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太陽と月が手を繋ぐ刻――東西英雄譚――【njsj曲パロ】

#1

運命の歯車が狂った日

[水平線]
佐伯目線
[水平線]
日も暮れて辺りが静まり返る時間帯。海辺の潮は腐敗した海藻の香りがする。巣に帰り損ねた一羽のカラスが、漸く思い出したように一鳴きして山の方角に飛んで行った。

閑散とした商店街。ゴミ袋の中の残飯を巡る、ギャングのような野良猫の闘争。傍観者の空と地面は、今朝の雨でまだ湿っている。

少年漫画で言うならば見栄えのいいバトルが繰り広げられても良いようなのに、この世界はそんなに格好よくはない。もう使えなくなった家電製品が川辺に放棄されて、苔に覆われて忘れ去られていくような機械仕掛けの、神様の下手な図画工作。俺もその一人。誰かと戦える力もなく、誰かに抗える勇気もなく、世界を愛せる気概もなく、言葉にならない怒りと劣等意識に身を任せて歩いている。残飯巡りの闘争に入り損ねた一匹の薄汚れた犬が、食い荒らされた生ごみに背を向けて惨めに帰っていく。



――俺も仲間に入れてくれないか?




昼間に言われた理不尽な嫌味が、ガムのように耳の奥にへばり付いて、脳までも浸食していく感じがする。自分を正当化する俺と、それを責め立てる俺と、それに言い返す俺と、逆切れする俺。俺だらけの無様な喧嘩に耳を傾けてくれる人はいなくて、ただただ俺の心臓が疲弊する。一人の「俺」を生かすだけでも精一杯なのに、そんなに沢山騒がれたら困るという声が聞こえてきそうだ。

家にも帰りたくなくて、時間を消費するために何度遠回りしたことか。家に帰ってしまえば、いよいよ俺の世界には何も残らない気がした。



「何だあれ」


どの店もシャッターを閉じたり、”CLOSED”や『閉店しました』の張り紙をしている中、一か所だけ光が灯っていた。そこだけが眩しくて、ますます世界が寂れて見える。雰囲気は居酒屋に似ているが、それらしき看板は見当たらず、客はおろか中に店員がいる気配すらしない。だが俺は、チョウチンアンコウに魅了される小魚みたいに引き寄せられるように、その店らしき店の前まで行った。




『ご自由にお入りください』


薄汚れた木の扉の張り紙が、恐らく雨で歪んだであろう文字で俺を出迎えてくれた。依然として人の気配がしないその店の窓の向こうには、質素なカウンターと見慣れぬワインの瓶が立ち並ぶ陳列棚が見える。それらを照らすオレンジ色の蝋燭が暖かそうで、今にも取れてしまいそうな取っ手を回して俺は一歩踏み入れた。




それが間違いだったのか、結果的には良かったのか。少なくとも、俺の人生の歯車を狂わされた瞬間であったことに間違いはない。




俺が一歩踏み入れたのを待っていたかのように、店の奥の暗がりから、一人の男が「いらっしゃい」と現れた。

「項垂れてんなぁ、兄ちゃん。話聞こかぁ?」

語尾を伸ばす癖があるらしいその男は、まだ席に座ってすらいない俺に煙草を渡してきた。成人して間もなかった俺は煙草を吸ったことが無く、手の平に置かれた一本をジトッと見つめるしかなかった。

「湿気た面してんなぁ、加湿器として雇たろかぁ」

半分冗談混じりの声で彼は俺の前に火のついた蝋燭を持ってくる。揺ら揺らとオレンジ色の灯火が揺れる。

「何やぁ?何があったぁ」

そう言って彼は俺に、手に持っている煙草に蝋燭の火を点けるようにと促す。確かに彼の行動と様相に警戒心を抱いていた自分もいたが、この際試しに煙草を吸ってやろうじゃないかと自棄糞になった自分がそれを押し退けた。

初めて吸った煙草は、とても苦かった。咽るように煙草の煙を吐き出すのと一緒に、俺は心に溜まったネガティブな感情諸々を吐いた。吐き出していく感情は苦いという言葉では言い表せないほどに悍ましい味をしていて、煙草が寧ろほんのりと甘く感じられさえした。

「そりゃ酷っでえ。ちょい待ってなぁ」

俺の話に軽く耳を傾けていた彼が、カウンターの引き出しから何かを取り出す。ゴソゴソと俺の目に見えないところで何かを弄り、取り出したのはもう1本の煙草。今俺が吸っているものと殆ど見た目は似ている。

「これ吸って元気出しなぁ」

そう言って彼はその煙草に壊れかけのライターで火を灯し、まだ8割以上も吸い残した煙草を俺の手から奪い取り、新しい煙草を俺に手渡した。そして俺は言われるがままに煙草を口に近付ける。右手の壁に掛かる鏡に映る彼の顔が、俺をほくそ笑んでいた気がした。




「hnんっ?!」


甘ったるい砂糖の煮詰め液が鼻腔を通って、脳をガンと殴るような衝撃。


三半規管は、突如としてやってきた魅惑の天女に酔い痴れてボイコット。


水に水彩絵の具を垂らしたように世界が歪む。



彼の声が耳元に聞こえた。

「被験体02434番。ちと痛いか知らんがぁ、頑張りやぁ?」

カチッという硬い音とともに、首輪のような何かが首に付けられた感触。





ガン!!





全身を打ち付けるような痛みと頭部への衝撃で目が覚める。手足が動かせない。より一層強い潮の香り。目の前で黒い青い波が、俺を飲み込もうというように揺れる。



え………?



状況把握もままならないまま、誰かが硬い革靴で俺の背中を蹴り飛ばした。フワリと宙に身体が浮く。


砂嵐のような浪の音とともに、俺の意識は再び途切れた。

作者メッセージ

使用楽曲:シャンティ wotaku

2026/04/18 00:17

花火
ID:≫ 6.vyqE1zzWDXY
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