(あぁ……これは厳しいか…な?)
鬱蒼と繁った低木に身を屈めて、葉の隙間から見える衛兵をひっそりと伺う。
謎の組織に薬を飲まされたあの離島から、ひたすら泳いで辿り着いたのは、敵国と紛争中のボレアリス。離島の海辺に漂着した苔まみれの小瓶の中の手紙で初めて名前を知り、俺の腰にいつの間にか装着されていたデバイスで後の仲間なのだと知ったあの男を探して、ここまでやって来た。
『Your mate is around here;Rito Usami』
デバイスには真っピンクの画面を背景に黒の文字でそう表示がされている。道中気付いたが、デバイスの隅っこのアイコンをタップするとマップ機能が使える。目的地はオレンジが若干混ざった黄色。現在地は、茶色なのか紫なのかの微妙な境目にあるような色。なんで…もっと、こう…蛍光色とかでもなく……こんな中途半端な色なんだ。
それはさておき。恐らくこのボレアリス特攻隊の中に俺の仲間はいるが、彼に会うには5人の衛兵の監視をすり抜けないといけない。ザッザッと彼らの足音が繁みに近付いてきてはグッと呼吸を止める。キラリと何かが光る。それは、彼らの手に握られた鋭い銃剣。正面突破するのは無謀だろうか。
そっと首に手を触れる。
(ここで何回か死んでおくか?)
ボレアリスに着くまでの道中で気付いたことは3つ。1つは、デバイスで仲間の名前と居場所が分かること。もう一つは、俺が死んでも生き返ること。そして、猫が九匹俺の周りにいること。道中で海で溺れ死んだり、腹が空きすぎて食った何かが毒を持っていて死んだりしたが、何事もなかったかのように俺は生き返ってきた。その分、俺が一回生き返ると猫は一匹ずつ減っていった。だが、俺が煙草を吸うと次の日くらいにいつの間にか増えている。推測だが、俺が煙草を吸うと1日かけて猫が一匹生まれて、1日に死ねる回数が補われる。ただし、猫の数が最大で九匹なのを考えると、1日に死ぬことが出来るのは9回まででそれを越えたら俺は本当に死ぬらしい。
(仮に衛兵を突破出来ても、中で殺されまくったら意味ねぇな…ここは一旦諦め―――)
[太字][大文字]ズガガガッ!![/大文字][/太字]
え。
衛兵のうちの4人が、フッと視界から消えた。
誰かが叫んだ。
[太字][大文字]「奇襲だ!!」[/大文字][/太字]
奇襲?!
まだこんなに明るいのに?!
奇襲って、夜が相場なんじゃないの?!
どうやら秘密裏に駐屯地の地下を掘って隠れていたらしい敵軍兵士が、何百人と土の中から姿を現しては駐屯地に突撃していく。特攻隊の駐屯地からは血相を変えてボレアリス兵士が飛び出してくる。敵味方問わずの断末魔が響き渡る阿鼻叫喚地獄の中で―――
ほんの一瞬、空気が変わった気がした。時が止まったような、何もかもが動きを失ったような感覚だ。
そして世界が動きを取り戻した時、物凄い勢いで何かが頭上を掠めて飛んでいった。
ヒトノカタチだ。
まだ生きている敵軍兵士が弾丸のような勢いで何者かによって飛ばされていく。
「わぁ!!」
それは俺の真隣にも飛んできた。唇が微かに動いているから命こそ失ってはいないが、全身の骨でも折れているのだろうか、音速、いや光速くらいの速さで繁みに投げ込まれた敵軍兵士は最早死人も同然だった。
雄叫びと断末魔と悲鳴が入り混じって、壊れたサイレンの中に放り込まれたような音が鳴り響く。俺は、激しく揺れる繁みの葉の隙間から外を覗き込んだ。
「何……あいつ……」
あいつを見た瞬間、恐怖で瞳孔が揺れた。俺の目に映っていたのは、何人もの敵軍兵士を簡単に投げ飛ばしていく男だった。化け物のように巨大な身体で、破れた軍服から見えた筋肉はとてつもなく、飛び掛かる兵士を消しカスのように扱う男だった。
「だぁ?!!」
男に投げ飛ばされた敵軍兵士の顔面が、突如として俺の視界を瞬く間に占領していく。ほぼ意識を失った兵士とキスしてしまう寸前で、俺は海老反りになって避ける。バサッと尻餅をついて、地面に付いた手の平に小さな小枝がチクチクと刺さる。俺が倒れた反動で、繁みが揺れた。飛ばされた男は、俺の真隣の地面に上半身がめり込んでいた。
カサカサ……
葉が擦れた音だけがした。嵐が過ぎ去った世界は静かで、嵐を耐え抜いた大木だけが虚しく立っていた。男は、どこを見るわけでもなく、目的もなく存在しているだけに見えた。だが、男の限りなくオレンジに近い髪色と毛先だけが緑の髪が、悲惨な現場に似合わず美しい。奇襲攻撃された駐屯地は、男が敵を蹴散らしたお陰で建物の形こそ保っているものの、敵どころか味方さえいなくなってしまった後は、その建物には何の意味もない。
スッと諦めたように肩を落として、男は形ばかりの駐屯地に戻っていく。たった一人で。
(俺の仲間…死んじゃったな…)
小鳥が何処かでチュンチュンと囀る。レクイエムのように寂しい声だ。俺はダメ元でデバイスを手に取り、マップ機能で表示を確かめる。
黄色い点が、現在地から徐々に遠ざかっていく。それは、駐屯地に向かっていく。まさに、男と同じ動きをしている。まさか……あの無敵兵器みたいな男に俺、話し掛けにいかないといけないの…?
[小文字]「いや、無理無理無理無理。いや、ちょッ、俺、これは無理無理。ちょ、こ、こ、こ〜れ〜は怖、いやムリムリムリムリ」
[/小文字]
[大文字]「お前さ」[/大文字]
知らない声が真上から聞こえてきて、俺はバッと顔を上げた。太陽を遮るようにして、筋肉隆々の男が俺を覗き込んでいた。
なんて優しい目なんだ。
それが、俺の第一印象だった。
ピピピピ!
腰のデバイスから軽快な電子音。―――こいつだ。
「敵でも味方でもないみたいだが、ここで何をしているんだ。今はもう俺しか残っていないけど、昨日までなら衛兵に捕まって処刑された挙句見せしめだぞ」
「いや、大丈夫。5回くらい処刑した段階で諦めるか、期間限定の不死身兵士として雇われたんじゃないかな」
俺は立ち上がって、尻の土を手で軽く払った。俺はもう、目の前の男の名前を知っている。俺の言葉に、彼は眉をひそめて「は?」と首を傾げた。
「俺の名前は佐伯イッテツ。あんたに会いに来た」
なんで俺達がこの世界で出会うことになったのか。そんなもの、俺が永遠に生きてもきっと分からない。そして神様仏様もきっと知らない。それでも、たとえ理由がなくても意味がなくても、生まれる縁はある。
たとえば、今俺の目の前にあるやつのように。
鬱蒼と繁った低木に身を屈めて、葉の隙間から見える衛兵をひっそりと伺う。
謎の組織に薬を飲まされたあの離島から、ひたすら泳いで辿り着いたのは、敵国と紛争中のボレアリス。離島の海辺に漂着した苔まみれの小瓶の中の手紙で初めて名前を知り、俺の腰にいつの間にか装着されていたデバイスで後の仲間なのだと知ったあの男を探して、ここまでやって来た。
『Your mate is around here;Rito Usami』
デバイスには真っピンクの画面を背景に黒の文字でそう表示がされている。道中気付いたが、デバイスの隅っこのアイコンをタップするとマップ機能が使える。目的地はオレンジが若干混ざった黄色。現在地は、茶色なのか紫なのかの微妙な境目にあるような色。なんで…もっと、こう…蛍光色とかでもなく……こんな中途半端な色なんだ。
それはさておき。恐らくこのボレアリス特攻隊の中に俺の仲間はいるが、彼に会うには5人の衛兵の監視をすり抜けないといけない。ザッザッと彼らの足音が繁みに近付いてきてはグッと呼吸を止める。キラリと何かが光る。それは、彼らの手に握られた鋭い銃剣。正面突破するのは無謀だろうか。
そっと首に手を触れる。
(ここで何回か死んでおくか?)
ボレアリスに着くまでの道中で気付いたことは3つ。1つは、デバイスで仲間の名前と居場所が分かること。もう一つは、俺が死んでも生き返ること。そして、猫が九匹俺の周りにいること。道中で海で溺れ死んだり、腹が空きすぎて食った何かが毒を持っていて死んだりしたが、何事もなかったかのように俺は生き返ってきた。その分、俺が一回生き返ると猫は一匹ずつ減っていった。だが、俺が煙草を吸うと次の日くらいにいつの間にか増えている。推測だが、俺が煙草を吸うと1日かけて猫が一匹生まれて、1日に死ねる回数が補われる。ただし、猫の数が最大で九匹なのを考えると、1日に死ぬことが出来るのは9回まででそれを越えたら俺は本当に死ぬらしい。
(仮に衛兵を突破出来ても、中で殺されまくったら意味ねぇな…ここは一旦諦め―――)
[太字][大文字]ズガガガッ!![/大文字][/太字]
え。
衛兵のうちの4人が、フッと視界から消えた。
誰かが叫んだ。
[太字][大文字]「奇襲だ!!」[/大文字][/太字]
奇襲?!
まだこんなに明るいのに?!
奇襲って、夜が相場なんじゃないの?!
どうやら秘密裏に駐屯地の地下を掘って隠れていたらしい敵軍兵士が、何百人と土の中から姿を現しては駐屯地に突撃していく。特攻隊の駐屯地からは血相を変えてボレアリス兵士が飛び出してくる。敵味方問わずの断末魔が響き渡る阿鼻叫喚地獄の中で―――
ほんの一瞬、空気が変わった気がした。時が止まったような、何もかもが動きを失ったような感覚だ。
そして世界が動きを取り戻した時、物凄い勢いで何かが頭上を掠めて飛んでいった。
ヒトノカタチだ。
まだ生きている敵軍兵士が弾丸のような勢いで何者かによって飛ばされていく。
「わぁ!!」
それは俺の真隣にも飛んできた。唇が微かに動いているから命こそ失ってはいないが、全身の骨でも折れているのだろうか、音速、いや光速くらいの速さで繁みに投げ込まれた敵軍兵士は最早死人も同然だった。
雄叫びと断末魔と悲鳴が入り混じって、壊れたサイレンの中に放り込まれたような音が鳴り響く。俺は、激しく揺れる繁みの葉の隙間から外を覗き込んだ。
「何……あいつ……」
あいつを見た瞬間、恐怖で瞳孔が揺れた。俺の目に映っていたのは、何人もの敵軍兵士を簡単に投げ飛ばしていく男だった。化け物のように巨大な身体で、破れた軍服から見えた筋肉はとてつもなく、飛び掛かる兵士を消しカスのように扱う男だった。
「だぁ?!!」
男に投げ飛ばされた敵軍兵士の顔面が、突如として俺の視界を瞬く間に占領していく。ほぼ意識を失った兵士とキスしてしまう寸前で、俺は海老反りになって避ける。バサッと尻餅をついて、地面に付いた手の平に小さな小枝がチクチクと刺さる。俺が倒れた反動で、繁みが揺れた。飛ばされた男は、俺の真隣の地面に上半身がめり込んでいた。
カサカサ……
葉が擦れた音だけがした。嵐が過ぎ去った世界は静かで、嵐を耐え抜いた大木だけが虚しく立っていた。男は、どこを見るわけでもなく、目的もなく存在しているだけに見えた。だが、男の限りなくオレンジに近い髪色と毛先だけが緑の髪が、悲惨な現場に似合わず美しい。奇襲攻撃された駐屯地は、男が敵を蹴散らしたお陰で建物の形こそ保っているものの、敵どころか味方さえいなくなってしまった後は、その建物には何の意味もない。
スッと諦めたように肩を落として、男は形ばかりの駐屯地に戻っていく。たった一人で。
(俺の仲間…死んじゃったな…)
小鳥が何処かでチュンチュンと囀る。レクイエムのように寂しい声だ。俺はダメ元でデバイスを手に取り、マップ機能で表示を確かめる。
黄色い点が、現在地から徐々に遠ざかっていく。それは、駐屯地に向かっていく。まさに、男と同じ動きをしている。まさか……あの無敵兵器みたいな男に俺、話し掛けにいかないといけないの…?
[小文字]「いや、無理無理無理無理。いや、ちょッ、俺、これは無理無理。ちょ、こ、こ、こ〜れ〜は怖、いやムリムリムリムリ」
[/小文字]
[大文字]「お前さ」[/大文字]
知らない声が真上から聞こえてきて、俺はバッと顔を上げた。太陽を遮るようにして、筋肉隆々の男が俺を覗き込んでいた。
なんて優しい目なんだ。
それが、俺の第一印象だった。
ピピピピ!
腰のデバイスから軽快な電子音。―――こいつだ。
「敵でも味方でもないみたいだが、ここで何をしているんだ。今はもう俺しか残っていないけど、昨日までなら衛兵に捕まって処刑された挙句見せしめだぞ」
「いや、大丈夫。5回くらい処刑した段階で諦めるか、期間限定の不死身兵士として雇われたんじゃないかな」
俺は立ち上がって、尻の土を手で軽く払った。俺はもう、目の前の男の名前を知っている。俺の言葉に、彼は眉をひそめて「は?」と首を傾げた。
「俺の名前は佐伯イッテツ。あんたに会いに来た」
なんで俺達がこの世界で出会うことになったのか。そんなもの、俺が永遠に生きてもきっと分からない。そして神様仏様もきっと知らない。それでも、たとえ理由がなくても意味がなくても、生まれる縁はある。
たとえば、今俺の目の前にあるやつのように。