部活終わり。夏の終わりかけ。秋ほどではないけれど、前よりも少し早めに太陽がウトウトし始める時間。
中高一貫校に通う私は美術部に所属すること4年。始めは不快に感じていた、絵の具の色に薄っすら染まった爪の汚れにも慣れた。
昨晩、好きなYoutube動画を漁りすぎて寝不足な私は、帰宅後も勉強しないといけない。いつもは玄関を出たら真っ直ぐ校門を目指すが、今日は飲み物を買うために少し迂回する。玄関を出て、いつもは右のところを左に曲がり、第3体育館前に立ち並ぶ自販機を目指して歩く。コーヒーが王道か、ココアでも良いか、紅茶にするか、何なら抹茶オレがあれば嬉しいが。そんなことを考えている間に、2羽のカラスの影が、まるで競争をするように忙しなく足元を過ぎ去っていった。
やっと自販機の前に着いた。中高一貫校の定めなのか、いちいち移動が長すぎる。数分しか経っていないけれど、雲が少しズレて太陽の残り火を覆ったので、急に日が暮れてしまったように感じる。
すぐ近くのグラウンドから女子ソフトバレー部の甲高い掛け声。目の前の体育館からはバレー部やバスケット部の、靴底が床と擦れるキュッキュッとした音。校舎を挟んだ向こうのグラウンドからは、野球部の野太い掛け声。誰にも構ってもらえず、少し寂しげな自販機を私は眺める。西日を反射する眩しい陳列に目を細める。期間限定のイチゴ味カルピスに目が留まる。カフェインを摂取するという目的を完全に忘れて、「期間限定」という売り文句に見事に引っ掛かって、私は180円を入れるために硬貨投入口に手を伸ばす。
「パシン!!」
体育館の隣の剣道場から、諺ではないが、まさに竹を割ったような音が聞こえた。キエェ゙ーッとも、何とも表現のしようがない翼竜のような声も聞こえる。ガコンッと取り出し口に落ちてきたカルピスの、ヒンヤリと冷えたペットボトルを手に取って剣道場の窓をチラリと覗き込む。
10人くらいの部員がそれぞれペアを組んで向かい合い、面を被って竹刀を振りかざしている。到底自分には無理な所業だと思って、万が一にも勧誘される前に去ろうとした時、休憩の合図らしき笛が鳴って、部員たちがピタリと動きを止めた。そして、部員みんなで部屋のある一角に向かっていく。そこには2Lサイズの水筒が丁寧に並べられている。ちょうど私の視線の先にいた一人の部員が、面を外した。
面を外して小さく頭を振る仕草。汗で少し濡れた髪。面を外した直後は真剣だった彼の目が、部活仲間に話し掛けられたら優しそうで可愛らしい目になった。
何だか見てはいけないものを見た気がして、叫んでしまわないように口を手で覆ってその場にしゃがみ込む。喧しい鼓動を抑えようと胸に手を伸ばすほど、喧しくなっていく鼓動。
これが所謂、一目惚れなのかもしれない。つい先日、同級生から片思いの恋愛相談を受けて他人事な返事を返したばかりの私は、そんなことを思った。
誰かに…いや、彼だけには見られてしまわないように私は逃げるようにその場を去った。もう一度だけ彼の姿を見てみたかったけれど、そんな事をしたら私の心臓が破裂してしまいそうで、せっかく買ったいちごカルピスを一口も飲まずに帰宅した。
[水平線]
次の週。数週間後の文化祭は、私達美術部にとっては一大イベント。私たちが皆の前で何かを発表することはないけれど、他の部活の発表の宣伝ポスターや宣伝旗を作る仕事がある。
「じゃあ、今たぶん部活やってる最中だと思うから、連絡お願いできる?」
美術部の中でも一番美術歴が長い私は、何かと部活の顧問に信頼されていて、今年も美術部と他部活の伝書鳩の役割を仰せつかった。どんなデザインにしてほしいのかや何を舞台で披露するのかを予め教えてもらったら、それを元に私たちがが考えた複数のデザインの候補を見てもらい、どのデザインが良いか選んでもらったら私たちがポスターや旗を完成させ、文化祭の最低でも三日前には最終確認をしてOKを出してもらうという、何とも忙しい時期だ。
「んじゃね〜」
「バイバーイ、バスケ頑張れ〜」
バスケット部の部長を務める友人と軽くお別れをして、部活表の《バスケット部》のところにペンでチェックを入れる。出来るだけ最短距離で済むように、敢えて表の記載順を無視してきた。まだ行ってない最後の部活のチェック欄が綺麗なまま、表の真ん中より少し下に残っている。
《剣道部》
先週の自分を思い出して、若干の恥ずかしさを感じて口元が緩む。だけど、もしかしたら彼に対応してもらえないかしらと可愛らしい期待を仄かに抱いて、口元を引き締めて剣道場を訪れる。
迷惑にならないように休憩時間に訪れたが、流石武道をしている人たちだからか、休憩時間でさえ空気が張り詰めている気がした。そんな場所に、ノホホンと入っていく勇気はなかなか出なかったが、何とか頑張って一歩踏み出した。
「あー……あのぅ、すみません。美術部なんですけど…」
ピンッと張った空気の中を、緊張した私の間抜けな声が流れた。まるで武士みたいな部員たちが、一斉に私の方を向く。別に彼らは怒っているようには見えなかったけれど、あまりの気迫に萎縮してしまう。
「あぁ!」
部屋の隅の方で床に腰を下ろしていた一人が思い出したようにパンと両手を叩いて立ち上がり、私の所へ小走りで向かってきた。私の身体の中を、温かい電流のようなものが流れる。前は、はっきりと顔立ちまでは確認できなかったけれど、雰囲気や立ち振る舞いから間違いなく「あの人だ」と分かってしまった。
「すみません、わざわざ来てもらって」
初めて聴いた彼の声は、私が想像していたよりもずっと優しかった。
[水平線]
「えっと、今年はスペシャルな感じで、女子薙刀部と剣道部が戦ったらどっちが勝つかっていうのを初の試みでやってみようかなぁ、と。あとは例年通り、流行歌に合わせて技を披露するんで…」
道場を出てすぐ左手にある木製の古いベンチに私達は腰を下ろして、ポスターや旗のデザインに関して業務的な会話をしていた。次から次へとデザインの案が思い浮かぶ。リアルな絵にするか、アニメ調にするか。躍動感を出すなら、真っ赤な花でも散らしてみようか。書道部に協力してもらって力強いフォントの見出しで目を引くのもアリかもしれない。
「使う流行歌って決まってますか?決まってたら、題名に沿ったデザインとかにしてみても良いかなって」
「あー、サビだけに合わせてやるんで、10曲くらいあるんですけど…」
道場の中が一瞬だけザワつき、一人の部員が私達の様子を見にヒョコッと顔を出した。もうそろそろ休憩が終わるのかもしれない。彼も部員の視線に気が付いたのか、近くの壁に掛けられていた大きな時計を一瞥した。
「あの、今後もデザインのことで話さないといけないと思うんで、良かったらLINE交換してそこで決めたら駄目ですかね」
思いもよらぬ彼からの提案に、メモ書きしていた私のペンが止まった。
「部活LINEもやってるから、この後送ってくださるデザイン案を部員で共有してアンケート取ったりとか、色々と都合が良いんですけど」
「OKです」
私が二つ返事でスカートのポケットからスマホを取り出すと、彼も鞄にスマホを取りに向かった。
「◯◯さんのやつ、届きました。俺の行ってます?」
「あ、はい……大丈夫なんですけど…顎?」
私のスマホ画面には、綺麗な藤の写真の丸いアイコンの下に「顎です」と記載されていた。
「うん?あっ!いや、あぁ〜それは、あぁ…もう」
彼は急に小恥ずかしそうに、スマホを持っていない方の手で口元を覆い、小さく笑いながら「俺のあだ名なんです」と言った。その仕草が、何とも上品なのに可愛かった。
その後、私達は軽くお別れをして、彼は道場に戻り、私は全ての項目にチェックが付いた部活表とスマホを握って、美術部室に向かった。
空は、淡い紫色。水に溶けていく寸前の綿飴みたいな白い雲。叶ってくれだなんて欲張りなことは言わないから、せめて今みたいな綺麗な空がずっと広がっていればいいのにな、と微かに見えた一番星に願いを託した。
中高一貫校に通う私は美術部に所属すること4年。始めは不快に感じていた、絵の具の色に薄っすら染まった爪の汚れにも慣れた。
昨晩、好きなYoutube動画を漁りすぎて寝不足な私は、帰宅後も勉強しないといけない。いつもは玄関を出たら真っ直ぐ校門を目指すが、今日は飲み物を買うために少し迂回する。玄関を出て、いつもは右のところを左に曲がり、第3体育館前に立ち並ぶ自販機を目指して歩く。コーヒーが王道か、ココアでも良いか、紅茶にするか、何なら抹茶オレがあれば嬉しいが。そんなことを考えている間に、2羽のカラスの影が、まるで競争をするように忙しなく足元を過ぎ去っていった。
やっと自販機の前に着いた。中高一貫校の定めなのか、いちいち移動が長すぎる。数分しか経っていないけれど、雲が少しズレて太陽の残り火を覆ったので、急に日が暮れてしまったように感じる。
すぐ近くのグラウンドから女子ソフトバレー部の甲高い掛け声。目の前の体育館からはバレー部やバスケット部の、靴底が床と擦れるキュッキュッとした音。校舎を挟んだ向こうのグラウンドからは、野球部の野太い掛け声。誰にも構ってもらえず、少し寂しげな自販機を私は眺める。西日を反射する眩しい陳列に目を細める。期間限定のイチゴ味カルピスに目が留まる。カフェインを摂取するという目的を完全に忘れて、「期間限定」という売り文句に見事に引っ掛かって、私は180円を入れるために硬貨投入口に手を伸ばす。
「パシン!!」
体育館の隣の剣道場から、諺ではないが、まさに竹を割ったような音が聞こえた。キエェ゙ーッとも、何とも表現のしようがない翼竜のような声も聞こえる。ガコンッと取り出し口に落ちてきたカルピスの、ヒンヤリと冷えたペットボトルを手に取って剣道場の窓をチラリと覗き込む。
10人くらいの部員がそれぞれペアを組んで向かい合い、面を被って竹刀を振りかざしている。到底自分には無理な所業だと思って、万が一にも勧誘される前に去ろうとした時、休憩の合図らしき笛が鳴って、部員たちがピタリと動きを止めた。そして、部員みんなで部屋のある一角に向かっていく。そこには2Lサイズの水筒が丁寧に並べられている。ちょうど私の視線の先にいた一人の部員が、面を外した。
面を外して小さく頭を振る仕草。汗で少し濡れた髪。面を外した直後は真剣だった彼の目が、部活仲間に話し掛けられたら優しそうで可愛らしい目になった。
何だか見てはいけないものを見た気がして、叫んでしまわないように口を手で覆ってその場にしゃがみ込む。喧しい鼓動を抑えようと胸に手を伸ばすほど、喧しくなっていく鼓動。
これが所謂、一目惚れなのかもしれない。つい先日、同級生から片思いの恋愛相談を受けて他人事な返事を返したばかりの私は、そんなことを思った。
誰かに…いや、彼だけには見られてしまわないように私は逃げるようにその場を去った。もう一度だけ彼の姿を見てみたかったけれど、そんな事をしたら私の心臓が破裂してしまいそうで、せっかく買ったいちごカルピスを一口も飲まずに帰宅した。
[水平線]
次の週。数週間後の文化祭は、私達美術部にとっては一大イベント。私たちが皆の前で何かを発表することはないけれど、他の部活の発表の宣伝ポスターや宣伝旗を作る仕事がある。
「じゃあ、今たぶん部活やってる最中だと思うから、連絡お願いできる?」
美術部の中でも一番美術歴が長い私は、何かと部活の顧問に信頼されていて、今年も美術部と他部活の伝書鳩の役割を仰せつかった。どんなデザインにしてほしいのかや何を舞台で披露するのかを予め教えてもらったら、それを元に私たちがが考えた複数のデザインの候補を見てもらい、どのデザインが良いか選んでもらったら私たちがポスターや旗を完成させ、文化祭の最低でも三日前には最終確認をしてOKを出してもらうという、何とも忙しい時期だ。
「んじゃね〜」
「バイバーイ、バスケ頑張れ〜」
バスケット部の部長を務める友人と軽くお別れをして、部活表の《バスケット部》のところにペンでチェックを入れる。出来るだけ最短距離で済むように、敢えて表の記載順を無視してきた。まだ行ってない最後の部活のチェック欄が綺麗なまま、表の真ん中より少し下に残っている。
《剣道部》
先週の自分を思い出して、若干の恥ずかしさを感じて口元が緩む。だけど、もしかしたら彼に対応してもらえないかしらと可愛らしい期待を仄かに抱いて、口元を引き締めて剣道場を訪れる。
迷惑にならないように休憩時間に訪れたが、流石武道をしている人たちだからか、休憩時間でさえ空気が張り詰めている気がした。そんな場所に、ノホホンと入っていく勇気はなかなか出なかったが、何とか頑張って一歩踏み出した。
「あー……あのぅ、すみません。美術部なんですけど…」
ピンッと張った空気の中を、緊張した私の間抜けな声が流れた。まるで武士みたいな部員たちが、一斉に私の方を向く。別に彼らは怒っているようには見えなかったけれど、あまりの気迫に萎縮してしまう。
「あぁ!」
部屋の隅の方で床に腰を下ろしていた一人が思い出したようにパンと両手を叩いて立ち上がり、私の所へ小走りで向かってきた。私の身体の中を、温かい電流のようなものが流れる。前は、はっきりと顔立ちまでは確認できなかったけれど、雰囲気や立ち振る舞いから間違いなく「あの人だ」と分かってしまった。
「すみません、わざわざ来てもらって」
初めて聴いた彼の声は、私が想像していたよりもずっと優しかった。
[水平線]
「えっと、今年はスペシャルな感じで、女子薙刀部と剣道部が戦ったらどっちが勝つかっていうのを初の試みでやってみようかなぁ、と。あとは例年通り、流行歌に合わせて技を披露するんで…」
道場を出てすぐ左手にある木製の古いベンチに私達は腰を下ろして、ポスターや旗のデザインに関して業務的な会話をしていた。次から次へとデザインの案が思い浮かぶ。リアルな絵にするか、アニメ調にするか。躍動感を出すなら、真っ赤な花でも散らしてみようか。書道部に協力してもらって力強いフォントの見出しで目を引くのもアリかもしれない。
「使う流行歌って決まってますか?決まってたら、題名に沿ったデザインとかにしてみても良いかなって」
「あー、サビだけに合わせてやるんで、10曲くらいあるんですけど…」
道場の中が一瞬だけザワつき、一人の部員が私達の様子を見にヒョコッと顔を出した。もうそろそろ休憩が終わるのかもしれない。彼も部員の視線に気が付いたのか、近くの壁に掛けられていた大きな時計を一瞥した。
「あの、今後もデザインのことで話さないといけないと思うんで、良かったらLINE交換してそこで決めたら駄目ですかね」
思いもよらぬ彼からの提案に、メモ書きしていた私のペンが止まった。
「部活LINEもやってるから、この後送ってくださるデザイン案を部員で共有してアンケート取ったりとか、色々と都合が良いんですけど」
「OKです」
私が二つ返事でスカートのポケットからスマホを取り出すと、彼も鞄にスマホを取りに向かった。
「◯◯さんのやつ、届きました。俺の行ってます?」
「あ、はい……大丈夫なんですけど…顎?」
私のスマホ画面には、綺麗な藤の写真の丸いアイコンの下に「顎です」と記載されていた。
「うん?あっ!いや、あぁ〜それは、あぁ…もう」
彼は急に小恥ずかしそうに、スマホを持っていない方の手で口元を覆い、小さく笑いながら「俺のあだ名なんです」と言った。その仕草が、何とも上品なのに可愛かった。
その後、私達は軽くお別れをして、彼は道場に戻り、私は全ての項目にチェックが付いた部活表とスマホを握って、美術部室に向かった。
空は、淡い紫色。水に溶けていく寸前の綿飴みたいな白い雲。叶ってくれだなんて欲張りなことは言わないから、せめて今みたいな綺麗な空がずっと広がっていればいいのにな、と微かに見えた一番星に願いを託した。
- 1.シビルアイ 星導ショウ/にじさんじ
- 2.【リクエスト作品】 ビターチョコデコレーション syudou feat.初音ミク
- 3.【リクエスト作品】1000年生きてる いよわ ⚠nmnm(星導ショウ)
- 4.⚠暴力⚠ 命に嫌われている カンザキイオリ ⚠nmnm(セラフ・ダズルガーデン)
- 5.【リクエスト】絶対敵対メチャキライヤー メドミア ⚠nmnm(小柳ロウ、赤城ウェン)
- 6.【リクエスト】MECHA-MECHA MECHATU-A ⚠nmnm(MECHATU-A全員)
- 7.夜明けと蛍 ⚠nmnm(星導ショウ×小柳ロウ)
- 8.怪物 YOASOBI ⚠nmnm(渡会雲雀)
- 9.天ノ弱 164 ⚠nmnm(風楽奏斗×セラフ・ダズルガーデン)
- 10.MANIAC Straykids ⚠nmnm(VOLTACTION)
- 11.スピカ ロクデナシ ⚠nmnm(榊ネス、魁星)
- 12.【リクエスト】Dec. Kanaria ⚠nmnm(星導ショウ)
- 13.⚠ハァ?⚠【リクエスト】DNA Azari ⚠nmnm(星導ショウ)
- 14.逆夢 King Gnu ⚠nmnm(Oriens)
- 15.セレナーデ なとり ⚠nmnm(セラフ・ダズルガーデン×星導ショウ)
- 16.ヴィラン てにおは (伊波ライ)
- 17.まにまに r-906 (小柳ロウ×叢雲カゲツ)
- 18.【リクエスト作品】地球の裏 いよわ (佐伯イッテツ)
- 19.私が明日死ぬなら キタニタツヤ (登場するのは読者さんの推し)
- 20.紅蓮華 LiSA (小柳ロウ)
- 21.⚠ハァ?⚠ ナンバーナイン 米津玄師 (🎉風楽奏斗🎉×VOLTACTION)
- 22.Call me maybe Carly Rae Jepsen (剣持刀也)
- 23.RPG SEKAI NO OWARI (Oriens)