「……祝言って、ここで挙げられるのですか」
やっとちゃんとした文を喋った。
しかし、どうして突然、『祝言』なのだろうか。
「ええ、そうよ。私と[漢字]龍二[/漢字][ふりがな]りゅうじ[/ふりがな]さんのときも、ここで祝言を挙げたの。あちらに戸があるでしょう、そこを開けると、とても広くなるのよ」
母は微笑んで言う。久世がやっと話してくれたことに、安心したようだった。
久世は再び応接間の中を見回す。
なんとなく、その瞳は寂しそうだった。
馨もときどき、そのような目をするのを思い出した。たいていは家族の話になったときである。
「……久世さん?」
耐えきれず、凱は声をかける。
「……この邸を案内してもらっていいですか」
久世は凱の目を[漢字]一瞥[/漢字][ふりがな]いちべつ[/ふりがな]すると、そう言った。
「いいですよ。凱、案内して差し上げなさい」
「……兄さま、よくここに足繁く来ていたものね。私、もう耐えられないかも」
歩きつつ、久世がつぶやく。
「えっと……何かあったんですか」
「……お母さまのこと、思い出してしまって」
「あ……亡くなられたんでしたっけ」
「そう」
馨はそう言っていた。物心つく前だったと聞いている。幼いときに母親を[漢字]喪[/漢字][ふりがな]うしな[/ふりがな]った空白は、どれほどなのだろうか。
「お父様は、いらっしゃるんですか」
「……お父さまも死んじゃった。お母さまが亡くなる前に。だから……だから、私には兄さましかいないの。親戚のみんなも親切にはしてくれるけど、」
そこで久世は息を吐いた。
「でも、身近にいてくれるのは、甘えられるのは、兄さまだけだった」
顔を伏せてしまっていて、久世がどんな表情をしているかは分からなかった。
しばらくの沈黙の後、久世が凱を見た。
「ねぇ」
「はい?」
「お姉さんのところまで、案内してくれる?」
「……え?」
突然の申し出に、困惑する。
「だから、朝水さんのところまで案内してくれる?」
「……姉さんが困りませんか?」
「今更変わらないでしょう」
そう言われると、言葉に詰まった。
「……分かりました」
何度も来た、姉の部屋に辿り着く。
戸を叩いてみたが、姉はいないようだった。
「いない……かな……?」
久世のいる方向に振り返る。
帰りますか? と聞こうとしたところで、後ろから「どうかしましたか……?」という声が聞こえた。姉が来たらしい。
「! お客様ですか……?」
驚いたように聞く姉。———久世もまた、息を呑んで姉を見ていた。
やっとちゃんとした文を喋った。
しかし、どうして突然、『祝言』なのだろうか。
「ええ、そうよ。私と[漢字]龍二[/漢字][ふりがな]りゅうじ[/ふりがな]さんのときも、ここで祝言を挙げたの。あちらに戸があるでしょう、そこを開けると、とても広くなるのよ」
母は微笑んで言う。久世がやっと話してくれたことに、安心したようだった。
久世は再び応接間の中を見回す。
なんとなく、その瞳は寂しそうだった。
馨もときどき、そのような目をするのを思い出した。たいていは家族の話になったときである。
「……久世さん?」
耐えきれず、凱は声をかける。
「……この邸を案内してもらっていいですか」
久世は凱の目を[漢字]一瞥[/漢字][ふりがな]いちべつ[/ふりがな]すると、そう言った。
「いいですよ。凱、案内して差し上げなさい」
「……兄さま、よくここに足繁く来ていたものね。私、もう耐えられないかも」
歩きつつ、久世がつぶやく。
「えっと……何かあったんですか」
「……お母さまのこと、思い出してしまって」
「あ……亡くなられたんでしたっけ」
「そう」
馨はそう言っていた。物心つく前だったと聞いている。幼いときに母親を[漢字]喪[/漢字][ふりがな]うしな[/ふりがな]った空白は、どれほどなのだろうか。
「お父様は、いらっしゃるんですか」
「……お父さまも死んじゃった。お母さまが亡くなる前に。だから……だから、私には兄さましかいないの。親戚のみんなも親切にはしてくれるけど、」
そこで久世は息を吐いた。
「でも、身近にいてくれるのは、甘えられるのは、兄さまだけだった」
顔を伏せてしまっていて、久世がどんな表情をしているかは分からなかった。
しばらくの沈黙の後、久世が凱を見た。
「ねぇ」
「はい?」
「お姉さんのところまで、案内してくれる?」
「……え?」
突然の申し出に、困惑する。
「だから、朝水さんのところまで案内してくれる?」
「……姉さんが困りませんか?」
「今更変わらないでしょう」
そう言われると、言葉に詰まった。
「……分かりました」
何度も来た、姉の部屋に辿り着く。
戸を叩いてみたが、姉はいないようだった。
「いない……かな……?」
久世のいる方向に振り返る。
帰りますか? と聞こうとしたところで、後ろから「どうかしましたか……?」という声が聞こえた。姉が来たらしい。
「! お客様ですか……?」
驚いたように聞く姉。———久世もまた、息を呑んで姉を見ていた。
- 1.第一章 始まり(1)
- 2.第一章 始まり(2)
- 3.第一章 始まり(3)
- 4.第一章 始まり(4)
- 5.第一章 始まり(5)
- 6.第一章 始まり(6)
- 7.第一章 始まり(7)
- 8.第一章 始まり(8)
- 9.第一章 始まり(9)
- 10.第一章 始まり(10)
- 11.第一章 始まり(11)
- 12.第一章 始まり(12)
- 13.第一章 始まり(13)
- 14.第二章 彼の妹(1)
- 15.第二章 彼の妹(2)
- 16.第二章 彼の妹(3)
- 17.第二章 彼の妹(4)
- 18.第二章 彼の妹(5)
- 19.第二章 彼の妹(6)
- 20.第二章 彼の妹(7)
- 21.第二章 彼の妹(8)
- 22.第二章 彼の妹(9)
- 23.第二章 彼の妹(10)
- 24.第二章 彼の妹(11)
- 25.第二章 彼の妹(12)
- 26.第二章 彼の妹(13)
- 27.第二章 彼の妹(14)
- 28.第二章 彼の妹(15)
- 29.第二章 彼の妹(16)
- 30.第二章 彼の妹(17)
- 31.第二章 彼の妹(18)
- 32.第二章 彼の妹(19)
- 33.第二章 彼の妹(20)
- 34.第三章 神社(1)
- 35.第三章 神社(2)
- 36.第三章 神社(3)
- 37.第三章 神社(4)
- 38.第三章 神社(5)
- 39.第三章 神社(6)
- 40.第三章 神社(7)
- 41.第三章 神社(8)
- 42.第三章 神社(9)
- 43.第三章 神社(10)
- 44.第三章 神社(11)
- 45.第三章 神社(12)
- 46.第三章 神社(13)
- 47.第三章 神社(14)
- 48.第三章 神社(15)
- 49.第三章 神社(16)
- 50.第三章 神社(17)
- 51.第三章 神社(18)
- 52.第三章 神社(19)
- 53.第三章 神社(20)
- 54.第三章 神社(21)
- 55.第三章 神社(22)
- 56.第三章 神社(23)
- 57.第四章 別れ(1)
- 58.第四章 別れ(2)
- 59.第四章 別れ(3)
- 60.第四章 別れ(4)
- 61.第四章 別れ(5)
- 62.第四章 別れ(6)
- 63.第四章 別れ(7)
- 64.第四章 別れ(8)
- 65.第四章 別れ(9)
- 66.第四章 別れ(10)
- 67.第五章 異変(1)
- 68.第五章 異変(2)
- 69.第五章 異変(3)
- 70.第五章 異変(4)
- 71.第五章 異変(5)
- 72.第五章 異変(6)
- 73.第五章 異変(7)
- 74.第五章 異変(8)
- 75.第五章 異変(9)
- 76.第五章 異変(10)
- 77.第五章 異変(11)
- 78.第五章 異変(12)
- 79.第五章 異変(13)
- 80.第五章 異変(14)
- 81.第五章 異変(15)
- 82. 第五章 異変(16)
- 83.第五章 異変(17)
- 84.第五章 異変(18)
- 85.第五章 異変(19)
- 86.第五章 異変(20)
- 87.第六章 真実(1)
- 88.第六章 真実(2)
- 89.第六章 真実(3)
- 90.第六章 真実(4)
- 91.第六章 真実(5)
- 92.第六章 真実(6)
- 93.第六章 真実(7)
- 94.第六章 真実(8)
- 95.第六章 真実(9)
- 96.第六章 真実(10)
- 97.第六章 真実(11)
- 98.第六章 真実(12)
- 99.第六章 真実(13)
- 100.第六章 真実(14)
- 101.第六章 真実(15)
- 102.第六章 真実(16)
- 103.第六章 真実(17)
- 104.第六章 真実(18)
- 105.第六章 真実(19)
- 106.第七章 闘い(1)
- 107.第七章 闘い(2)
- 108.第七章 闘い(3)
- 109.第七章 闘い(4)
- 110.第七章 闘い(5)
- 111.第七章 闘い(6)
- 112.第七章 闘い(7)
- 113.第七章 闘い(8)
- 114.第七章 闘い(9)
- 115.第七章 闘い(10)
- 116.第七章 闘い(11)
- 117.第七章 闘い(12)
- 118.第七章 闘い(13)
- 119.第七章 闘い(14)
- 120.第七章 闘い(15)
- 121.第七章 闘い(16)
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- 123.第七章 闘い(18)
- 124.第七章 闘い(19)
- 125.第七章 闘い(20)
- 126.第七章 闘い(21)
- 127.第七章 闘い(22)
- 128.第七章 闘い(23)
- 129.第七章 闘い(24)
- 130.第七章 闘い(25)
- 131.【幕間】作品解説という名の、作者の妄想ネタを吐き出す場
- 132.第八章 再会(1)
- 133.第八章 再会(2)
- 134.第八章 再会(3)
- 135.第八章 再会(4)
- 136.第八章 再会(5)
- 137.第八章 再会(6)