よく分からないながら、凱は家に帰った。
(どうして時庭の名を聞いて、あんな反応をしたんだろう……?)
時庭と何かあったのか。あの盆踊りは一体、何だったのだろうか。———父と母、親戚の人達は、何か知っているのだろうか。
そこまで考え、ハッとする。
(そうだ。聞いてみよう。)
そう思いつくと、まず父の[漢字]書斎[/漢字][ふりがな]しょさい[/ふりがな]を訪ねた。コンコンと戸を叩く。返事はなかった。
「旦那様なら昼に、仕事に行かれましたよ。」
後ろから使用人にそう言われ、がっかりする。しかしすぐに、今度は母に聞こうと思い立つ。
むくりと立ち、母の部屋へ向かった。
「——内海馨? そんな人、知らないわ。ごめんなさい。」
母の部屋を訪ね、内海馨という人を知らないかと 彼の容姿と出会った経緯とともに聞いた凱だったが、母から返ってきた回答は、それだった。
「でも、薄い橙の瞳に薄い茶髪ね。……気になるわね。そんな人、この国では珍しいでしょう」
確かにそうだ。この国では、黒髪や焦茶の髪、瞳の色も焦茶から茶色が一般的である。
あれほど目立つ容姿をしているのだから———人に聞いて回ったら何か[漢字]掴[/漢字][ふりがな]つか[/ふりがな]めるだろうか。
そう考え込む凱に、母は口を開いた。
「まあいいわ。人に調べさせてみるわね。」
そう言って微笑んだ母に、凱はうなずく。
「頼みます。ありがとうございます、お母さん。」
ええ、と返事をした母を見て、凱は部屋を出た。
(姉さんの前でもそうすればいいのにな、母さん)
上品で、優しくて、思いやりがあって、おおらかな母。凱はそんな母が大好きだった。
でもそれは、姉以外の人間には、である。
少なくとも凱が物心ついた頃から、母は姉にいつも冷たかった。そして決まってそういう時は、親戚達も姉や姉の実母の陰口を叩く。
それでも凱の前では優しい母なので、母に何かを言いたくはなかった。
凱が生まれる前に散々傷ついてきたという母を、苦しめたくはなかった。
母を怒らせる姉が悪いとも思っていた。
母が姉を嫌っているという事実から逃れるように、凱は姉を見ないようにしていた。関わらないようにした。
小学校に入って、だんだんとそれが良くないことだと分かるようになった。それでも凱は母や姉への態度を変えないようにしていた。
母に裏切られたような気がしたからだ。まだ幼かった——数え十三になった今でも精神的には幼いだろうが——凱にとって、母が全てで、正しい存在だったから。
それに自分は 母に似たのか父に似たのか、進んで人のために何かできる性分ではなかった。姉を庇おうと考えると、母をはじめ誰か他の人に恨まれないか、姉が余計にみじめにならないか、そもそもちゃんと庇うことができるのかといろいろ考えてしまい、その勇気も出ずに結局何もできない。
姉にとっては辛いだろうが、凱は今の生活を変えたくはなかった。
そんな自分が余計嫌になる。
「はぁ……」
自分の部屋に戻りながら、凱はため息をつく。
考えても嫌な気分になるだけなので、別のことを考えるようにする。
(でも、あのお兄さん——馨さんについて調べてくれるのはありがたいな)
本人に隠れて調べてもらうことに罪悪感は感じるが、結果が楽しみでもあった。
(どうして時庭の名を聞いて、あんな反応をしたんだろう……?)
時庭と何かあったのか。あの盆踊りは一体、何だったのだろうか。———父と母、親戚の人達は、何か知っているのだろうか。
そこまで考え、ハッとする。
(そうだ。聞いてみよう。)
そう思いつくと、まず父の[漢字]書斎[/漢字][ふりがな]しょさい[/ふりがな]を訪ねた。コンコンと戸を叩く。返事はなかった。
「旦那様なら昼に、仕事に行かれましたよ。」
後ろから使用人にそう言われ、がっかりする。しかしすぐに、今度は母に聞こうと思い立つ。
むくりと立ち、母の部屋へ向かった。
「——内海馨? そんな人、知らないわ。ごめんなさい。」
母の部屋を訪ね、内海馨という人を知らないかと 彼の容姿と出会った経緯とともに聞いた凱だったが、母から返ってきた回答は、それだった。
「でも、薄い橙の瞳に薄い茶髪ね。……気になるわね。そんな人、この国では珍しいでしょう」
確かにそうだ。この国では、黒髪や焦茶の髪、瞳の色も焦茶から茶色が一般的である。
あれほど目立つ容姿をしているのだから———人に聞いて回ったら何か[漢字]掴[/漢字][ふりがな]つか[/ふりがな]めるだろうか。
そう考え込む凱に、母は口を開いた。
「まあいいわ。人に調べさせてみるわね。」
そう言って微笑んだ母に、凱はうなずく。
「頼みます。ありがとうございます、お母さん。」
ええ、と返事をした母を見て、凱は部屋を出た。
(姉さんの前でもそうすればいいのにな、母さん)
上品で、優しくて、思いやりがあって、おおらかな母。凱はそんな母が大好きだった。
でもそれは、姉以外の人間には、である。
少なくとも凱が物心ついた頃から、母は姉にいつも冷たかった。そして決まってそういう時は、親戚達も姉や姉の実母の陰口を叩く。
それでも凱の前では優しい母なので、母に何かを言いたくはなかった。
凱が生まれる前に散々傷ついてきたという母を、苦しめたくはなかった。
母を怒らせる姉が悪いとも思っていた。
母が姉を嫌っているという事実から逃れるように、凱は姉を見ないようにしていた。関わらないようにした。
小学校に入って、だんだんとそれが良くないことだと分かるようになった。それでも凱は母や姉への態度を変えないようにしていた。
母に裏切られたような気がしたからだ。まだ幼かった——数え十三になった今でも精神的には幼いだろうが——凱にとって、母が全てで、正しい存在だったから。
それに自分は 母に似たのか父に似たのか、進んで人のために何かできる性分ではなかった。姉を庇おうと考えると、母をはじめ誰か他の人に恨まれないか、姉が余計にみじめにならないか、そもそもちゃんと庇うことができるのかといろいろ考えてしまい、その勇気も出ずに結局何もできない。
姉にとっては辛いだろうが、凱は今の生活を変えたくはなかった。
そんな自分が余計嫌になる。
「はぁ……」
自分の部屋に戻りながら、凱はため息をつく。
考えても嫌な気分になるだけなので、別のことを考えるようにする。
(でも、あのお兄さん——馨さんについて調べてくれるのはありがたいな)
本人に隠れて調べてもらうことに罪悪感は感じるが、結果が楽しみでもあった。
- 1.第一章 始まり(1)
- 2.第一章 始まり(2)
- 3.第一章 始まり(3)
- 4.第一章 始まり(4)
- 5.第一章 始まり(5)
- 6.第一章 始まり(6)
- 7.第一章 始まり(7)
- 8.第一章 始まり(8)
- 9.第一章 始まり(9)
- 10.第一章 始まり(10)
- 11.第一章 始まり(11)
- 12.第一章 始まり(12)
- 13.第一章 始まり(13)
- 14.第二章 彼の妹(1)
- 15.第二章 彼の妹(2)
- 16.第二章 彼の妹(3)
- 17.第二章 彼の妹(4)
- 18.第二章 彼の妹(5)
- 19.第二章 彼の妹(6)
- 20.第二章 彼の妹(7)
- 21.第二章 彼の妹(8)
- 22.第二章 彼の妹(9)
- 23.第二章 彼の妹(10)
- 24.第二章 彼の妹(11)
- 25.第二章 彼の妹(12)
- 26.第二章 彼の妹(13)
- 27.第二章 彼の妹(14)
- 28.第二章 彼の妹(15)
- 29.第二章 彼の妹(16)
- 30.第二章 彼の妹(17)
- 31.第二章 彼の妹(18)
- 32.第二章 彼の妹(19)
- 33.第二章 彼の妹(20)
- 34.第三章 神社(1)
- 35.第三章 神社(2)
- 36.第三章 神社(3)
- 37.第三章 神社(4)
- 38.第三章 神社(5)
- 39.第三章 神社(6)
- 40.第三章 神社(7)
- 41.第三章 神社(8)
- 42.第三章 神社(9)
- 43.第三章 神社(10)
- 44.第三章 神社(11)
- 45.第三章 神社(12)
- 46.第三章 神社(13)
- 47.第三章 神社(14)
- 48.第三章 神社(15)
- 49.第三章 神社(16)
- 50.第三章 神社(17)
- 51.第三章 神社(18)
- 52.第三章 神社(19)
- 53.第三章 神社(20)
- 54.第三章 神社(21)
- 55.第三章 神社(22)
- 56.第三章 神社(23)
- 57.第四章 別れ(1)
- 58.第四章 別れ(2)
- 59.第四章 別れ(3)
- 60.第四章 別れ(4)
- 61.第四章 別れ(5)
- 62.第四章 別れ(6)
- 63.第四章 別れ(7)
- 64.第四章 別れ(8)
- 65.第四章 別れ(9)
- 66.第四章 別れ(10)
- 67.第五章 異変(1)
- 68.第五章 異変(2)
- 69.第五章 異変(3)
- 70.第五章 異変(4)
- 71.第五章 異変(5)
- 72.第五章 異変(6)
- 73.第五章 異変(7)
- 74.第五章 異変(8)
- 75.第五章 異変(9)
- 76.第五章 異変(10)
- 77.第五章 異変(11)
- 78.第五章 異変(12)
- 79.第五章 異変(13)
- 80.第五章 異変(14)
- 81.第五章 異変(15)
- 82. 第五章 異変(16)
- 83.第五章 異変(17)
- 84.第五章 異変(18)
- 85.第五章 異変(19)
- 86.第五章 異変(20)
- 87.第六章 真実(1)
- 88.第六章 真実(2)
- 89.第六章 真実(3)
- 90.第六章 真実(4)
- 91.第六章 真実(5)
- 92.第六章 真実(6)
- 93.第六章 真実(7)
- 94.第六章 真実(8)
- 95.第六章 真実(9)
- 96.第六章 真実(10)
- 97.第六章 真実(11)
- 98.第六章 真実(12)
- 99.第六章 真実(13)
- 100.第六章 真実(14)
- 101.第六章 真実(15)
- 102.第六章 真実(16)
- 103.第六章 真実(17)
- 104.第六章 真実(18)
- 105.第六章 真実(19)
- 106.第七章 闘い(1)
- 107.第七章 闘い(2)
- 108.第七章 闘い(3)
- 109.第七章 闘い(4)
- 110.第七章 闘い(5)
- 111.第七章 闘い(6)
- 112.第七章 闘い(7)
- 113.第七章 闘い(8)
- 114.第七章 闘い(9)
- 115.第七章 闘い(10)
- 116.第七章 闘い(11)
- 117.第七章 闘い(12)
- 118.第七章 闘い(13)
- 119.第七章 闘い(14)
- 120.第七章 闘い(15)
- 121.第七章 闘い(16)
- 122.第七章 闘い(17)
- 123.第七章 闘い(18)
- 124.第七章 闘い(19)
- 125.第七章 闘い(20)
- 126.第七章 闘い(21)
- 127.第七章 闘い(22)
- 128.第七章 闘い(23)
- 129.第七章 闘い(24)
- 130.第七章 闘い(25)
- 131.【幕間】作品解説という名の、作者の妄想ネタを吐き出す場
- 132.第八章 再会(1)
- 133.第八章 再会(2)
- 134.第八章 再会(3)
- 135.第八章 再会(4)
- 136.第八章 再会(5)
- 137.第八章 再会(6)