「わ、すみません」
今日は夏祭り、その屋台を見物していたときだった。
前方をよく見ておらず、誰かにぶつかってしまった。
慌てて謝り、相手の顔を見た。
「……ああ、大丈夫だよ、君こそ怪我はしていない?」
薄い[漢字]橙[/漢字][ふりがな]だいだい[/ふりがな]の瞳、薄めの茶髪、すらりとした痩身。
[漢字]凱[/漢字][ふりがな]かい[/ふりがな]より 5、6歳年上ほどの、とても美しい青年だった。
(———綺麗。)
凱が何か言葉を発するより前に、凱に怪我はないと判断したのか、彼は行ってしまった。
[水平線]
「——何でやってないのっ!本当に気が利かない、[漢字]鈍臭[/漢字][ふりがな]どんくさ[/ふりがな]くて[漢字]愚図[/漢字][ふりがな]ぐず[/ふりがな]なんだからっ」
「すみません、今すぐやりますので……」
「——本当に[漢字]忌々[/漢字][ふりがな]いまいま[/ふりがな]しい、あの女のように早く死んでしまえばよいのに」
その言葉に、少女の肩が震えた。
夏祭りから家に帰って一番最初に見たものが、これ。
三十半ばの年頃の女性が、[漢字]擦[/漢字][ふりがな]す[/ふりがな]り切れた服を着た少女に当たっている光景。
(またか……)
凱が物心ついたころからのこの光景には、もはや見慣れてしまっていた。
(母さんが姉さんをいびってる)
凱の姉は、[漢字]朝水[/漢字][ふりがな]あさみ[/ふりがな]という。姉、といっても母が違い、朝水は父とその前妻との間に生まれた娘である。
この世には二つの力——霊力と魔力がある。
霊力は限られた人間しか持てない。それを受け継ぐ家や一族の一つが凱の生まれた[漢字]時庭[/漢字][ふりがな]ときにわ[/ふりがな]家だ。
妖怪とは、成仏できなかった人の霊や、生きた人の霊ーつまり[漢字]生霊[/漢字][ふりがな]いきりょう[/ふりがな]ー、人の負の感情など、さまざまな原因によって現れる。
時庭家のような家は、霊力を使ってそんな妖怪のような「見えない」ものを見て、それを滅する役割を持つ。
魔力を受け継ぐ一族は———外国はいさ知らず、この国には一つしかない。そして「彼ら」がどうしているのか、どこにいるのか、魔力をどうやって使って、何をしているのか、そもそも苗字や名前すらも、何も分からない。知られていない。凱ももちろん知らない。
父と母は、それぞれ霊力を受け継ぐ家の生まれだった。父は本家の長男だった。霊力を受け継ぐ家は少なく、その家の者は皆知り合い、といった狭い[漢字]界隈[/漢字][ふりがな]かいわい[/ふりがな]であることもあり、二人は[漢字]幼馴染[/漢字][ふりがな]おさななじみ[/ふりがな]かつ幼い頃からの[漢字]許嫁[/漢字][ふりがな]いいなずけ[/ふりがな]同士であったという。つまり、結婚を約束していた。
だが、二人が年頃になって、突然父に縁談が来た。相手は霊力とは何ら関係のない家の娘。当然、父も母も他の一族の者も、反対した。
霊力は親から子に継がれる。すなわち、両親が霊力者であれば、子に霊力が宿る可能性が高くなる。そのため霊力を継がぬ家の娘と結婚しても何の利もない、というのが理由だ。
しかし、誰の差し金か、あれよあれよという間に婚約が決まってしまい、父と母は別れることになった。
かくして父が結婚し———やがて生まれたのが姉である。
姉の実母は、姉を産んで半年後に亡くなった。産後の[漢字]肥立[/漢字][ふりがな]ひだ[/ふりがな]ちが良くなかったらしい。一族の者にはこの[漢字]婚姻[/漢字][ふりがな]こんいん[/ふりがな]をよく思っていなかった者も多かったというから、心労もあっただろう。
そして姉は霊力を持たなかった。
今日は夏祭り、その屋台を見物していたときだった。
前方をよく見ておらず、誰かにぶつかってしまった。
慌てて謝り、相手の顔を見た。
「……ああ、大丈夫だよ、君こそ怪我はしていない?」
薄い[漢字]橙[/漢字][ふりがな]だいだい[/ふりがな]の瞳、薄めの茶髪、すらりとした痩身。
[漢字]凱[/漢字][ふりがな]かい[/ふりがな]より 5、6歳年上ほどの、とても美しい青年だった。
(———綺麗。)
凱が何か言葉を発するより前に、凱に怪我はないと判断したのか、彼は行ってしまった。
[水平線]
「——何でやってないのっ!本当に気が利かない、[漢字]鈍臭[/漢字][ふりがな]どんくさ[/ふりがな]くて[漢字]愚図[/漢字][ふりがな]ぐず[/ふりがな]なんだからっ」
「すみません、今すぐやりますので……」
「——本当に[漢字]忌々[/漢字][ふりがな]いまいま[/ふりがな]しい、あの女のように早く死んでしまえばよいのに」
その言葉に、少女の肩が震えた。
夏祭りから家に帰って一番最初に見たものが、これ。
三十半ばの年頃の女性が、[漢字]擦[/漢字][ふりがな]す[/ふりがな]り切れた服を着た少女に当たっている光景。
(またか……)
凱が物心ついたころからのこの光景には、もはや見慣れてしまっていた。
(母さんが姉さんをいびってる)
凱の姉は、[漢字]朝水[/漢字][ふりがな]あさみ[/ふりがな]という。姉、といっても母が違い、朝水は父とその前妻との間に生まれた娘である。
この世には二つの力——霊力と魔力がある。
霊力は限られた人間しか持てない。それを受け継ぐ家や一族の一つが凱の生まれた[漢字]時庭[/漢字][ふりがな]ときにわ[/ふりがな]家だ。
妖怪とは、成仏できなかった人の霊や、生きた人の霊ーつまり[漢字]生霊[/漢字][ふりがな]いきりょう[/ふりがな]ー、人の負の感情など、さまざまな原因によって現れる。
時庭家のような家は、霊力を使ってそんな妖怪のような「見えない」ものを見て、それを滅する役割を持つ。
魔力を受け継ぐ一族は———外国はいさ知らず、この国には一つしかない。そして「彼ら」がどうしているのか、どこにいるのか、魔力をどうやって使って、何をしているのか、そもそも苗字や名前すらも、何も分からない。知られていない。凱ももちろん知らない。
父と母は、それぞれ霊力を受け継ぐ家の生まれだった。父は本家の長男だった。霊力を受け継ぐ家は少なく、その家の者は皆知り合い、といった狭い[漢字]界隈[/漢字][ふりがな]かいわい[/ふりがな]であることもあり、二人は[漢字]幼馴染[/漢字][ふりがな]おさななじみ[/ふりがな]かつ幼い頃からの[漢字]許嫁[/漢字][ふりがな]いいなずけ[/ふりがな]同士であったという。つまり、結婚を約束していた。
だが、二人が年頃になって、突然父に縁談が来た。相手は霊力とは何ら関係のない家の娘。当然、父も母も他の一族の者も、反対した。
霊力は親から子に継がれる。すなわち、両親が霊力者であれば、子に霊力が宿る可能性が高くなる。そのため霊力を継がぬ家の娘と結婚しても何の利もない、というのが理由だ。
しかし、誰の差し金か、あれよあれよという間に婚約が決まってしまい、父と母は別れることになった。
かくして父が結婚し———やがて生まれたのが姉である。
姉の実母は、姉を産んで半年後に亡くなった。産後の[漢字]肥立[/漢字][ふりがな]ひだ[/ふりがな]ちが良くなかったらしい。一族の者にはこの[漢字]婚姻[/漢字][ふりがな]こんいん[/ふりがな]をよく思っていなかった者も多かったというから、心労もあっただろう。
そして姉は霊力を持たなかった。
- 1.第一章 始まり(1)
- 2.第一章 始まり(2)
- 3.第一章 始まり(3)
- 4.第一章 始まり(4)
- 5.第一章 始まり(5)
- 6.第一章 始まり(6)
- 7.第一章 始まり(7)
- 8.第一章 始まり(8)
- 9.第一章 始まり(9)
- 10.第一章 始まり(10)
- 11.第一章 始まり(11)
- 12.第一章 始まり(12)
- 13.第一章 始まり(13)
- 14.第二章 彼の妹(1)
- 15.第二章 彼の妹(2)
- 16.第二章 彼の妹(3)
- 17.第二章 彼の妹(4)
- 18.第二章 彼の妹(5)
- 19.第二章 彼の妹(6)
- 20.第二章 彼の妹(7)
- 21.第二章 彼の妹(8)
- 22.第二章 彼の妹(9)
- 23.第二章 彼の妹(10)
- 24.第二章 彼の妹(11)
- 25.第二章 彼の妹(12)
- 26.第二章 彼の妹(13)
- 27.第二章 彼の妹(14)
- 28.第二章 彼の妹(15)
- 29.第二章 彼の妹(16)
- 30.第二章 彼の妹(17)
- 31.第二章 彼の妹(18)
- 32.第二章 彼の妹(19)
- 33.第二章 彼の妹(20)
- 34.第三章 神社(1)
- 35.第三章 神社(2)
- 36.第三章 神社(3)
- 37.第三章 神社(4)
- 38.第三章 神社(5)
- 39.第三章 神社(6)
- 40.第三章 神社(7)
- 41.第三章 神社(8)
- 42.第三章 神社(9)
- 43.第三章 神社(10)
- 44.第三章 神社(11)
- 45.第三章 神社(12)
- 46.第三章 神社(13)
- 47.第三章 神社(14)
- 48.第三章 神社(15)
- 49.第三章 神社(16)
- 50.第三章 神社(17)
- 51.第三章 神社(18)
- 52.第三章 神社(19)
- 53.第三章 神社(20)
- 54.第三章 神社(21)
- 55.第三章 神社(22)
- 56.第三章 神社(23)
- 57.第四章 別れ(1)
- 58.第四章 別れ(2)
- 59.第四章 別れ(3)
- 60.第四章 別れ(4)
- 61.第四章 別れ(5)
- 62.第四章 別れ(6)
- 63.第四章 別れ(7)
- 64.第四章 別れ(8)
- 65.第四章 別れ(9)
- 66.第四章 別れ(10)
- 67.第五章 異変(1)
- 68.第五章 異変(2)
- 69.第五章 異変(3)
- 70.第五章 異変(4)
- 71.第五章 異変(5)
- 72.第五章 異変(6)
- 73.第五章 異変(7)
- 74.第五章 異変(8)
- 75.第五章 異変(9)
- 76.第五章 異変(10)
- 77.第五章 異変(11)
- 78.第五章 異変(12)
- 79.第五章 異変(13)
- 80.第五章 異変(14)
- 81.第五章 異変(15)
- 82. 第五章 異変(16)
- 83.第五章 異変(17)
- 84.第五章 異変(18)
- 85.第五章 異変(19)
- 86.第五章 異変(20)
- 87.第六章 真実(1)
- 88.第六章 真実(2)
- 89.第六章 真実(3)
- 90.第六章 真実(4)
- 91.第六章 真実(5)
- 92.第六章 真実(6)
- 93.第六章 真実(7)
- 94.第六章 真実(8)
- 95.第六章 真実(9)
- 96.第六章 真実(10)
- 97.第六章 真実(11)
- 98.第六章 真実(12)
- 99.第六章 真実(13)
- 100.第六章 真実(14)
- 101.第六章 真実(15)
- 102.第六章 真実(16)
- 103.第六章 真実(17)
- 104.第六章 真実(18)
- 105.第六章 真実(19)
- 106.第七章 闘い(1)
- 107.第七章 闘い(2)
- 108.第七章 闘い(3)
- 109.第七章 闘い(4)
- 110.第七章 闘い(5)
- 111.第七章 闘い(6)
- 112.第七章 闘い(7)
- 113.第七章 闘い(8)
- 114.第七章 闘い(9)
- 115.第七章 闘い(10)
- 116.第七章 闘い(11)
- 117.第七章 闘い(12)
- 118.第七章 闘い(13)
- 119.第七章 闘い(14)
- 120.第七章 闘い(15)
- 121.第七章 闘い(16)
- 122.第七章 闘い(17)
- 123.第七章 闘い(18)
- 124.第七章 闘い(19)
- 125.第七章 闘い(20)
- 126.第七章 闘い(21)
- 127.第七章 闘い(22)
- 128.第七章 闘い(23)
- 129.第七章 闘い(24)
- 130.第七章 闘い(25)
- 131.【幕間】作品解説という名の、作者の妄想ネタを吐き出す場
- 132.第八章 再会(1)
- 133.第八章 再会(2)
- 134.第八章 再会(3)
- 135.第八章 再会(4)
- 136.第八章 再会(5)
- 137.第八章 再会(6)