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想造部

どうも、最近の春というのは暖かいどころの騒ぎでなく、蛙や蛇ですら急いで出てくるような妙な気温になってしまったものだ。これも地球温暖化の影響の一部なのだろうか。もっとも、それを知る手段はなく、俺にとってはただ春にしては馬鹿みたいに暑いというだけなのだが。何週間か前のあの寒さは一体どこへ飛ばされたのやら、地球まるごと電子レンジに放り込まれたような状況だと思う。
住宅地の前にその門を構える雨霜高等学校は、俺、伊月穂の通う自称進学校だ。校庭はまあまあ狭く、築十数年の雨風にさらされところどころ色落ちした三階建ての校舎は、新入生を心待ちにするかのように、いつもより少しきれいに見える。
登校中の道には、ちらほらと知る人もいれば、新たに入ってくる新入生、いわば後輩となる人もいる。二年になったからと言って特に変わるものなどないが。
いや、あるな。クラス替えがある。だとしても誰かが急にいなくなるわけではあるまいから、たいして大きな変化などない。それと部活…も特に変わりはないだろう。またいつものメンバーで楽しくやるだけだ。あれを楽しいというかはわからないが。
そういえば、進級するということは、俺が一年のときに散々歩いたこの道も今年で一周年祭となるわけだ。前を歩く新一年生と思わしき女子の二人組には、慣れない制服に慣れない道にどこか浮足立つような、初々しい姿が見られる。去年は俺もこんなのだったのか?ときどき見かける在校生たちは、これまたどこかソワソワしているような、変なニヤけっ面を無理に我慢している感が半端なく見える。まあ、進級一日目、特にクラス替えが楽しみで仕方がないのだろう。一世一代とも言うべき、進級最初の大行事でもあるな。そんなことを考えながら俺は雨霜高へと向かっていた。

どうやら、俺の今年の運は全てこの日に費やしてしまったらしい。二年四組としてこの一年をやっていくには少し騒がしいメンバーとなったようだ。ホームルーム前の時間に改めて見てみる。俺は教室の後ろ側から見物しているのだが、やはり初日は各々が知る人としか話さないようだ。俺はこのクラスの一部の人を知っている。なんせ去年に同じクラスであったり、中学のときの顔見知りだったり。もちろん、全員を知っているわけではないからはじめましてもいるが。
それよりも、またこの二人と同じクラスでやっていけることが嬉しい限りだ。
「穂と拓弥か、確実に外れではないな」
そう言うのは早見和義、昨年から引き続き同じクラスの奴だ。そして我が想造部の部長でもある。クルクルと曲がってハネて天パの黒髪にやけに活き活きとして謎の自身に溢れている表情は、まさに世界を変えるSF女子高生よろしくな顔である。
「ああ、俺としては何か疑っているが。」
こいつは高野拓弥、こいつも昨年度から。想像部の部員であり、あちこちに真っ直ぐ伸びた髪にメガネがトレードマーク。一見真面目そうに見える見た目と話し方をするが、(成績は優秀だが)和義と同じくバカを全開にしている。
メタい話だが、アニメと違って全員の会話はこの頼りないカギカッコの文の中で、誰が喋っているのか、全くわからないだろう。そんな聖徳太子とも言える状態の君達に、整理したキャラ設定をすると、俺はツッコミ、和義と拓弥は主にボケだ。拓弥はカギカッコの文中に句読点がついている。
「ま、俺としてはまたお前らとで気が楽だよ」
「まあそうだな。個人的にはクラス替え後の気まずい空気が無縁なのはラッキーだ。」
おい、拓弥。お前にはクラス替えへのワクワク心が一切ないのか。和義も
「そうそう、変な気を使うことはないし」
と、賛同して続く。
「とはいえ、クラスの半分以上が知らない人だ。お前らの知ってるやつとかいるのか?ほら、中学校が一緒だったとか。お前ら二人はおんなじ中学だったんだろ?」
と、俺はちょっと気になって聞いてみる。
「いるにはいる。」
「だがなあ…」
「なんだよ、和義。そんな渋った顔して。目を逸らすな」
「代わりに俺が説明する。いいな?和義。」
と、少し乗り気になって話し出す。
「改めて、説明しよう!」
絶対コイツこれが言いたかっただけだろ。
「実は、和義は昔ある苦い思い出があったんだ。ほら、あそこに座ってる人わかるか?」
拓弥が顎で指す方へ目を向けると、一人の女子がものおとなしく自席に座っている。見たところ、このクラスの中で一番かわいいんじゃないかな。どこか落ち着いていて、まさに清楚系代表とも言えそうな人だが。あいつがどうかしたのか?
「和義はあの人、小林さんと一悶着あってな。いじめられていたんだ。」
「え?そうなのか?お前が?」
俺は和義に聞いてみる。
「…ああ、そうだよ。あれは確か中学一年の冬、四年前のことだったかな…」
なんだか長い回想になりそうだが、ひとまず聞いておこう。

〜俺は、実はMだったんだ。

「いやちょっとまて!」
「え?何だよ。せっかく本人から直接話してやるってのに」
「それはありがたいけど。ツッコミどころありすぎだろ!まずなんだよMって」
「マゾヒズムって知らないのか?」
「知ってるよ!そこじゃねえよ!重苦しい話かと思いきや、お前が実は過去にMでしたっていう話かよ」
「そう、コイツはいじめられることに快感を覚えていたんだ。」
「『いたんだ』じゃねえし!お前それもういじめじゃないじゃん」
「まあ、待て。とりあえず聞いてくれ」

〜そう、Mだったんだ。ハッキリ言って、今思い返すと気持ち悪いが、当時の俺はどうやらそういう性格だったらしい。そのときの俺のタイプが小林さんで。なんとか、痛めつけてもらえないかと色々考えてたんだ。
ーなんだか突っ込みたくなるが、ここは抑えようー
ある日思い切って言ってみたんだ。放課後、使われてない教室に呼んで
「小林さん!俺…」
「早見君?」
「俺…痛めつけてもらいたいんです」

「いや待ったァ!」
「何だよ。今決死の思いで告白したんだぞ?山場だぞ?」
「うん、すごいよ。そらお前すごいよ?だがな!なんだよ『痛めつけてもらいたいんです』って、なんだよそれ!聞いたことないぞそんな告白の仕方?!」

〜小林さんはやや困った顔だった。まあそりゃそうだ。しかし、彼女の口からこんな言葉が出た。
「私でよければ…」

「ウッソだろぉお?!」
「いやマジだよ」
「おかしいだろ!どっちも!一部抜粋なら王道のラブコメ小説になるかもしれないが、これじゃ頭おかしい人同士の会話だよ!」

〜それから、俺は痛めつけられることになったんだ。いや、変な勘違いするなよ諸君、あくまでも当時の俺がおかしいだけだからな?今の俺はこんなのじゃないから。
具体的な話はできないが、三ヶ月ちょいしてからだったかな?彼女は目覚めてしまったんだ…   Sに。
ーあれぇ…?!小林さん?!ー
だんだん彼女はSになってきたんだ。日が立つに連れてちょっとずつ、不敵な笑みを浮かべるようになった。知ってしまったんだ、痛めつけることへの快感を!ただ、俺自身も変わっていた。
ある日の夜、布団に潜り込むと虚しさを覚えた。
何やってんだろ、俺 って。

「気づくの遅えよ!最初からおかしいんだよ!」
「いやーさ、なんか急に虚しくなってさ、マジで何やってんだろうなって。こう、目が覚めたっていうか」
よくそんなことスラスラと言えるな!時間も経てば笑える話ってか?!
「で?それから、なんだよ?」
「いや、ここまでだ。これ以降は俺から頼んでやめてもらったんだ。だから今の小林さんのことも、もちろん知らない」
なんだか後味が悪いというか、寿司を食べたあとにあったかいお茶を飲まなかったときのような。というか、この喩え伝わるか?歯切れの悪い、何だが引っかかる終わり方ではあったが、現状の和義の気まずさは理解した。イマイチお前の過去については理解ができないが。
と、そんな和義の過去について一生懸命に理解をしようとしていたところ、どうやら担任が来たらしい。二学年最初のホームルームが始まるようだ。
「よーし、みんな席につけ。おはよう、僕はこのクラスの担任の田村市郎だ。みんな、これから一年間よろしく!」
確かこの人は去年から来た新人だった。一年間もこの学校にいて、段々と慣れてきたようだ。着任式のときに体育館のステージの端に飾ってあった花瓶を狙ったかのように三つ連続で倒した、生ける伝説。今では新人の面影はなく、生徒と真っ直ぐに向き合う先生だという噂ではあるが…。
「それじゃ、みんなは一年間一緒にいただろうけど、お互いに知らない人もいるだろうし、僕も知らないから自己紹介してもらおうか」
来てしまった、進級後に一番面倒くさい事ランキングをつけるならば堂々の一位を取るであろう自己紹介。俺はチラッと和義の方を見てみる。あいつはまだ大丈夫そうだ。さっきの話からするに、自己紹介など彼にとっては欠席とも天秤にかけていいものだろうからな。
「じゃあ、出席番号順で、伊月君から!」
しまったッ!そうだ、俺、一番最初だ。いづきの”い”だ。他人の心配をしている暇などなかった。
仕方なく、重い腰を上げ席を立つ。やめろ、その視線。俺に何を期待する。
「えー、元一年五組の伊月穂です‥」
俺は一体何を話せばいいのか。
そのSOSの気持ちをニコニコしている田村に最小限に精一杯アピールした。あいつはただ微笑んでこちらを見てるだけだ。
クッソ、あの顔を今すぐにでもぶん殴ってやりたい。
「…えっと、部活に所属していて、想造部です。それ以外は普通の高校生です。どうぞ、一年間よろしくお願いします」
パチパチと、思い出したかのような拍手をやめてくれ、ならばされないほうがマシだ。更には、救助信号に気付かなかった田村は笑顔全開で教室中に響くイヤに大きな拍手をした。なんか腹が立つ。
その後は普通に自己紹介が進んだ。もちろん、俺のあるもの全てを絞り出した苦しい自己紹介はスルーで。そして、和義の因縁…というのもなんか変だが、そこら辺の立ち位置の小林さんの番が回ってきた。
俺はもう一度和義を見てみる。後ろの方の席だからよく見えないが、あの苦しそうな微妙な顔を見る限りは多分大丈夫だ。
ガタッと、音がして例の小林さんは席を立つ。俺はドラマでよく見た、容疑者を張込み捜査するベテラン刑事のような鋭い顔をして小林さんを見る。
「はじめまして、小林咲です。前は一年一組でした。みなさんとこれから一年間仲良くできたらいいと思っています」
俺もホントにそう思うよ。お前と和義に一年間何もなければ。まあ、ここまでは順調だ。あの噂のSな部分は出ていないが。にしても、咲の”さ”はSだな。こりゃコードネーム確定だ。
しかし、俺が安堵するのも束の間、
「自分で言うのもなんですが、ドSです。よろしくお願いします」
言ったよコイツ!まじかよ、自分でいうか?
教室も驚きでざわついている。そりゃそうだ、大人しい顔して、金持ちのお嬢様みたいな可愛い容姿と声してSですとか言い出すからね。
そして、クルッと回ってある人物を見つめた。
「それと、放課後屋上前の階段で待っててね、早見?」
みんなの視線が和義に集まる。和義は机に突っ伏す姿勢で完全に顔を合わせないようにしていた。少しだけその顔が見える。青を通り越して真っ白になったその顔には、死刑宣告をされ絶望感が浮かび上がっていた。あいつはいい奴だった。
その後の和義を言うまでもない。俺と拓弥が放課後、校門で待っていると、ゲンナリとした和義が出てきた。
果たして小林さんは何をしたのだろうか。想像を絶するような拷問だったら、それはもう、なんか、うん。とにかく、まずは和義の身に何があったか事情聴取する。
俺らは下校の道をノロノロと歩きながら完全に生気を失った和義に何があったか聞いてみる。
「おい、和義、結局なにがあったんだ?」
「…あぁ、穂か」
だめだ、コイツ完全にやられてる。
「和義、お前の身に何があったのか、詳しく教えてくれないか。」
「…すまないが、それだけはできないんだ」
「それだけはできない?」
和義からそんな答えが返ってくるとは思わなかった。あの和義から、まさかできないという言葉が出るとは予想もできなかった。ま、和義がそう言うのならどう聞こうと絶対に言わないだろう。なんせ頑なに自身の過去を話そうとしないやつだったからな。いやあれはちょっと違うか?
「まあ、そこまで深追いしなくてもいいんじゃないか。」
「そうだな。何があったかは知らないが、知らないことの一つや二つあったっていいだろ」
そう言って俺と和義たちはいつもの交差路で別れた。俺は左、あいつらは真っ直ぐ。おかげで遠慮することなく、一体何を言えないのか考えを巡らせる事ができた。
そもそも、『言わない』じゃない、『言えない』だ。つまりは口封じされていると考えていいだろう。それに、だ。
和義がそれに従う理由は、率直に言って『弱みを握られている』からなんじゃないか?弱みがある、それは世間に知られたらマズイもの。あいつがMだった、なんてものじゃないだろう。なぜなら俺らはすでに知っている、それなのにあいつは言えないんだ。
そんなことを春の夕焼けを睨みながら考えていると、いつの間に家の前だった。春はあけぼのだけじゃないなと一人で納得し、玄関の扉を開けた。俺の頭の中にある、和義についての優先度が、家についた途端に後ろから二番目くらいになる。風呂入って飯食って、そういえば部屋の掃除をしなければ、と、もうすでに脳みそが自宅モードになっていた。

歯を磨いてさて寝るかと部屋の電気を消したとき、ふと再びあのナゾナンバー001が蘇る。
ーーあいつの隠し事は一体何だったのか。ーー
人に、俺らにすら言えないような秘密を抱えているとは思えない…。あの放課後の十数分間に小林さんと何があったのかは知らないが、これ以上和義が苦しむのを見たくはない。明日、本人に問い詰めてやる。
そうして、俺は深い眠りへと落ちていった。水に沈むように、重い体が意識の遠くへ沈んでいく。明日こそ……。

そして次の日。
俺は学校に着くと、真っ先にすでにいる和義の机へと向かった。
「この戦いを終わらせに来た!」
「急にどうした、穂。お前変なキノコでも食ったか?」
「和義ィ!本当のことを教えてくれ!昨日、一体何があったんだ?!」
「ああ、そのことか…。別になんでもないさ」
「いーや絶対にあるね!この俺の勘が叫んでる。なあ、お前が変な弱み握られてても、例えその事実が受け入れがたいことでも、俺らは友達だろ?」
さあ、和義よ、もう自由になるんだ!
「…は?」
あれ、思ってた反応と違う。
「何言ってんだお前?」
「何って…。お前、昨日の放課後に小林さんに…」
「ああ、あれか。いや、実は俺をいたぶってたことを誰にも言わないでほしいっていうやつで…」
「はァ?」
何を言っているのか理解するのに十秒はかかった。
「…でも、俺らは知ってるけど?なんで昨日言ってくれなかったんだ?」
「あ、いやさ、実は昨日の帰りに小林さんは後ろについてきてたんだよ」
え?帰り道にいただって?
「だから言えなかったんだ。小林さんは誰も知らないと思ってるからさ。そこで言ってたら俺のお先真っ暗」
そういう事か。なんだよ、ナゾナンバー001は十数にも満たないピカラットだった。
「要するには、お前は小林さんに口止めをされたってことでいいんだよな?」
「ああ、そうだ。ときすでに遅しってやつだがな」
まあ、正直少し安心したよ。小林さんに何かされていて、それが俺らにも言えないようなことじゃなくて。
おっと、拓弥が来たな。これは部活のときに言っておこう。
やっぱり仲間に隠し事はよくないな。
俺は今学期初の満面の笑みを浮かべながら自席へと戻り、どこか晴れやかでスッキリとした気分で今日の授業の準備をするのだった。

作者メッセージ

初投稿なので、三時間座った椅子くらい温かい目で見てください。

2024/09/20 19:40

ゐぬい
ID:≫ 18yayKY/7LFxA
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