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『名を刻む扉と、白紙の世界』

#1

本の中の世界

落ちているはずなのに、風は冷たくなかった。
結月の体は、ふわりと羽みたいに軽くなって、気づけば――

「……ここ、どこ?」

足の下には石畳。
見上げると、夜空いっぱいに文字が流れていた。

ひらがな、カタカナ、漢字、知らない形の文字まで。
それらが星のように輝き、空をゆっくり回っている。

「空が……本だ」

「正解」

後ろから声がした。
振り返ると、さっきの男の子が立っている。

「ここは《物語界(ストーリア)》
すべての本の“続き”が集まる場所だよ」

「続き……?」

結月がつぶやくと、近くの地面から一冊の本が生えてきた。
木の芽みたいに、にょきっと。

男の子はそれを拾い上げ、ぱらりと開く。

「物語は、読み終わった瞬間に終わるんじゃない。
“もし、あのとき違う選択をしていたら”
その続きを、ここが全部引き受ける」

結月の胸が、ざわっとした。

「じゃあ……ここには、終わったはずの物語が?」

「うん。
それに――まだ書かれていない物語もね」

その瞬間。

ズズズ……。

遠くで、地面がひび割れる音がした。
空の文字が、いっせいに揺れる。

「なに、今の……?」

男の子の表情が変わった。
さっきまでの軽い笑顔が消えている。

「……まずいな」

「え?」

「“白紙(はくし)”が近づいてる」

結月の手首を、男の子がぎゅっとつかむ。

「白紙?」

「物語を、消す存在だよ。
名前も、感情も、選択も――全部、まっさらにする」

ひび割れた地面の奥から、白い霧が流れ出してきた。
触れた本は、文字が消えて、ただの真っ白な紙になる。

「逃げるよ、結月」

「どこへ⁉」

男の子は、耳にかけていた金色のしおりを外した。

「君の物語が始まる場所へ」

しおりが光り、空に投げられる。
そこに、一つの扉が現れた。

――その扉には。

結月の名前が、はっきりと書かれていた。

2026/02/10 20:24

まりりん
ID:≫ 10a8Rho2sBdDU
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