[水平線]
宇佐美リト目線に切り替わります。
[水平線]
明日の朝6時。
それは俺にとっては呪いの数字。
その瞬間、俺は散る。
その時が刻一刻と迫る。
逃げ出すこともできず、無意味に暇を潰す。
こんな最期が待っているなら、ヒーローになりたいなんて……夢見なければ……
いっそのこと早く楽になって、この恐怖と後悔から解放されたいと願うのに、朝が来るのが怖い。
太陽が憎い。東が憎い。
ヒーローを夢見た自分が憎い。
電気の点かない部屋が一生このまま暗ければいいのに。部屋の隅で体操座りをしている俺の股の下の影は真っ黒。
[小文字][明朝体]ポタン……[/明朝体][/小文字]
俺の目から零れ落ちた一滴の雫が、その暗闇に吸い寄せられていった。
今は何時だ。
壁の時計に視線をやる。パイライトが砕け散るまで、あと2時間。
あぁ、これが人生か。
「こいつの巻き添えを喰らって自分まで散ってたまるか」と言うように、沢山の冷たい水の粒が俺の目から逃げ出していく。
冷たい。寒い。怖い。
死にたくない。
コンコン
突然聞こえたノックの音にビクッと肩を震わせて、俺は扉の方を見た。咄嗟に鼻と目を袖で拭って、呼吸を何回か整えてから俺は尋ねた。
「どちら様ですか?」
「俺だよ。佐伯イッテツ」
聞き覚えのある声で、そう返事が返ってきた。心なしか彼の声が震えている。朝が来る前の夜はこんなにも静かだったのだろうか。彼の心臓の音さえ聞こえてくるようだった。
「出てきてくれよ。俺……やっぱり諦めらんないよ。もう一回夢を一緒に追いかけさせてくれ、頼む。俺と一緒に生きようよ」
一本の糸が途切れるような音を感じた。
[太字][大文字]「うるせぇ!!!」[/大文字][/太字]
俺は気付けば扉の前に立ち、扉の外にいるだろう彼に激しい怒りと嫌悪感をぶつけていた。
[太字][大文字]「誰が来てくれと頼んだ!不死身の貴様なんかに俺の何が分かるっていうんだ?!さっさと消え失せろ!!!」
[/大文字][/太字]
まるで空を切り裂く雷鳴のような、自分でも驚くほどの大声で俺は彼に罵声を浴びせた。どうせなら、不死身のコイツに代わりに行ってもらおうか。そんな事を考えてしまった自分が憎くて、彼のせいでもないのに俺は彼を罵った。彼はずっと、黙りこくっていた。いや……きっと彼は俺の最後の言葉まで聞かずに既に去っていたのだ。彼が居たはずの扉に触れた手は、乾燥した冷たさしか感じなかった。
[水平線]
部屋の様子が段々と分かりやすく見えるようになってきた。嫌な予感がして窓から覗いた空は、暗闇だったはずが淡いピンク色を東側に宿していた。
俺の最期の言葉が、俺を救おうとしてくれた人への罵りか。なんて無様で格好悪くて、ヒーローにあるまじき最期だ。
コンコン
俺は反射的に扉に向かって叫んだ。
「帰れって言ったろ!!」
[小文字][打消し]「哀しいよ…俺は…」[/打消し][/小文字]
扉の向こうの彼の言葉は、嗚咽で殆ど聞こえなかった。それが何とも腹立たしかった。なんでお前が俺なんかに構うんだ。
「ふざけんな...!…泣きたいのは俺だろうが…!」
時は無情に進んでいく。それを俺達の嗚咽が黙って見送る。俺達が死んでもなお続いていく時の行く末を見届けようと、下らない意地を張る。
どれだけ泣いただろう。俺は泣きつかれて、扉にもたれて腰を下ろした。彼もそうなのだろうか。薄い扉越しに、微かに彼の息遣いを感じた。
「なぁ……夢をもう一度お前と一緒に追い掛けさせてくれるって言ったよな」
そう尋ねた俺の声は掠れていた。そして「ああ」と答えた彼の声も嗄れていた。
「お前に出会うためだけに何度も死んで何度も生きてきたんだ」
彼の声を俺は確かにすぐ近くに感じていた。俺は彼の声を聞いているうちに、こんな事を考えた。
逃げ出そうか、と。
俺以外の人間は皆死んだんだ。特攻隊がほぼ全滅状態になったことを幹部に知らせる人間ももういない。俺が生きようが死のうが誰も気付かないのだから、と。
「なぁ、テツっていう名前だったっけ、お前。俺、やっぱりお前と一緒に生きたいや」
その直後、やはり朝焼けは静かなのだと気付いた時、俺は絶望した。
「おい、テツ……?何か答えてくれよ」
俺は鍵を開けて扉のドアノブに手を掛けて、強く引っ張った。だが、扉はびくともしなかった。
「なんで…?…なんで……?!」
扉をガタガタと揺らす。ガチャガチャと何かが引っ掛かる。肝心な時にドアが開かない。冷や汗が噴き出し手汗で滑りそうになるのをズボンの裾で何度も拭きながら、扉を開けようと試みるも、返ってくるのは金属音。
やっぱり……俺は1人で死んでいく……のか……?
「テツ!!」
[太字][大文字]ガシャン!!![/大文字][/太字]
ガラスが激しく砕け散る音が背後から聞こえて、俺は反射的にしゃがんで頭を守りながら後ろを振り向いた。そこには、鉄パイプを左手に持ち、右手を俺に差し伸べる彼がいた。
「ずっとその言葉を待ってた」
そう言う彼の頬には、一筋の涙が伝っていた。彼が壊した窓から差し込む朝日は、人生で一番綺麗な朝日だった。
「俺と握手をしよう」
そう言った彼の手を握って、俺は立ち上がった。とても冷たい俺の手を、彼の熱が溶かしていく。
「テツ、お願いがあるんだ」
カチ……
時計の針が6時1分を指していた。テツは俺の手を強く握ったまま、真っ直ぐと俺の目を見つめていた。鋭い切れ長の瞳の奥に、少年のような不格好な優しさが垣間見える。
「最後にボレアリスに……故郷にお別れをさせてくれないか。東域との境目を流れるあの川で待ち合わせをしよう。明日には必ず会いに行くから」
テツは俺の手を一層強く掴み、しっかりと頷いた。
俺は深呼吸をして、朝の空気を精一杯吸い込んだ。テツが窓を壊してくれたお陰だろうか。朝の空気が、何だかいつもよりも少しだけ美味しく感じた。
宇佐美リト目線に切り替わります。
[水平線]
明日の朝6時。
それは俺にとっては呪いの数字。
その瞬間、俺は散る。
その時が刻一刻と迫る。
逃げ出すこともできず、無意味に暇を潰す。
こんな最期が待っているなら、ヒーローになりたいなんて……夢見なければ……
いっそのこと早く楽になって、この恐怖と後悔から解放されたいと願うのに、朝が来るのが怖い。
太陽が憎い。東が憎い。
ヒーローを夢見た自分が憎い。
電気の点かない部屋が一生このまま暗ければいいのに。部屋の隅で体操座りをしている俺の股の下の影は真っ黒。
[小文字][明朝体]ポタン……[/明朝体][/小文字]
俺の目から零れ落ちた一滴の雫が、その暗闇に吸い寄せられていった。
今は何時だ。
壁の時計に視線をやる。パイライトが砕け散るまで、あと2時間。
あぁ、これが人生か。
「こいつの巻き添えを喰らって自分まで散ってたまるか」と言うように、沢山の冷たい水の粒が俺の目から逃げ出していく。
冷たい。寒い。怖い。
死にたくない。
コンコン
突然聞こえたノックの音にビクッと肩を震わせて、俺は扉の方を見た。咄嗟に鼻と目を袖で拭って、呼吸を何回か整えてから俺は尋ねた。
「どちら様ですか?」
「俺だよ。佐伯イッテツ」
聞き覚えのある声で、そう返事が返ってきた。心なしか彼の声が震えている。朝が来る前の夜はこんなにも静かだったのだろうか。彼の心臓の音さえ聞こえてくるようだった。
「出てきてくれよ。俺……やっぱり諦めらんないよ。もう一回夢を一緒に追いかけさせてくれ、頼む。俺と一緒に生きようよ」
一本の糸が途切れるような音を感じた。
[太字][大文字]「うるせぇ!!!」[/大文字][/太字]
俺は気付けば扉の前に立ち、扉の外にいるだろう彼に激しい怒りと嫌悪感をぶつけていた。
[太字][大文字]「誰が来てくれと頼んだ!不死身の貴様なんかに俺の何が分かるっていうんだ?!さっさと消え失せろ!!!」
[/大文字][/太字]
まるで空を切り裂く雷鳴のような、自分でも驚くほどの大声で俺は彼に罵声を浴びせた。どうせなら、不死身のコイツに代わりに行ってもらおうか。そんな事を考えてしまった自分が憎くて、彼のせいでもないのに俺は彼を罵った。彼はずっと、黙りこくっていた。いや……きっと彼は俺の最後の言葉まで聞かずに既に去っていたのだ。彼が居たはずの扉に触れた手は、乾燥した冷たさしか感じなかった。
[水平線]
部屋の様子が段々と分かりやすく見えるようになってきた。嫌な予感がして窓から覗いた空は、暗闇だったはずが淡いピンク色を東側に宿していた。
俺の最期の言葉が、俺を救おうとしてくれた人への罵りか。なんて無様で格好悪くて、ヒーローにあるまじき最期だ。
コンコン
俺は反射的に扉に向かって叫んだ。
「帰れって言ったろ!!」
[小文字][打消し]「哀しいよ…俺は…」[/打消し][/小文字]
扉の向こうの彼の言葉は、嗚咽で殆ど聞こえなかった。それが何とも腹立たしかった。なんでお前が俺なんかに構うんだ。
「ふざけんな...!…泣きたいのは俺だろうが…!」
時は無情に進んでいく。それを俺達の嗚咽が黙って見送る。俺達が死んでもなお続いていく時の行く末を見届けようと、下らない意地を張る。
どれだけ泣いただろう。俺は泣きつかれて、扉にもたれて腰を下ろした。彼もそうなのだろうか。薄い扉越しに、微かに彼の息遣いを感じた。
「なぁ……夢をもう一度お前と一緒に追い掛けさせてくれるって言ったよな」
そう尋ねた俺の声は掠れていた。そして「ああ」と答えた彼の声も嗄れていた。
「お前に出会うためだけに何度も死んで何度も生きてきたんだ」
彼の声を俺は確かにすぐ近くに感じていた。俺は彼の声を聞いているうちに、こんな事を考えた。
逃げ出そうか、と。
俺以外の人間は皆死んだんだ。特攻隊がほぼ全滅状態になったことを幹部に知らせる人間ももういない。俺が生きようが死のうが誰も気付かないのだから、と。
「なぁ、テツっていう名前だったっけ、お前。俺、やっぱりお前と一緒に生きたいや」
その直後、やはり朝焼けは静かなのだと気付いた時、俺は絶望した。
「おい、テツ……?何か答えてくれよ」
俺は鍵を開けて扉のドアノブに手を掛けて、強く引っ張った。だが、扉はびくともしなかった。
「なんで…?…なんで……?!」
扉をガタガタと揺らす。ガチャガチャと何かが引っ掛かる。肝心な時にドアが開かない。冷や汗が噴き出し手汗で滑りそうになるのをズボンの裾で何度も拭きながら、扉を開けようと試みるも、返ってくるのは金属音。
やっぱり……俺は1人で死んでいく……のか……?
「テツ!!」
[太字][大文字]ガシャン!!![/大文字][/太字]
ガラスが激しく砕け散る音が背後から聞こえて、俺は反射的にしゃがんで頭を守りながら後ろを振り向いた。そこには、鉄パイプを左手に持ち、右手を俺に差し伸べる彼がいた。
「ずっとその言葉を待ってた」
そう言う彼の頬には、一筋の涙が伝っていた。彼が壊した窓から差し込む朝日は、人生で一番綺麗な朝日だった。
「俺と握手をしよう」
そう言った彼の手を握って、俺は立ち上がった。とても冷たい俺の手を、彼の熱が溶かしていく。
「テツ、お願いがあるんだ」
カチ……
時計の針が6時1分を指していた。テツは俺の手を強く握ったまま、真っ直ぐと俺の目を見つめていた。鋭い切れ長の瞳の奥に、少年のような不格好な優しさが垣間見える。
「最後にボレアリスに……故郷にお別れをさせてくれないか。東域との境目を流れるあの川で待ち合わせをしよう。明日には必ず会いに行くから」
テツは俺の手を一層強く掴み、しっかりと頷いた。
俺は深呼吸をして、朝の空気を精一杯吸い込んだ。テツが窓を壊してくれたお陰だろうか。朝の空気が、何だかいつもよりも少しだけ美味しく感じた。