場面が変わった。
『永、永、大丈夫? 少しは何か、食べなさいよ。まだ産後の肥立ちも悪いんだから』
永姫の部屋に誰かが入ってくる。世里だった。[漢字]膳[/漢字][ふりがな]ぜん[/ふりがな]を持っている。
永姫は布団にいて、久世はその隣に、馨は母親の膝でそれぞれ眠っていた。
『……世里ちゃん』
『馨くんも久世ちゃんも、心配するわよ』
『……うん』
世里は永姫の前に膳を置いた。永姫はそれをじっと見る。
『永、子どもから母親を奪っちゃ駄目よ。ちゃんと食べなさい』
永姫は膝で眠る息子を見つめると、箸を手に取った。
『……世里ちゃん』
『どうしたの?』
『私。……お嫁に行くことにした』
『は……? どこに?』
『さっきの縁談よ。時庭家。……だから。体調は戻さないと、ね』
[漢字]龍二[/漢字][ふりがな]りゅうじ[/ふりがな]との縁談を受け入れた頃だと分かった。
『何、いきなり』
『私が嫁いだら、もうこんなことは終わりになるんでしょ、だから。……もう傷つきたくない。ことのことも、司のことも』
永姫がつかえながら言う。
『世里ちゃん。ごめんね。この子たちのこと、よろしくね。この子たちがもう少し大きくなったら、伝えてね。離れていても、愛してるって』
世里はしばらくの間、永姫を凝視していた。そして俯いて、
『……分かった。任せて。』
永姫の目を見て、うなずいた。
永姫が二人の頭を撫でる。
『……馨。久世。』
その両目から涙が[漢字]溢[/漢字][ふりがな]こぼ[/ふりがな]れる。
『ごめんね。至らない母親で、ごめんね。』
泣きながら、永姫は二人に詫びる。
『———愛してる。大好きよ』
[水平線]
鏡がその光を失い、凱は我に返った。
気がついたら、頬が濡れていた。
馨と久世も、これを見ていたのだろう。物心もつかぬうちに世を去った、両親を[漢字]恋[/漢字][ふりがな]こ[/ふりがな]いしく思っていたのだろうか。
そして、もし姉もこれを見たのだとしたら、どう感じたのだろう。
永姫———琴子はどんな気持ちで、これを作ったのだろう。
子を捨てて、元の名前も捨てて、何を思っていたのだろう。
鏡の回想の中の永姫は、朝水にとても似ていた。
もし兄妹が姉に接触したのなら、亡き母を思い起こさずにはいられなかっただろう。
ふと夜空を見ると、下弦の月が浮かんでいた。
もう、夜も更けていた。
手鏡をそっと置き、凱は布団を敷き始めた。
『永、永、大丈夫? 少しは何か、食べなさいよ。まだ産後の肥立ちも悪いんだから』
永姫の部屋に誰かが入ってくる。世里だった。[漢字]膳[/漢字][ふりがな]ぜん[/ふりがな]を持っている。
永姫は布団にいて、久世はその隣に、馨は母親の膝でそれぞれ眠っていた。
『……世里ちゃん』
『馨くんも久世ちゃんも、心配するわよ』
『……うん』
世里は永姫の前に膳を置いた。永姫はそれをじっと見る。
『永、子どもから母親を奪っちゃ駄目よ。ちゃんと食べなさい』
永姫は膝で眠る息子を見つめると、箸を手に取った。
『……世里ちゃん』
『どうしたの?』
『私。……お嫁に行くことにした』
『は……? どこに?』
『さっきの縁談よ。時庭家。……だから。体調は戻さないと、ね』
[漢字]龍二[/漢字][ふりがな]りゅうじ[/ふりがな]との縁談を受け入れた頃だと分かった。
『何、いきなり』
『私が嫁いだら、もうこんなことは終わりになるんでしょ、だから。……もう傷つきたくない。ことのことも、司のことも』
永姫がつかえながら言う。
『世里ちゃん。ごめんね。この子たちのこと、よろしくね。この子たちがもう少し大きくなったら、伝えてね。離れていても、愛してるって』
世里はしばらくの間、永姫を凝視していた。そして俯いて、
『……分かった。任せて。』
永姫の目を見て、うなずいた。
永姫が二人の頭を撫でる。
『……馨。久世。』
その両目から涙が[漢字]溢[/漢字][ふりがな]こぼ[/ふりがな]れる。
『ごめんね。至らない母親で、ごめんね。』
泣きながら、永姫は二人に詫びる。
『———愛してる。大好きよ』
[水平線]
鏡がその光を失い、凱は我に返った。
気がついたら、頬が濡れていた。
馨と久世も、これを見ていたのだろう。物心もつかぬうちに世を去った、両親を[漢字]恋[/漢字][ふりがな]こ[/ふりがな]いしく思っていたのだろうか。
そして、もし姉もこれを見たのだとしたら、どう感じたのだろう。
永姫———琴子はどんな気持ちで、これを作ったのだろう。
子を捨てて、元の名前も捨てて、何を思っていたのだろう。
鏡の回想の中の永姫は、朝水にとても似ていた。
もし兄妹が姉に接触したのなら、亡き母を思い起こさずにはいられなかっただろう。
ふと夜空を見ると、下弦の月が浮かんでいた。
もう、夜も更けていた。
手鏡をそっと置き、凱は布団を敷き始めた。
- 1.第一章 始まり(1)
- 2.第一章 始まり(2)
- 3.第一章 始まり(3)
- 4.第一章 始まり(4)
- 5.第一章 始まり(5)
- 6.第一章 始まり(6)
- 7.第一章 始まり(7)
- 8.第一章 始まり(8)
- 9.第一章 始まり(9)
- 10.第一章 始まり(10)
- 11.第一章 始まり(11)
- 12.第一章 始まり(12)
- 13.第一章 始まり(13)
- 14.第二章 彼の妹(1)
- 15.第二章 彼の妹(2)
- 16.第二章 彼の妹(3)
- 17.第二章 彼の妹(4)
- 18.第二章 彼の妹(5)
- 19.第二章 彼の妹(6)
- 20.第二章 彼の妹(7)
- 21.第二章 彼の妹(8)
- 22.第二章 彼の妹(9)
- 23.第二章 彼の妹(10)
- 24.第二章 彼の妹(11)
- 25.第二章 彼の妹(12)
- 26.第二章 彼の妹(13)
- 27.第二章 彼の妹(14)
- 28.第二章 彼の妹(15)
- 29.第二章 彼の妹(16)
- 30.第二章 彼の妹(17)
- 31.第二章 彼の妹(18)
- 32.第二章 彼の妹(19)
- 33.第二章 彼の妹(20)
- 34.第三章 神社(1)
- 35.第三章 神社(2)
- 36.第三章 神社(3)
- 37.第三章 神社(4)
- 38.第三章 神社(5)
- 39.第三章 神社(6)
- 40.第三章 神社(7)
- 41.第三章 神社(8)
- 42.第三章 神社(9)
- 43.第三章 神社(10)
- 44.第三章 神社(11)
- 45.第三章 神社(12)
- 46.第三章 神社(13)
- 47.第三章 神社(14)
- 48.第三章 神社(15)
- 49.第三章 神社(16)
- 50.第三章 神社(17)
- 51.第三章 神社(18)
- 52.第三章 神社(19)
- 53.第三章 神社(20)
- 54.第三章 神社(21)
- 55.第三章 神社(22)
- 56.第三章 神社(23)
- 57.第四章 別れ(1)
- 58.第四章 別れ(2)
- 59.第四章 別れ(3)
- 60.第四章 別れ(4)
- 61.第四章 別れ(5)
- 62.第四章 別れ(6)
- 63.第四章 別れ(7)
- 64.第四章 別れ(8)
- 65.第四章 別れ(9)
- 66.第四章 別れ(10)
- 67.第五章 異変(1)
- 68.第五章 異変(2)
- 69.第五章 異変(3)
- 70.第五章 異変(4)
- 71.第五章 異変(5)
- 72.第五章 異変(6)
- 73.第五章 異変(7)
- 74.第五章 異変(8)
- 75.第五章 異変(9)
- 76.第五章 異変(10)
- 77.第五章 異変(11)
- 78.第五章 異変(12)
- 79.第五章 異変(13)
- 80.第五章 異変(14)
- 81.第五章 異変(15)
- 82. 第五章 異変(16)
- 83.第五章 異変(17)
- 84.第五章 異変(18)
- 85.第五章 異変(19)
- 86.第五章 異変(20)
- 87.第六章 真実(1)
- 88.第六章 真実(2)
- 89.第六章 真実(3)
- 90.第六章 真実(4)
- 91.第六章 真実(5)
- 92.第六章 真実(6)
- 93.第六章 真実(7)
- 94.第六章 真実(8)
- 95.第六章 真実(9)
- 96.第六章 真実(10)
- 97.第六章 真実(11)
- 98.第六章 真実(12)
- 99.第六章 真実(13)
- 100.第六章 真実(14)
- 101.第六章 真実(15)
- 102.第六章 真実(16)
- 103.第六章 真実(17)
- 104.第六章 真実(18)
- 105.第六章 真実(19)
- 106.第七章 闘い(1)
- 107.第七章 闘い(2)
- 108.第七章 闘い(3)
- 109.第七章 闘い(4)
- 110.第七章 闘い(5)
- 111.第七章 闘い(6)
- 112.第七章 闘い(7)
- 113.第七章 闘い(8)
- 114.第七章 闘い(9)
- 115.第七章 闘い(10)
- 116.第七章 闘い(11)
- 117.第七章 闘い(12)
- 118.第七章 闘い(13)
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- 126.第七章 闘い(21)
- 127.第七章 闘い(22)
- 128.第七章 闘い(23)
- 129.第七章 闘い(24)
- 130.第七章 闘い(25)
- 131.【幕間】作品解説という名の、作者の妄想ネタを吐き出す場
- 132.第八章 再会(1)
- 133.第八章 再会(2)
- 134.第八章 再会(3)
- 135.第八章 再会(4)
- 136.第八章 再会(5)
- 137.第八章 再会(6)