【カウントダウン投稿#16】靴ひもを結ぶ魔法
この町には、不思議な靴屋がある。
派手な看板もなく、セールの張り紙もない。通り過ぎようと思えば、簡単に見落としてしまう店だ。
最初にそこへ入ったのは、雨上がりの朝だった。
通学路で転び、靴ひもがほどけたまま立ち上がれずにいたとき、背後から声をかけられた。
「大丈夫?」
振り向くと、靴屋の前に立つ大人がいた。年齢はよく分からない。眠そうな目をしていて、急ぐ様子もなかった。
「靴ひも、結ぼうか」
断る理由もなく、うなずいた。
しゃがみ込んだその人は、驚くほど丁寧に靴ひもを整え、ゆっくりと結んだ。
「これで、今日は転びにくい」
根拠のない言葉だと思った。
けれど、その日は本当に一度も転ばなかった。
偶然だろうと考えた。
次の日も、また靴ひもを結んでもらった。
その日も、嫌なことが起きなかった。
テストでは焦らずに解けた。
友達との会話も、なぜか噛み合った。
三日目、四日目と続き、さすがに気になった。
「どうして、うまくいくんですか」
問いかけると、その人は少し考えるように間を置いた。
「結び目はね、気持ちを引っ張るんだ」 「気持ちを?」 「前に出たいときも、立ち止まりたいときもあるだろう」
意味はよく分からなかった。
でも、否定する気にもなれなかった。
それから、悩みがある日は靴屋に寄るようになった。
何も説明しなくても、靴ひもを結ぶ手つきが微妙に変わる。
大事な試合の前の日は、ほどけにくく。
不安な日は、締めすぎないように。
「これって、特別なことなんですか」 「特別に見えるだけだよ」
夏が近づいた頃、進路の話題が増えた。
周りは将来の夢を語るのに、自分だけが何も言えなかった。
その日、靴屋に行くと、いつもと違うことを言われた。
「今日は、自分で結んでみよう」 「……うまくできません」 「それでいい」
言われるまま、自分で靴ひもを結んだ。
左右はずれていて、結び目も歪んでいた。
「ちゃんと立ってる」 「これでいいんですか」 「立ててるなら、いい」
その言葉は、不思議と胸に残った。
それ以来、自分で靴ひもを結ぶ日が増えた。
うまくいく日も、そうでない日もある。
それでも、ときどき靴屋に寄る。
「今日はどうする?」 「今日は、普通で」
普通に結ばれた靴ひもは、特別なことを起こさない。
でも、足元は安定している。
この町に魔法があるかどうかは分からない。
ただ、誰かが足元を整えてくれるだけで、人は前に進める。
今日も、ちゃんと歩いている。
それで十分だと思えた。
派手な看板もなく、セールの張り紙もない。通り過ぎようと思えば、簡単に見落としてしまう店だ。
最初にそこへ入ったのは、雨上がりの朝だった。
通学路で転び、靴ひもがほどけたまま立ち上がれずにいたとき、背後から声をかけられた。
「大丈夫?」
振り向くと、靴屋の前に立つ大人がいた。年齢はよく分からない。眠そうな目をしていて、急ぐ様子もなかった。
「靴ひも、結ぼうか」
断る理由もなく、うなずいた。
しゃがみ込んだその人は、驚くほど丁寧に靴ひもを整え、ゆっくりと結んだ。
「これで、今日は転びにくい」
根拠のない言葉だと思った。
けれど、その日は本当に一度も転ばなかった。
偶然だろうと考えた。
次の日も、また靴ひもを結んでもらった。
その日も、嫌なことが起きなかった。
テストでは焦らずに解けた。
友達との会話も、なぜか噛み合った。
三日目、四日目と続き、さすがに気になった。
「どうして、うまくいくんですか」
問いかけると、その人は少し考えるように間を置いた。
「結び目はね、気持ちを引っ張るんだ」 「気持ちを?」 「前に出たいときも、立ち止まりたいときもあるだろう」
意味はよく分からなかった。
でも、否定する気にもなれなかった。
それから、悩みがある日は靴屋に寄るようになった。
何も説明しなくても、靴ひもを結ぶ手つきが微妙に変わる。
大事な試合の前の日は、ほどけにくく。
不安な日は、締めすぎないように。
「これって、特別なことなんですか」 「特別に見えるだけだよ」
夏が近づいた頃、進路の話題が増えた。
周りは将来の夢を語るのに、自分だけが何も言えなかった。
その日、靴屋に行くと、いつもと違うことを言われた。
「今日は、自分で結んでみよう」 「……うまくできません」 「それでいい」
言われるまま、自分で靴ひもを結んだ。
左右はずれていて、結び目も歪んでいた。
「ちゃんと立ってる」 「これでいいんですか」 「立ててるなら、いい」
その言葉は、不思議と胸に残った。
それ以来、自分で靴ひもを結ぶ日が増えた。
うまくいく日も、そうでない日もある。
それでも、ときどき靴屋に寄る。
「今日はどうする?」 「今日は、普通で」
普通に結ばれた靴ひもは、特別なことを起こさない。
でも、足元は安定している。
この町に魔法があるかどうかは分からない。
ただ、誰かが足元を整えてくれるだけで、人は前に進める。
今日も、ちゃんと歩いている。
それで十分だと思えた。
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