[太字][大文字]1. 香港の熱気[/大文字][/太字]
1987年。エジプトへの旅路の最初の経由地、香港。
喧騒とスパイスの香りが混じり合うこの街のレストランで、空条承太郎一行は束の間の休息をとっていた。
「やれやれだぜ……。食い物の注文一つでこれほど騒がしいとはな」
承太郎は学ランの襟を立て、不機嫌そうに呟く。彼の視線の先では、ジョセフがメニューを指さしながら店員と格闘し、アヴドゥルがそれを宥めていた。
その輪から少し離れた席に、佐藤匠人は座っていた。
首にかけたヘッドホンからは、一定の刻み――BPM120のメトロノームのような音が流れている。彼は常に、この世界の「時間」のリズムを計っていた。
「……匠人、お前も何か食ったらどうだ。これから先、いつまともな飯が食えるか分からんぞ」
承太郎が声をかける。承太郎は、この寡黙な少年が秘めている『ゼロ・ディレイ』の脅威を、誰よりも理解していた。留置場で見せた、時を止める能力。そして、原因を飛ばして結果だけを突きつける『遅延なき執行』。
「……いや。それより承太郎、気づいているか? この店の空気が、さっきから妙に『重い』」
匠人はヘッドホンを外し、店の奥、テラス席に座る一人の男を見つめた。
垂直に立てた銀髪。特徴的なピアス。そして、何よりその男が放つ殺気。
男は優雅にワイングラスを傾けながら、こちらを真っ向から見据えていた。
「フン……。刺客か」
承太郎が椅子から立ち上がる。同時に、銀髪の男――ジャン・ピエール・ポルナレフが、不敵な笑みを浮かべてテーブルに立ち上がった。
「ようこそ、ジョースター一行。そして、見慣れない少年。私の名はジャン・ピエール・ポルナレフ。DIO様より、諸君らの首を獲るよう命じられている」
ポルナレフが指を鳴らす。
その背後から現れたのは、中世の騎士を彷彿とさせる銀色の装甲を纏ったスタンド――『シルバーチャリオッツ(銀の戦車)』。
[太字][大文字]2. 銀の神速 vs 零の領域[/大文字][/太字]
「ここは私が引き受けよう。承太郎、君たちは下がっていてくれ」
アヴドゥルが前に出るが、ポルナレフは鼻で笑った。
「火炎使いか。だが、私のチャリオッツの剣速は、炎すら切り裂く。……いや、その前に。そこの少年。お前だ」
ポルナレフの剣先が、真っ直ぐに匠人を指した。
「お前からは、他の連中とは違う『異質な静寂』を感じる。……まずは、お前から血祭りに上げてやろう!」
シュパァァァッ!!
チャリオッツが空を突く。その速さは、常人の目には銀色の閃光にしか見えない。
だが、匠人は椅子に座ったまま、動こうともしなかった。
「匠人、危ない!」
ジョセフが叫ぶ。
しかし、剣先が匠人の喉元に触れる直前。
「能力2――『ゼロ・ディレイ(遅延なき執行)』」
匠人の周囲の空気が、キィィィンという高周波の音と共に歪んだ。
ポルナレフの目には、匠人が「一歩も動いていない」ように見えたはずだった。
だが、現実は違った。
「……ッ!? 何だと!?」
ポルナレフが驚愕に目を見開く。
チャリオッツの剣が貫いたのは、匠人の肉体ではなく、彼が座っていた「椅子の残像」だった。
『多重存在(残像)』。
時を止めた世界の中で、匠人が動いた軌跡が、すべて実体を持ってその場に固定されているのだ。
「お前が剣を突き出した瞬間。俺は既に三度、お前の背後に回り、そして元の位置に戻っている」
匠人の声が、ポルナレフの真後ろから聞こえたかと思えば、次の瞬間には元の椅子に座っている。
「残像だと……!? 馬鹿な、チャリオッツのスピードを上回る残像など、この世に存在するはずがない!」
「スピードの問題じゃない。……お前が『攻撃しよう』と意識した瞬間、お前の時間には『空白』が生まれた。その空白の中で、俺は既にすべてを終えていたんだよ」
[太字][大文字]3. 因果の逆転[/大文字][/太字]
逆上したポルナレフは、チャリオッツの装甲を脱ぎ捨てた。
「ならば、さらに加速するまで! 目にも留まらぬ七つの分身、これならどうだ!」
七体に増えたチャリオッツが、一斉に匠人へと襲いかかる。
承太郎が助けに入ろうと一歩踏み出すが、匠人の背後に現れた『ゼロ・ディレイ』の威圧感に、思わず足を止めた。
「承太郎……見てろ。これが、俺のやり方だ」
匠人は右手を軽く前に突き出した。
殴る動作ではない。ただ、指をパチンと弾いただけだ。
「因果の逆転」。
「殴ったから壊れるんじゃない。……お前が、既に『敗北した』という結果を、今ここに固定する」
ドォォォォォォン!!
物理的な衝撃音すら遅れてやってきた。
ポルナレフの七体の分身が、接触すらしていないのに同時に爆散した。
本体であるポルナレフ自身も、まるで目に見えない巨人に叩きつけられたかのように、レストランの壁を突き破り、外の通りへと吹き飛ばされた。
「……あ、ありえん……。何が起きた……。攻撃を……受けてから……衝撃が来たのか……?」
血を流し、路上に伏せるポルナレフ。彼は、自分がどのようにして負けたのかすら理解できていなかった。
承太郎がゆっくりと歩み寄り、ポルナレフの額に植え付けられていた「肉の芽」を見つける。
「匠人、仕留めたわけじゃあないようだな」
「ああ。こいつの剣には、迷いがあったからな。殺す価値もない」
匠人は再びヘッドホンを耳に当てた。
承太郎はスタープラチナを出し、精密な動きで肉の芽を引き抜く。
自由の身となったポルナレフは、朦朧とする意識の中で、匠人と承太郎を見上げた。
「……恐ろしい奴らだ。特に、あの少年……。DIO様すら、これほどの絶望的な『先制』は持っていなかったはずだ……」
[太字][大文字]4. 旅の仲間[/大文字][/太字]
その後、誤解の解けたポルナレフは、妹の仇を討つために仲間に加わることを志願した。
「おい、匠人とやら。さっきのは一体どういう手品だ? 私は世界一の剣士を自負していたが、お前の前では赤子同然だった」
ポルナレフが食い下がるが、匠人は歩みを止めない。
「手品じゃない。ただ、俺とお前の間には『遅延(ディレイ)』が存在した。それだけだ」
ジョセフが笑いながら二人の肩を叩く。
「ハッハッハ! 頼もしい限りだ。承太郎に加えて、この匠人君がいれば、DIOの館まで一直線かもしれんぞ!」
「……そう上手くいくかよ」
承太郎は海を見つめ、低く呟いた。
「DIOという男の邪悪さは、物理的な力だけで測れるもんじゃあねえ。匠人、お前のその『ゼロ・ディレイ』。あまり過信するなよ。運命ってやつは、時としてその『零秒』すら飲み込みやがる」
「……分かっているさ。だから俺は、あんたの後ろを歩いてるんだ」
香港の夜景を背に、一行は次なる目的地へと向かう船に乗り込んだ。
最強の主人公・空条承太郎。
そして、因果を書き換える少年・佐藤匠人。
二つの「時」を操る才能が並び立つ時、DIOへのカウントダウンは加速していく。
しかし、彼らはまだ知らなかった。
エジプトへの道中、さらに狡猾で、さらに理不尽なスタンド使いたちが、彼らを待ち受けていることを。
1987年。エジプトへの旅路の最初の経由地、香港。
喧騒とスパイスの香りが混じり合うこの街のレストランで、空条承太郎一行は束の間の休息をとっていた。
「やれやれだぜ……。食い物の注文一つでこれほど騒がしいとはな」
承太郎は学ランの襟を立て、不機嫌そうに呟く。彼の視線の先では、ジョセフがメニューを指さしながら店員と格闘し、アヴドゥルがそれを宥めていた。
その輪から少し離れた席に、佐藤匠人は座っていた。
首にかけたヘッドホンからは、一定の刻み――BPM120のメトロノームのような音が流れている。彼は常に、この世界の「時間」のリズムを計っていた。
「……匠人、お前も何か食ったらどうだ。これから先、いつまともな飯が食えるか分からんぞ」
承太郎が声をかける。承太郎は、この寡黙な少年が秘めている『ゼロ・ディレイ』の脅威を、誰よりも理解していた。留置場で見せた、時を止める能力。そして、原因を飛ばして結果だけを突きつける『遅延なき執行』。
「……いや。それより承太郎、気づいているか? この店の空気が、さっきから妙に『重い』」
匠人はヘッドホンを外し、店の奥、テラス席に座る一人の男を見つめた。
垂直に立てた銀髪。特徴的なピアス。そして、何よりその男が放つ殺気。
男は優雅にワイングラスを傾けながら、こちらを真っ向から見据えていた。
「フン……。刺客か」
承太郎が椅子から立ち上がる。同時に、銀髪の男――ジャン・ピエール・ポルナレフが、不敵な笑みを浮かべてテーブルに立ち上がった。
「ようこそ、ジョースター一行。そして、見慣れない少年。私の名はジャン・ピエール・ポルナレフ。DIO様より、諸君らの首を獲るよう命じられている」
ポルナレフが指を鳴らす。
その背後から現れたのは、中世の騎士を彷彿とさせる銀色の装甲を纏ったスタンド――『シルバーチャリオッツ(銀の戦車)』。
[太字][大文字]2. 銀の神速 vs 零の領域[/大文字][/太字]
「ここは私が引き受けよう。承太郎、君たちは下がっていてくれ」
アヴドゥルが前に出るが、ポルナレフは鼻で笑った。
「火炎使いか。だが、私のチャリオッツの剣速は、炎すら切り裂く。……いや、その前に。そこの少年。お前だ」
ポルナレフの剣先が、真っ直ぐに匠人を指した。
「お前からは、他の連中とは違う『異質な静寂』を感じる。……まずは、お前から血祭りに上げてやろう!」
シュパァァァッ!!
チャリオッツが空を突く。その速さは、常人の目には銀色の閃光にしか見えない。
だが、匠人は椅子に座ったまま、動こうともしなかった。
「匠人、危ない!」
ジョセフが叫ぶ。
しかし、剣先が匠人の喉元に触れる直前。
「能力2――『ゼロ・ディレイ(遅延なき執行)』」
匠人の周囲の空気が、キィィィンという高周波の音と共に歪んだ。
ポルナレフの目には、匠人が「一歩も動いていない」ように見えたはずだった。
だが、現実は違った。
「……ッ!? 何だと!?」
ポルナレフが驚愕に目を見開く。
チャリオッツの剣が貫いたのは、匠人の肉体ではなく、彼が座っていた「椅子の残像」だった。
『多重存在(残像)』。
時を止めた世界の中で、匠人が動いた軌跡が、すべて実体を持ってその場に固定されているのだ。
「お前が剣を突き出した瞬間。俺は既に三度、お前の背後に回り、そして元の位置に戻っている」
匠人の声が、ポルナレフの真後ろから聞こえたかと思えば、次の瞬間には元の椅子に座っている。
「残像だと……!? 馬鹿な、チャリオッツのスピードを上回る残像など、この世に存在するはずがない!」
「スピードの問題じゃない。……お前が『攻撃しよう』と意識した瞬間、お前の時間には『空白』が生まれた。その空白の中で、俺は既にすべてを終えていたんだよ」
[太字][大文字]3. 因果の逆転[/大文字][/太字]
逆上したポルナレフは、チャリオッツの装甲を脱ぎ捨てた。
「ならば、さらに加速するまで! 目にも留まらぬ七つの分身、これならどうだ!」
七体に増えたチャリオッツが、一斉に匠人へと襲いかかる。
承太郎が助けに入ろうと一歩踏み出すが、匠人の背後に現れた『ゼロ・ディレイ』の威圧感に、思わず足を止めた。
「承太郎……見てろ。これが、俺のやり方だ」
匠人は右手を軽く前に突き出した。
殴る動作ではない。ただ、指をパチンと弾いただけだ。
「因果の逆転」。
「殴ったから壊れるんじゃない。……お前が、既に『敗北した』という結果を、今ここに固定する」
ドォォォォォォン!!
物理的な衝撃音すら遅れてやってきた。
ポルナレフの七体の分身が、接触すらしていないのに同時に爆散した。
本体であるポルナレフ自身も、まるで目に見えない巨人に叩きつけられたかのように、レストランの壁を突き破り、外の通りへと吹き飛ばされた。
「……あ、ありえん……。何が起きた……。攻撃を……受けてから……衝撃が来たのか……?」
血を流し、路上に伏せるポルナレフ。彼は、自分がどのようにして負けたのかすら理解できていなかった。
承太郎がゆっくりと歩み寄り、ポルナレフの額に植え付けられていた「肉の芽」を見つける。
「匠人、仕留めたわけじゃあないようだな」
「ああ。こいつの剣には、迷いがあったからな。殺す価値もない」
匠人は再びヘッドホンを耳に当てた。
承太郎はスタープラチナを出し、精密な動きで肉の芽を引き抜く。
自由の身となったポルナレフは、朦朧とする意識の中で、匠人と承太郎を見上げた。
「……恐ろしい奴らだ。特に、あの少年……。DIO様すら、これほどの絶望的な『先制』は持っていなかったはずだ……」
[太字][大文字]4. 旅の仲間[/大文字][/太字]
その後、誤解の解けたポルナレフは、妹の仇を討つために仲間に加わることを志願した。
「おい、匠人とやら。さっきのは一体どういう手品だ? 私は世界一の剣士を自負していたが、お前の前では赤子同然だった」
ポルナレフが食い下がるが、匠人は歩みを止めない。
「手品じゃない。ただ、俺とお前の間には『遅延(ディレイ)』が存在した。それだけだ」
ジョセフが笑いながら二人の肩を叩く。
「ハッハッハ! 頼もしい限りだ。承太郎に加えて、この匠人君がいれば、DIOの館まで一直線かもしれんぞ!」
「……そう上手くいくかよ」
承太郎は海を見つめ、低く呟いた。
「DIOという男の邪悪さは、物理的な力だけで測れるもんじゃあねえ。匠人、お前のその『ゼロ・ディレイ』。あまり過信するなよ。運命ってやつは、時としてその『零秒』すら飲み込みやがる」
「……分かっているさ。だから俺は、あんたの後ろを歩いてるんだ」
香港の夜景を背に、一行は次なる目的地へと向かう船に乗り込んだ。
最強の主人公・空条承太郎。
そして、因果を書き換える少年・佐藤匠人。
二つの「時」を操る才能が並び立つ時、DIOへのカウントダウンは加速していく。
しかし、彼らはまだ知らなかった。
エジプトへの道中、さらに狡猾で、さらに理不尽なスタンド使いたちが、彼らを待ち受けていることを。