は、
“最初の一行”を失ってることが多い」

トウマは、遠くに見える崩れた本の塔を指さした。

「あそこにあるのは、
誰にも読まれなくなった物語」

塔の周りには、白い紙の破片が舞っている。
触れた本たちは、タイトルだけを残して中身が空っぽだった。

結月は、一冊を手に取った。

表紙に残っていた文字は、かすれている。

『――は、あの日、走り出した』

「……主語がない」

「そう。
でも君なら、書ける」

トウマが静かに言った。

「君が書いた一行は、
“正解”じゃなくていい。
物語が、前に進めばそれでいいんだ」

結月は深呼吸をして、目を閉じた。

胸の奥に、あの幼い自分の声がよみがえる。

――消されたくない。

目を開け、結月は言葉を紡いだ。

「彼女は、あの日、雨の中を走り出した。」

文字が、光った。

白かったページに、インクが広がる。
塔が、ゆっくりと元の形を取り戻していく。

そのとき。

遠くの空に、再び亀裂が走った。

トウマが歯を食いしばる。

「……白紙は、諦めてない」

結月は本を抱きしめた。

「大丈夫」

自分でも驚くほど、声は強かった。

「まだ、書ける。
私の物語も、誰かの物語も」

空の裂け目の向こうで、
白い世界が、こちらを見ている。

物語界は、次の選択を待っていた。

2026/02/10 20:26

まりりん
ID:≫ 10a8Rho2sBdDU
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