シアワセ
こんな事を初めに言うなんて、僕らしくないんだけどさ。
僕は記憶喪失だ。
最初にある記憶は病院のベットで惨めに横たわっていた時だ。
それに付属してる感情と思い出は起きようとしても体が痛いわ、包帯で上手く身動きを取れないわで大変なものだった。
そんな大変な思いをしていた時に、『彼女』が僕の見舞いに来た。
『彼女』については詳しくは言えないんだけど、最初の印象はとにかく笑顔で泣いていて気持ち悪かったって感じ。
よく覚えてはいないんだけど「よく生きていてくれたわ!! てっきり死んでしまったものだと......」と言っていたのだけは覚えている。
その言葉に対して僕はとりあえず「ごめん」と言っておいた。
『彼女』は「謝らなくていいわ。大好きなあなたがこうして生きているだけで私は嬉しいもの」とか返していたっけな。
その後、担当の医師に車の事故で入院した事、記憶喪失である事を告げられた。
そう聞いた瞬間、ひどく驚いた。わけでも、悲しんだわけでもない。
ただ「まあ、そうだよな」という感情しか湧いてこなかった。
だって普通に考えて包帯が巻かれている上に病院のベットに寝てるという事は、事故か適当に自殺しようとしたんだけど失敗したかのどっちかだ。
記憶喪失なのも分かっていた。
入院する前の記憶がないからだ。
医師から言われた事はこの推測が事実かどうかの答え合わせ程度でしかなかった。
それくらい心が虚無に満たされていた。
でも、『彼女』がそんな僕の心を段々満たしてくれた。
『彼女』は健気に毎日見舞いに来てくれた。
リハビリで僕が不在でも僕が戻って来るまで待っていてくれた。
いつも何かしらのお菓子を面会する時に僕に上げてくれた。
そんな小さな事の積み上げが、誰が誰なのか分からず、そもそも見知った人なのかすら分からなかった僕にとってはあまりにも嬉しい事だった。
自分の見知った人が自分の事を覚えていない。
そんな悲しい状況でも毎日その人に会ってくれる。
これほど嬉しいものはないんじゃないかな。
面会で『彼女』とはよく話したが、『彼女』が僕との思い出を話す時は生き生きしていて、そして懷かしむような悲しい目をして話していた。
その目を見るたびに『彼女』が満たしてくれたこの心が抉られていた。
「ああ、僕はどうして『彼女』との記憶を忘れてしまったんだろう」
よくそう思って、でも『彼女』に見られたくなくて、だから『彼女』が帰ったあとによく泣いていた。
そうして僕は無事に退院したあと、『彼女』からの提案で『彼女』の実家で暮らしている。
『彼女』の実家は意外な事にお金持ちらしく、僕は___これに関しては本当に___驚いたが、『彼女』は「前は知ってたのに......こうゆうところで、前のあなたと違うって分かっちゃうのは......少し悲しいわね......」と漏らした言葉に僕はそれに返す言葉が出なかった。
それでも『彼女』のおかげで、一度はからっぽになって、虚無に満たされていた僕は今こうやって幸せに満たされて、生きている。
出来るだけ『彼女』に前の僕と違う事を意識させて悲しませないように『彼女』の知り合いに僕がどうゆう人間か聞いてそれを真似するようにしたりとか。
『彼女』の心にも幸せが満ちるように、プレゼントをよくあげたり旅行にも行った。
そのお返しのように『彼女』からはよく料理を作って貰ったり、先日はアロマをプレゼントしてくれたりしたんだ。
でも最近、徐々に『彼女』を想う心が無くなっているように感じる。
この前ふと、よく行く美容室で髪を切ってもらう時に出会った女性の美容師さんに『彼女』を想うのと同じ感情が芽生えた。
なんで芽生えたのかはよくわからない。
ただ分かるのは、『彼女』とは決定的に違う”どこか”に惹かれた。
ただそれだけだった。
『彼女』が仄かな光しか差し込まない深海とするならば、あの美容師は太陽の光を貪欲に絡め取った鮮やかな青色で輝いている海だ。
......『彼女』には申し訳ないが、『彼女』はなんだがどこかおかしい気がする。
『彼女』は優しいし、いつも僕の幸せを願ってくれるけど、どこか変だ。
何がおかしいのかはよくわからないが、どこかおかしいと思うたびに『彼女』を想う心が無くなっていく。
『彼女』は僕の事を想ってくれてるのに。
一旦、『彼女』にこの事について話してしまおう。
何がおかしいのかを『彼女』と話すことで分かるのかもしれないし、なにより『彼女』と不仲になりたくない。
善は急げと言うし、早速『彼女』と話してこよう。
豪華絢爛という四字熟語を体現したような大きな部屋にある椅子に、『彼女』は、いや”私”は静かに、しかし苛立っていた。
「どうして......なんでまたっ!!」
思わず手が動き、机にあった物全てを床へかなぐり落とす。
その中には多少壊れてしまったり、ヒビが入ってしまった物があるが、それどころではない。
「......なんでよ!! なんでなんでなんでなんでなんで!! なんで『君を想えなくなってしまった』なのよっ!! なんで『君をおかしいと思ってしまう』なのよっ!! ふざけんじゃないわよ!!」
「あの時」と同じであろうこの怒りをどこかに投げ捨てたい。
だが投げ捨てたとしても収まりきらないこの怒りは止まる事を知らない。
「わざわざ......わざわざブレーキが効かないように細工したっていうのにっ!! 途中までは私の思い通りだったのに......!!
大体彼がいけないのよっ!! 『君はおかしい』なんて、さも当然って如く言いやがって......挙句の果てに『もう付き合ってられない。君と別れたい』だなんて......」
「あの時」言った彼の言葉を繰り返したと同時に怒りが最高潮に達する。
「そんなの許すはずがないじゃないっっっ!! だからこうしてわざわざリセットして、私を好きになるようにやったのに......」
料理には必ず惚れ薬と似た効果がある薬を入れて、アロマにはオーダーメイドで興奮状態になるような香りにしたりしたのに......。
そうして過去の努力を振り返りながら、怒りが悲しみへと変換されていく。
「全部、無駄だった、っていうの......」
「あの時」と同じ結果になった事に対する哀しみと虚無に包まれ、思わず涙を流した。
「もうっ、いいわ......またっ、リセット、してやるっ......そうすればっ、あなたは、今度こそ、私と一生一緒にいてくれるのよねっ......」
そう言って、涙を拭う。
「そうとなったら、また執事に頼んで細工してもらいましょ!! リセット出来なければ、同じようにやればいい事だし!!」
彼が私と一緒にいてくれる事を想像して、思わず笑顔が溢れながらこう言う。
「次で終わればいいけど、もし次も『君はおかしい』って言われたらどうしましょ。まあ、その時はその時にして」
「何回リセットすれば彼は私と一生いてくれるようになるのかしらね!!」
僕は記憶喪失だ。
最初にある記憶は病院のベットで惨めに横たわっていた時だ。
それに付属してる感情と思い出は起きようとしても体が痛いわ、包帯で上手く身動きを取れないわで大変なものだった。
そんな大変な思いをしていた時に、『彼女』が僕の見舞いに来た。
『彼女』については詳しくは言えないんだけど、最初の印象はとにかく笑顔で泣いていて気持ち悪かったって感じ。
よく覚えてはいないんだけど「よく生きていてくれたわ!! てっきり死んでしまったものだと......」と言っていたのだけは覚えている。
その言葉に対して僕はとりあえず「ごめん」と言っておいた。
『彼女』は「謝らなくていいわ。大好きなあなたがこうして生きているだけで私は嬉しいもの」とか返していたっけな。
その後、担当の医師に車の事故で入院した事、記憶喪失である事を告げられた。
そう聞いた瞬間、ひどく驚いた。わけでも、悲しんだわけでもない。
ただ「まあ、そうだよな」という感情しか湧いてこなかった。
だって普通に考えて包帯が巻かれている上に病院のベットに寝てるという事は、事故か適当に自殺しようとしたんだけど失敗したかのどっちかだ。
記憶喪失なのも分かっていた。
入院する前の記憶がないからだ。
医師から言われた事はこの推測が事実かどうかの答え合わせ程度でしかなかった。
それくらい心が虚無に満たされていた。
でも、『彼女』がそんな僕の心を段々満たしてくれた。
『彼女』は健気に毎日見舞いに来てくれた。
リハビリで僕が不在でも僕が戻って来るまで待っていてくれた。
いつも何かしらのお菓子を面会する時に僕に上げてくれた。
そんな小さな事の積み上げが、誰が誰なのか分からず、そもそも見知った人なのかすら分からなかった僕にとってはあまりにも嬉しい事だった。
自分の見知った人が自分の事を覚えていない。
そんな悲しい状況でも毎日その人に会ってくれる。
これほど嬉しいものはないんじゃないかな。
面会で『彼女』とはよく話したが、『彼女』が僕との思い出を話す時は生き生きしていて、そして懷かしむような悲しい目をして話していた。
その目を見るたびに『彼女』が満たしてくれたこの心が抉られていた。
「ああ、僕はどうして『彼女』との記憶を忘れてしまったんだろう」
よくそう思って、でも『彼女』に見られたくなくて、だから『彼女』が帰ったあとによく泣いていた。
そうして僕は無事に退院したあと、『彼女』からの提案で『彼女』の実家で暮らしている。
『彼女』の実家は意外な事にお金持ちらしく、僕は___これに関しては本当に___驚いたが、『彼女』は「前は知ってたのに......こうゆうところで、前のあなたと違うって分かっちゃうのは......少し悲しいわね......」と漏らした言葉に僕はそれに返す言葉が出なかった。
それでも『彼女』のおかげで、一度はからっぽになって、虚無に満たされていた僕は今こうやって幸せに満たされて、生きている。
出来るだけ『彼女』に前の僕と違う事を意識させて悲しませないように『彼女』の知り合いに僕がどうゆう人間か聞いてそれを真似するようにしたりとか。
『彼女』の心にも幸せが満ちるように、プレゼントをよくあげたり旅行にも行った。
そのお返しのように『彼女』からはよく料理を作って貰ったり、先日はアロマをプレゼントしてくれたりしたんだ。
でも最近、徐々に『彼女』を想う心が無くなっているように感じる。
この前ふと、よく行く美容室で髪を切ってもらう時に出会った女性の美容師さんに『彼女』を想うのと同じ感情が芽生えた。
なんで芽生えたのかはよくわからない。
ただ分かるのは、『彼女』とは決定的に違う”どこか”に惹かれた。
ただそれだけだった。
『彼女』が仄かな光しか差し込まない深海とするならば、あの美容師は太陽の光を貪欲に絡め取った鮮やかな青色で輝いている海だ。
......『彼女』には申し訳ないが、『彼女』はなんだがどこかおかしい気がする。
『彼女』は優しいし、いつも僕の幸せを願ってくれるけど、どこか変だ。
何がおかしいのかはよくわからないが、どこかおかしいと思うたびに『彼女』を想う心が無くなっていく。
『彼女』は僕の事を想ってくれてるのに。
一旦、『彼女』にこの事について話してしまおう。
何がおかしいのかを『彼女』と話すことで分かるのかもしれないし、なにより『彼女』と不仲になりたくない。
善は急げと言うし、早速『彼女』と話してこよう。
豪華絢爛という四字熟語を体現したような大きな部屋にある椅子に、『彼女』は、いや”私”は静かに、しかし苛立っていた。
「どうして......なんでまたっ!!」
思わず手が動き、机にあった物全てを床へかなぐり落とす。
その中には多少壊れてしまったり、ヒビが入ってしまった物があるが、それどころではない。
「......なんでよ!! なんでなんでなんでなんでなんで!! なんで『君を想えなくなってしまった』なのよっ!! なんで『君をおかしいと思ってしまう』なのよっ!! ふざけんじゃないわよ!!」
「あの時」と同じであろうこの怒りをどこかに投げ捨てたい。
だが投げ捨てたとしても収まりきらないこの怒りは止まる事を知らない。
「わざわざ......わざわざブレーキが効かないように細工したっていうのにっ!! 途中までは私の思い通りだったのに......!!
大体彼がいけないのよっ!! 『君はおかしい』なんて、さも当然って如く言いやがって......挙句の果てに『もう付き合ってられない。君と別れたい』だなんて......」
「あの時」言った彼の言葉を繰り返したと同時に怒りが最高潮に達する。
「そんなの許すはずがないじゃないっっっ!! だからこうしてわざわざリセットして、私を好きになるようにやったのに......」
料理には必ず惚れ薬と似た効果がある薬を入れて、アロマにはオーダーメイドで興奮状態になるような香りにしたりしたのに......。
そうして過去の努力を振り返りながら、怒りが悲しみへと変換されていく。
「全部、無駄だった、っていうの......」
「あの時」と同じ結果になった事に対する哀しみと虚無に包まれ、思わず涙を流した。
「もうっ、いいわ......またっ、リセット、してやるっ......そうすればっ、あなたは、今度こそ、私と一生一緒にいてくれるのよねっ......」
そう言って、涙を拭う。
「そうとなったら、また執事に頼んで細工してもらいましょ!! リセット出来なければ、同じようにやればいい事だし!!」
彼が私と一緒にいてくれる事を想像して、思わず笑顔が溢れながらこう言う。
「次で終わればいいけど、もし次も『君はおかしい』って言われたらどうしましょ。まあ、その時はその時にして」
「何回リセットすれば彼は私と一生いてくれるようになるのかしらね!!」
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